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多様な大学やアドバイザーとのつながりを
さらに拡大し、多層的な出口を開拓

株式会社HiSC 常務取締役技術統括責任者 畑 雅之 様

人間の原理と原理計測の基礎技術を応用した出口を着想

どのようなきっかけで研究開発を始めたのでしょうか。

本研究のきっかけは、自動車の運転手の労働条件が悪くなってきて苦しい状況にあり、自動車を取り巻く人間回りの環境を改善しようとしたところから始まっている。人間は興奮してびっくりした時や怒った時には、手のひらや足の裏に汗をかく仕組み(精神性発汗)になっているのだが、精神性発汗は70年前から実験室で計測ができており、比較的古い技術であることから特許の問題を気にかけずに実社会への応用を検討することができる。この精神性発汗を利用して、運転環境を改善することができないかと考えたのが研究開発のきっかけだ。

70年前からの原理とのことですが、なぜこのタイミングで研究開発を始めたのでしょうか。

実はサポイン事業を始める前から、自動車関連のセンシングの仕事をするなかで、センシングに関する新しい技術やネタがないかと自動車会社の方から課題をいただいていた。サポイン開始前からドライブレコーダーの開発に取り組んでいたので、センシング技術をドライブレコーダーの開発に取り入れることで何か新しいことができるのではないかと考えていたところ、うそ発見器はうそをつかせることで発汗させ計測しているが、うそをつく部分を世の中の現象に置き換え、置き換えたものを研究開発に応用できないかと考えたのが着想のきっかけとなった。
着想を具体化する中で、自動車のハンドルに精神性発汗を検知するセンサーを付けた状態で多くの人に運転してもらい、発汗した場所を地図上にマッピングすると、人間の運転時の緊張度が高く危険ないところが浮き上がっているのではないかと考え、自動車会社に提案を行った。「ここは緊張度が高いため法定速度より速度を下げたほうがよい」「車間をもう少しあけたほうがよい」等、人間の心理情報を自動運転に使うことができるのではないかと提案したところ、『自動運転車を使用していない人に対しても、優しく自動運転車を走らせることができるのではないか』という可能性が出てきて、自動車会社との商談に結びついた。

開発した統合バイタル計測機構
ストレス分布を地図に表示

サポインの研究開発目標はどのようにして決定したのでしょうか。

自動車会社に直接ニーズをうかがい、研究開発成果の魅力を出すための性能要求や仕様を把握した。自社の中にとどまってコンセプトを練るのではなく、最終的なユーザーや販売先にニーズや用途の話を聞きに行くのが、性能目標を決めるうえでは効果的だと考える。
私たちは用途につながる研究はしているがあくまでも自動車のユーザーなので、自動車を作る側に立とうとしてもなかなか視点を変えることができないが、製造業は常に作る側の視点を持っているので、アドバイスの視点が異なり、非常に有用である。

自動車への用途となると個別カスタマイズというよりも量産が視野に入ると思いますが、量産への対応は研究開発当初から検討されていたのでしょうか。

サポイン事業を開始する時点から量産を視野に入れており、サポイン事業が終了するころには量産前プロトタイプまで開発することを目指していた。
そのきっかけの1つは、サポイン事業を開始する前に知人を通じてプログラマブル半導体の存在を知ったことにある。通常、半導体は書きかえが不可であるが、紹介された半導体は書き換えができる半導体であり、雑誌の付録についているという情報を教えてもらった。サポイン事業開始前は資金繰りなどにも課題が多かったが、雑誌の付録を使用することで、自動車1台あたり2万円台で試作を作ることができ、量産に向けた実際のコスト感覚を得ることができた。
一般的に、手の汗の信号が電気的に入ってきたことの解析は、粗い状態の波形をそのままパソコンやサーバーに取り、プログラムで1時間くらいかけて実施する必要があるが、半導体を書き換えると5秒くらいで解析することができた。ソフトウェアの開発の立場からリーチできるプログラマブル半導体は将来の開発への見通しがきき、自身でのコントロールが可能である。プログラマブル半導体との出会いによって、量産化まで行けるのではないかと考えた。

大学時代からのつながりや多様な人的ネットワークを駆使し、
事業化に必要な機能を都度組み込んだ研究体制を構築

本プロジェクトにおける共同研究先や事業管理機関との役割分担を教えてください。

ノーステック財団には事業管理機関として、事務管理や予算管理を担当いただいた。東部開発には、実証フィールドを提供いただき、トライポッドワークスには、同社が自動車回りのソフトウェア、ドラレコやセンサーを作っていることもあり、センシングの研究開発を協力いただいた。公立はこだて未来大学の松原先生には、AIに関する部分を協力いただき、京都産業大学の先生には、精神性発汗の基本原理を教えていただいた。
研究開発から実証の場まで、研究開発成果の事業化に向けて必要とされる機能や特長を生かした体制構築を行い、研究開発を実施することができた。

実証フィールドが1つのポイントになりますが、東部開発とはどのようなきっかけで出会われたのでしょうか。

研究開発のコンセプトが決まった段階で、「プロのドライバーが多く在籍し、同じところを何度も走るという実験に適した事業者」がないか知人に相談したところ、東部開発を紹介いただいた。東部開発は、砂利の販売、砕石や運搬を行っており、開発成果のフィールドを提供していただいたことで、開発成果の改良や開発してすぐの実証を行うことができた。

