第2節 起業・創業
第2節では、起業・創業について分析を行っていく。第1項では、各種統計や調査を用いて我が国の起業の実態を確認していき、第1項の〔2〕以降は、(株)帝国データバンクが「令和4年度中小企業実態調査委託費(中小企業の新たな担い手の創出及び成長に向けたマネジメントと企業行動に関する調査研究)」において実施した、中小企業を対象としたアンケートである、「中小企業の起業・創業に関する調査」15を用いて、起業・創業における課題や起業・創業に向けて必要な取組について確認していく。
15 (株)帝国データバンク「中小企業の起業・創業に関する調査」:(株)帝国データバンクが2022年11月から12月にかけて、従業員5名以上で、創業後5年から9年経過した中小企業15,000社を対象にアンケート調査を実施(回答3,000件、回収率20.0%)。
なお、加藤(2022)などにもあるように、多くの国や産業で、設立後の5年間で約半数の事業所が退出することが指摘されていることから、そうした期間を乗り越えた経営者が、起業前後でどのような取組を行ってきたのかを分析するため、本アンケートでは、創業後5年から9年経過した企業を対象として調査している。
また、本アンケートの回答企業群は創業後、5年から9年にわたり存続している企業を対象としており、創業後に廃業した企業などの回答は含まれていない点に留意が必要である。
1.起業・創業の動向
本項では、各種統計や調査を用いて、我が国の起業の実態を時系列で見ていく。加えて、経営者が感じる起業に対する満足度の状況や、創業当時に抱えていた起業の目的や課題などについても確認し、経営者が起業に至る背景などについて分析していく。
〔1〕我が国の起業の実態
始めに、我が国の開業率及び廃業率について現状把握を行う16。
16 「雇用保険事業年報」を基に中小企業庁で算出した開廃業率は、事業所における雇用関係の成立、消滅をそれぞれ開廃業とみなしている。そのため、企業単位での開廃業を確認できない、雇用者が存在しない、例えば事業主一人での開業の実態は把握できないという特徴があるものの、毎年実施されており、「日本再興戦略2016」(2016年6月2日閣議決定)でも、開廃業率のKPIとして用いられているため、本分析では当該指標を用いる。なお、「事業所・企業統計調査」、「経済センサス・基礎調査」及び「経済センサス-活動調査」を基に算出した開廃業率は付属統計資料10表及び11表を、「民事・訴訟・人権統計年報」及び「国税庁統計年報」を基に算出した開廃業率は付属統計資料13表を参照されたい。
第2-2-54図は、我が国の開業率・廃業率の推移について見たものである。開業率は、1988年度をピークとして低下傾向に転じた後、2000年代を通じて緩やかな上昇傾向で推移してきたが、2018年度に再び低下。足下では4.4%となっている。廃業率は、1996年度以降増加傾向で推移していたが、2010年度からは低下傾向で推移している。

第2-2-55図は、業種別に開廃業の状況を見たものである。開業率について見ると、「宿泊業,飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業,娯楽業」、「情報通信業」と続いている。また、廃業率について見ると、「宿泊業,飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業,娯楽業」、「小売業」が続いている。開業率と廃業率が共に高く、事業所の入れ替わりが盛んな業種は「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」であることが分かる。一方で、開業率と廃業率が共に低い業種は、「運輸業,郵便業」、「鉱業,採石業,砂利採取業」、「複合サービス事業」となっている。

第2-2-56図は、都道府県別に開廃業の状況を見たものである。開業率について見ると、沖縄県が最も高く、福岡県、埼玉県と続く。また、廃業率について見ると、福島県が最も高く、愛知県、大分県と続いている。

第2-2-57図は、総務省・経済産業省「経済センサス-活動調査」を再編加工し、企業の社齢別に、常用雇用者数の純増数について見たものである。企業年齢が若いほど、常用雇用者純増数が大きくなっており、多くの雇用を生み出していることが分かる。起業・創業を促していくことの意義は、雇用創出の観点からも大きいと考えられる17。
17 深尾・権(2011)は、企業の社齢と雇用の創出・喪失率や純増数について相関があることを明らかにし、雇用創出には社齢が若い企業の役割が大きいことを指摘している。

第2-2-58図は、諸外国の開廃業率の推移を比較したものである。各国ごとに統計の性質が異なるため、単純な比較はできないものの、国際的に見ると我が国の開廃業率は相当程度低水準であることが分かる。

