トップページ 白書・統計情報 中小企業白書 2022年版 中小企業白書(HTML版) 第2部 新たな時代へ向けた自己変革力 第3章 共通基盤としての取引適正化とデジタル化、経営力再構築伴走支援 第2節 中小企業におけるデジタル化とデータ利活用

第2節 中小企業におけるデジタル化とデータ利活用

本節では、(株)東京商工リサーチが「令和3年度中小企業実態調査委託費(中小企業の経営戦略及びデジタル化の動向に関する調査研究)」2において実施した、中小企業・小規模事業者を対象としたアンケート調査の結果を主に用いて、中小企業におけるデジタル化の取組とデータ利活用について分析していく。

2 (株)東京商工リサーチ「中小企業のデジタル化と情報資産の活用に関するアンケート」:(株)東京商工リサーチが2021年11~12月にかけて、中小企業・小規模事業者20,000社を対象にアンケート調査を実施(回収4,877社、回収率24.4%)したものである。回収企業については(株)東京商工リサーチが保有する「企業情報ファイル」及び「財務情報ファイル」のデータと接合し、各企業情報や財務指標について分析を行った。

中小企業白書(2021)では、感染症の流行を受けてWeb会議やテレワークなどに取り組む企業が増加するなど、我が国の中小企業においてデジタル化への意識の変化がうかがえることを示した。今回の白書では感染症の影響が長期化した中で、依然として中小企業におけるデジタル化の機運が醸成されつつあるかを概観した上で、取組状況の変化やIT投資の動向、データ利活用の取組などを確認していく。

1.デジタル化の優先順位の変化

第2-3-15図は、時点別に見た、事業方針におけるデジタル化の優先順位について示したものである。これを見ると、感染症流行前(2019年時点)から現在(2021年時点)に至るまで毎年徐々に優先順位は高まっており、事業方針におけるデジタル化の優先順位が高い又はやや高いと考える企業は2割以上増えていることが分かる。また、今後(感染症の収束後を想定)においても約7割の企業が優先順位は高い又はやや高いとしているように、現在よりも優先順位が更に高まる傾向にある。このように、感染症流行直後から高まった中小企業におけるデジタル化の機運は、今後も継続していくことが考えられる。

第2-3-15図 時点別に見た、事業方針におけるデジタル化の優先順位

第2-3-16図は、業種別に前掲の第2-3-15図の結果を示したものである。これを見ると、感染症流行前は、優先順位が高い又はやや高いと考える企業が5割を超えていたのは情報通信業と学術研究専門・技術サービス業のみだったが、現在は生活関連サービス業・娯楽業を除く全ての業種で5割を超えていることが見て取れる。感染症流行前の時点で優先順位が高い又はやや高いと考える割合が低かった宿泊業・飲食サービス業においても約2割、生活関連サービス業・娯楽業も2割程度増加していることが分かる。

今後の方針としては、情報通信業と学術研究専門・技術サービス業に加えて、卸売業、建設業も優先順位が高い又はやや高いと考える企業が約7割となっている。

感染症流行前より大企業を中心としたデジタル化の機運が高まりつつあり、中小企業のデジタル化を支援する各種支援策も講じられていた中で、感染症の流行がそれまで優先順位が低い傾向にあった業種も含めて、デジタル化に取り組む意識を底上げする一つのきっかけとなったと考えられる。

第2-3-16図 時点別に見た、事業方針におけるデジタル化の優先順位(業種別)

第2-3-17図は、従業員規模別に前掲の第2-3-15図の結果を見たものである。これを見ると、従業員規模の大きい企業は、小さい企業と比べて優先順位が高い傾向にある。特に、従業員数が100人を超える企業は、優先順位が高い又はやや高いと考える割合が増加しており、今後の優先順位も8割以上が高い又はやや高いとしていることが見て取れる。

第2-3-17図 時点別に見た、事業方針におけるデジタル化の優先順位(従業員規模別)

第2-3-18図は、今後のデジタル化の優先順位別に見た、感染症流行前後の各指標の変化と水準を示したものである。労働生産性の変化を見ると、優先順位が高い企業は、感染症による影響が比較的小さかった傾向にある。感染症の影響をある程度抑えられたことで、感染症収束後を見据えて、デジタル化に今後前向きに取り組んでいく意識も高くなっている可能性が考えられる。

他方で、手元流動性の水準を見ると、優先順位が低い企業の水準が高い傾向にある。また、自己資本比率の水準を見ると、優先順位の高低で明瞭な差が見られないことも確認される。このことから、優先順位が低い企業においては、必ずしも財務面の不安がデジタル化の優先度を検討する際の障壁となっているわけではないことが示唆される。

第2-3-18図 今後のデジタル化の優先順位別に見た、感染症流行前後の各指標の変化と水準

2.デジタル化の取組状況

次に中小企業におけるデジタル化の取組状況について確認する。「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会DXレポート2(中間とりまとめ)」(経済産業省、2020、以下、「DXレポート2」という。)によれば、2020年に地域未来牽引企業3を対象とした調査において、DXを実施しているのは1割にも満たず、全体の5割以上の企業がDXをよく知らない又は聞いたことがないと回答していることを指摘している。中堅企業が主な調査対象である調査での結果を踏まえて、DXレポート2では我が国の中小企業には、DXに取り組む以前の問題として、紙ベースや人手作業を中心とした業務フローから脱却できない企業が多くを占める可能性も示唆している。

