第4節 BCP(事業継続計画)の取組
1 小規模事業者におけるBCP(事業継続計画)の取組状況
〔1〕事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは
事業継続計画(BCP)とは、大地震などの自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化などの不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、又は中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順などを示した計画のことを指す。BCPを事前に策定しておくことにより、被災時における早期の事業復旧に資することが期待されている。
優先して継続・再開すべき中核事業を絞り込み、対応策を盛り込んだBCPを策定しておけば、活用できる経営資源が限られる緊急時でも、復旧度合い、スピードは大きく改善する(第3-2-23図)。業務を継続・早期再開できれば、取引先や顧客などへの責任を果たすことができ、取引先を失うリスクも低減すると考えられる。

〔2〕BCPの策定状況
第3-2-24図は、小規模事業者におけるBCPの策定状況を示したものである。BCPを策定している小規模事業者の割合は2.2%と僅かである。また、名称を知らない事業者も56.3%存在することが分かる。

第3-2-25図は、BCPを策定している事業者にとって、そのきっかけとなったことを示したものである。「地域の支援機関(商工会・商工会議所、中小企業団体中央会など)からの勧め」の回答が最も多く、「行政機関からの勧め」が続いている。BCPの策定を進めるには周囲の働きかけが効果的であると考えられる。

第3-2-26図では、BCPを策定した事業者が、その際に参考としたものを示している。参考にしたものとしては「コンサルタント等、専門家の指導」、「中小企業庁:BCP策定運用指針」が多いことが分かる。

第3-2-27図は、BCPを策定した事業者が感じている平時のメリットを示したものである。「重要業務とは何か見直す機会になった」が約7割と最も多い。BCPの策定は自社の事業を見直し、生産性向上につながるような策を講ずるきっかけになっていることが見て取れる。「効果は感じていない」と回答した事業者の割合は1割強にとどまっており、大半の事業者が、BCP策定により何らかの平時のメリットを感じていることが分かる。

〔3〕BCPを策定しない理由
第3-2-28図は、BCPを策定していない事業者における、その理由を示したものである。「複雑で、取り組むハードルが高い」が最も多く、「策定の重要性や効果が不明」、「人手不足」が続いている。現状ではBCPの策定は小規模事業者にとって難しい取組と考えられていることが分かる。

第3-2-29図は、BCP未策定の事業者における今後の策定予定を、過去の被災経験の有無別に示したものである。これによると、被災経験があっても、「策定を考えていない」と「策定予定だが、時期は不明」の二つの項目で9割を超える。過去に被災経験があっても、積極的にBCP策定に向けて活動する事業者は少ないことが分かる。

第3-2-30図は、自然災害の発生による自社及び他社への影響などについて、事前に検討したことがある事項を確認したものである。BCPを策定している事業者では、項目別に見た場合、いずれの取組においても、検討した経験があると回答した割合が半数を超えている。他方、BCPを策定していない事業者においても、内容によって差があるものの、各事項において一定検討していることが分かる。BCPという形にはなっていなくとも、自然災害による事業への影響や対策などについて検討している事業者が一定数存在するといえよう。

コラム3-2-3
災害対策に関する、取引先との関係
過去の大規模災害において、例えば自動車製造や半導体製造のサプライチェーンに大きな影響が生じているように、自然災害の発生は、我が国のサプライチェーンにも影響を及ぼすことが懸念される。被災時にも製品供給を途絶えさせることのない、安定的な事業運営を行うためには、サプライチェーンに連なる各小規模事業者が自然災害に対する自社の強靱化を行うことが重要である。そして、前掲第3-2-7図で見たとおり、小規模事業者が自然災害への備えを進めていくに当たっては、取引先事業者の影響が少なからず存在する。本コラムでは、小規模事業者とその取引先の間における、災害対策に関する働きかけの実態について確認する。
コラム3-2-3〔1〕図は、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した事業者6が、直接の取引先から働きかけを受けたことのある事項を示すものである。多くの下請事業者が、取引先から品質管理についての取組を要請されているが、災害に関する事項として、「災害発生時に被害状況の報告を行うよう要請されている」の回答割合も高い。被災時に取引先の企業に対して被災状況を迅速に伝えることは重要であり、過去の災害においても、被災状況の報告を踏まえて親企業から迅速な支援を受けられたケースが報告されている。また、災害の事前対策に関する事項として「BCPの策定を要請されている」、「代替生産などの協定を結ぶように促されている」などと回答した者も一定数存在している。
6 本アンケート調査では、有効回答件数5,339件のうち1,035者(19.4%)が、自社の主要事業におけるサプライチェーン内での位置付けが「下請」と回答している。