〔2〕起業の目的や直面する課題
ここまで、我が国における開廃業率を概観し、我が国の数値は諸外国と比べて低い一方、雇用創出効果が大きいことを確認した。中小企業白書(2017)18でも触れられているように、現在においても、資金調達や収入面のリスクが起業の妨げになっている可能性が考えられる。ここからは、「中小企業の起業・創業に関する調査」を用いて分析を行う。
18 2017年版中小企業白書 第2部第2章第2節を参照されたい。
第2-2-59図は、経営者の年代別の起業の目的を確認したものである。これを見ると、各年代において「仕事の経験・技術・知識・資格等をいかすため」、「自分の裁量で自由に仕事をするため」と回答する割合が高いことが分かる。
また、30歳代以下の若い層においては、「自分の裁量で自由に仕事をするため」、「高い所得を得るため」と回答する割合が他の年代と比較して高いことが分かる。一方、40歳代より高い年代の層では、「高い所得を得るため」と回答する割合は低く、地域の雇用維持・拡大、地域社会が抱える課題解決、地域の産業発展への貢献、といった内容の回答割合が高いことが分かる。

第2-2-60図は、経営者が事業に対して現在満足していることについて見たものである。これを見ると「仕事のやりがい・達成感」、次いで「仕事の業務内容」について満足していると回答する割合が高いことが分かる。創業した多くの経営者が、事業に対して満足感を得ていることがうかがえる。

第2-2-61図は、起業の準備段階で生じた課題を経営者の年代別に見たものである。全体では、「事業に必要な専門知識、経営に関する知識・ノウハウが不足していた」と回答した割合が高く、次いで、「資金調達方法の目処がつかなかった」が高いことが分かる。年代別に見ると、30歳代以下において、事業・経営に必要な専門知識・ノウハウの不足の回答割合が特に高くなっており、起業の障壁となっている様子がうかがえる。

続いて、第2-2-62図は、起業に踏み切れた理由を経営者の年代別に見たものである。各年代で「起業について、相談できる支援者がいた」が最も高いことが分かる。次いで30歳代以下では「身につけるべきスキルを習得した」が、40歳代以上の各年代では「資金調達の目処が立った」が高くなっている。

ここまで、日本の開業率は諸外国と比較すると低いものの、起業は雇用創出効果を持つ点、また、実際に起業した人の多くがやりがいや達成感を感じるなど、創業後、実施している事業に対して満足感を得ているという点を確認してきた。他方で、創業時の課題としては経営に関する知識・ノウハウの不足、資金調達が挙げられており、こうした障壁を乗り越える上で、相談できる支援者の存在は重要ではないだろうか。
事例2-2-10は、前職で培った人脈や支援機関を活用した上で創業し、やりがいを感じながら成長を続けている企業の事例である。
事例2-2-10:TSUYOMI株式会社
自ら構想したアイデアを事業化するために、経験や人脈をいかして創業し、やりがいを感じながら成長している企業
所在地 愛知県一宮市
従業員数 1名
資本金 800万円
事業内容 化学工業
▶自ら構想したアイデアを実現するために起業
愛知県一宮市のTSUYOMI株式会社は、2017年創業のオーラルケア製品の研究開発・販売を行う企業である。代表取締役社長の森健一氏は、創業前は医薬品会社で営業職として勤務していた。営業職時代には出張が多かったことから、手軽に口腔ケアができる製品が欲しいと感じていた。また、東北や熊本の震災現場でボランティア活動をした際に、口腔ケアがおろそかになると病気につながる話を聞き、非常時における口腔ケアの大切さを実感。こうした経験を通じ、「歯磨き粉のタブレット化」のアイデアを当時から持っており、勤務先での事業化の機会を長年うかがっていた。しかし、組織再編等による社内環境の変化が起こり、勤務先でのアイデア実現が難しくなる可能性が見込まれた。自身のアイデアにビジネスチャンスを感じ、「固形歯磨きの製品化を実現したい」という強い思いを引き続き持っていたことから、20年以上勤めた勤務先の退職を決意し、起業する道を選んだ。
▶これまでの経験や人脈をいかして「タブレット型歯磨き粉」の事業化に成功
創業するに当たり、経営に関して分からないことが多かった森社長は、愛知県の「よろず支援拠点」を積極的に活用。資金面からマーケティング、広告・宣伝の手法など、あらゆる内容を相談し、学びを深めた。また事業化に向けて、課題となったのは研究・開発で重要となる工場の確保であった。前職時代に関わりがあった工場に接触し、製品化の見込みを立てることができた。販路開拓などの営業面では、前職時代に形成した人脈を活用するとともに、培ってきた営業スキルにより商品の目新しさを訴求することで販売先を確保できた。前職時代には製品づくりに携わった時期もあリ、そこで得た知識や経験は、工場との連携や、販売先との対話の中でいかされている。家族や友人には試作品を使用してもらい、何度も改良を重ねた。そして、2018年に携帯するタブレット型歯磨き粉「KAMIGAKI(カミガキ)」の販売を開始(2020年に「CAMUGAKI(カムガキ)」に名称変更)。創業以降は自己資金を元手に事業を進めてきたが、販売の見込みが立った時期に民間金融機関からの資金調達も実現した。
▶サラリーマン時代には味わえなかったやりがいを感じる
「CAMUGAKI」の販売以降も新たな商品の開発を続け、2021年には宇宙用に開発した製品「mouthpace(マウスペース)」がJAXA(宇宙航空研究開発機構)の厳しい審査を通過し、ISS(国際宇宙ステーション)の搭載品に決定した。起業に踏み切ったことで、長年の構想であった「タブレット型歯磨き粉」を事業化し、宇宙で自分たちが開発した製品が役立っていることで、これまでにない大きなやりがいを感じている。複数の企業から引き合いの声も多く、売上面の成長も見込まれている。現在は1名の従業員と二人三脚で進めているが、商品や得意先の拡大に応じて採用も検討している。「自分で行動を起こし成果を獲得することがやりがいにつながっている。商品の知名度を更に上げ、口腔ケアの大切さを広く知ってもらい、世の中に貢献していきたい。」と森社長は語る。

