3 海外展開投資における人材の在り方
これまで、海外展開投資を行っている企業が抱えている課題や、海外展開投資を行っていない企業が海外展開投資を行わない理由として「海外展開を主導する人材」を挙げる企業が多いことを見てきたが、本節では、海外展開投資を行うために重要である「人材」についての取組状況、課題について見ていく。
■グローバル人材・外国人活用の現状
まずは、グローバル人材14の確保状況について詳しく見てみる。グローバル人材の充足度を海外展開投資の種類別に示したものが第2-3-26図であるが、輸出と直接投資については、約4割の企業がグローバル人材を確保できている。他方で、輸出企業の44.0%、直接投資企業の57.3%は、グローバル人材が不足していると回答している。また、インバウンド対応を行っている企業については、グローバル人材を確保できている企業は僅か15.7%で、68.6%もの企業が不足していると回答している。これらより、輸出や直接投資に比べて、特にインバウンド対応を行っている企業の方がグローバル人材の不足感が強いことが分かる。
14 ここでいうグローバル人材とは、語学力や海外在住、勤務経験、国際感覚に長けた日本人のことをいう。
次に、第2-3-27図は、外国人人材の確保状況を海外展開投資の種類別に見たものであるが、直接投資を行っている企業については、外国人人材を国内や現地の生産拠点や販売・サービス拠点で活用しているため、外国人人材の活用割合が6割強とほかの投資に比べて高くなっている。他方で、輸出とインバウンド対応を行っている企業については、直接投資に比べて外国人人材の活用が進んでおらず、約6~7割の企業が外国人人材を活用できていないことが分かる。
■外国人人材の活用と労働生産性
ここで、第2-3-28図は、海外展開投資を行っている企業における売上高、売上高経常利益率を外国人人材の有無別・海外展開投資の種類別に見たものであるが、輸出、直接投資、インバウンド対応のいずれの海外展開投資についても、外国人人材を活用している企業の方が売上高、売上高経常利益率の水準が高いことが分かる。この結果は外国人人材を活用することが売上高や売上高経常利益率を向上させるという因果関係を示すものではないが、少なくとも外国人人材の活用と業務実績との間には相関関係があると考えられる。
■海外展開人材確保・育成の取組
以下では、海外展開投資を行う上での海外展開人材(海外展開を行う上で必要なグローバル人材・外国人人材)を確保・育成するための中小企業における取組状況について見ていく。
第2-3-29図と第2-3-30図は、海外展開投資を行っている企業の、人材確保と人材育成の取組状況を海外展開投資の種類別に見たものであるが、直接投資については「中途採用による語学力・専門性の高い日本人人材の確保」が最も高く、次いで「外国人留学生、現地人材等の外国人の積極的な採用」、「語学力・専門性の高い新卒者の採用」の順になっているが、輸出とインバウンド対応については「人材は必要だが確保の取組は特に行っていない」と回答する割合が最も多くなっている。
また、人材育成について見てみると、直接投資については「海外現地スタッフの日本での勤務や研修・実習」、「日本人社員の早期海外赴任」といった取組を行っている企業はいるものの、全体的にいずれの海外展開投資についても「人材は必要だが育成の取組は特に行っていない」と回答する企業の割合が高くなっていることが分かる。
以上をまとめると、海外展開投資を行うために、一部の中小企業は中途採用によりグローバル人材を確保するとともに、外国人留学生等の外国人も外部から活用している一方で、人材確保を行っていない企業もかなり高い割合でいることが分かった。さらに、人材育成についても、いずれの海外展開投資についても人材育成が行えていない傾向にあることが分かった。
■海外展開人材確保・育成の課題
それでは、海外展開投資を行っている企業はどのような課題を抱えているために、海外展開人材を確保・育成できていないのであろうか。第2-3-31図と第2-3-32図は、人材確保・育成の取組を行う上で企業が抱えている課題を、海外展開投資の種類別に見たものである。
まず、人材確保における課題について見てみると、輸出と直接投資については「生産管理・設計技術・通訳等の求める質の人材が少ない」、インバウンド対応については「業務多忙により人材確保にかかる時間・体制的余裕がない」と回答する企業の割合が高いことが分かる。
次に、人材育成における課題について見てみると、輸出、直接投資、インバウンド対応いずれについても「業務多忙により人材育成にかかる時間・体制的余裕がない」と回答する企業の割合が高い傾向にあり、加えて、輸出については「人材指導・育成のノウハウが乏しい」、直接投資については「人材指導・育成のノウハウが乏しい」、「言語・文化・商慣習の違いのためコミュニケーションが困難」、「人材が定着しない」、の割合が高いことが分かる。