コラム3-2-3〔2〕図からは、直接の取引先にBCPの策定を要請された場合、25%の事業者が策定に至ったことが確認できる。取引先からの働きかけが、小規模事業者におけるBCP策定のきっかけとなっていることがうかがえる。

他方、コラム3-2-3〔3〕図では、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した事業者が、災害対策に関して直接の取引先に求めることを示している。これによると、原材料等の代替供給先の紹介、取引先が行っている対策内容の紹介、相談相手としての役割を始め、災害対策の取組に関して取引先に一定の支援を求めていることが分かる。サプライチェーン内の事業者が、災害の備えに関し相互に働きかけを行うことで、災害対策が一層進んでいく可能性があるといえよう。

事例3-2-13:株式会社誉建設
「BCPを策定したことにより、業務効率化や従業員の働き方の改善など、平時のメリットも実感している企業」
徳島県徳島市の株式会社誉建設(従業員14名、資本金1,000万円)は、創業40年の工務店で、地域のリーディングカンパニーとして地元密着を企業理念に掲げ、安全・安心な住宅を供給してきた。
2011年の東日本大震災では、同社に被害はなかったが、鎌田晃輔社長は、テレビなどでリアルタイムに流れる津波の映像に衝撃を受け、災害への備えの必要性を強く感じた。特に、同社の従業員は日々少人数で担当現場に分散しているため、被災時における各自の安全確保の方法や連絡体制などを構築することは、自社が事業継続し、いち早く住宅復旧に従事する上でも重要であった。
その後、鎌田社長は独自に情報を収集しながら、防災士の資格を取得し、企業防災についての知見を蓄えていた折、2016年に一般社団法人JBN全国工務店協会のセミナーを通じて知り合った静岡県の専門家の講義に感銘を受け、BCP策定支援を依頼した。また、その際、徳島県庁に相談し専門家派遣に係る支援制度も活用することができた。
専門家から、従業員が中心となって策定するようにとの助言を受け、社内委員会を設置し、日常業務における課題の棚卸しから始めていった。従業員は、在庫の数量やその置き場所など業務に対する質問を受け、答えられない問題をホワイトボードに書き出すことを繰り返していくうち、平時の業務改善にもつながっていった。従業員にとっても、日々の業務見直しを進められたことで、急な納期遅れにも対応できるなど仕事に余裕が生まれ、ひいては、時間通りに仕事を終わらせて、やりたいことを楽しもうという働き方への意識改革にも結び付きつつあるという。
また、2017年のBCP策定後、主要な取引先にも策定意図や内容を伝え、有事に互いを助け合うための協定を結びたいと考えた鎌田社長は、同社が年1回、取引先向けに開催している安全大会の場で提案したところ、地元の取引先の経営者を中心に、参加者の2/3と覚え書きを取り交わすに至ったという。
鎌田社長は、「BCPは業種や事業規模に関係ない。BCPはあくまで平時の業務の延長線上にあるもので、我々にとっても非常に身近で業務に直結したものとなった。創業40周年を迎える中で、今後も何世代にわたりこの地で事業を継続していくためにも、できることはやり続けていくつもりである。」と語る。

