第2部 深刻化する人手不足と中小企業の生産性革命

2 人材育成の効果

〔1〕企業側が考える、人材育成・能力開発の効果

ここで再び、(独)労働政策研究・研修機構「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査結果(企業調査)」を用いて、企業側が人材育成・能力開発はどのような効果があると考えているかを確認する。第2-3-22図を見ると、「顧客満足度の向上」、「従業員のやる気(モチベーション)の向上」、「職場の生産性の向上」が高い割合となっていることが分かる。人材育成・能力開発が各方面に良い効果をもたらすと認識していることが推察される。

第2-3-22図 企業側が考える、人材育成・能力開発の効果
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〔2〕人材育成・能力開発の方針と営業利益の推移の関係

次に、経営者が考える従業員の人材育成・能力開発の方針別に、過去3年間における営業利益の推移を見たものが第2-3-23図である。「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」企業においては、営業利益が増加している割合が高いことが見て取れる。他方で、「人材育成・能力開発について特に方針を定めていない」企業においては、営業利益が減少している割合が他と比較して高くなっていることが分かる。営業利益の増加が一概に人材育成・能力開発によるものとは言えないものの、より長期的な目線で人材育成を行うことが、中小企業の収益力ひいては生産性向上に資するものと推察できる。

第2-3-23図 過去3年間の営業利益の推移別に見た、従業員に対する人材育成・能力開発の方針
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コラム2-3-2

中小企業投資育成が実施する人材育成支援

従業員数の少ない中小企業にとって、新入社員研修を始め、経営を担っていく従業員の研修を自社内で行っていくのは難しいことがあると推察される。したがって、中小企業にとっては、従業員研修等を行う外部の研修を積極的に活用していくことも効果的である。

中小企業投資育成株式会社(以下、「投資育成」という。)は、中小企業が発行する株式の引受け等を行い、株主となって自己資本の充実と健全な成長を支援する政策実施機関である。1963年に中小企業投資育成株式会社法に基づいて東京・名古屋・大阪に設立されており、投資育成制度はこれまで日本全国で累計5,292社(2017年12月末時点)に利用されている。

また、投資育成では、中小企業に特化した階層別研修や経営者研修といった社員研修プログラムを取り揃えており、中小企業の人材育成を支援する機能としても活用されている。

【投資育成制度の仕組み】
【投資育成が行っている人材育成支援】
研修中の様子・講演会の様子

【問い合わせ先】

URL:http://www.sbic.co.jp/

電話:本社 03-5469-1811

URL:http://www.sbic-cj.co.jp/

電話:本社 052-581-9541

URL:http://www.sbic-wj.co.jp/

電話:本社 06-6459-1700、九州支社 092-724-0651

事例2-3-8:株式会社サニカ

「外部機関等も活用しつつ計画的な人材育成を行い、従業員の能力向上に取り組んでいる企業」

山梨県南アルプス市の株式会社サニカ(従業員175名、資本金6,500万円)は、駐車場システム機器及びメカトロニクス機器等の開発・生産を行っている企業である。

同社においての研修体系は、これまで主任研修や課長研修といった階層別研修に加え、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(以下、OJT)と自己啓発支援が中心であったが、人手不足が深刻化する中、今後一層の生産性向上を目指すためには、これまで以上に個々の従業員の能力・技術向上が必要と認識した。

そこで、社内の各部門の業務に必要な能力、技術、資格を洗い出し、当該能力、技術、資格を証明するための技能・資格制度をリストアップした。これを「社内認定資格制度」とし、当該リストの技能・資格制度に必要な受験手数料や学習講座の受講料を会社が費用負担することとした。現在、リストに登録されている認定資格は74資格(例えば、中央職業能力開発協会のビジネス・キャリア検定試験等)であり、このリストは、経営環境の変化に応じて変容する業務内容に合わせて毎年見直しが行われる。これにより、同社の研修教育体系は、これまでの階層別研修やOJT、自己啓発支援に加え、この社内認定資格制度に基づいた職能別研修の4本柱となっている。

主任研修や課長研修といった階層別の研修は、自社内で研修のプログラムを準備するのが難しいため、同社では政策実施機関である東京中小企業投資育成株式会社の人材育成カリキュラムを利用しており、主任にはリーダー研修、課長には管理職基礎研修というように、毎年複数人を昇級に合わせて計画的に外部研修に参加をさせている。外部研修は数日程度の研修であることから、限られた日数の中で学べることは限られているが、受講者がどのような知識が欠けているのかを把握できること、また、同じ立場の受講者と一緒に研修を受けることで良い刺激となること、さらには研修に送り出すことで「昇級して責任ある立場になったことを認識してもらう」といった副次的な効果も大きいとのことである。

また同社では、部門を超えた社内研修会(例えば、生産管理部の担当者が講師となり営業担当者が受講生となるような研修会)を定期的に開催していくという。これにより、他部署の業務内容を理解し、部門間連携の強化や業務効率化を行うことで部署の垣根を低くし、複数部署の仕事ができるような人材の育成につなげていく狙いがあるという。

