第4節 BCP
頻発する災害等に備え、不測の事態における業務の中断リスク低下や、短期間での復旧などのため、「事業継続計画」(以下、「BCP84」という。)の策定が重要となっている。本節では、BCPに関する状況について確認する。
第1-2-17図は、「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2024年)85」を用いて、BCP策定率の推移を企業規模別に見たものである。「中小企業」におけるBCP策定率は上昇傾向にあるものの、「大企業」のBCP策定率と比較すると、その水準には依然として差があることが分かる。
84 Business Continuity Planのことを指す。
85 (株)帝国データバンクが2024年5月、全国27,104社の企業を対象に実施したアンケート調査【有効回答数:11,410社(大企業1,802社、中小企業9,608社)、回収率:42.1%】。
第1-2-18図は、BCP策定率を地域別に見たものである。地域ごとの策定率に若干の差があり、BCP策定の必要性等に地域差が存在している可能性がある。
第1-2-19図は、事業中断リスクに備えた実施・検討内容について見たものである。これを見ると、「中小企業」では「従業員の安否確認手段の整備」と回答した割合が最も高く、次いで「情報システムのバックアップ」、「緊急時の指揮・命令系統の構築」と続いている。また、「中小企業」と「うち小規模事業者」を比較すると、「事業中断時の資金計画策定」を除いた全ての項目について、「中小企業」の方が高い回答割合となっている。
第1-2-20図は、BCPを策定していない理由について見たものである。これを見ると、「策定に必要なスキル・ノウハウがない」、「策定する人材を確保できない」といったリソース不足に関する回答割合が比較的高いことが分かる。また、「うち小規模事業者」では、「必要性を感じない」と回答した割合が「中小企業」に比べて特に高いことも見て取れる。
事例1-2-5では、BCP策定の取組を、災害対策だけでなく、顧客の信頼獲得や、コスト削減、生産効率向上、人材確保など平時の事業強化にもつなげている企業の事例を紹介する。
事例1-2-5 アイ・エム・マムロ株式会社
BCP策定の取組を、災害対策だけでなく平時の事業強化にもつなげている企業
所在地 山形県真室川町
従業員数 86名
資本金 4,000万円
事業内容 その他の製造業
▶水害・雪害への対応が喫緊の課題に
山形県真室川町のアイ・エム・マムロ株式会社は、大手メーカーの高級腕時計の組立てや、工作機械やロボットの可動部分に使われるリニアモーションガイドという部品の組立てなどを行う企業である。本社を置く真室川町は山形県北部に位置し、最上川水系の一級河川が横断している地域だ。河川の氾濫や土砂崩れなど水害が起こりやすく、通勤経路によっては従業員の身に危険が及んだり、出社できなくなったりするリスクを抱えている。また、冬には積雪の深さが1.5mにもなる地域で雪害による停電が多く、工場が停止するリスクも高い。そのため、災害対策は同社にとって長年の課題であった。こうした状況の中、2018年に真室川町を含む最上地域一帯で豪雨による水害が発生。幸いにも同社の事業への影響はなかったが、従業員とその家族の安全を確保するため、事前対策の必要性をより強く認識した。また、この出来事は、同社の髙橋智之社長が10歳のときに集中豪雨で被災して自衛隊に救助された経験と重なり、災害対策を喫緊の課題と捉えるに至った。
▶BCPセミナーで得た着想を基に、事業継続力強化計画とBCPを策定
同社の災害対策に向けた取組の第一歩は、2008年のBCPセミナーへの参加であった。髙橋社長はそこで、災害時の復旧には自社の事業に優先順位を付け、何を残して何を切り捨てるかの判断が必要という着想を得た。また、そのセミナーの講師を自社に招き、納品ルートや仕入先の代替策、最小限の人員体制などについて、数回にわたるブレインストーミングも行った。それらの発想を蓄積していた中、2018年の水害をきっかけに災害対策を強化し、2019年に災害時の安全対策や復旧に関する事業継続力強化計画を策定した。さらに、災害時だけでなく平時の事業継続も見据えたBCPの策定にも着手。セミナーで得た着想を基に「自社にしかできない事業か」という観点で事業や製造工程などを見直し、他社で代替可能なことは切り捨てる判断も明確にした。また、計画策定を通じて認識した課題に対しては、従業員の安否確認システムや停電対策の非常用自家発電機を導入したほか、納品ルートの状況を常に把握できるように通信型ドライブレコーダーを納品車に設置するなどハード面の強化を進めた。
▶BCP策定が顧客の信頼獲得や、コスト削減・生産効率向上、人材確保につながる
事業継続力強化計画とBCPを策定し、そこで認識した課題に対策する一連の取組は、顧客からの信頼獲得につながり、取引継続や新規顧客の開拓に寄与した。また、BCP策定を通じて、日頃から代替となる仕入先・外注先を検討したことや、最小限の人員体制で運営できるように製造工程を見直したことは、平時でもコスト削減につながったほか、少人数・短時間での製造が可能となり生産効率向上も実現した。同社の近隣地域では、若者が都心部へ流出してしまう傾向が続いているが、BCP関連の取組や災害対策の徹底は従業員の心理的安全性を担保し、人材確保の一助にもなっている。「今後の事業継続を見据えて、働く場所や人材を確保する観点から、新事業進出や拠点分散も検討している。通勤や納品のルートを維持するための高規格道路の整備など、自社だけでは対応困難なインフラ面については、行政にも働きかけながら事業継続力を更に高めていきたい」と髙橋社長は語る。