第2部 中小企業のライフサイクル

2 起業の実態の国際比較

本項では、はじめに我が国と欧米諸国で開業率・廃業率の国際比較を行い、さらに起業するまでのプロセスに着目し、起業に対する意識・活動についても国際比較を行うことで、我が国の起業の実態について明らかにしていく。

〔1〕開廃業率の国際比較

はじめに、政府統計を用いて我が国及び米国、英国、ドイツ、フランスの欧米諸国の開廃業率について確認していく。我が国の開廃業率を算出する方法は複数あるが、ここでは第1部と同様に、厚生労働省「雇用保険事業年報」により我が国の開業率・廃業率を算出し、我が国と欧米諸国で国際比較を行う。第2-1-7図は、欧米諸国と我が国の開業率・廃業率の推移を見たものである。我が国と各国において統計の方法が異なるため、単純に比較することはできないが、これを見ると、我が国の開業率・廃業率は、2001年から2015年にかけて、開業率は5%前後、廃業率は4%前後と欧米諸国に比べて一貫して非常に低い水準で推移している。他方で、英国やフランスは足下の開業率はともに13%前後であり、我が国と比べ10ポイント近くも高くなっていることが分かる。

第2-1-7図 開廃業率の国際比較
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〔2〕起業意識の国際比較

起業するまでには、〔1〕起業に無関心な人が起業に関心を持つ、〔2〕起業するために具体的な準備を行う、〔3〕実際に起業する、というプロセスがあるが、以降ではこのうち、上記〔1〕の「起業に関心を持つプロセス(起業意識)」と上記〔2〕、〔3〕の「起業準備を行い起業するプロセス(起業活動)」に着目し、国際比較を行っていく。起業意識と起業活動の国際比較を行うに当たり、世界の主要国が参加する「Global Entrepreneurship Monitor(グローバル・アントレプレナーシップ・モニター)」(GEM)調査3の結果により、我が国と欧米諸国の起業意識・起業活動の違いを見ていくこととする。

3 GEM調査は、国の経済発展が起業活動と密接な関係があるという仮説のもとに、米国バブソン大学と英国ロンドン大学が中心となり1999年から実施されているもので、(1)国ごとの起業活動に違いはあるのか、(2)経済活動と起業活動に関連性はあるのか、(3)起業活動の違いを生み出す要因とは何かの三つを明らかにすることを目的としたものである。1999年に我が国を含め10か国からスタートし、2015年には62の国や地域が参加している。サンプル数は一つの国当たり最低2,000サンプル(サンプリングは無作為抽出)であり、全世界共通の調査票が使われている。この調査を通して、起業活動、起業態度、起業活動の目標、起業支援活動の実態について国際比較を行うことができる。

はじめに、起業意識について国際比較を行っていく。GEM調査では、18歳から64歳までの成人に対して、起業意識や起業活動の程度について聞いているが、起業意識の程度を確認するには、第2-1-8図のような項目がある。ここで、第2-1-8図を見てみると、「周囲に起業家がいる」、「起業するために必要な知識、能力、経験がある」といった項目をはじめ、いずれの項目においても、我が国の回答割合は欧米諸国に比べて極めて低く、我が国の起業に対する意識水準は、欧米諸国に比べて特に低いことが分かる。

第2-1-8図 起業意識の国際比較
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〔3〕起業無関心者の割合の推移

続いて、前掲第2-1-8図の起業意識の程度を測る項目のうち、「周囲に起業家がいる」、「周囲に起業に有利な機会がある」、「起業するために必要な知識、能力、経験がある」の三つの項目に着目し、三つの項目いずれについても「該当しない」と回答した人を、本項では「起業無関心者」と定義し、全体に占める起業無関心者の割合の推移を見たものが第2-1-9図である。これを見ると、我が国の起業無関心者の割合は、欧米諸国に比べて高い水準で推移していることが分かる。