3 地域経済の中心的な担い手となりうる者を経済産業大臣が「地域未来牽引企業」として選定しており、現在約4,700者が選定されている。

この点、経済財政白書(内閣府、2021)においても、DXレポート2の内容を踏まえて、デジタル機器の導入や単なるアナログ情報のデジタル化にとどまらず、ビジネスモデルの変化をもたらすものがDXと指摘し、デジタル化の深度に応じてデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションと分類している(第2-3-19図)。

第2-3-19図 DXのフレームワーク

そこで(株)東京商工リサーチの調査では、DXレポート2や経済財政白書、DX推進指標(経済産業省、2019)、攻めのIT活用指針(経済産業省、2017)のフレームワークをもとに、デジタル化の取組状況を四つの段階に分けて、調査対象企業の取組段階を確認した。各段階は、〔1〕紙や口頭による業務が中心で、デジタル化が図られていない状態(段階1)、〔2〕アナログな状況からデジタルツールを利用した業務環境に移行している状態(段階2)、〔3〕デジタル化による業務効率化やデータ分析に取り組んでいる状態(段階3)、〔4〕デジタル化によるビジネスモデルの変革や競争力強化に取り組んでいる状態(段階4)に大別し、具体的な取組例も併記して調査している4第2-3-20図)。

4 「段階1」とは紙や口頭でのやり取りが中心であり、デジタル化による業務の効率化は図られていない状態。「段階2」とは連絡に社内メールを使用、会計処理・給与計算・売上日報などにパソコンを利用するなど、アナログからデジタルに向けたシフトを始めた状態。「段階3」とは業務効率化のための社内規定の整備や業務フローの見直しなどに取り組み、商品・サービス別売上の分析や、顧客管理、在庫管理などに向けたデジタル化に取り組んでいる状態。「段階4」とはマーケティング・販路拡大・新商品開発・ビジネスモデル構築などのためにデータが統合されたシステムなどを活用することで、デジタル化による経営の差別化や競争力強化に取り組んでいる状態を指している。

第2-3-20図 デジタル化の取組段階

第2-3-21図は、時点別に見た、デジタル化の取組状況を示したものである。これを見ると、感染症流行前(2019年時点)は、6割以上の企業が段階1~2の状況にあり、デジタル化による業務効率化やデータ分析に取り組んでいなかったことが分かる。

感染症流行下(2020年時点)に入ると、段階3~4と段階1~2の割合がほぼ同水準となり、現在(2021年時点)は段階3~4の割合が段階1~2を上回っている。これまで取組が進んでいなかった若しくは全く取り組んでいなかった企業が感染症流行下でデジタル化の取組を進展させてきたことが見て取れる。他方で、段階4に到達している企業は約1割に過ぎず、段階1~2の企業が4割以上を占めていることも確認される。

第2-3-21図 時点別に見た、デジタル化の取組状況

第2-3-22図は、感染症流行前と現在におけるデジタル化の取組状況をマトリクス図にしたものである。これを見ると、感染症流行前から段階が進んだ企業が3割以上となっている。段階2から段階3に進展した企業が最も多く、感染症流行下で業務効率化やデータの利活用を本格的に開始した企業が一定数存在したことが見て取れる。他方で、段階3から段階4に進展した企業は少なく、デジタル化を通じたビジネスモデルの変革や競争力強化を実現するハードルが低くないことが示唆される。

段階1及び段階2から進展しなかった企業も約4割に及ぶことも確認される。

第2-3-22図 感染症流行前と現在におけるデジタル化の取組状況

第2-3-23図は、従業員規模別に前掲の第2-3-21図の結果を示したものである。これを見ると、感染症流行前は、いずれの従業員規模においても、段階4の企業は1割に満たず、段階3を含めても3~4割程度であったことが分かる。その後、感染症流行下で従業員規模の大きい企業がデジタル化の取組を進めた傾向にあり、現在は100人を超える企業の約8割が段階3~4に到達している。他方で、5~20人以下の企業は段階1~2の企業が約5割となっている。

第2-3-23図 従業員規模別に見た、感染症流行前と現在におけるデジタル化の取組状況

次に、第2-3-24図は、業種別に前掲の第2-3-21図の結果を示したものである。これを見ると、情報通信業は感染症流行前の時点で段階3~4の企業が5割以上となっており、現在は7割以上となっている。卸売業は、情報通信業、学術研究専門・技術サービス業に次いで段階3の割合が現在は高く、5割以上となっている。サプライチェーンの中間流通を担い、販売・在庫などの情報が集まる卸売業において、データ分析やデジタル化による競争力強化に着手している様子がうかがえる。

宿泊業・飲食サービス業は、情報通信業に次いで段階4の割合が現在は高い一方で、運輸・郵便業に次いで段階1~2の割合も高いことが見て取れる。運輸・郵便業は約6割、建設業は約5割の企業が現在も段階1~2の状況にあり、他業種に比べて取組が進展していないことも確認される。

各業種における感染症流行前と比べたデジタル化の取組状況の増加率を見ると、感染症の影響が大きかった対面型サービス業なども含めて、全ての業種が段階3~4の企業割合が3割以上増加していることが分かる(第2-3-25図)。

第2-3-24図 業種別に見た、感染症流行前と現在におけるデジタル化の取組状況
第2-3-25図 業種別に見た、感染症流行前と比べたデジタル化の取組状況の増加率(段階3~4の企業)

第2-3-26図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、労働生産性と売上高の変化率を見たものである。これを見ると、2015年時点の労働生産性の水準について段階1~4で大きな差が見られなかった中で、2021年にかけての変化率としては、段階1~2の企業は労働生産性が減少している一方で、段階3~4の企業は労働生産性、売上高が増加していることが確認される。今回の調査結果で一概にはいえないが、デジタル化による競争力の強化やデータ利活用に取り組んでいることで、業績面にプラスの効果が現れていることも考えられる。