コラム2-2-3:諸外国における起業後の企業生存率
コラム2-2-3〔1〕図は、諸外国における起業後の企業生存率の推移を比較したものである。国により統計やデータの性質が異なるため、単純な比較はできないが、欧米諸国の生存率は創業後5年を経過すると50%を下回っており、企業が長期的に存続することの厳しさがうかがえる19。
19 創業後5年を経過した日本における起業後の企業生存率は、80.7%である(ただし、データベースに収録される企業の特徴やデータベース収録までに一定の時間を要する等から、実際の生存率よりも高めに算出されている可能性がある)。創業後5年以外を経過した企業における企業生存率については、(株)帝国データバンクが実施した「令和4年度中小企業実態調査委託費(中小企業の新たな担い手の創出及び成長に向けたマネジメントと企業行動に関する調査研究)」の委託調査報告書を参照されたい。

2.起業・創業に向けた取組
本項では、引き続き(株)帝国データバンクが実施した「中小企業の起業・創業に関する調査」を用いて、「経営者」、「人材」、「資金調達」や、創業時における戦略策定、「差別化」の実施状況などに着目し、起業・創業後の成長との関係性について確認していく。
〔1〕経営者の能力・強みや経験
まず、経営者に備わっていた能力・強み20の状況について確認する。第2-2-63図は、経営者が創業時に身につけていた、経営に関する能力・強みの有無を見たものである。これを見ると、「業界に関する知識・経験」の回答割合が最も高く、次いで、「リーダーシップ」、「取引先拡大に向けた営業力」と続いていることが分かる。
20 ここでの能力・強みの内容は、日本政策金融公庫総合研究所(2011)「新規開業実態調査(特別調査)」及び独立行政法人中小企業基盤整備機構「J-Net21」を参考にしている。

こうした経営者の持つ人的資本については、創業後の成長要因として重要な要素であるといわれていることから21、経営者の持つ能力・強みと企業の成長の関係について確認していく。第2-2-64図は、売上高成長率の分布別に、各能力の保有状況を確認したものである。これを見ると、「取引先拡大に向けた営業力」、「マーケティング能力」、「リーダーシップ」といった能力は、高い成長率の企業と低い成長率の企業で保有割合の差が大きくなっていることから、創業時までにこれら能力を獲得することが重要である可能性が考えられる。
21 海外の研究では、例えばColombo and Grilli(2005)では、イタリアの企業データを用いて、創業時のメンバーの人的資本が、創業後の成長率に与える影響を明らかにしている。また、Delmar and Shane(2006)では、スウェーデンの企業のデータを用いて、創業チームの保有する経験が、その後の生存率や売上高を高めることを明らかにしている。

続いて、第2-2-65図は、経営者が創業時に身につけていた能力・強みの数別に、売上高成長率の分布を見たものである。これを見ると、能力・強みの数が5~9個、10~14個と多くなるにつれて、売上高成長率の高い企業の割合が多いことが分かる。このことから、起業後の成長においては、経営者が多くの能力・強みを創業時に身につけていることが重要である可能性が考えられる。

さらに、経営者の創業前の就業経験についても確認していく。第2-2-66図は、経営者の起業前における同業での就業経験の有無別に、黒字化達成までに要した期間の分布を見たものである。これを見ると、経営者の就業経験がある企業は、就業経験がない企業と比べて、黒字化達成までの期間が「早」、「やや早」企業の割合が多いことが分かる。同業での就業経験により培った業界での経験・知識をいかすことで、早期の黒字化につなげている可能性がうかがえる。