第2-1-9図 起業無関心者の割合の推移
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〔4〕起業意識と起業活動の関係

ここからは、起業意識と起業活動の関係性について、我が国と欧米諸国との違いを見ていく。第2-1-10図は、全体及び起業に関心を持っている者(以下、本項では「起業関心者」という。)それぞれに占める、起業活動を行っている者(以下、本項では「起業活動者」という。)の割合について、国際比較したものである。ここで、全体に占める起業活動者の割合を見てみると、起業意識と同様に、我が国は欧米諸国に比べて低い水準であることが分かる。しかし他方で、起業関心者に限定してみると、起業関心者に占める起業活動者の割合からも分かるように、起業関心者が実際に起業活動を行う割合については、英国やドイツ、フランスよりも高く、米国と同水準であることが分かる。

第2-1-10図 起業関心者が起業活動を行う割合の国際比較
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以上の結果から、我が国の起業意識の水準は、欧米諸国と比べて低く推移しているが、その一方で、起業関心者に限定すると、起業準備を行う割合は、相対的に高いことが分かった。このことから、我が国において起業を増やすためには、はじめに起業無関心者に対して、起業に関心を持つように働きかけていくことが重要である。さらに、起業無関心者が起業に関心を持った後、起業準備を始める、実際に起業するといった、起業までのプロセスを一つずつ進められるよう支援を強化していくことが有効であると考えられる。

コラム2-1-2

起業環境・起業支援施策の国際比較

本コラムでは、欧米諸国における起業環境及び起業支援施策等を概観することで、起業環境や起業支援施策と開業率との関係について触れ、そして企業生存率に着目し、我が国と欧米諸国とで比較を行なっていく。

●起業環境

我が国と欧米諸国における起業環境について見てみると、我が国においては起業に掛かる日数や開業コストが欧米諸国に比べて高いため、起業のしやすさの総合順位は89位と、欧米諸国に比べて低い順位になっている。他方で、米国や英国、フランス等は、起業に掛かる日数や開業コスト等について我が国と比較してみても、我が国よりも起業しやすい環境であるといえよう。

コラム2-1-2〔1〕図 起業環境の国際比較

●起業支援施策

前掲第2-1-7図を見ても分かるように、英国やフランスの足下の開業率は英国14.3%、フランス12.4%と、我が国に比べて非常に高くなっている。ここでは、英国、フランスそれぞれについて、各国の起業支援施策の内容及び効果を確認することで、開業率との関係性について見ていくこととする。

■英国

英国では、2010年から開業率の上昇が続いている4。この背景には、英国政府による包括的な中小企業向け支援施策の充実がある。例えば、英国ビジネス銀行(British Business Bank;BBB5)は、主要施策の一つとして2012年より「スタートアップローン(創業2年以内のメンタリング支援付き融資)6」を提供し、初年度から6,500件のローンによって総額39.2百万ポンドが融資された7。また、そのほかにも、英国イノベーション投資ファンド(戦略的に重要な産業向けのベンチャーキャピタルファンド)等の投資ファンドや企業金融保証制度等の信用保証制度が活用されている8

また、起業促進のための取組は教育分野においても行われている。2014年には、5~11歳の子どもに5ポンドを支給して、1か月間、事業を経営させる取組が行われた。さらに、キャリア教育の拡充に向けた企業による教師へのトレーニングや、成績やキャリア教育の記録を証明する「エンタープライズ・パスポート」を発行する取組も行われ、2010年前後から若者の起業への関心は高まり続けている9

なお、英国では、社会的企業10が中小企業の約6%を占め、その数は2010年の24万社から2016年には30万社まで増加している。この社会的企業の金融アクセスを向上させるため、2014年に社会的投資に対する税額控除制度が導入され、資金調達源の多様化が進められている11

4 Office of National Statistics “Business demography, UK:2015”(https://www.ons.gov.uk/businessindustryandtrade/business/activitysizeandlocation/bulletins/businessdemography/2015