大学の先生とは昔からお付き合いがあるようですが、良い先生と巡り会えたことが成果創出に影響していたように見受けられます。

社会人大学院生としてはこだて未来大学に通っていた時に、情報処理学会、人工知能学会や機械学会に参加し、研究や論文の査読でロボット系の先生方にはお世話になっていたこともあり、個人単位で大学の先生方とのネットワークはできていた。指導教員や先生方の性格を踏まえたうえで、事業化に向けた研究開発に協力的な先生方に巡り合えることができた。
過去にサポイン事業を実施した際には、SCR(生体信号)を研究している先生に入っていただいたのだが、この先生の大学院時代の指導教員がはこだて未来大学の松原先生であり、今回の研究開発に参画いただくことができた。松原先生は人工知能分野において日本のトップ研究者であるが、サポイン事業実施中には人工知能ブームが訪れたこともあり、非常に多忙にされていたが、このようなつながりがあったことで、多忙な中でも研究開発に参画いただくことができたと考える。

研究開発のアドバイザーにはどのような方を置いておられましたか。

アドバイザーの方々に依頼する内容は、研究開発の最初から最後まで固定していたわけではなく、サポイン事業の途中で変更を加えた。スタート当初は大学の先生や川下企業など、学術が半分、現業が半分というイメージだったが、研究開発の途中からは、生体情報を扱っているのでセキュリティの話が必要になったこともあり、東大でソーシャルシステムや暗号の研究をされている先生に入っていただいた。
その後、事業領域としてはヘルスケアの話に踏み込むようになったことで、看護師の方に入っていただいた。研究開発当初は手の発汗のみを計測していたのだが、看護師としての経験から「血糖値も計測したほうが良いのでは」とアドバイスをいただき、血糖値と睡眠の間の関係性把握につながった。血糖値と睡眠計測を途中から把握項目として入れたことによって、運転時の安全・安心の実現にさらに近づけることができた。

研究開発を行うにあたり、社内の体制はどのようになっていたのでしょうか。

自社体制とはのべ6人くらいで、そのうちフルタイムで参画しているのは3名くらいであった。その3名は回路設計、フィルター、数理や実験系のように分担に分けてやっていた。
今の時代、データをクラウドで扱うのは当たり前ということもあり、3名はクラウド技術を扱うSE系の人間であった。研究や実験を踏まえて世に出すフェーズは必ず必要であるが、そのフェーズではクラウド上でのサービス構築や、データの改良など一般的なITの技術が求められる。その部分は外注せずに内製することで、新しい知見や発見があればすぐにソフトウェアを改良し、繰り返しターンアラウンドを組むことができた。

目の前のニーズから社会課題の解決までつながる多層的な
出口の開拓へ

研究開発成果の出口はどのような分野を想定されていたでしょうか。

生体情報のデータを自動運転に役立ててもらうのは出口の1つである。だが、もともとは運転の安心・安全の実現が動機であり、例えば高齢化などの社会課題を解決したいと考えている。
研究開発を実施する中では、人間は年を経れば減るほどブレーキラインの手前でブレーキを踏んでいるというエビデンスをつかんだ。また、ブレーキを踏む前後のどちらで多く発汗しているのかを解析すると、その方の運転に対する適正を図ることができることも分かった。これらの成果は社会的インパクトが大きいことから、今後は日本だけでなく海外でもエビデンスをそろえ学会発表を検討している。
一方で、運転技量の計測サービスを利用している方にヒアリングをしたところ、運転をしている方には非常に評判が悪かったという側面もある。運転手が不足している時代であり、このような能力判断につながるようなシステムの導入に経営者はネガティブになってしまう。良かれと思って作ったものも、マーケットの現実を踏まえると必ずしもすんなりと市場にはつながらないこともあることから、まずはこの装置を一時的に使っていただき、能力評価ではなく自身の運転能力などを把握するツールとして使っていただけないかと考えている。

自動車分野以外にはどのような出口を想定されているのでしょうか。

サポイン事業の実施中に、自社で費用を出して、デンマークにあるヘルスケア系のコンサル会社に装置を渡し、どのようなものに使えるのか可能性を示してもらうレポートをいただいた。
デンマークでは将来の医療費を下げるために、アーリーフェーズに介入できるものが求められているので、医療費削減につながるような装置を持って行った時は大歓迎だったようだ。また、当社は今デンマークに現地法人を置いているが、現地のヘルスケアに強い大学との連携し、大学の先生がいつでも研究に協力してくれるという環境のなかで活動を行っている。自動車に関連したヘルスケアという視点でマーケットを開けたことは非常に大きいと感じており、マーケットに対して非常に明るい状況が見えてきている。
ここ最近で取り組み始めたのは高齢者行動や感情の把握である。開発した装置をつけた状態で、高齢者の方に家のなかで7~8時間生活していただくと、家の中でストレスを感じる場所や緊張する場所が赤くなるので、バリアフリーの立案に使うことができる。今までの設計はどの人にも合うようなものになっていたが、想定通り緊張が表れている部分や、想定と違って緊張が表れていない部分などを設計者が把握することで、バリアフリーを実現する良い設計につながる。その他、音楽療法への応用など、人間の原理を踏まえた基盤技術を開発したことによって、多様な用途開拓につながっている。

サポイン事業に取り組むことで多様なアドバイザーや大学との
つながりが拡大し、自社を強化

サポイン事業に参画されて良かったと感じられる点はどこでしょうか。

自社にないノウハウを外から入れるときにサポイン事業は非常に役に立った。アドバイザーの方との連携や大学との共同研究の話も通しやすかったと感じている。
研究開発は決して順調であったわけではなく、途中で軌道修正を何度も図りながら、サポインの本来の目的から外れないように「基盤技術の高度化」に尽力した結果、最終的に出口が狙っていた範囲よりも広がった。看護師や音楽療法に詳しい方などともつながり、結果として自社の研究開発や事業化の土台がより固まったと感じている。

研究開発技術情報
プロジェクト名:
業務車両オペレータの安心・安全な労働環境実現のための統合バイタル情報解析システムの研究開発
事業実施年度:
平成28年度~平成30年度