以上、ここまで創業時点における経営者の能力・強みや経験の状況と起業後の成長との関係を見てきた。能力・強みをより多く獲得しているほど、創業後、企業が成長している傾向にあることから、創業時に様々な能力・強みを身につけることが重要であると考えられる。
〔2〕創業時における人材確保
ここでは、創業時における人材確保の状況と、その後の企業の成長の関係等について確認していく。人数面での確保は高い労働力の獲得につながり、能力面での確保は業務上の適切な判断の決定を促す可能性があるとの観点22から、今回人材の確保に着目した。
22 加藤(2022)
第2-2-67図は、創業時の人材確保状況別に、売上高成長率の分布を見たものである。これを見ると、人数面、能力面のそれぞれにおいて、創業時に確保できているほど、売上高成長率が高い企業の割合が多くなることが分かる。創業時には、人数・能力のそれぞれの観点で、人材確保に注力することが重要である可能性がうかがえる。

第2-2-68図は、創業期に確保した重要度の高い人材を見たものである。これを見ると、「経営者を補佐する右腕人材」が最も多く、次いで「営業・販売に長けた人材」、「定型業務を行う人材」が多いことが分かる。

前図では、創業期に確保した重要度の高い人材について確認したが、創業後間もない企業においては、採用市場における人材確保が容易ではなく23、企業の成長に向けては、効率的な採用を実施していくことが必要と考えられる。
23 2013年版中小企業白書では、起業後の成長初期段階(売上が計上されているが、営業利益が黒字化していない段階)において、質の高い人材の確保が課題となっていることを明らかにしている。また、最近の調査においても、例えば日本政策金融公庫総合研究所(2022)では、「2022年度新規開業実態調査」を用いて、従業員の確保を苦労していることとして回答している割合が、開業後において上昇していることを指摘している。
第2-2-69図は、創業期に最も有効だった採用方法を確認したものである。これを見ると、「前職等関係者の採用」が最も高くなっており、次いで「ハローワーク」、「経営者の知人・友人や社員からの紹介の活用」といった回答が上位となっていることが分かる。ハローワーク等の機関を活用するだけでなく、前職等の関係者や友人・知人といった経営者等の持つ人的ネットワークを活用した採用も有効である可能性がうかがえる。

以上、ここまで創業時における人材確保について確認した。人材の人数・能力のそれぞれにおいて、創業時の獲得状況が、その後の企業の成長に影響を与える可能性が確認され、経営者のつながり等を有効活用することの重要性も確認した。
事例2-2-11は、創業以降、経営者や従業員のつながりを活用したリファラル採用を中心とし、成長を遂げている企業の事例である。
事例2-2-11:Ubie株式会社
創業時からリファラル採用を主体とし、必要な人材を効率的に確保しながら成長している企業
所在地 東京都中央区
従業員数 230名
資本金 9,000万円(※2023年1月現在)
事業内容 情報サービス業
▶医療現場で感じた課題の解決を目指して創業
東京都中央区のUbie株式会社は、症状から関連病名を調べられる症状検索エンジン「ユビー」と、医療現場の業務効率化を図る「ユビーAI問診」、及びこれらを活用した製薬会社向けのソリューションを開発・提供する企業。久保恒太氏と阿部吉倫氏の共同代表で2017年に創業した。当時エンジニアであった久保氏が東京大学大学院で症状と疾患の関連性を見いだすアルゴリズムを開発する研究を2013年に始め、高校時代の同級生であり当時医大生であった阿部氏を誘い2014年に共同研究を始めたことが、創業のきっかけであった。2015年より研修医となった阿部氏は、臨床の現場を経験する中で、病院内における膨大な事務作業や、患者の来院の時期が遅れることにより、提案できる治療法が狭まるといった課題があることを痛感。これまで二人が取り組んできた研究をいかすことで、病院内の事務効率化等を目的とし、現在のサービスの構想に至った。
▶企業にとって重要な“人材”だからこそメリットの多いリファラル採用をメインに実施
成長のためには、医療分野やデジタル分野といった、同じ事業経験を有する人材を採用することが、最も有効であるという代表者自身の考えもあり、創業当初から代表者や従業員のつながりをいかしたリファラル採用を活用した。同社のリファラル採用における特徴として、人事担当の専任を置かず、面接などの採用業務を従業員に任せていることが挙げられる。従業員同士で同社の成長のために必要な人材を把握し、周りにふさわしい人物がいれば、気軽に声を掛けていく方針を徹底している。また、より良い人材の確保につなげることができるよう、従業員自身が同社の魅力を感じ、自信を持って友人・知人を誘うことができる会社づくりを心掛けている。
同社の従業員の約半数はリファラル採用で入社しており、同採用を通じて入社した従業員は、同社になじむスピードが速く、高いパフォーマンスを発揮している。また、離職率も低くなっており、採用コストを抑えられているという点でもメリットを感じている。こうして採用した人材の活躍に伴うサービスの強化により、現在、症状検索エンジン「ユビー」の月間利用者数は700万人に上り、「ユビーAI問診」は1,200の施設が導入するまでに成長している。
▶必要な人材の変化を見据えて、リファラル採用を主体としつつも、新たな採用スタイルに挑戦
また、同社の知名度が高まり成長を続ける中、重要となる人材のタイプも変遷している。創業当初は、事業やプロダクトの種を作り出せる人材を重視していたが、その後、開発の進捗に伴い医療機関や一般ユーザーの利用が増え、現在では、事業やプロダクトを安定的に運用できる人材が重要となっている。今後も、リファラル採用をメインとしつつ、一般公募やエージェントも強化しながら多様な人材を確保し、更なる成長を続けていく。「私自身リファラル採用で入社し、私も友人を誘い入社してもらっています。リファラル採用の好循環をいかし、会社のフェーズを上げて社会に提供できるインパクトを更に大きくしていきたい。」とUbie Corporate所属 Affection PR(広報)部の岡氏は語る。

