将来的なゴールを視野に入れつつ、製品を市場に出すことを重視した研究開発を行う
安田 誠二氏
段階的な研究開発を通じてサポイン事業へと応募
研究開発のきっかけを教えてください
企業から技術的な相談があった際に、技術面での深堀りを行う上で何か適した補助金はないかといった話があったのが最初である。当初の話ではその段階でサポイン事業へと手を出したいという話があったのだが、その際に、サポイン事業に応募する前段階として当財団が実施する佐賀県事業(可能性試験)への応募をまずは勧め、可能性試験の成果を踏まえてから県や国のプロジェクトに申請するのはどうかという話をしたのがきっかけだ。
結果、可能性試験でうまくいきそうだったので、今回の案件はサポイン事業の応募に至った。
可能性試験を経てからの応募ということですが、サポイン事業への応募がハードルが高いと考えておられたのでしょうか
いきなりサポイン事業のような長期間・多額の資金で研究開発するのは、中小企業にとってはハードルが高いように思われる。当初の考えとしては、まずは可能性試験を踏まえて経費申請や書き方などを練習・訓練させ、その後この結果は面白そうだとなったら実際にサポイン事業に出すことを想定していた。
まったくのゼロからサポイン事業の研究開発を実施することに対してどのようにお考えでしょうか
1つの考え方ではあるが、開始時点で研究をゼロから立ち上げるというのは難しいのではないだろうか。ゼロからの立ち上げを拒んでいるわけではないのだが、今までの経験から見ても、結果的にやはり難しいようだ。
このような可能性試験を行ってからだと、サポイン事業への応募の段階で結果が見えてこない案件もあるので、その時は再検討をお願いすることもある。
いきなり研究開発を立ち上げるのは難しいだろう。まずは造ることができることを確認した試作品があったほうがよい。実質、2年半で最初から研究開発を立ち上げ成果にまで繋げるのは難しい。
明確な市場を想定しつつ、実現可能性を考えてターゲットの変更も
サポイン事業の開発当初に考えておられた市場は自動車だったようですね
サポイン事業では川下分野がいくつか想定されているが、その中から何をやろうかと考えた時に自動車産業への製品提供が一番マッチすると考えた。
当初から自動車の内装材のプラスチック製品の表面加飾を想定していた。
具体的な市場のニーズは、何らかの形で見えていたのでしょうか
従来の技術であるインモールド法では後工程で加飾をしているのだが、加飾工程が金型一回の処理で対応できれば工程コストが大きく下がる。当初、立体的な加飾に対応することができず、複数企業が検討をしていたのだが、可能性試験を通じて、何となくではあるものの解決に繋がりそうな方式が見えてきていた。従来のインモールド法だとコーナー部分がひび割れてしまうところを、多層にすることによって空気が抜けてうまくいくことが可能性試験で分かったことによって、実現可能性が高いことを認識した。
また、射出成形した後の製品の裏面に機能を持たせることも企業は想定していた。両面加飾の技術を開発することによって機能を付与し、電磁波シールド性などを持たせると用途が広がると考えていた。
市場を最初に自動車に設定されておられますが、市場はその後ぶれなかったのですか
九州にある大手自動車メーカーのR&Dセンターにおいて、自動車に関する新技術のヒアリングを行っているのだが、本開発技術はその場で高い評価をもらい、大手メーカーとしても実機に使用したいといったような様子が見えていた。
ただし、サポイン事業の研究開発体制を主導していた企業は金型のメーカーであり、自動車のように量が必要とされるような用途には社内体制を再構築しないとコストやスケジュールの面からも対応が難しいかもしれないと思っていた。
研究開発を進める中でさまざまなニーズを把握されたとともに、ニーズへの実現可能性も併せて考えておられた、ということですね
大手自動車メーカー内部や関連事業者で当該研究開発を継続する、という話も継続しつつ、大手事業者との将来的な関係を考え、まずは小型製品への製品提供から勝負していこうという方針になった。スマートフォンや日用雑貨に焦点を置くようになった経緯はこのような背景による。
もちろん、自動車内装材の加飾の市場を対象外とした、ということではない。中小企業で量産体制に対応するとなると工場の設備投資から必要になってしまう。当研究開発体制としてはコア技術を自社に残しておきたいという意向があったため、結果的に無理をせずに自社に技術を残す形とし、日用雑貨からの対応になった。並行して自動車関連の企業とも継続して事業化を検討している。
そのような決断に至った背景としては、市場に製品を出すことを優先していた、ということでしょうか
そのように考えることもできるだろう。サポイン事業の研究開発体制では中・小型の金型しか作ることができない。設備投資や技術面での開発の問題はあるが、体力と人と技術を踏まえて、企業は総合的に実現可能性を判断したようだ。自動車業界で求められる量産化と納期に乗るだけの体力はないし、当該技術を大手企業に売ってしまうと次の打ち手がなくなってしまう。
1つの製品開発に特化せず、市場の可能性を早い段階で潰さないことが大切ですね