第2-3-26図 取組状況別に見た、労働生産性と売上高の変化

第2-3-27図は、感染症流行下の取組状況の進展別に見た、2019年から2021年にかけての労働生産性と売上高の変化率を示したものである。これを見ると、感染症流行下でデジタル化の取組が進展した企業は、進展しなかった企業と比べて労働生産性及び売上高の減少幅が小さく、感染症の影響が低い傾向にあったことが見て取れる。デジタル化による業務効率化やデータ利活用の取組が奏功した企業において業績面にプラスの効果があった可能性や、感染症による影響を抑えられた企業がデジタル化の取組段階を進展させた可能性が考えられる。

第2-3-27図 感染症流行下の取組状況の進展別に見た、労働生産性と売上高の変化

第2-3-28図は、経営者年齢別に見た、現在のデジタル化の取組状況を示したものである。これを見ると、若い経営者がデジタル化の取組を進めている傾向が見て取れる。他方で、経営者が70代以上の企業は、5割以上が段階1~2となっている。

第2-3-28図 経営者年齢別に見た、デジタル化の取組状況

第2-3-29図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、感染症収束後の事業方針におけるデジタル化の優先順位を見たものである。これを見ると、優先順位が高い又はやや高いと考える企業が段階3は8割以上、段階4は9割以上となっている。他方で段階1~2は、優先順位は高いと考える企業が1割程度にとどまることが分かる。

第2-3-29図 デジタル化の取組状況別に見た、感染症収束後の事業方針におけるデジタル化の優先順位

以上、本項では中小企業におけるデジタル化の取組段階について確認してきた。事例2-3-1では、対面型の営業スタイルからの脱却を図るべく、感染症流行下でDX推進室をゼロから立ち上げ、動画戦略を軸としたデジタル化に成功した中小製造業の事例を紹介する。

事例2-3-1:株式会社松浦機械製作所

感染症流行下にDX推進室を立ち上げ、動画戦略を軸としたデジタル化に取り組んだ中小企業

所在地  福井県福井市

従業員数 413名

資本金  9,000万円

事業内容 製造業

感染症流行下でDX推進室を立ち上げ、新たな営業手法を模索

福井県福井市の株式会社松浦機械製作所はマシニングセンタや金属光造形複合加工機などの工作機械メーカー。北米や欧州の金属加工メーカーが主要取引先で海外売上高は70%を超える。同社は、自社工場をショールームとして国内外から顧客を招き、製品の製造工程や従業員の実直な姿勢を見てもらうことで信頼関係の構築につなげてきた。しかし感染症の流行により、工場見学は全てキャンセルとなり、対面型の営業手法からの見直しが迫られた。海外の販売子会社4社からはデジタルコンテンツを充実すべきと訴えられたが、同社には取り組んだ経験やノウハウがなく、専門人材もいなかった。そこで、後継者候補である松浦悠人取締役がDX室長に就任し、若手社員と2人でDX推進室を立ち上げることとなった。

工場の見学動画など300種類以上のコンテンツを独自に作成

松浦取締役は営業マンからコンテンツのアイデアを洗い出した。その結果、製品紹介から工作機械の使い方、会社概要の紹介まで多くのニーズがあり、デジタルコンテンツを求める声が少なくないことが判明した。多くのコンテンツを充実させることとコスト面を考慮した結果、営業本部にあったハンディカメラと動画編集ソフトを用いて、自前で動画制作を開始した。社内からのリクエストが多かったのが工場見学の動画だった。そこで、YouTubeで再生回数が多い動画を参考に、同社のモノづくりの現場を様々な角度から分かりやすく発信できるよう数十本の動画にまとめて公開した。動画の反響は大きく、工場見学の代替手段となっただけでなく、動画を見た海外の顧客から製品に関する質問や好意的なコメントが直接届いた。最終ユーザーとは販売会社を介してコミュニケーションを取ることが中心で、特に顧客との接点が限定的であった製造部門の社員にとっては、顧客からの声がモチベーションを高める効果につながった。次に取り組んだのが修理手順に関する動画だった。従来は電話で手順を説明するため手間を要していたが、映像でも伝えられるようになり効率的となった。また、採用面接時に制作した動画を見たと言う学生も現れており、同社に対する理解を深める一因にもなっている。取組開始後の15か月で、動画コンテンツは300種類を超えた。

今後はIT人材を社内で育てていくことも目標に

2021年7月には県内初の企業としてDX認定事業者にも選定された。今後のDX戦略として、機密保持の観点からIDとパスワードを使った顧客専用サイトの構築、業務効率化に向けたペーパーレス化の推進などを視野に入れる。また、課題だった若手社員への技能承継に向けて、製造部門のベテラン社員の作業を人材育成用の動画として活用していく構想も持つ。長期的にはDX推進室でのOJTを通じて、IT人材を社内で育てていくことも目標としている。DXについて何から始めればいいか分からないとする企業に対して、「高度なデジタル化を取り組もうと意識し過ぎず、まずは自分なりにできる取組から始めることが重要だ。」と松浦取締役は語る。

松浦悠人取締役、動画は300種類を超えた、動画撮影の様子

3.IT投資の現状

本項は我が国の中小企業におけるIT投資の現状を確認していく。2020年に(一社)日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が実施した東証1部上場企業とそれに準じる企業を対象とした調査によれば、売上高に占めるIT投資額の中央値は1%となっており、約4割の企業が翌年度における投資額を増加する方針であることを示している5