〔3〕企業の成長を促す資金調達
ここでは、創業期における資金調達の状況が、その後の成長にどのような影響を与えるのかについて確認していく。
第2-2-70図は、開業資金の規模別に、売上高成長率と従業員数増加率の分布を見たものである。これを見ると、開業資金の規模が大きいほど、売上高成長率と従業員数増加率の高い企業の割合が多いことが分かる。開業資金の規模が、その後の売上高の成長率や従業員数の増加率に寄与する可能性が示唆される。

第2-2-71図は、開業資金の規模別に、外部からの資金調達の有無について見たものである。開業資金の規模が大きくなるほど、外部からの資金調達を行っている割合が高くなっており、開業資金を十分に確保する上では、自己資金だけでなく外部機関から資金を調達することが必要となっている様子がうかがえる。

外部からの資金調達に当たっては、一般に金融機関等に対して創業計画を作成して自社の事業内容などを説明することが求められる。
第2-2-72図は、創業計画において、「創業後の販売先や仕入れ先」、「競合他社と比較した事業の強み」といった七つの項目24の記載状況について確認したものである。「十分当てはまる」又は「ある程度当てはまる」と回答した企業の割合の合計を見ると、「資金繰り計画(資金使途と調達方法)」や「事業の見通し及びその根拠」について、高くなっていることが分かる。
24 ここでの創業計画の七つの記載項目は、(株)日本政策金融公庫HPにおける「創業計画書」の記入項目などを参考にしている(https://www.jfc.go.jp/n/service/dl_kokumin.html)。

さらに、これら七つの項目の記載状況を点数化して、創業計画の記載状況の充実度を点数の高い順に「高」、「やや高」、「やや低」、「低」の四つに区分したものを、創業計画の記載の充実度とし、外部資金の調達達成状況を見たものが、第2-2-73図である。これを見ると、創業計画の充実度が「高」の企業は充実度が「低」の企業と比べて、外部資金の調達状況において「100%以上」と回答している割合が高くなっていることが分かる。創業計画の記載内容を充実させることで、金融機関等の外部資金調達先に対して自社の事業の強みなどを十分に伝えることができ、資金調達の円滑化につながっている可能性が示唆される。

以上、ここまで創業時における資金調達の取組について確認した。資金調達に際しては、開業資金の規模が大きいほど、その後の企業の成長に影響をもたらすことが確認された。また、資金調達額の規模を高めるには、外部から調達することも有効である可能性がうかがえ、創業計画の充実度が、調達状況を高める可能性も示唆された。
創業時の資金調達に関連して、コラム2-2-4では、創業融資において経営者保証を不要とする制度の促進について紹介している。
コラム2-2-4:経営者保証を徴求しないスタートアップ・創業融資の促進
経営者保証は、経営の規律付けや信用補完として資金調達の円滑化に寄与する等といったプラス面がある一方、スタートアップの創業等を躊躇させる等といったマイナス面があるなど様々な課題が存在している(コラム2-2-4〔1〕図)。もっとも、このような課題の解決に向けて、従来から「経営者保証に関するガイドライン」の活用促進等を進めてきたところである。

この間、経営者保証に関する統計調査をみると、失敗時のリスクが大きいために起業をためらう起業関心層のうち、8割が「借金や個人保証を抱えること」を懸念するとの結果が出ており、経営者保証を求める融資慣行が起業意欲の阻害要因となっている可能性がある(コラム2-2-4〔2〕図)。

