2 中小企業における人材の定着
一般に、大企業と比較して、限られたリソースで採用を行う中小企業にとって、優秀な人材を採用できても、定着に向けた社内体制の整備が十分でないために、せっかくの人材が定着しないことも深刻な問題である。
また、第2-4-20図のとおり、従来中小企業が人材の採用のために重視してきた中途採用については、即戦力となる優秀な人材の確保や、新卒一括採用の見直し等もあり、規模の大きい企業においても強化する傾向にあることから、中小企業にとってますます採用競争が激化しているといえる。実際に、同図の中途採用実績(対前年増減率)を見ると、299人以下の従業員規模の企業ではマイナスとなっており、景況が緩やかな回復基調にあることを踏まえると、規模の小さい企業において、業績不振のために採用を抑制したというだけでなく、人材の獲得競争を背景とした採用難による影響があるものと推察される。
また、今後の中途採用の見通しについて、従業員規模別に確認したものが第2-4-21図であるが、2016年度に引き続き、2017年度においても全ての従業員規模の企業において「前年より増える」が「前年より減る」を上回っている。特に、従業員規模5,000人以上の企業において増加傾向が顕著であり、引き続き中途採用においては中小企業にとって厳しい状況が続くことが予想される。
こうした状況を踏まえると、中小企業では期待する人材の採用だけでなく、採用した人材や、既に社内にいる人材の定着を図る取組が非常に重要になる。
本項においては、就業者側が重視する社内制度や、中小企業におけるその導入状況、制度が円滑に機能するための社内環境等について分析を行う。また、人材確保成功企業と、人材確保不成功企業7においては、どのような取組の差異が生じているか、それぞれの社内制度や職場環境が就業者にどのような影響を与えるかについても詳細を確認する。
7 ここでいう「人材確保成功企業」とは、「直近3年間の採用活動で期待どおりの人数・能力の人材を採用できており、かつその人材がおおむね3年以上定着している企業」とし、「人材確保不成功企業」とは、「直近3年間の採用活動で期待どおりの人数・能力の人材は採用できたが、その人材が3年以上定着しなかった企業」及び「直近3年間の採用活動で期待どおりの人数・能力の人材を採用できなかった企業」としている。
〔1〕採用と定着の成否の相関
ここで、第2-4-22図にて中小企業の採用と定着の成否について確認すると、採用に成功した企業の9割以上が3年以上の定着にも成功しており、中小企業の人材確保を分析する上では、採用と定着の両方に着目する必要があるといえる。
〔2〕人材の定着や育成のための企業の取組
それでは、まず就業者が重視する企業の社内制度や取組について確認する。第2-4-23図は、人材の定着や育成のために就業者自身が重要だと考える企業の取組について、回答を得たものである。
まず、中核人材について年齢区分別に重視する項目を確認すると、「他社よりも高い賃金水準の確保」、「時間外労働の削減・休暇制度の利用促進」、「家賃・住宅に係る補助・手当」、「育児・介護に係る補助・手当」については、特に若年層になるほど重視する傾向がある。他方で、「成果や業務内容に応じた人事評価」、「能力や適性に応じた昇給・昇進」といった評価に関わる項目については比較的年齢層による差が小さく、どの年齢区分においても重視する割合が高い。特に後者については55歳以上の中核人材においては47.9%と、同年齢区分の中で最も重視する項目となっている。
次に、労働人材について同様に重視する取組を年齢区分別に確認すると、おおよその傾向は中核人材と変わりはないものの、18~34歳の労働人材は、「時間外労働の削減・休暇制度の利用促進」を他の年齢区分よりも重視しており、更に若干ではあるものの、「他社よりも高い賃金水準の確保」、「成果や業務内容に応じた人事評価」に比べ優先度が高い傾向にある8。
8 18~34歳の労働人材については、特に女性の割合が高く、家庭等と両立しながら仕事に従事していることが推察されるため、このような項目を重視する割合が高く生じるものと推察される(付注2-4-3参照)。