「今後も、社員一人一人の日々の研鑽と不断の努力によって、働く誇りと喜び、企業と個人が共有する夢を実現させていきたい。」と、林憲正社長は語っている。

林憲正社長・社内研修会の様子

事例2-3-9:札幌高級鋳物株式会社

「人材育成による未経験女性の戦力化を行うことで、人手不足に対応している企業」

北海道札幌市の札幌高級鋳物株式会社(従業員59名、資本金8,000万円)は、発電プラントや工場設備に用いられる特殊鋼の鋳造を手掛ける企業である。同社は腐食に強い素材や、熱に強い素材、摩耗に強い素材等、約800種類の特殊鋼材を扱っており、少量・多品種の製造を得意としている。

鋳造した製品は重量があり、製造や運搬に力作業を必要とするため、これまで男性の採用が中心であった。しかしながら、近年の人材不足の影響により、採用活動をしても男性からの応募が減少し、人手確保に苦労をしていた。

そのような中、採用活動の中で「ものづくりをやりたい」という工業高校卒業見込の女性の応募をきっかけに、このような女性が働くことのできる職場にできないかを考えた。そこで、男性を積極採用していた今までの方針を柔軟化し、未経験でも意欲の有る女性を技術職として採用することとした。

これまでは、OJTによる教育が主体であったが、女性であることと短期間での技術習得を目指し、外部での研修を試みた。溶接作業は専門学院で約4か月間、CADオペレーターは専門学校へ7日間通い、実習を通じて基本的技術を習得した。

育成を行った女性従業員は、現場で十分な戦力として活躍しつつあるという。また、女性従業員を増やすことを想定し、これまで人の力で製品を運搬していた磨き工程に、アーム式ロボットクレーンを導入して、作業中の製品を直接持って運搬しなくて良いように改善し、負担の少ない作業環境の整備を進めている。

同社では、このような人材育成の取組や作業環境の整備が奏功し、直近4年間、続けて女性従業員の確保(計4人)に成功し、人手不足の解消にもつながっている。

同社の奥田由利社長は、「未経験の女性でも、本人の興味と学ぶ気持ちがあれば、他の男性従業員と同様に活躍できるし、会社としては人手不足の解消にもつながっている。また、女性にとって負担が少なく作業ができる環境は、男性にとっても働きやすい職場であることは明らかである。これまで鋳造の現場というと「男性の職場」というイメージがあったが、このイメージを変えるべく、作業環境の整備をさらに進めていきたい。」と語っている。

砂型製作を行う女性従業員・溶接作業の様子・CAD作業の様子

事例2-3-10:株式会社ナオミ

「経営陣と従業員のコミュニケーションの強化を通じた人材育成により、生産性を向上している企業」

大阪府箕面市にある株式会社ナオミ(従業員55名、資本金1,000万円)は、コンビニの食品工場や中小食品メーカー等で、ソースやクリーム、きな粉等の食品を容器に定量詰めする小型の食品充填機の製造・販売を行う企業である。食品を定量ずつ充填する作業は手作業で行っていることが多く、顧客は同社の製品を導入することで現場の作業負担を軽減し、生産性向上につなげている。

同社の2代目社長の駒井亨衣氏は、社長就任後8年間かけて、売上2.8億円から10.7億円、従業員数10人から55人へと企業を成長させた。駒井社長は、入社した頃、社内コミュニケーションが不十分で、互いに理解しあえないまま、思い込みで仕事をしていると感じたことがあり、その当時から、経営陣は従業員と時間を取って話をして信頼関係を作ることが必要だと考えていた。そして、社長就任後、従業員の意識面での成長を促すための、経営陣と従業員のコミュニケーションを通じた人材育成を実践し始め、それが同社の成長の原動力となっている。

具体的には、同社では若手従業員や幹部による会議を“傾聴”会議と位置づけており、経営陣と従業員、従業員同士が互いの話に耳を傾け合うことで、社内コミュニケーションの円滑化を図り、チーム力やモチベーションを高めている。その結果、従業員が積極的に意見を出すようになり、その意見を経営側も受け入れ実行させることで、従業員に意識面での能力向上の機会を与えるとともに、会社も成長していると実感できるという。その一例として、新卒1年目の新人からの強い希望でマーケティング・広報室という新部署を立ち上げた。提案した従業員は、自らやり方を工夫することで、問い合わせ数やメディア掲載数を増やしている。そして、業務の一環でWEBについての学びを深め、社内ICTシステムの運用も任されるようになり、年齢や入社年数に関係なく任されることでやりがいを感じているという。

このような取組の成果として、従業員自身が会社を良くするというモチベーションが向上し、会社のことを自分事として考えて行動するようになったことで、提案力や営業力が向上して労働生産性が上がり、売上も伸びているという。「従業員の成長は会社の成長につながっている。今後も従業員の意識向上面での人材育成に注力し、従業員の主体性を引き出す環境づくりを行っていきたい。」と、駒井社長は語っている。

駒井亨衣社長・株式会社ナオミの皆さん・同社が製造・販売する小型食品充填機
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