5 英国ビジネス銀行は、2014年に設立された創業支援を含む中小企業向けの金融施策を担う国有の開発銀行である。British Business Bank “Corporate Information and Subsidiary Companies”(http://british-business-bank.co.uk/corporate-information

6 Start Up Loans “About The Loan”(https://www.startuploans.co.uk/what-is-a-start-up-loan/

7 Prime Minister’s office and Department for Business, Innovation & Skills “Report on small firms 2010 to 2015 by Lord Young”(https://www.gov.uk/government/publications/report-on-small-firms-2010-to-2015-by-lord-young

8 (一財)商工総合研究所(2016年)「ヤング報告書」にみる英国の中小起業政策の将来像(http://www.shokosoken.or.jp/chousa/youshi/28nen/28-3.pdf

9 Prime Minister’s office and Department for Business, Innovation & Skills “Report on small firms 2010 to 2015 by Lord Young”(https://www.gov.uk/government/publications/report-on-small-firms-2010-to-2015-by-lord-young

10 英国において社会的企業とは「ステイクホルダーやオーナーのための利益の最大化ではなく、主に社会的目的を持つ事業を行い、余剰利益を原則その社会的目的のためにビジネス又はコミュニティに再投資を行う企業」と定義される。Department for Business, Innovation & Skills “A Guide to Legal Forms for Social Enterprise”(https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/31677/11-1400-guide-legal-forms-for-social-enterprise.pdf

11 Prime Minister’s office and Department for Business, Innovation & Skills “Report on small firms 2010 to 2015 by Lord Young”(https://www.gov.uk/government/publications/report-on-small-firms-2010-to-2015-by-lord-young

■フランス

フランスでは、2009年1月から施行された「個人事業主制度」により、簡易な申請のみで起業が可能になった。創業間もない企業への税制優遇措置もあいまって、2009年から2010年にかけて個人事業主としての起業数が倍増した。具体的には、2009年は約32万者、2010年には約36万者の個人事業主が起業した12。2011年に入ると、起業件数の増加は一段落したものの、制度導入以前より高い水準は依然として維持されている13

同制度を用いて起業をした人の内訳を見ると、個人事業主の30%は起業以前に職に就いていない者(うち退職者は6%、学生は5%)であり、40%は兼業・副業として個人で事業を行っている者である。新たな起業に加え、本業との両立が認められることが同制度を利用する主な理由の一つとなっている14

12 http://www.acoss.fr/home/observatoire-economique/publications/acoss-stat/acoss-stat-n214.html

13 INSEE “Hors auto-entreprises, les créations d’entreprises augmentent en 2013”(https://www.insee.fr/fr/statistiques/1280964

14 OECD The Missing Entrepreneurs(2013年12月)p.202-203(http://www.oecd.org/publications/the-missing-entrepreneurs-9789264188167-en.htm

●起業後の企業生存率

我が国は、開業率・廃業率がともに欧米諸国に比べて低いことについてはこれまで見てきたが、それでは、開業率・廃業率がともに低い我が国と、開業率・廃業率がともに高い欧米諸国とでは、起業する企業には違いはあるのだろうか。ここでは、起業後の企業生存率について国際比較を行っていく(コラム2-1-2〔2〕図)。企業生存率についても、開業率・廃業率と同様に国によって統計やデータの性質が異なるため、単純に比較をすることはできないが、これを見ると、起業後5年間で英国は57.7%、フランスは55.5%の企業が市場から退出しているのに対し、我が国は起業後5年間で18.3%の退出にとどまっていることが分かる。このことからも、我が国においては、起業する企業数は欧米諸国に比べて少ないが、一方で起業後に市場から退出することなく長期にわたり事業を継続させている企業の割合は、欧米諸国に比べても高い傾向にあることが分かる。

コラム2-1-2〔2〕図 起業後の企業生存率の国際比較
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