第3節 中小企業・小規模事業者における販路開拓
前節において、中小企業・小規模事業者は収益性を重視してイノベーションに取り組んでおり、販路開拓を意識した情報収集・分析を重視してイノベーションを推進することが、中小企業・小規模事業者の収益力の向上に寄与することが分かった。また、第1部3章で見たとおり、収益性の向上のために必要なことの一つには、「新規の販路開拓」が挙げられている。本節では、イノベーションの取組に必要とされる「市場の情報収集・分析」に加え、中小企業・小規模事業者の収益性向上のための最大の課題である販路開拓の側面から、中小企業・小規模事業者の実態について分析する。
1 中小企業・小規模事業者の販路
■販売対象と重視する市場
まず、中小企業・小規模事業者の販路開拓の取組14について見ていく。第2-1-25図は、業種別に見た自社の商品・サービスの販売対象である。ここでは、販売対象を〔1〕個人消費者、〔2〕民間事業者、〔3〕特定の企業・事業者に区分し、さらに〔1〕個人消費者と〔2〕民間事業者については、自社の商品・サービスをユーザーやサービスを受ける者へ直接販売・提供する「直接販売」と、自社の商品・サービスを卸売業や小売業等の流通業を通じて販売・提供する「間接販売」に区分し、計五つに区分している。建設業は、特定の企業・事業者の割合が56.6%と最も高くなっている。製造業と卸売業は、民間事業者への直接販売が最も多くなっているが、他の業種と比較すると、民間事業者への間接販売も多くなっていることが分かる。小売業は、個人消費者への販売が83.0%と圧倒的に多くなっている。サービス業は、個人消費者及び民間事業者への直接販売、特定の企業・事業者への販売が多く、間接販売の割合は低くなっている。これはサービス業の業種特性である「生産と消費の同時性」が示されていると考えられる。
第2-1-26図は、販路開拓する市場のうち、最も重視している市場を示したものである。ここでは、開拓する市場を、新規市場と既存市場に分類している。新規市場とは、事業者が今まで自社の市場と認識していなかった市場を指し、既存市場とは、事業者が現在自社の市場と認識している市場を指している。
製造業及び卸売業は、40%を超える企業が新規市場の開拓を最も重視している。他方、小売業、サービス業に関しては、新規市場開拓を重視する企業が30%近くいるものの、地域需要志向型の企業が多いこともあり、既存市場の開拓を重視する企業の方が多くなっている。また、建設業に関しては、取り組んでいないと回答する中小企業・小規模事業者が50%を超えているが、これは特定の企業や事業者との取引が多く、新規顧客獲得活動を行う動機が弱くなっているためであると考えられる。
■市場別、商品・サービス別に見た販路開拓の取組状況
次に、中小企業・小規模事業者の具体的な販路開拓の取組状況について見ていく。第2-1-27図は、新規顧客の獲得のための市場の開拓の取組について、開拓する市場別に示したものである。製造業と卸売業は、新規市場開拓を実施している割合が60%を超えており、既存市場の販路開拓よりも新規市場の販路開拓に取り組む割合が高くなっている。小売業とサービス業は、既存市場の販路開拓に取り組む割合が60%近くあり、新規市場よりも既存市場の販路開拓に取り組む割合が高くなっている。建設業は、既存市場及び新規市場の販路開拓に取り組む者もいるが、販路開拓に取り組んでいない者の割合が最も高くなっている。
■販路開拓における売上目標達成状況
次に、販路開拓に取り組んだ結果として、売上や利益の目標達成状況を見ていく。第2-1-28図は、開拓する市場別に見た、売上・利益の目標達成状況を表したものである。既存市場の開拓においては、売上目標を達成している企業は50%を超えているが、新規市場の開拓では、売上目標を達成している企業は20%近くにとどまっている。また、新規市場の開拓については、そもそも売上目標を設定していない企業が20%近く存在する。売上の「目標」を設定することは、事業の進捗管理や取組内容の課題を把握することでも重要であるが、こうした目標を設定できていないのは、新規の市場の把握ができていないため、売上の見込みを立てられないことが要因として考えられる。売上の目標を設定する上でも、市場を調査し、市場を把握することが重要であると考えられる。
売上の目標を達成できなかった理由を、開拓する市場別に見たものが第2-1-29図である。既存市場の開拓では、「商品・サービスの価格の問題」が最も多く、次いで「販売・提供する組織体制の問題」となっている。新規市場の開拓では、「販売・提供する組織体制の問題」が最も多く、次いで「商品・サービスの価格の問題」となっている。このことから、既存市場の開拓では、売上目標は達成しやすいが、商品・サービスの価格の問題、つまり市場での競合他社との競争により売上目標が未達成となる傾向にあるといえる。また、新規市場の開拓においては、売上目標を達成することが難しく、その理由は人材の不足等の組織体制の問題が大きいといえる。
■販路開拓における課題
販路開拓は、「情報収集・情報分析の段階」、「商品・サービスの開発の段階」、「販路開拓・商品サービスの提供の段階」の三つの段階に分けて考えられる。第2-1-30図は、既存市場開拓の売上目標が未達成となった企業の、販路開拓の各段階における課題を示したものである。「販路開拓、商品・サービスの提供の段階」、「商品・サービスの開発の段階」における人材に関する問題が上位2項目となり、その割合も50%以上となっており、人材不足の問題が最も大きいことが分かる。また、「情報収集・分析の段階」に関する項目が3位から6位となっており、多くの企業が自社の強みを活かす市場の調査や、市場の把握、販売チャネルの選定等に課題を抱えていることが分かる。
また、第2-1-31図は新規市場開拓の売上目標が未達成となった企業の、販路開拓の各段階における課題を示したものである。既存市場開拓時の課題と同様の傾向であるが、「企画やアイデアを出すための情報収集に時間がかかる」と回答した企業も多く、新規販路開拓では顧客のニーズを満たす新しいアイデアを出すことにも課題を抱えている状況にある。
このように、中小企業・小規模事業者の産業構造が変化する中で、中小企業・小規模事業者が直接市場に向き合う必要性が増し、こうした市場を把握するための人材の確保等、これまでにない新たな課題に直面していると考えられる。