こうした中、2022年10月28日に閣議決定された「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」では「個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を年内に取りまとめる」ことや「創業時に信用保証を受ける場合に経営者のリスクを軽減するために個人保証を不要とする等の制度の見直しを図る」ことが明記された。
これらの状況を踏まえ、経済産業省、金融庁、財務省は「経営者保証改革プログラム」を公表し、経営者保証に依存しない融資慣行の確立を加速していく方針を打ち出した。以下では、スタートアップ・創業に関する新たな施策について解説する。
スタートアップを含む創業者・起業者(以下「創業者」という。)の輩出・育成は、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵である。しかしながら、起業をためらう要因として前述したように「借金や個人保証」があることを勘案すると、経営者保証を求める融資慣行が起業意欲の阻害要因となっている可能性がある。
こうした中、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(2022年6月7日閣議決定)及び前掲の総合経済対策を踏まえ、経営者保証を不要とする創業時の新しい信用保証制度として、「スタートアップ創出促進保証制度」を創設し、2023年3月15日より取扱いを開始した。この新制度により創業融資の促進とともに創業者の増加を図り、さらには経営者保証に依存しない融資慣行の確立につなげていきたいと考えている。
この「スタートアップ創出促進保証制度」は、現行の「創業関連保証」と同様に保証限度額3,500万円、保証期間10年以内といった制度設計を基に、経営者保証を不要として取扱う制度としていることが特徴であるが、経営者保証を不要とするに当たって、(1)保証料の上乗せ、(2)自己資金要件の設定(保証申込受付時点に税務申告1期未終了の創業者に限る)、(3)融資後における中小企業活性化協議会による創業者のガバナンス向上に向けた支援の三つの条件を新たに設けている。
上記のほか、保証申込金融機関において、同時にプロパー融資を実行する又はプロパー融資の残高がある場合は、相応の信用力・事業性を有するものと考え、元金据置期間を通常1年以内のところを3年以内とする取扱いも認めている。
なお、必要に応じて経営者保証を徴求している現行の創業関連保証を選択することも可能であり、創業者の資金調達時のニーズによっての使い分けも想定している。
このほか、創業時に限らず、保証料の上乗せにより、経営者が経営者保証の提供の有無を選択できる制度を実施すべく検討を行っている。こうした施策を着実に実行することで、創業を促す環境を整備していきたいと考えている。
〔4〕創業時における差別化の重要性
第2部第1章第1節で確認したように、企業が成長していく上では、差別化を行い、競合他社の少ない市場へ進出していくことが重要となる。ここでは、創業時における差別化の取組状況と、その後の企業の成長との関係等について確認していく。
第2-2-74図は、創業時に実施した差別化の取組内容を確認したものである。これを見ると、「製品・サービスの高機能化」、「類似のない新製品・サービスの開発」と回答する企業の割合が高いことが分かる。

次に、第2-2-75図は、創業時に実施した差別化の取組内容別に見た、売上高成長率の分布を見たものである。これを見ると、「EC等の新たな販売方法の導入」、「価格帯で差別化された製品・サービスの販売」のほかに、「特定顧客向け製品・サービスの開発」や「用途・デザイン・操作性で差別化された製品の開発」といった取組において、売上高成長率の高い企業の割合が多くなっていることが分かる。

続いて、第2-2-76図は、創業時の差別化の取組の有無別に、売上高成長率と従業員数増加率の分布を見たものである。これを見ると、差別化に取り組んでいた企業は、取り組んでいなかった企業と比べて、売上高成長率と従業員数増加率の高い企業の割合が多いことが分かる。差別化に取り組むことは、創業後の成長の観点で重要である可能性が示唆される。

第2-2-77図は、創業時における差別化の取組の有無別に、創業計画の記載状況を、前述の七つの項目それぞれについて確認したものである。これを見ると、「競合他社と比較した事業の強み」や「自社が対象とする市場規模の把握」といった項目において、差別化に取り組んでいた企業が取り組んでいなかった企業と比べて、創業計画の記載状況の差が大きくなっていることが分かる。創業時に差別化の取組を行った企業においては、自社の立ち位置や、市場や外部環境の把握を行い、それを創業計画に反映している様子がうかがえる。