5 企業IT動向調査2021

第1-1-23図(再掲)は、企業規模別のソフトウェア投資比率の推移を示したものである。これを見ると、中小企業は大企業に比べて低いものの、2019年以降ソフトウェア投資比率は増加傾向で推移しており、感染症流行下もその動きを継続していたことが見て取れる。

第1-1-23図 企業規模別に見た、ソフトウェア投資比率の推移

第2-3-30図は、業種別に見た、2020年と2021年のIT投資額を示したものである。これを見ると、2020年及び2021年において、7割以上がIT投資を実施していることが分かる。2021年は2020年に比べて投資額を僅かながら増加している傾向も見て取れる。

業種別に見ると、感染症流行前からデジタル化の優先順位が高かった学術研究専門・技術サービス業や情報通信業は、売上高の2%以上投資している企業が約2~3割となっており他業種に比べて高い傾向にある。デジタル化の取組段階の二極化の傾向が見られた宿泊業・飲食サービス業は、2021年に売上高の2%以上投資している企業が約2割存在する一方で、IT投資を行わなかった企業が約4割となっていることも分かる。デジタル化の取組状況(第2-3-24図)と同様、IT投資の姿勢も宿泊業・飲食サービス業の中で積極的な企業と保守的な企業で分かれつつあるものと考えられる。

段階1~2の企業が多い運輸・郵便業は、IT投資を行っていない企業が3割以上となっており、建設業は売上高の1%未満の企業が6割以上となっている。建設業の場合には、感染症による工期遅れ・キャンセルや資材価格の高騰による業績への影響も背景として考えられる。

第2-3-30図 業種別に見た、2020年と2021年のIT投資額

第2-3-31図は、2020年のIT投資額別に見た、2021年のIT投資額を示したものである。これを見ると、2020年に売上高の2%以上投資していた企業の約9割は、翌年も同水準のIT投資を実施していたことが分かる。2020年に売上高の1%以上2%未満投資していた企業も8割以上が売上高の1%以上の投資を継続しており、継続してIT投資に取り組んでいる姿勢が見て取れる。他方で、IT投資を実施しなかった企業の約9割は2021年も未実施だったことも確認される。

第2-3-31図 2020年のIT投資額別に見た、2021年のIT投資額

第2-3-32図は、感染症流行下の取組状況の進展別に見た、年間のIT投資額を示したものである。これを見ると、感染症流行下でデジタル化の取組が進展した企業は進展しなかった企業に比べてIT投資を実施している傾向が確認される。IT投資に資金を振り向けたことで、自社のデジタル化の取組段階を進展させることができている様子がうかがえる。

第2-3-32図 取組状況の進展別に見た、年間のIT投資額

第2-3-33図は、IT投資額の内訳として最も多かったものを示したものである。これを見ると、2020年から2021年にかけて基幹システムなどのハードウェア費や働き方改革に向けたPC・デバイスなどの費用と回答した割合が低下した一方で、ソフトウェアの開発・利用費に投資を行ったと回答した割合が上昇したことが分かる。

情報通信白書(総務省、2021)によれば、2020年における世界のクラウドサービスの市場規模は2017年から倍増の3,281億ドルと高成長を遂げており、2023年には5,883億ドルに達すると指摘している。今回の調査はソフトウェアの開発費用と利用費を区分して集計していないが、ITツール・システムとしてクラウド型を主体とする企業が一定数見られ(第2-3-59図にて後述)、段階3~4の企業を中心に今後クラウドサービスを拡大していく方針の企業が確認されている(第2-3-61図にて後述)。以上を踏まえると、システムを自社保有するのではなく、従量課金制などによりシステムを利用する中小企業が増えつつあることが示唆される。

第2-3-33図 IT投資額の内訳として最も多かったもの

第2-3-34図は、業種別に見た、IT投資額の傾向と今後の計画を示したものである。これを見ると、建設業は直近5年間で増加傾向にあった企業が5割以上となっており、全業種で最も割合が高いことが分かる。建設業は前掲の第2-3-30図によれば、2020年から2021年のIT投資額は他業種に比して低かったが、今後5年間のIT投資を増加する予定の企業が3割以上となっている。同業者との差別化に向けてデジタル化に取り組む地域の有力建設業者6や、重層的な取引構造の中で大手ゼネコンに追随し、サプライチェーンの合理化に向けデジタル化に取り組む中小建設業者が斯業界のデジタル化の機運を高めていくものと思料される。

6 2021年版中小企業白書では、生産性の向上などのデジタル化に取り組む建設業として、株式会社小田島組(岩手県、事例2-2-5)やハイスピードコーポレーション株式会社(愛媛県、事例2-2-8)の事例を取り上げている。

段階3の企業が約5割を占める卸売業や小売業は、直近5年間で増加傾向にあった企業が4割以上となっており、今後も投資を増やす予定の企業が3割以上となっている。今後の事業方針としてデジタル化の優先順位は高いと位置づける中で、IT投資を積極的に実施し、デジタル化の取組を発展させる意向を持つ企業が多いと考えられる。

段階3~4の企業が6割以上を占める情報通信業や学術研究専門・技術サービス業は、直近5年間で毎期安定的に投資を実施してきた企業が約4割、今後5年間についても約7割が同水準のIT投資を計画していることが見て取れる。対面型サービス産業などと比べて感染症による企業活動の影響も限定的だった中で、今後も毎期安定してIT投資を継続していく姿勢にあることが確認される。