市場を潰さないのは大事だと思う。仮にある時点で1つの市場しか考えていないとなってしまうと、当該市場が潰れてしまうとどうにもならない。
感覚的な話ではあるが、さまざまな申請書を見てきた立場としては、どうも申請の段階で最初に○を付けた市場に引っ張られて研究開発を実施してしまうような気がする。1つの市場からの波及効果や派生という点で考えれば、申請書で書いた対象領域から変化したとしても、サポイン事業が求める早期実用化の観点から許されるのではないかと思われる。指針の中には特定の分野だけでなく「川下分野横断的な共通の事項」もある。
繰り返すが、最初に市場自体を固定してしまうのは得策ではない、市場を固定して失敗している事業者は少なからずいるのではなかろうか。研究開発を進めている過程でも様々な市場がでてくるだろうし様々なニーズを耳にする。サポイン事業の研究開発成果は分野横断的になってきているようにも思われる。
想定外の課題の発生を、可能な限り予測することで、手戻りは少ない
研究開発を実施される中で、想定外の問題は発生されましたか
顧客となりうる企業と様々な対話をする中で、実際に発生する問題が初めて分かってきたように思う。ここが事前に分かればそれに越したことはないが実際は難しい。
今回の研究開発の事例であれば、市場のニーズに対して対応はしており、技術的にも興味を持たれた部分ではあるが、求められる量産体制や納期、大きさといった要素は、実際に顧客との対話の中で問題であることが認識されるようになった。
あくまでも可能性としてお聞きしますが、問題の発生が予想できれば、研究開発は先に進んでいたのでしょうか
可能性としてではあるが、問題が事前に予測されていたほうが先に進んでいたように思う。
ただし、事前に予測できる範囲は限界がある。
今はすぐに技術内容が進化し、製品コンセプトも変わってしまうので、ある程度柔軟に対応しなければならないだろうとも思う。当初想定していた市場を直接ターゲットとできる可能性が低いことが予測できれば、別の製品でより早く市場にまで到達できることもあるだろう。
サポイン事業を効果的に利用する上でのメッセージ、アドバイス
最後に、今後サポイン事業に応募を検討される方や、現在実施されている方にメッセージをお願いいたします
顧客のニーズをきちんと掴んでいなければならないと改めて考える。自動車市場を例に挙げても、自動車において求められる要素はだいたい分かっているものの、それがどれくらいの量と納期で求められているのか、ということまでは分かっていないのではなかろうか。そのあたりのニーズが分からないうちに研究開発を始めると、あるところまで進んでしまってから戻ってこられないようなことになるようにも思う。
研究開発上や技術上のニーズだけではなく、顧客のニーズを満たすだけの状況かを判断する必要がありますね
実際に研究開発をやるとなった時に、技術として求められていたとしても、実際に実現できるかは自身の体力との相談になってくるところでもある。技術が求められるということだけではなく、その実現可能性も考えた上で市場を設定する必要があるだろう。技術面でのマッチングだけでなく、事業化面でのマッチングも重要になってくる。
サポイン事業では最初から特定の川下産業か、あるいは分野横断的かのターゲットを決めて進めることになっている。最初から大きな市場を見越して大企業と組むような手法もあるかとは思うが、自分達の体力を見越して分野横断的な技術としてやっていくことが大切になるのではないか。
製品を出すタイミングについてはどのようにお考えですか
サポイン事業による成果は機会があれば頻繁に展示会や商談会に出すべきだろう。その場で色々な試作品を出す必要がある。製品を外に出さないことには、ニーズも分からないしコメントももらえない。
形になって出すことが大切だ。形になって出すことによって、改良や改善のアイディアを提供してもらうこともある。最初から完成された製品を目指すのではなく、途中でその都度試作品成果を出すことによって、事業へのアクセルになるだろう。
企業はみんな中途品ではなく最終製品を出したがるが、製品のPRは途中で出すことも可能だ。2,3年で最終目標製品の研究開発が終えられないのは当然だし、補完研究を実施する必要があるので、5年ほどかけて世に出すという発想も必要になる。
ニーズをはっきりと掴むのが大切になる。それも技術的なニーズだけではなく、仕様や製造までを含めて考えてニーズを把握することによって、世に出すまでの時間を短くすることに繋がるのではなかろうか。
研究開発技術情報
- プロジェクト名:
- 特殊インモールド法による金型内加飾成型技術の開発
- 事業実施年度:
- 平成22年度~平成24年度
- 研究開発の目的:
- 多層インモールド成形法の高度化に基づく、立体形状製品の成形後の後工程不要の金型内加飾技術の開発
- 事業化の状況:
- サポイン事業終了時点では実用化間近の段階
今後、サンプル提供、加飾製品のPRを積極的に実施し、営業活動・市場開拓を推進する予定
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