以上、ここまで創業時における差別化の取組について確認した。差別化には様々な方法が考えられるが、創業時にはそれぞれの企業の状況に応じた競合や市場の把握等をした上で、取り組んでいくことの重要性を確認した。
事例2-2-12は、今後の計画に自社の強み等を反映させる過程でブラッシュアップを重ね、資金調達の実現に至り、その後も成長を続けている企業の事例である。
事例2-2-12:株式会社アイエクセス
支援機関からの助言を仰いだ事業計画策定により資金調達を実現し、その後の成長につなげた企業
所在地 東京都中央区
従業員数 30名
資本金 3,000万円(資本準備金含む)
事業内容 情報サービス業
▶自社開発のAIで、医学・医療分野の進展に貢献
東京都中央区の株式会社アイエクセスは、AIなどの先端技術開発事業及びSI事業を営む企業である。「IT技術の側面から医学・医療分野に対して、病などで苦しむ人を少なくすることで社会貢献したい」という思いから、2017年4月に代表取締役社長の山﨑邦利氏が自己資金で創業した。同社が開発した「InTreS®(イントレス)」は、強力な自然言語処理エンジンを搭載したAIで、文章データを高速処理し、可視化する技術である。人間には到底読み尽くせない、分散する膨大な量の医学論文を一瞬で読み解いて分析し、情報をグルーピングの上、マップ化する。これにより、研究効率の向上(特定の病に関する研究結果の概要把握、医学研究に関するトレンドの早期把握、次のステップの研究移行へのサポート、早期の研究成果の発現など)が期待できる。こうした利便性や将来性に着目し、創業前から開発を続けてきた。他方、創業以降に開発のスピードや精度を上げるには、外部からの資金調達が重要と認識していた。
▶事業計画をブラッシュアップし、外部からの資金調達を実現
「InTreS®」の開発を進めるためには、開発資金を捻出しつつ、会社を存続させるスキームの構築が重要と山﨑社長は考えた。そこで間接金融である銀行などの融資を得るために、新たにエンジニアを採用し、すぐに売上が立つSI事業を開始。堅実な売上を月々に計上できる安定した基盤を築くことで銀行からの融資を実現した。資金調達のために重要な事業計画は、当初山﨑社長が一人で考案したが、自己資金の充当状況や、堅実な売上による資金繰りの安定性を計画に落とし込み、各種機関のアドバイスをうまく盛り込むことでブラッシュアップした。並行して直接金融であるベンチャーキャピタルからの出資も画策し、ホールディングスとしてはトータルで1億円以上の資金を調達。山﨑社長は「資金調達において事業計画の策定はとても重要。各種機関のアドバイスは的確で有効なので、積極的に活用した方が良いと考えます。一方で、特にベンチャーキャピタルから資金を調達する際には、確度の高い事業計画を作成した上で、事業に対するパッション(情熱)や事業をやり抜くという意志の強さを伝えることが大切です。」と言う。
▶世界での展開を目標にビジネスを展開中
2022年10月には、「令和4年度東京都経営革新優秀賞」において、同社の「AIを利用した医学医療プラットフォームの開発と展開」が最優秀賞を受賞。客観的な高評価を獲得したことで、金融機関や取引先からの信用をより得られやすくなった。今後は世界規模でビジネスを展開すべく、日本のほか米国、欧州、中国、台湾で国際特許等の知的財産権を取得している。さらに、現在は医学・医療分野で導入されている「InTreS®」を特許や法律等の別のフィールドに展開する計画もあり、ビジネスの拡大に向けた準備も進行中だ。山﨑社長は、「創業時から、日本発の世界に向けたイノベーションを巻き起こしたいという想いで続けてきた。これからも、当社の技術で社会全体に貢献していきたい。」と語る。

3.起業・創業後の取組
前項では創業に向けた取組について確認してきた。本項では、起業・創業後に着目していく。
中小企業白書(2013)では、企業の成長初期、安定拡大期における課題として質の高い人材確保が挙げられており25、創業以降も成長段階に応じた人材の確保を進めていくことが重要であると指摘している。また、企業は、創業時に持つ競争優位を、その後も持続できるとは限らず、自社のポートフォリオを再構成する能力が重要ともいわれていることから26、ここでは、人材の確保状況や経営者の強み・能力の変化、事業計画の見直しの状況、外部環境の変化への対応状況について確認する。
25 2013年版中小企業白書 第2部第1章第3節を参照されたい。
26 加藤(2022)
第2-2-78図は、各成長段階において確保できた重要度の高い人材について見たものである。これを見ると、いずれの段階においても、「経営者を補佐する右腕人材」と「営業・販売に長けた人材」の重要度が高く、成長段階が進むにつれて、その割合が高まっていることが分かる。また、それ以外の人材についても全般的に割合が上昇していることから、成長段階に応じて多様な人材を確保していくことの重要性が示唆される。

第2-2-79図は、経営者が身につけている能力・強みについて、創業時と現在時点で比較したものである。能力・強みの内容について、創業時から現在にかけて「持っている」と回答した割合は全ての項目で増加していることが分かる。創業以降において、経営者が各能力・強みを身につけるよう取組を行っている様子がうかがえる。また、増加割合が大きい上位の項目について着目すると、「決算書などの計数管理能力」、「税務・法務等各種手続き等の実務能力」、「経営について相談できるネットワーク」、「事業計画の策定能力」の順に高くなっていることが分かる。特に、社内の計数管理や税務・法務等の能力、事業計画の策定に対する能力や、外部に経営課題について相談するネットワークについて、その重要性を経営者が認識し、獲得に向けて取り組んでいることが示唆される。