段階1~2の企業が5割以上を占め、直近2年間のIT投資は未実施の企業が3割以上となっていた宿泊業・飲食サービス業と運輸・郵便業は、直近5年間のIT投資も未実施だった企業が約4割となっている。今後5年間もIT投資を予定していない企業がそれぞれ約3割、約2割となっている。このことから、外部環境の変化や感染症による影響などによらず、IT投資に対して保守的な姿勢を継続する企業が一定数存在していると考えられる。前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、IT投資を控えてきたことがデジタル化の取組が進展していない一因と思料される。

第2-3-34図 業種別に見た、IT投資額の傾向と今後の計画

第2-3-35図は、現在のデジタル化の取組状況別に見た、今後のIT投資の計画を示したものである。これを見ると、段階3~4は9割以上が増加又はおおむね同程度を予定している。他方で、段階2の約2割、段階1の約6割が減少又は実施しない予定となっている。

第2-3-35図 デジタル化の取組状況別に見た、今後のIT投資の計画

第2-3-36図は、IT投資額別に見た、手元流動性の水準を示したものである。手元流動性の水準は、IT投資を実施する前年の中央値を集計している。これを見ると、売上高の2%以上のIT投資を実施している企業の水準が最も高く、IT投資額の割合が低いほど手元流動性の水準も低い傾向が見て取れる。手元資金が安定している企業がIT投資に十分な資金を投下できていることが考えられる。手元資金が十分でない企業の場合には、金融機関による資金調達や補助金の活用などにより資金面を補っていく意義が示唆される。

他方で、2021年にIT投資未実施の企業の手元流動性の水準は、2020年にIT投資未実施の企業の水準から約0.6か月増加しており、2021年は「売上高の2%以上」に次いで高くなっている。前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、2021年にIT投資未実施の企業の大半は、2020年もIT投資を実施しなかった企業と考えられる。感染症流行下で金融機関からの資金調達や各種資金繰り支援策を活用しつつも、IT投資などの資金流出は控えたことで、手元資金が蓄積している様子がうかがえる。

IT投資は、事業活動の競争力を高める設備投資の一つの手段に過ぎず、有事において手元流動性の確保を優先することも重要な経営判断ではあるが、設備投資を抑えて必要以上に手元資金を持つことは、経営の効率性を損ねている可能性も示唆される。感染症収束後の事業展開に向け、IT投資を今後の選択肢の一つとして検討することも重要な経営判断であるといえるのではないだろうか。

第2-3-36図 IT投資額別に見た、手元流動性の水準

第2-3-37図は、IT投資額別に見た、業務効率化の状況を示したものである。これを見ると、2020年、2021年いずれもIT投資額の比率が高い企業は、デジタル化による業務効率化を実感している傾向にある。他方で、売上高の2%以上投資していた企業において、4割以上が業務効率化を実感していないことも分かる。また、IT投資額が売上高の1%未満の企業も、4割以上が業務効率化を実感していることが確認される。

第2-3-37図 IT投資額別に見た、業務効率化の状況

第2-3-38図は、IT投資額別に見た、デジタル化による競争力強化の状況を示したものである。これを見ると、前掲の第2-3-37図と同様、IT投資額の比率が高い企業が効果を実感している傾向にあるが、売上高1%未満の場合にも、「十分に効果があった」、「ある程度効果があった」企業が6割以上となっていることも確認される。

前掲の第2-3-32図の結果を鑑みると、デジタル化の取組を進展させる上でIT投資に資金を使うことは重要と考えられるが、金額の多寡にかかわらず、自社に合ったIT投資を実践している企業が業務効率化や競争力の強化につなげていると示唆される。

第2-3-38図 IT投資額別に見た、デジタル化による競争力強化の状況

以上、IT投資の現状として同業種・異業種間でIT投資に対する姿勢に差が見られることや、自社の状況に応じてIT投資を実施していく意義などを確認した。

(独)情報処理推進機構(IPA)は、DX推進指標を用いて各企業がDXの取組を自己診断した結果を分析したレポート7内で、最初から多額のIT投資を実行する場合には、数年での費用回収が社内で求められ、結果的に苦しむ恐れがあると指摘している。その中で、IT投資の投資成果に対する評価として、成功か失敗の2択に絞られることを回避するため、段階的にIT投資を実施することで、投資効果を長い目で見極めていく視点も重要と提言している。今回の調査結果からも、自社にとって最適かつ十分なIT投資を模索していくことが重要といえるのではないだろうか。

7 DX 推進指標 自己診断結果 分析レポート

4.デジタル化に取り組む際の課題

前項は中小企業におけるIT投資の現状を概観し、IT投資額の多寡にかかわらず、自社に合ったIT投資を実践していくことが重要と確認した。中小企業白書(2021)は、中小企業がデジタル化の推進に向けて、アナログな文化・価値観の定着や明確な目的・目標が定まっていないといった組織体制の課題を抱えることを指摘し、組織上の課題を乗り越えていく意義を指摘している。そこで本項は、具体的にデジタル化を検討若しくは着手していく際の課題を確認し、デジタル化に取り組む上でのポイントや効果を確認する。

第2-3-39図は、デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に取り組む際の課題を示したものである。これを見ると、段階2~4いずれも「費用対効果が分からない・測りにくい」を挙げる割合が最も高く、約4~5割の企業が課題としている。通常の設備投資と異なり、IT投資の場合には定量的な評価が困難なケースが多いことから、適切な費用対効果の測定に悩んでいる様子がうかがえる。

段階1の企業は、「デジタル化を推進できる人材がいない」を挙げる割合が最も高いことが見て取れる。他方で、段階2~4を比較すると、推進する人材の不足を挙げる割合は上位段階ほど低くなっており、段階4は3割を下回っている。段階が進んでいる企業は、既存社員を配置転換しIT人材として育成することやデジタル化の取組において中心的な役割を担う人材を新規採用で確保していることが考えられる。

