第2節 中小企業・小規模事業者におけるイノベーションへの取組
前節では、中小企業の取引構造が変化しており、そうした中で、中小企業・小規模事業者と大企業の成長パターンには違いがあることが示された。こうした変化の中、中小企業・小規模事業者においては、急速に変化する顧客ニーズに応えるために、市場の動向等の多様な需要を見据えた新たな商品・サービスの開発や、新規性に富んだアイデアの発案や技術の開発を行い、需要の創造や掘り起こしを行う必要性が増している。本節以降では、こうした中小企業・小規模事業者が新たな商品・サービスや新規性に富んだアイデアの発案や技術の開発を行うためのイノベーションや、そうした商品・サービスを活用した販路開拓について、取組の現状と課題を分析していく。
1 中小企業・小規模事業者のイノベーションの取組状況
■イノベーション活動の状況
まず、我が国の中小企業・小規模事業者のイノベーションの取組状況について具体的に見ていく。本節以降では、「「市場開拓」と「新たな取り組み」に関する調査5」に基づき、中小企業・小規模事業者の取組についての分析を行う。なお、イノベーションとは一般的に新しい製品やサービスを生み出すことを指すが、本章においては、〔1〕プロダクト・イノベーション(自社の商品・サービスについて、新たなものを開発・提供することや、既存のものを大幅に改善すること)、〔2〕プロセス・イノベーション(商品の製造方法やサービスの提供方法について、新しい方法を導入することや、既存のものを大幅に改善すること)に区分している6。
また、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションをより具体的に、「競合他社に先駆けた、市場にとって新しい取組」、「競合他社では既に扱っているが、自社にとっては画期的な取組」、「既存のものを大幅に改善した取組」に分類し、このような取組を行うことを、「イノベーション活動」とする。さらに、イノベーション活動の結果、収益性の向上、生産性の向上、新しいノウハウの獲得、従業員の能力向上等、具体的な成果を得られることを「イノベーションの達成」としている。
5 中小企業庁の委託により、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が2014年12月に企業30,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率13.9%。
6 イノベーションの定義の詳細については、後述のコラム2-1-1を参照。
■プロダクト/プロセス別に見たイノベーション活動の状況
第2-1-5図は、中小企業・小規模事業者のイノベーションについて、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションごとに、活動した企業の割合を表したものである。
プロダクト・イノベーションの内訳を見ると、「既存のものを大幅に改善した取組」が最も多く、次いで「他社に先駆けた取組」、「他社では扱っているが、自社にとっては新しい取組」となっている。既存商品・既存サービスの大幅な改善に取り組む割合が最も多くなっているが、新商品開発・新サービス導入については、自社にとって新しいものにとどまらず、市場にとっても新しいものまでを求める者の方が多い。これは、人口減少や少子高齢化等の社会構造の変化によって、市場の縮小や市場ニーズの変化が生じていることから、新しいものを市場に投入していかなければならない我が国の市場の動向が表れているともいえよう。
また、「他社に先駆けた取組」と「他社では扱っているが、自社にとっては新しい取組」を比較すると、プロダクト・イノベーションにおける差は7.8%だが、プロセス・イノベーションにおける差は1.2%であり、プロセス・イノベーションでは、他社の手法を自社に導入する企業が相対的に多いことが分かる。
■需要志向とイノベーション活動の状況
以降では、中小企業・小規模事業者のイノベーション活動について、詳細に見ていく。イノベーション活動は、企業の事業活動の内容によって異なってくると考えられるが、ここでは、中小企業白書(2014年版)の分析結果を踏まえ、今後企業が目指す市場別のイノベーション活動について見てみる7。
第2-1-6図は、広域需要志向型か地域需要志向型かの違いを業種別、企業規模別に見たものである。業種別に見ると、建設業、小売業、サービス業は、70%~80%の企業が地域需要志向型となっている。また、製造業、卸売業では、他の業種に比べて広域需要志向型の企業が多くなっており、製造業ではその割合が50%を超えている。企業規模別に見ると、建設業、小売業は、企業規模が変化しても、それほど需要志向が変化していないが、製造業、卸売業は、企業規模が大きくなるほど、「全国」、「海外」への需要志向が強くなっていることが分かる。サービス業では、製造業や卸売業ほど顕著ではないものの、企業規模が大きくなると需要志向が広域になっている。
第2-1-7図は需要志向(広域需要志向/地域需要志向)別に見た、イノベーション活動の状況を示したものである。全ての業種において、広域需要志向型の企業の方が、地域需要志向型の企業に比べ、イノベーション活動が活発であることが分かる。これは、広域な需要をターゲットにした場合、多様なニーズに応える必要性が増え、また、競合他社も増加し、他社との差別化を図るために新しい商品・サービスの提供、あるいは大幅な改善が必要になることから、イノベーション活動を行う動機が生まれやすい傾向にあるためと考えられる。他方、地域需要志向型の企業は、広域需要志向型の企業と比べて競争が激しくないと考えられ、このようなイノベーション活動を行う動機が、生まれにくい状況になっていると思われる。
第2-1-8図は、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションの活動状況を、需要志向(広域需要志向/地域需要志向)別、製造業・非製造業別に見たものである。プロダクト・イノベーションを見ると、広域需要志向型の企業のイノベーション活動が活発であり、特に、広域需要志向型の製造業の活動が最も活発である。プロセス・イノベーションを見ると、広域需要志向型の製造業の活動が最も多くなっているが、「競合他社では既に扱っているが、自社にとっては画期的な商品の製造方法やサービスの提供方法の導入」、「既存の商品の製造方法やサービスの提供方法の大幅な改善」は、地域需要志向型の企業の製造業が2番目に多くなっており、地域需要志向型の製造業では、他社では既に扱っている方法の導入や、既存の方法を大幅に改善する手法に積極的に取り組んでいることが分かる。
■イノベーション活動を促進するための取組
イノベーション活動を促進するために、具体的に取り組んでいることについて尋ねたものが第2-1-9図である。企業規模別に見ると、「部署を越えた協働や社内のコミュニケーションの活性化を行う」、「中途採用を行い新しい空気を取り込む」等、組織や人材を活性化させる取組については、中規模企業で活発であることが分かる。また、需要志向(広域需要志向/地域需要志向)別に見ると、より広域の需要を志向する企業ほど、社外との協働が増える取組を活発に行っている。これは、事業の活動範囲の広がりが、社外での連携に繋がっていることが推察される。他方、全ての企業において、「常に新市場開拓を意識した情報収集・分析をしている」、「市場での差別化をするための研究・開発をしている」等の取組が活発であり、中小企業・小規模事業者も、販路開拓を意識しながらイノベーション活動を行っていることが分かる。
第2-1-10図は、イノベーションを促進するために取り組んでいることの中で、「常に新市場開拓を意識した情報収集・分析」に取り組んでいる企業と、そうでない企業の経常利益の傾向を比較したものである。情報収集や分析を実施している企業では、47.4%の企業が増益傾向であるのに対し、実施していない企業では、増益傾向の企業は35.2%となっている。イノベーション活動を行う企業の中でも、市場開拓を意識した情報収集・分析を行うことが重要であることが分かる。第2-1-1図で示したとおり、下請構造が変化する中で中小企業・小規模事業者は、イノベーションや販路開拓の必要性が強まっているが、こうした市場のニーズや、競合他社との差別化を意識した上でイノベーションに取り組んでいる中小企業・小規模事業者は、生産性や収益力を向上させることに成功しているといえる。