3 経営者交代と企業のパフォーマンス15
これまで、事業承継を契機として、企業の業績が改善する可能性が指摘されてきた。例えば、2018年版小規模企業白書によれば、事業を承継した経営者と60歳以上の経営者について、直近3年間の経常利益額の動向を比較しており、前者の方が「増加傾向」と回答した者の割合(29.4%)は、後者で「増加傾向」と回答した割合(17.9%)を上回っている16。
15 本分析は、日本大学経済学部の鶴田大輔教授の協力の下で行った。
16 2018年版小規模企業白書 第2部第4章第3節2.第2-4-13図
しかし、当然ながら業績には事業承継以外の要因も影響しており、業績が改善する見込みがあるから事業を承継できたと考えることも可能であろう。事業承継が業績に与える影響を把握するには、その他の要因による業績への影響をできる限り排除することが望ましい。そこで、以下では、第1部第3章第3節でも利用した「傾向スコアマッチング」及び「差の差分析」の手法を利用して、事業承継が業績に与える影響について分析する17。ここでも、第1部第3章と同じCRDデータを利用する。経営者が若返ることによる事業拡大意欲に関連する指標として、売上高、総資産、ROA、従業員数を取り上げ、事業承継した企業と承継していない企業の間で成長率を比較する。
17 傾向スコアマッチングの詳細については、付注1-3-3を参照されたい。
また、一般的に、経営者の年齢が低くなるほど、長期的な視野に立って経営を行って事業を拡大しようとする意向が強くなり、その結果、売上高や経常利益が増加すると見込む経営者の割合が増加すると言われている(例えば、2016年版中小企業白書18)。その結果、事業承継後の新たな経営者の年齢が若いほど、業績拡大意欲も強く、実際に業績を拡大するケースも増えると期待される。そこで、2011年度に行われた事業承継について、承継後の経営者の年齢により30代以下、40代、50代の場合に分けて、上記と同様の分析を行う19。
18 2016年版中小企業白書 第2部第6章第2節2.コラム2-6-8.
19 今回の分析では、売上高、総資産、ROA、従業員数以外の指標として、営業利益、長短借入金、現預金、有形固定資産、棚卸資産、売掛債権、労働生産性についても、それぞれ分析している(詳細は付注1-3-3 付図5~9を参照)。
第2-1-23図は、事業承継した企業と事業承継していない企業の売上高成長率を比較したものである。事業承継した企業は、承継の翌年から5年後までの間、事業承継していない企業と比較して成長率が高く、概ね統計的に有意な差が確認された。また、事業承継年から年が経つにつれて差が拡大しているため、事業承継後に売上高が成長することが多いと考えられる。

また、承継後の新経営者の年代別の効果を比較すると、事業を引き継いだ経営者が30代以下、40代の場合、事業承継の翌年から5年後までの間、事業承継していない企業と比較して売上高成長率を押し上げる効果が顕著である(第2-1-24図)。しかし、50代への事業承継になると、事業承継から2年後、3年後を除き、有意な効果が確認できなかった。

続いて、総資産成長率について比較を行った(第2-1-25図)。2010年度に事業承継した企業は承継後全ての年で、2009年度、2011年度に事業承継した企業も5年中3年で、事業承継していない企業の総資産成長率を有意に上回っており、総資産成長率についても事業承継後によりおおむね上昇すると考えられる。

新経営者の年代別に見ると、30代以下への事業承継では承継の翌年から成長率を押し上げる効果が明確に観察されており、ほとんど効果が確認できない40代、50代への事業承継とは対照的な結果となっている(第2-1-26図)。

続いて、ROAに対する事業承継の効果を確認する(第2-1-27図)。ROAに関しては、事業承継を行った企業と行っていない企業の間に有意な差が観察されることは少なかった。また、新経営者の年代別の効果を見ても、若い世代ほど、事業承継していない企業に対してROAが高くなるという傾向は観察されなかった(第2-1-28図)。


最後に、従業員数成長率への影響を比較した(第2-1-29図)。2009年度と2010年度に事業承継した企業について、事業承継していない企業と比較して従業員数成長率が有意に上回るケースはなかった。しかし、2011年度に事業承継した企業については、事業承継から4年後以降、事業承継していない企業を上回る従業員成長率を記録している。また、新経営者の年代別効果を見ても、30代以下、40代への事業承継では、従業者数の成長率が事業承継していない企業を有意に上回っており、事業承継が従業員数の成長率を押し上げる一定の効果が見られた(第2-1-30図)。


以上の結果より、事業承継は、他の要因を制御した上でも、企業の売上高や総資産を押し上げる効果があり、従業員数を押し上げる場合もあることが確認できた。また、30代以下、40代の経営者に事業承継を行う方が、50代への事業承継と比較して売上高などを押し上げる効果をもたらすことも分かった。
本項の冒頭で述べた、事業承継により業績が改善する、事業を引き継ぐ経営者の年齢が若いほど業績が改善する、といったこれまでの通説は、いずれもおおむね正しいといえることが分かった。