同じ人材面の課題として、「従業員がITツール・システムを使いこなせない」を挙げる割合は、いずれの段階も3割以上となっている。デジタル化の取組が発展していくに応じて高度なITリテラシーも求められると考えられ、段階を問わず、組織全体のITリテラシーを人材教育により底上げしていく意義が示唆される。

ITツール・システムを検討する際の課題である「適切なITツール・システムが分からない」を挙げる割合は、段階2~3の企業において高い傾向にある。段階2~3の企業は、ITツール・システムの導入経験が段階4の企業に比べて豊富ではないことから、最適なITツール・システムを選定するノウハウや知識の不足、情報収集に悩んでいる可能性が考えられる。

また、検討初期段階の課題として「どの分野・業務がデジタル化に置き換わるかが分からない」を挙げる割合は、下位段階ほど認識しており、段階1は約3割が回答している。段階1の企業は、業務の棚卸しが十分でないことからITツール・システムの導入可能性を検討できていない状況がうかがえる。

上位段階の企業は、情報流出の懸念を挙げる傾向にある。データ利活用が進み、事業活動に関わる機微情報も蓄積されていくことで、情報セキュリティ対策を課題としていることが見て取れる。

中小企業がデジタル化に取り組んでいく際に抱える課題は、取組段階に応じて異なることが確認された。中小企業のデジタル化を支援する外部専門機関やITベンダーにおいては、企業が直面している課題や潜在的なボトルネックに応じて、効果的な支援や提案が求められているといえるだろう。

第2-3-39図 デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に取り組む際の課題

第2-3-40図は、デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に関する情報の入手経路を示したものである。これを見ると、上位段階の企業が様々なルートから幅広く情報収集に取り組んでいることが分かる。他方で、段階2の2割以上及び段階1の5割以上の企業は、情報収集に取り組んでいないことも確認される。前掲の第2-3-39図の結果として、ノウハウや情報不足による課題を認識する企業も散見されることから、多面的なルートから情報収集を図っていくことも重要と考えられる。

第2-3-40図 デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化に関する情報の入手経路

第2-3-41図は、無償のデジタルスキル習得プログラムの活用状況を示したものである。これを見ると、活用経験のない企業が大半を占めるが、2割以上の企業が今後の活用に関心を示している。

近年では、Googleが提供しているGrow with Google、(株)NTTドコモが展開するgacco(ガッコ)など無償のデジタルスキル習得プログラムも充実しており、自社のITリテラシーを高めるサービスとして身近になりつつある。前掲の第2-3-39図の結果として、いずれの段階も組織全体のITリテラシーの底上げを課題とする企業が約3~4割確認された中で、このような無償デジタルスキル習得プログラムの利用拡大は今後期待されるといえよう。

第2-3-41図 無償のデジタルスキル習得プログラムの活用状況

次に、IT投資に対する投資姿勢の背景について確認する。第2-3-42図は、デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っている背景を示したものである。これを見ると、2021年にIT投資を積極的に行った理由として、「業務効率化などによるコスト削減効果を実感」を挙げる企業が最も多く、段階4の約7割、段階3の約6割が回答している。今後5年間でIT投資を増加する理由としても、同程度の企業が回答していることが見て取れる。同じく投資効果である「売上向上などによる業績へのプラス効果を実感」は、段階4で2021年のIT投資は3割以上、今後のIT投資は4割以上が背景として挙げている。このことから第2-3-38図で、適切な費用対効果の測定に悩む企業が多いことが確認されたが、デジタル化の取組が進展している企業は、ITツール・システムの適切な導入効果の把握がその後のIT投資を促進していることが推察される。

また、主に下位段階の企業は、業界内・同業他社の取組による影響、販売先・仕入先からの要請といった外的な要因も動機付けの一因となっていることも見て取れる。

第2-3-42図 デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っている背景

第2-3-43図は、デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っていない背景を示したものである。これを見ると、下位段階の企業において「必要性を感じない」という割合が高く、2021年のIT投資は段階1の6割以上、段階2の約4割が回答している。今後5年間のIT投資としても段階1の8割以上、段階2の6割以上が理由としている。下位段階の企業は、業務の棚卸しが十分でないために、ITツール・システムによる効率化の可能性を検討できず、必要性を実感できていないことが考えられる。支援機関においては、このような企業の経営者に対して、ITツール・システムの導入による業務改善や効率化の可能性に気付かせることが支援のファーストステップとして有用と示唆される。

2021年のIT投資の背景として、段階2~3の企業は「投資効果がすぐには期待できないこと」を回答する企業が2割以上となっている。前掲の第2-3-42図で、ITツール・システムの導入効果の適切な把握がIT投資の動機となっていることを指摘したが、積極的なIT投資を行っていない企業においては、短期間での投資成果を追求し過ぎている可能性が示唆される。

第2-3-43図 デジタル化の取組状況別に見た、積極的なIT投資を行っていない背景

第2-3-44図は、段階3~4の企業において、デジタル化による業務効率化の状況を示したものである。これを見ると、段階4の約7割が業務効率化を実感しているものの、段階3の5割以上は、業務効率化の実感に現状至っていないことが見て取れる。

第2-3-44図 デジタル化による業務効率化の状況(段階3~4の企業)

第2-3-45図は、デジタル化による業務効率化の状況別に見た、労働生産性の変化を示したものである。これを見ると、業務効率化を実感している企業は、労働生産性の上昇率が大きい傾向となっている。第2-3-42図を鑑みると、業務効率化による変化を把握できた企業がIT投資を継続し、より高度なデジタル化へと発展させていったことで、結果的に労働生産性の上昇にも寄与した可能性が考えられる。