以上より、人材確保については、輸出と直接投資を行っている企業は自社が求めている質に見合った人材がいないため、インバウンド対応を行っている企業は業務多忙のために人材確保の取組が進んでいないことが分かった。人材育成の面では、まず、輸出については人材指導・育成のノウハウがなく、次に、直接投資については、人材指導・育成のノウハウがなく、言語・文化・商慣習の違いによりコミュニケーションが困難であり、さらに人材が定着しないため、最後に、インバウンド対応については、主に業務多忙のために人材育成の取組が進んでいないことが確認された。
海外の需要を取り込んでいくことは決して簡単なことではなく、そのためには海外展開を主導していくためのグローバル人材や外国人人材の活用は必要不可欠である。しかし、これまで概観してきたとおり、海外展開を行う中小企業は様々な課題を抱えているために、海外展開人材を社内で雇用し、育成するのが困難であると考えている企業が多い。第2-3-28図で、外国人人材を活用することと売上高、売上高経常利益率との間には相関関係があることを見てきたが、中小企業が社内でグローバル人材の確保・育成が十分行えないのであれば、外部から日本語や国際感覚に長けた外国人等の多様な人材を確保し、活用していくことも、海外展開投資を成功させるための方法の一つではないだろうか。
このように、我が国の中小企業が海外展開投資を行うにあたって、社内で海外展開人材を確保・育成していくのとあわせて、日本人にこだわるのではなく外部から多様な人材を確保・活用することによって、海外需要を獲得することで稼ぐ力を強化していくことが今後期待される。
事例2-3-8. 富士フィルター工業株式会社
海外展開に必要な人材を社内で育成することで、海外進出に成功している企業
東京都中央区の富士フィルター工業株式会社(従業員180名、資本金5,740万円)は、高精度の産業用フィルターとフィルターシステムの開発・設計・製造を一貫して行う企業である。商品構成は化学工業向け30%、自動車産業向け24%、プラントエンジニアリング向け20%、船舶向け20%と様々な分野向けのフィルターを製造しており、多品種少量生産と少品種大量生産という性質の異なる二つの生産体制を持っていることが同社の強みである。東京都の本社のほか、栃木県に製造工場、さらに海外にも15か国以上に販売代理店を持ち、全国のみならず世界中に日本製フィルターの製造・販売を行っている。
1966年、外資系の貿易会社でフィルターを扱っていた先代社長の汐見一光氏が退職金代わりにフィルターの在庫を持って退職、それを元手に創業し、国産のフィルター製造を開始した。米国企業との共同開発による製品の品質が高く、さらに一光氏も海外での勤務経験があり語学力が堪能であったため、創業後数年にして米国に輸出を開始することができ、さらに海外に販売代理店を設けることで、海外販売先を開拓していった。
現社長の千佳氏は父・一光氏の姿を見て同社に入社、工場での現場経験を通し製品知識や生産管理を学び、また海外営業部で営業スキルも学んでいき、2006年に先代・一光氏の後を継いで代表者に就任した。「世界で一番社員がHappy」という経営理念を掲げ、経営者のトップダウンではなく社員全員で会社を支えていくという考えのもとで、社員の意見を聞き、検討を重ねることで、顧客の抱える課題を解決できる製品を開発・製造してきた。さらに、海外展開する際にも、社員と一緒になって戦略・計画を策定し、そのビジョンを社員全員で共有することで国内・海外の取引先を開拓し、業績を伸ばしていった。
同社は提案型の営業に力を入れていることが特徴である。工業用フィルターは自動車の塗装から化粧品製造まで用途が多様であるため、社員には工場研修により製品の知識を習得させ、その後勉強会やテストも合わせて行うことで、商社に頼ることなく、海外に自社製品を販売できる営業人材を社内で育て上げている。
さらに、自社フィルターの付加価値向上とコスト競争力を高めるために、2012年には韓国に合弁会社「フジフィルターコリア」を設立し、それまでサプライヤーで製造していたフィルターの筐体設計の工程の一部を内製化し、社内での設計能力を強化したほか、世界市場の情報収集及び営業強化のため、ドイツと米国にも営業拠点を構えている。
同社の汐見社長は、「我が社の商品が国内のみならず世界に展開できているのも、『世界で一番社員がHappy』の理念のもとで、経営者と社員が経営ビジョンを共有した上で、現場の社員の人材育成を行い、顧客の声も聞きながらその課題やニーズに応える製品を社内で開発・製造するという一体感ができているからこそである。」と語っている。
事例2-3-9. 株式会社ヤマナカゴーキン
人材育成と多様な人材の活用により、海外市場に進出し世界で戦っている企業
大阪府東大阪市にある株式会社ヤマナカゴーキン(従業員230名、資本金8,500万円)は、自動車の部品製作に使われる精密冷間鍛造15金型の製造や、金型及び部品の設計開発等のソリューション事業、部品生産事業を中心に展開している企業である。「顧客の課題をどのように解決できるか」を第一に考え、顧客ニーズに対応し取引先と信頼関係を構築することで、大手の自動車メーカーをはじめとして取引先を拡大させており、高い加工技術を活かした高精度・高品質・短納期での金型製造と、高い解析技術を活用した設計による付加価値の高い製品開発を行っている。
