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患者にも医師にも優しい手術器具のための異種金属接合技術を開発

株式会社ヒロテック
(左から)
研究員 今西 俊吾 様
部長 和鹿 公則 様
主幹研究員 川渕 達巳 様

手術器具の軽量化・高機能化のため、適材・適所・適質に挑む

今回の研究開発に至る経緯を教えてください。

自動車業界は、カーボンニュートラル実現のため、燃費改善が大きな課題の一つとなっている。当社は自動車のドアやマフラーを主に設計・製造しているが、車体軽量化のためには、重い鉄だけでなく、軽い樹脂を組み合わせる必要があり、その接合技術として、平成27~30年度に「青色レーザを用いた樹脂金属三次元動的(ヘム機構連動)接合技術の開発」がサポインに採択された。この「樹脂と金属の接合」技術を「異なる金属の接合」に応用したのが、今回のサポインである。
自動車業界のみならず医療業界でも、手術を行う際の施術者及び患者への負担軽減のため、手術器具の軽量化ニーズが高まっている。近年、脳外科手術の難度が高まり、手術時間が長くなる中で、手術器具の重さは、施術者にとって大きな負担となっている。とりわけ、輸入品の手術器具の多くが重い鋼製であり、欧米人サイズで設計されることも多いため、女性医療従事者から軽量化・小型化が望まれている。もちろん、患者の負担を最小限に抑えるためには、軽さだけでなく、切れ味も重要である。チタンは軽量だが、切れ味は特殊鋼が優れている。軽量化と機能性を両立するには、持ち手はチタン、刃先は特殊鋼といったように、それぞれの金属がもつ性質を組み合わせて性能を向上させる必要がある。そのため、異種金属の接合が必要となるわけだが、金属の組み合わせによっては、充分な強度を確保できないのが現状である。溶接ではもろく、接着剤では生体適合性に問題があるため、現実的にはネジで接合することになり、ネジでとめた箇所にはどうしても隙間=細菌やウイルスが入り込む余地ができてしまう。そこで、樹脂を介した新たな異種金属接合を実現し、上記課題を解決しようと試みた。

研究開発はどのように進めていきましたか。

試作した脳外科用マイクロ剪刀

まずテーマ1として、そもそも異なる金属の間に樹脂をはさみ、接合ができるのか?というのが第一前提であり、いかに樹脂を薄くし、また薄くすることで強度や安定性に問題がないか、接合メカニズムの解明研究を行った。次に、テーマ2として、金属・樹脂の表面処理を行う際の、レーザの最適な温度・圧力を調べ、接合部の強度を確保するための技術の確立を目指した。また、さまざまな樹脂の中からどの樹脂を選ぶか?をテーマ3とし、医療に実績のある生体適合性の高いもの、かつ接合強度が確保できる素材の選定を行った。そして、テーマ4として、商品として魅力あるものになるよう、機能性だけでなくデザインなど意匠性にもこだわり、共同開発する(株)シャルマンや実際に使用する医療従事者にアピールできるものを目指した。(株)シャルマンは独自に高品質な切れ味の優れた刃先を研究し、当社はその刃先と持ち手を接合する技術を開発した。

研究開発を進めるにあたり、どんなところに苦労されましたか。

一つ目は「接合強度」。術中に器具を落とした場合、壊れたまま使用することがないよう、壊れたことがわかる(=変形する)ようにしてほしい、ただし、決して分離してはならない(=体内に残してはいけない)という命題が与えられ、これを実現することに苦労した。二つ目は「耐久性能」。3000回開閉試験を行った上で、天然ゴムが切れる耐久性を確保する必要があったが、これは7000回をクリアできた。三つ目は「絶縁性」で、異種金属間で電気が通らないようにすることに労力を費やした。過去に例のない技術のため、施術者に安心して使っていただくためにも、なぜ接合できるのか?接着剤と何が違うのか?原理原則をもって明確にする必要があり、大阪大学の力を借りて、研究開発を行った。

最高品質より最適品質

研究者として何を目指しましたか。

研究者は、誰しも最高を目指したいと思っている。世界一になりたいし、世界唯一になりたい、ナンバーワンにもオンリーワンにもなりたい。しかし、それは研究者・開発者のエゴであって、高い品質を目指して、コストが莫大にかかるのでは、実用化や製品化の面で適切ではない。我々は企業に属する研究者だ。妥協という意味では決してなく、常にお客様ありきで考え、最高品質ではなく最適品質を目指した。

プロジェクトを推進するにあたって、心掛けたことはどんなことですか。

内外の良好な関係をいかに構築するかという点を心掛けた。自動車産業分野を本業とする当社と、眼鏡・医療器具の専門メーカーである(株)シャルマン、そして、本技術完成に欠かせない素材メーカーとして樹脂部門では東レ(株)、金属部門では新日鐵住金ステンレス(株)、技術原理の解明においては大阪大学、最終製品の顧客となる医療従事者として福井大学医学部、それぞれに「うまみ」を感じていただき、お互いがWin-Winの関係でいられるよう心を砕いた。また、本業とは異なる研究開発を行っているため、本業への使い道を考えたり、一緒に研究する若い研究者に意欲と興味を抱かせ、主体的に取り組んでもらう環境づくりを行った。

サポインを活用してよかった点はありますか。

非常に高額な研究設備を取得できたことは、会社にとっても、我々研究者にとっても大きな利点であった。また、1度目のサポイン経験を活かして、2度目のサポインに挑戦したので、これまで築いてきたネットワークから、さらに幅広いネットワークを構築することができたこともよかった。展示会や講演会に行くだけでは情報に限りがあり、井の中の蛙となってしまう。異業種の方や、同じ大学でも専門が異なる方と交流することにより、さまざまな産業分野で技術活用の可能性を見出すことができる。

自動車産業から医療機器産業への参入に障壁は感じましたか。

ハードルは非常に高いと感じている。自動車産業とは、ISOの規格も性質も異なり、PLに対する考え方も当然違う。治験にかかる費用や、製品を開発してから事業化するまでの期間等、乗り越えるべきハードルがいくつもある。生命や健康に直接関わる分野であるため、会社としても慎重にならざるを得ない部分があり、社内の体制も考える必要があった。

サポイン事業の提案書について、アドバイスをお願いします。

閲覧できる範囲で、他社の提案書を片っ端から読むことは必要だと思う。採択されたものには共通点がある。書いて満足するのではなく、この分野に全く精通していない人(私の場合は妻)に読んでもらい、わかりにくさや読みにくさがあれば、指摘してもらった。また、技術ありきで、事業化を目指すのではなく、共同研究者として川下企業に入ってもらい、このプロジェクトが成功した暁には、事業化につながるという安心材料を用意する。サポイン採択には、インパクトや新規性が大事だが、リスクが伴うことを考慮し、いかに安心感をもって読んでいただくか、読み手の立場に立って提案書を作成することが大事だと思う。