第2-3-45図 デジタル化による業務効率化の効果(労働生産性の変化)

(特非)ITコーディネータ協会は、支援先の中小企業に対して、ステップⅠ~Ⅳの流れに従い、段階的にデジタル化の取組を高度化させていく重要性を提唱している(第2-3-46図)。その中で、第一のステップとしては、「作業の効率化」にマイルストーンを設定し、部分的なITツール・システムの導入に成功することで、そこに「全体最適のプロセス構築」の視点が加われば、ステップⅡ以降の高度な取組を実現する起点になると指摘している。

今回の調査結果からも、まずは業務効率化を実感することができる小さな成功体験の獲得が重要と考えられる。第2-3-37図も踏まえると、中小企業の経営者は、身の丈に合ったIT投資による成功、すなわち「スモールスタート・クイックウィン」を強く意識していくこともキーポイントの一つといえるのではないだろうか。

第2-3-46図 デジタル化のステップ

第2-3-47図は、段階2~4の企業において、デジタル化による取組効果を示したものである。これを見ると、取組段階が高い程、デジタル化による個々の効果を実感する割合が高いことが分かる。デジタル化の取組を進展させていくことで、競争力の強化に資する多様な効果を得られ、事業を成長させる新たな可能性も期待できると考えられる。

第2-3-47図 デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化による取組効果

第2-3-48図は、段階2~4の企業において、デジタル化による副次的な効果を示したものである。これを見ると、「働き方改革に貢献した」の割合が最も高く、次いで「取引先との関係・連携の強化につながった」、「組織風土の改革につながった」が高くなっている。また、第2-3-47図と同様、取組段階が高い程、個々の副次的な効果も実感する割合が高いことが分かる。

DX推進指標は、IT投資において適切なKPIを設定することやIT投資を評価する仕組みづくりの重要性を指摘している。その中で、一般にIT投資は経費の前年度比較などで評価されることが多いが、DXの本質とは「価値の創出」にあり、自社の経営がデジタル化によってどのように変化したかを把握することが重要としている。

IT投資は売上高や利益などの定量的な指標と直接紐づけられないケースやIT投資による効果が出るまでに時間を要するケースも多く、定量的なリターンやその確度を求めすぎて挑戦を阻害しないよう留意する必要がある。自社がIT投資により実現したい価値を明確化し、得られた効果を適切に把握していくことで、自社の事業活動に即したデジタル化の実現につながるのではないだろうか。

第2-3-48図 デジタル化の取組状況別に見た、デジタル化による副次的な効果

以上、本項では中小企業がデジタル化に取り組む際の課題やIT投資の背景について確認してきた。業務効率化をまずは重視した上で、定量・定性の両面から効果を適切に把握し、IT投資の意思決定を実践している企業がデジタル化の取組を発展させていると考えられる。支援機関としては、支援先企業が必要以上に短期間での投資効果を追求し、過度な投資効果を見積もらぬよう指導・助言していく役割が求められるといえるだろう。

事例2-3-2では、ITコーディネータの指摘で、運送業の高付加価値化をデジタル化の取組当初から目指すのではなく、自社のデジタル化の状況を踏まえて、業務プロセスの効率化や社内の情報共有から取り組んでいく重要性に気付き、感染症流行下でデジタル化の取組を進展させていった企業の事例を紹介する。

また事例2-3-3では、経営者が自らITリテラシーを高め、HPや動画を活用したマーケティングに取り組んだことで、震災後の危機を新たな顧客獲得のチャンスに変えた老舗酒造業を紹介する。

事例2-3-2:株式会社ヒサノ

社外専門家との二人三脚で、配車業務の効率化や付加価値向上を実現した中小企業

所在地  熊本県熊本市

従業員数 84名

資本金  1,000万円

事業内容 運輸業

人手不足をきっかけに、デジタル化による配車業務の効率化に着手

熊本県熊本市の株式会社ヒサノは、主として半導体製造装置や工作機械などの輸送を手がける精密機器部門及び理化学機器やコピー機などの輸送を担当する中重量物部門からなる運送業者。同社の久保誠社長と久保尚子専務は、九州全域への取引網の拡大や、デジタル化による高付加価値化を実現したいと考え、地元金融機関のセミナーへの参加などを通じて情報収集に努めていた。こうした中、2018年にITコーディネータの中尾克代氏と出会った。中尾氏は、久保社長と久保専務から同社が目指す経営戦略を確認した上で、同社の経営課題と取り組むべきデジタル化の要点を整理した。その結果、ITシステムの利活用があまり浸透していなかった同社にとっては、高度なデジタル化を取組当初から目指すのではなく、まずは中核となる配車業務のシステム化を実現し、その経験を踏まえて高度なデジタル化を段階的に目指していくことが重要と判断した。

ITコーディネータと二人三脚で配車業務のシステム化に成功

2019年4月から同社の支援に携わることとなった中尾氏は、まずは各部門のキーパーソンへのヒアリングに取り組み、具体的な業務フローをチャート図に落とし込んでいった。その結果、当時の同社は、配車担当者が経験則に基づいて紙ベースで配車業務を行っており、各部門や拠点の繁閑状況が全社的に共有されていないことが判明した。配車業務のシステム化が必要であると判断した中尾氏は、実際の配車表を基に、どの車が何を運び、何日間稼働しているか、どのルートで配送しているかなどをExcel上で分析し要件定義に反映した。中尾氏は2年間で120回以上訪問し、意見交換を通じて経営陣や社員の信頼を獲得していったことで、社内でも新たなシステム導入に向けて協力的な雰囲気が醸成されていった。2021年8月には、二人三脚の取組が実を結び、クラウド上で受注・配車業務を行う「横便箋システム」の開発に成功し本格稼働に至った。配車業務をシステム化したことで、受注情報をもとに社内リソースの配分が最適化されたほか、外出中の社員が端末上で稼働状況を把握し迅速な情報共有が可能となった。「今回の開発費用は約2,000万円だったが、運送業の要である配車業務をシステム化したことで配車効率が上がり、付加価値が向上した」と久保社長は評価する。