1961年の創業以来、常に新たな課題に挑戦し、加工技術の革新による品質向上を行うことで、取引先から高い信頼と評価を受け、同社の事業は順調に拡大していった。しかし、経済のグローバル化の進展に伴って国内の製造業は海外に生産拠点を移転し、金型も国内ではなく海外企業から調達するようになっていった。同社の山中雅仁社長は、学生時代の米国での留学を通してグローバルビジネスの必要性を強く感じており、製造業の海外移転の流れの中で、同社には海外の企業にはない高い技術力があるため世界で勝負できると考え、海外展開を行うことを決意した。
海外展開を行うにあたり、山中社長の海外展開への情熱を従業員に伝えるとともに、ボトムアップを重視し、従業員の意見を踏まえた上で海外展開のビジョンを策定することで、社内での意思統一を行った。さらに、同社の経営指標の「見える化」を行い現地パートナーと共有することで、現地パートナーとの信頼関係を強化した。海外販路開拓については、外国人を雇用し日本本社で研修、教育を行い同社の経営ビジョンを理解させた上で活用することで、順調に海外展開を進めていった。また、山中社長が米国留学時に知り合った韓国人が入社してくれたことがきっかけとなり、ライバル企業がほぼ独占していた韓国の自動車メーカーからの大型受注に成功するなど、外国人人材を積極的に活用する同社の組織づくりにより、従来では困難であった海外市場に参入することもできた。
1994年のシンガポールへの生産拠点設立を契機に、その後は2002年、2010年に中国、2011年にはタイに生産拠点となる現地法人を設立し、現在は、世界20か国以上に輸出も展開している。
また、同社は「社員の成長は会社の成長」であり、「ものづくりの技術力や技術開発力の源泉は人材にある」と考えており、従業員に対して、現場でのOJTだけではなく、階層別・職能別教育の実施、欠員の出たポストへの社内公募制度の実施等、人材育成にも力を入れている。また、従業員がオープンな考えを持つためにはオープンな環境を作っていくことが必要であると考え、外国人人材の採用、インターネット上での人材募集、出身学部にこだわらない採用や人員配置等も積極的に行っている。さらに、今後の海外販路開拓のための国外ネットワーク形成を目的に、国際会議や学会といった国外での発表の機会を増やしている。同社では、こうした取組により、今まで以上にグローバル人材、外国人人材の活用を進めることで、現在25%である海外売上高比率を30%まで引き上げることを目標に掲げている。同社の山中社長は、「海外展開を更に進めていくためには、海外展開を主導できる人材の確保、育成が鍵となる。そのためにも、20代の若手従業員を海外拠点へ積極的に登用するなどでグローバル人材の育成を強化し、さらに同社の経営ビジョンを理解し、共有できる外国人等の多様な人材も活用していきたい。」と語っている。
15 「冷間鍛造」とは、金属素材を室温で鍛造し成型する技術のことであり、温熱間鍛造と比べると省エネルギーであり、素材のロスも少なく製造コストが低い特徴がある。
コラム2-3-3
グローバル人材確保のための支援について
本コラムでは、海外展開投資に必要なグローバル人材や外国人人材を活用するための支援施策について見ていく。
【人材確保のための支援施策】
■JICAボランティア(青年海外協力隊、日系社会青年ボランティア)経験者への求人票の提供(独立行政法人国際協力機構)
独立行政法人国際協力機構において、JICAボランティア経験者の採用を希望する企業の求人情報を、帰国後就職を希望するJICAボランティア経験者に提供している。この制度を活用することにより、ボランティア活動により異文化適応能力等を備えた、企業の海外展開に貢献できる人材を採用することができる。
■海外展開のための専門家活用助成事業(独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ))
日本の中堅・中小企業が、新興国等への海外展開(拠点設立・輸出等)に取り組む際に、海外ビジネスに精通した外部人材(専門家)を雇用する経費等の一部を助成している。
【人材育成のための支援施策】
■国際即戦力育成インターンシップ事業(独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)、一般財団法人海外産業人材育成協会(HIDA))
ビジネススキル等を身につけたグローバル人材及び多様で変化の早い新興国市場にマッチする新たな製品・サービスを開発できる人材を育成するため、開発途上国(アジア諸国等)及び日本の政府・政府系機関、民間機関等に若手社会人・学生を相互に派遣し、ビジネスの現場でのインターンシップ(就労体験)機会を提供している。
■海外展開事業管理者研修(独立行政法人中小企業基盤整備機構)
アジアへの海外展開(海外取引や拠点の設置)を志向する企業において、そのキーパーソンとなる人材を養成するために、貿易実務、国際契約、海外顧客へのセールストーク等の基本を学ぶとともに、直接投資事業の進め方、海外展開を行うために必要な知識・ノウハウの習得を目指す研修を行っている。