先見性を持った研究テーマを選定・継続するとともに、多様な知見を活用することで開発の時間軸を短縮する
技術開発部 部長 西川 嘉文氏(写真右)
以前より続けていた研究開発を土台にサポイン事業の研究開発へと発展
研究開発を開始したきっかけを教えてください
サポイン事業の存在を知ったのは、採択のちょうど1年
前にさかのぼる。本事業の共同研究者である京都大学の梅村先生が出された天然接着剤に関する特許について、関西TLOから当社に対して事業化への声掛けがあった。京都大学では、大学が単独で出した特許を関西TLOを通じて外部企業に紹介する仕組みを持っているのだが、その一環で当社にも技術紹介をいただいた。
当社では平成18年頃から、硬化剤としてのクエン酸の可能性を検討していたのだが、特許の紹介があった時期はクエン酸に効果がありそうだということが分かったタイミングでもあった。ちょうど梅村先生の特許の話をいただいたことで、「これらを組み合わせることで面白いものが作れるのではないか」と考え、サポイン事業への応募に踏み切った。
梅村先生の特許の話がある前から、硬化剤としてのクエン酸の可能性を検討されていたのですね
そうだ。サポイン事業の採択を受けてから硬化剤としての研究開発を開始したのではなく、たまたま成果が出た時が特許のタイミングと重なった。当社の技術開発部では、MDF表面のピーリング強度を出やすくする硬化剤を検討していたのだが、クエン酸で強度が向上したという点に製造部が着目し、研究開発を継続的に続けていた。
既存市場の強化とともに、新市場に求められる製品スペックを探索
研究開発のスタート段階では市場はどのように絞り込まれていたのでしょうか
一番のターゲット市場として、まずは建材としての用途を考えており、次いで家電関係、自動車を用途として想定していた。新たに開発する製品は、天然接着剤と国産材を主原料とし、人と環境への安全に配慮したものである。市場の優先順位は、現業の商売の延長線上にあり、まさに製品を供給している市場での安心・安全を今まで以上に強化することを意図していた。
まずは既存市場を強化することが新たな市場の開拓へとつながるということでしょうか
そうだ。自動車等でも環境配慮型MDFに対するニーズはあるとは思うが、新たな市場でのニーズや必要とされるスペックを把握するには自社のネットワークだけではさらに2、3ステップが必要になり、結果的に製品を市場に投入するまでには時間がかかる。当社が親しみやすい市場から開拓し、段階的に市場を拡大することが、将来的な市場への近道になるのではないかと考えた。
新たな市場の情報はどのような機会を活用して得られたのですか
サポイン事業を開始した頃は、大阪では各種の異業種交流会が開催されていたことから、必要に応じて様々な交流会へと参加した。結果として商談につながるケースは稀ではあるが、異業種交流のような場で初めて知ることができた情報が非常に多かった。例えば試作品を作るとある会社からは、折れにくく曲げやすいスペックが求められていることを教えていただいた。通常とは異なる様々な接点で自社の開発を紹介することで、製品に対して求められる機能や要求特性を把握することができる。
市場投入に向けた課題の解決と、実現可能性を踏まえてゴールを設定
研究開発を進めるにあたり、どこをゴールとして設定されていたのでしょうか
商業生産ラインで板を製造するところをゴールに設定した。天然接着剤をMDFの商業生産に利用する際、クエン酸は材料として魅力的ではあるのだが、一方で従来の硬化剤と比較すると硬化速度は遅く、材料単価が高い点がネックとなっていた。課題解決のためには実際にものを作り、どの程度のコスト生産性になるかを見極める必要がある。実際の板を以て、どの程度の価格になるか、用途は何か、改善点は何かを詰めていくプロセスを想定していた。
改めて振り返られて、ゴール設定をもっとストレッチすることは可能だったのでしょうか
MDFの生産ラインはライン当たり70億円程度かかる。今回の研究開発用に専用ラインを構築するのは現実的ではなく、既存の生産設備の利用が大前提になるが、既存設備で使用していない材料を使用するため、試作段階で極端なことをしてしまうと商業生産の負担になってしまうことが危惧された。振り返っても妥当なゴール設定だったと考えている。
社外の知見を活用して、研究開発の時間軸を短縮
研究開発では、現象の原理解明や基礎的な研究を進める際に問題が発生したとのことですが、具体的にはどのように解決されたのでしょうか
研究開発の進め方として、まずは板の形を作り、その後板の性能と生産性を上げ、コストを下げてから展開するという一連の流れを想定していたのだが、MDFの原料接着剤としてクエン酸のみを使用して生産した板の基本性能が想定よりも低く、板に粘り(靭性)が無いことが判明した。
また、接着剤としてクエン酸を使用する場合、熱量が不足すると板の酸性度が高くなる。クエン酸単独では商業ラインを想定した生産速度において酸性度の問題が残ることが、サポイン事業を始めて一年ほど経って判明してきた。
最終的にはタンニンと糖を用いることで板の粘り強さが向上し、酸性度も低下することが分かり、商業ラインでの試作へと応用することができた。従来ならば当社が単独で板の性能を改善しようとした場合、理論を十分に理解せずに材料を組み合わせてテストを繰り返すことが多く、解決策にたどり着くにはもっと時間がかかっていたと思う。
研究開発上の課題解決にあたり、共同研究体やアドバイザーとの密なコミュニケーションが功を奏したのでしょうか
本研究開発では、社外の専門家と交流する機会を多く持つことができた。先生方がお持ちの知識や分析を踏まえて事前に考察をしてからテストを行うことで、試行錯誤的な回数を減らすことにつながった。通常は3回ほどテストをしないと答えが出ず、確信も得にくいのだが、理論的な裏付けを得てテスト回数を1、2回に抑えられたことで、研究開発の時間軸が短縮された。
解決が必要な問題が想定内でも想定外でも、課題に対応するスキルと人材が重要になるだろう。理論の話だけで進めても、実際の現場の意見を聞かなければ改善にはつながらないことも多い。理論と現実とのギャップを埋めるための仕組みを用意していることも重要だと思われる。
サポイン事業を効果的に利用する上でのメッセージ、アドバイス
最後に、今後サポイン事業に応募を検討される方や、現在実施されている方にメッセージをお願いいたします
自分達が必ずしも得意としていない分野があるのであれば、当該分野において知見を持つ方を活用することに対して積極的な投資をすることで、結果の創出に大きく前進すると考えている。研究開発上の知識や知見を一から積み上げるには時間がかかる。最終的な事業化を考える上では、研究開発の時間を短縮するための投資は一案ではないだろうか。
また、「サポイン事業の実施期間を通じて、このような枠組みで研究開発を行なうため、こういった設備が欲しい」という計画を事前に立てるとともに、様々な可能性への準備を済ませておくのがよいだろう。サポイン期間中に急に何かが必要になっても、実際に手に入れるまでには見積もりや納期に時間がかかることがあるし、手に入れてから有効に活用できる期間は限られてしまう。
研究開発技術情報
- プロジェクト名:
- 天然接着剤および国産材を主原料とする環境配慮型MDFの開発
- 事業実施年度:
- 平成23年度~平成25年度
- 研究開発の目的:
- 天然接着剤と国産材を主原料とする環境配慮型MDFの製造・供給、及び高耐朽性のMDFに対して用途・使用環境に適した性能評価を行う
- 事業化の状況:
- サポイン事業終了時点で実用化に成功した段階
今後は木質原料への竹材の混合、天然接着剤と石化接着剤の併用により、高安全性、低環
境負荷で現行MDFと同等の強度と加工性を有する製品を開発する予定である
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