それでは、中小企業は、どのような取組が人材の定着や育成のために有効だと認識しているのだろうか。第2-4-24図は、人材の定着や育成に向けて自社で行っている取組の中で、有効だと認識している項目を人材確保の成否別に見たものである。同図を見ると、「能力や適性に応じた昇給・昇進」は、人材確保成功企業、人材確保不成功企業共に最も回答割合の高い項目であることが分かる。他方、「職場環境・人間関係への配慮」については、成否別の有効性の認識の差が大きい。
〔3〕中小企業に就業する人材の今後の離職転職意向
ここで、改めて就業者に着目する。第2-4-25図は、就業者が重視する取組が、就業先で実施されていない場合に、今後の就業の意向にどのように影響するかについて、中小企業に就業する中核人材が重視する項目上位五つを抽出して確認したものである。
同図を見ると、本調査における中小企業に就業する中核人材全体の今後の就業意向に比べ、「職場環境・人間関係への配慮」が実現されていない場合、「すぐにでも転職したい」、「すぐにでも起業・独立したい」とする意向が強い。「機会があれば転職したい」、「機会があれば起業・独立したい」と合わせると、7割近くが現在の就業先からの離職意向があることが分かる。同様に、「時間外労働の削減・休暇制度の利用促進」についても実現されていない場合、離職意向に与える影響が相対的に大きいことがうかがえる。
中小企業に就業する労働人材についても、重視する項目上位五つについて同様に確認したものが第2-4-26図である。同図を見ると、特に「職場環境・人間関係への配慮」が就業先で実現されていない場合、7割以上が離職意向を示しており、うち、「すぐにでも転職したい」、「すぐにでも企業・独立したい」とする即時の離職意向は2割を超えている。
〔4〕中小企業の人材確保の成否と経営者の振る舞い・職場環境
人材確保に関して、経営者の振る舞いや職場環境について、人材確保の成否別に見たものが第2-4-27図である。
まず、経営者の振る舞いや仕事の采配について確認すると、特に「業務量・業務負担が公平」、「能力伸長・ライフスタイル等を考慮した仕事の配分を行っている」といった、仕事の采配に関わる項目について差が大きい。
次に、従業員同士のコミュニケーションや、仕事のしやすさの項目については、総じて人材確保の成否により明確な差が生じており、特に「上下関係に縛られず意見を出しやすい」、「所定労働時間内で仕事を終える雰囲気がある」といった、風通しの良さや、長時間労働の抑制に関わる項目について差が生じている。
〔5〕就業者から見た働きやすさと経営者の振る舞い・職場環境
第2-4-28図は、実際に中小企業に就業している中核人材について、現在の職場が働きやすい・働きづらいと回答した者別に、就業先の経営者の振る舞いや、職場環境に関する取組項目の該当状況を示したものである。
現在の職場を働きやすいと感じている就業者と、働きづらいと感じている就業者の差が特に大きいのは、「個人の家庭等の事情を「お互い様」と考えフォローしあっている」、「上下関係に縛られず意見を出しやすい」、「業務上のノウハウが共有されている」、「経営者・経営幹部と従業員の意思疎通が円滑」といった、職場でのコミュニケーションや業務の円滑化に関わる項目であることが分かる。
第2-4-29図は、同様に中小企業に就業している労働人材について、働きやすさの別に就業先の経営者の振る舞いや職場環境を確認したものである。第2-4-28図で見た中核人材の傾向と同じく、「個人の家庭等の事情を「お互い様」と考えフォローしあっている」、「上下関係に縛られず意見を出しやすい」、「従業員間のコミュニケーションが活発」といった職場のコミュニケーションや風通しの良さに関わる項目について、「働きやすい」と回答した者と「働きづらい」と回答した者の差がとりわけ大きいことが分かる。
また、「所定労働時間内で仕事を終える雰囲気がある」については中核人材に比べてより両者の差が顕著であり、労働人材においては、長時間労働の是正についても、更に職場の満足度に与える影響が大きいことが示唆される。
職場における働きやすさは、今後の離職転職意向に直結している。第2-4-30図は、中小企業に就業している者について、働きやすさ別に今後の就業の意向を確認したものだが、職場の満足度が下がるほど明確に「すぐにでも転職したい」の割合が高まっている。