事例3-2-14:ナブテスコ株式会社
「取引先の事業継続を支援し、自社の事業継続力の強化に取り組む大企業」
東京都千代田区に本社を構えるナブテスコ株式会社は、モーションコントロール技術を核とし、鉄道車両用ブレーキシステムやドア開閉装置など多様なキーコーポ─ネントを製造し、販売している。2015年、同社が重大リスク調査を社内で実施したところ、自社工場の被災による操業停止や、取引先企業の被災による調達品の供給停止といった事業継続上のリスクが、最上位に浮かび上がった。この実情を受け、サプライチェーンの視点での事業継続力強化が必要であると認識し、BCPの取組を本格化した。
自社の事業継続力を強化するためには、BCPの考え方や進め方を社内に普及し、実効的な活動を組織に定着させる必要がある。危機管理やBCPに関する従業員教育を基本の徹底に掲げて実施するとともに、主要な事業拠点全てが、2020年までに「レジリエンス認証(事業継続に関する取組を積極的に行っている事業者を「国土強靱化貢献団体」に認証する制度)」を取得することを目標に掲げ、実行に移した。そして、最初にレジリエンス認証を取得したのは、同社のグループ会社で、包装機事業を手掛ける東洋自動機株式会社岩国工場であった(本年度において、鉄道事業を手掛けるナブテスコ(株)鉄道カンパニー神戸工場、及び自動車事業を手掛けるナブテスコオートモーテブィブ(株)山形工場が同認証を取得した。)。
同社は多くのサプライヤーとの取引があり、サプライヤーからの調達部品によって事業が成り立っている。代替発注が難しい部品供給元、取引額の多い発注先を含め、重要なサプライヤーは約400社存在する。その400の取引先に対し、BCPの有無を確認したところ、100社がBCP策定済み、300社が未策定という状況であった。そこで、BCP未策定の取引先に対し、事業継続の取組が不可欠であることを理解し、行動を促すため、次の3ステップで取引先のBCPを支援している。
ステップ1:BCP普及啓発セミナーの実施(全国各地の取引先企業に対し、各自治体と連携して開催)
ステップ2:BCP策定講座の開催(ナブテスコ(株)が独自にBCP策定講座を開催し、BCPに賛同する取引先に対し計画策定を支援)
ステップ3:個別支援(取組企業の状況や要請に応じた後押し)
上記のステップで、取引先企業のBCPを実効性の観点から支援するとともに、同社自身のBCPも同時に見直し、サプライチェーンの強靱化による事業継続強化を図っている。
なお、2019年には、取引先のBCP支援を加速させるため、直接取引関係のある調達部門(バイヤー)を対象にしたBCPバイヤー養成講座を企画、取引先のBCPを直接指導できる“危機管理人財”の育成を開始したところである。

事例3-2-15:株式会社紀陽銀行、紀陽リース・キャピタル株式会社
「地域企業の事業継続力強化に取り組む地方銀行」
和歌山県和歌山市の株式会社紀陽銀行は、和歌山県や大阪府を中心に営業している金融機関である。
南海トラフ地震の被害想定によれば、和歌山県は沿岸部を中心に甚大な被害が生じる可能性が高いと言われている。主要顧客が立地するエリアでの大規模自然災害は同行の営業基盤を揺るがすため、取引先に対する事業継続計画の推進を重要課題として捉えていた。そこで、2013年からグループ会社である紀陽リース・キャピタル株式会社と協働し、地域企業が実効性のあるBCPを策定するための支援をすることにした。
まず、同行の主要顧客の企業に納入している、製造業の顧客企業を対象にアンケート調査を実施したところ、7割以上の企業がBCPを策定していないことが判明した。そこで、BCPの専門家を招聘し、行内で、BCPの最新の動向を理解し、BCPの策定及び訓練を指導できる指導者3名とスタッフを育成した。
同行は、この指導者を中心に、BCP啓発セミナーや、個別企業のBCP策定に向けてのコンサルティング業務を行っている。また、企業がBCPを策定した後も、BCPの実効性を高めるため、企業向けの模擬訓練も実施している。
さらに、2016年9月からは、BCPを策定している事業者や、今後策定を予定している事業者を対象に、事業継続計画の実行に必要な資金の融資(「ビジネスレジリエンスローン」)の取扱いを開始している。
同行は、事業性評価などにおいて、BCPの取組状況を事業継続などの観点から評価項目の一つにするなど、地域の中小企業が自らBCPに取り組むための仕組み作りに向け、積極的に対応をしている。
同行営業支援部の西川隆示部長は、「我々のような地域内の多くの企業と接点を持つ金融機関は、地域内の企業にBCPを普及させるリーダーシップを発揮できる立場にある。BCPの取組は、単に書類を作成することが目的ではなく、個々の企業にとって真に実効性のあるBCPを策定し、訓練により定着させていくことが重要である。実際に、経営者がその本質理解に努め、息の長い経営戦略及び事業の承継戦略の一つとして捉え、BCPを人材の育成や発掘に活用している事例もある。今後も、お客様をサポートし、地域の基盤強化につなげていきたい。」と語っている。