感染症流行の影響に伴い、事業計画の見直しを行った事業者も多く見られるなど27、創業以降においても外部環境の変化等により、当初の計画どおりに事業が進まないことも考えられる。こうした観点から、ここでは外部環境の変化への対応状況について確認する。
27 2022年版小規模企業白書 第2部第1章を参照されたい。
第2-2-80図は、定期的な事業計画の見直しの頻度別に見た、外部環境への対応状況を見たものである。頻度が高いほど、「十分対応できている」と「ある程度対応できている」と回答する合計の割合が高いことが分かる。このことから、不確実な環境の変化に対応して事業を継続できるようにするには、想定していた事業計画を見直す必要があることが示唆される。

以上、ここまで創業以降における重要な取組について見てきた。人材面では、企業の成長段階に応じて必要な人材が多様化していく様子が確認された。経営者自身が身につけている能力・強みについて着目すると、創業時と現在時点を比較して、全ての内容で増加している様子が確認され、経営において必要な内容を経営者が認識し、獲得に向けて取り組んでいる様子が示唆された。また、事業計画の見直しについては、高い頻度で実施することで、外部環境の変化に対応できる可能性が高まることを確認した。必要な人材を確保しつつ、経営者自身の能力を高めながら、企業の状況把握をしっかりと行うことが、長期的な経営につながる可能性が示唆される。
最後に、事例2-2-13では、外部環境等の変化に伴い経営が厳しくなったものの、経営者の事業転換を行う判断により、業績の回復・成長を遂げている企業を紹介する。
事例2-2-13:株式会社Orb
創業後、外部環境の大きな変化に直面するも、柔軟な経営により事業転換を図り、その後も成長を続けている企業
所在地 岡山県倉敷市
従業員数 6名
資本金 200万円
事業内容 インターネット附随サービス業
▶就業経験をいかし、創業以降売上げを伸ばすも、困難に直面する
岡山県倉敷市の株式会社Orbは、システム制作とウェブサイト構築を行う企業である。代表取締役社長の河井七美氏が、前職のネット通販業務で培った経験をいかして2013年に創業。ECモールに出店するネットショップを運営し、主に日用雑貨や化粧品などを販売。他社商品等のデータを自動収集し、売れ筋の商品を予測する同社独自のシステムを構築し、順調な経営を続けていた。ところが、2017年頃から大手企業がEC市場に次々と参入し競争が激化。運送費の値上げの影響も重なったことで利幅も減少していった。さらに、2018年には西日本豪雨の被害による発送の遅延で、EC運営事業者からペナルティーを受け、ネットショップ2店舗が閉鎖に追い込まれた。2019年には赤字に転じ、資金繰りにも影響が生じることとなった。
▶つなぎの経営を進める中で、事業転換に向けて動き出す
河井社長は、中小企業家同友会に参加し経営者としての学びを深めており、日次での売上高や利益の推移の把握と月次での業務の棚卸しに努めていた。当時の状況から脱却するためにも、新しい分野に経営のかじを切る必要性を認識していた。そこで、会社の存続と業績の回復を図るため、従来のEC事業を縮小する一方、他社から依頼のあったウェブページの制作を拡大することで、EC事業の売上減少分を補った。また、自社で対応できる案件を洗い出し、利幅を確保できるものや、将来的な受注の見込みがあるものを絞り込んで優先的に対応。こうした取り組みを経て、これまで培ってきたネット通販のノウハウを最大限に活用するとともに、システム開発とウェブ制作を含めた幅広いサービスを新しい事業の柱とする決断に至った。事業転換を行うに当たっては、システム開発やウェブ構築に関する新しい能力を従業員が習得していくことが重要なポイントであった。そこで、従業員には事業転換の背景や方向性を説明した上で、雇用調整助成金を活用し、新しい事業に対応できるようスキルアップを促した。その間、河井社長はよろず支援拠点での活動に注力し、そこでの成果や仕事ぶりを見た経営者仲間から新規事業の仕事の依頼が来るようになり、新たな顧客を獲得していった。
▶諦めずに考え抜くことで事業転換を果たし、業績の回復を実現
従業員のスキルアップや河井社長のトップセールスが功を奏し、データを活用した販売戦略のアドバイスなども手がけるようになった結果、取組開始初年度で黒字化を達成。外部環境の変化によって厳しい状況に置かれながらも、経営の危機を早めに察知し、柔軟に経営方針を見直したことが、同社の成長につながっている。「諦めずに考え抜くことはとても大事だと実感した。創業当初から参加している中小企業家同友会では、他業種の経営者とも交流を深めており、毎月経営の動向を報告し合いながら、アドバイスを頂く機会を設けている。これからも、IT技術とアイデアで中小企業に寄り添い、課題解決に携わりながら成長し続けたい。」と河井社長は語る。