倉庫業への本格進出により総合物流サービスへの業容拡大を見据える

配車業務の効率化を実現した同社は、次なるステップとして、「横便箋システム」の配車データの解析に取り組んでいく方針である。2022年7月には福岡県古賀市に新倉庫を稼働し、新たに実装する倉庫システムで荷物の入出庫や保管する期間などの情報を一元管理することを見込んでいる。社内リソースの可視化、最適な配分が可能となったことで、他の運送業者との連携を含めた物流サービスの高度化も構想しており、保管・運送・荷役の総合物流サービスへの業容拡大を視野に入れている。久保社長は「複数の専門家と良好なパートナーシップをいかに組めるかが重要。また、業務を可視化し現状を把握することで、自社が目指すデジタル化に向けた専門家からの支援による効果も最大化することができる。」と語る。

難しい運送もチームワークで完遂、左から久保社長、久保専務、中尾ITコーディネータ、古賀倉庫(仮称)完成予想図

事例2-3-3:有限会社佐々木酒造店

ITリテラシーを高め、HPや動画を活用したマーケティングに取り組んだことで、震災後の危機をチャンスに変えた中小企業

所在地  宮城県名取市

従業員数 9名

資本金  300万円

事業内容 酒類製造業

本社店舗と酒蔵は全壊するも、創業の地で復活を目指す

宮城県名取市の有限会社佐々木酒造店は、「宝船 浪の音」をはじめとする清酒の製造・販売を行う老舗酒蔵で、創業151年を迎える。東日本大震災前の販売先は、遠方でも車で片道30分程度の県内沿岸部の料亭や旅館が中心となっていた。しかし、津波により同社の店舗や酒蔵は全壊し、廃業した販売先も少なくない状況に追い込まれた。壊滅的な状況の中で、同社の佐々木洋専務は、阪神淡路大震災で大きな被害を受けた蔵元の櫻正宗株式会社から製造設備の支援を受けつつ、「蔵や地酒はその土地の文化。文化を失えば町も消えてしまう。今できることを少しずつ積み重ねましょう」とのメッセージを受けて、その言葉を胸に時間をかけてでも創業の地で地酒をつくることを決めた。

SNSの情報発信により、地域の復興と新たな顧客獲得に取り組む

同社は、2012年2月に名取市復興仮設商店街に仮設店舗を構え、同年12月には名取市復興工業団地内に入居し、仮設の酒蔵で酒造りを再開した。しかし、地酒の原料となる米を生産する農家や販売先の飲食店など、酒蔵の復興には町全体の再建が欠かせず、新たな需要を獲得するため仮設店舗事業を広く発信していく必要があった。そこで、佐々木専務が中心となり、Googleのプロジェクト「イノベーション東北」に手を挙げた。このプロジェクトでは、Googleのサービスを活用し、SNSを用いた効果的なマーケティングや顧客からのレスポンスを受けるための工夫を学んだ。また、株式会社リクルートライフスタイル(現リクルート株式会社)のサポートを得て、仮設商店街の全店舗でタブレット端末を使った決済システムを導入した。当初はITツールの利活用に苦手意識を抱く店舗もあったが、不慣れな事業者や従業員には佐々木専務が手助けを行い、少しずつ仮設商店街の各店舗から賛同を得られるようになった。その結果、各店舗もSNSで情報発信する際に商品を雑然と並べるのではなく、どのようにレイアウトすれば見栄えが良くなるかなど顧客を意識した視点を次第に取り入れるようになった。佐々木酒造店も震災後から自社のSNSなどを通じて県外からの商談のほか、台湾や香港、韓国といった海外からも商談が舞い込むようになった。オンラインの酒蔵見学も酒造りが落ち着いている夏の時期には実施するようになり、新たなファンの獲得にもつながっている。2019年10月に創業の地に再建した酒蔵で酒造りを復活する旨をSNSで発信した際は特に反響が大きく、佐々木専務は多くのファンに支えられている手応えを感じた。足元は感染症の影響もあり、震災前の売上げまでは回復していないが、販売先の拡大などの効果が出てきている。

地域の魅力を発信していくことで、交流人口の増加を図る

佐々木専務は、動画やホームページを活用した次なる取組として、東北全体の観光業にも力を入れていく考えを持っている。地域の魅力や特産品の生産者の思いを発信することで交流人口を増やし、持続的な地域振興につなげ、実際に東北の地に来てもらうことで、震災の伝承、防災意識の啓もう、そして復興とは何かを多くの人に実感してもらうことが狙いだ。「ITツールは手段なので目的ではない。ただ工夫することで、時間や場所を選ばず、地域の美味しい食や美しい景色を今まで接点のない人に広く知ってもらうことができる。」と佐々木専務は語る。

151年続く酒蔵、名酒「宝船 浪の音」、震災時に近隣の酒蔵や飲食店と手を携えながら乗り越えた状況を語り継ぐ

コラム2-3-3:ミラサポplus

中小企業・小規模事業者向けの各種情報ポータルサイトのミラサポplus(https://mirasapo-plus.go.jp/外部サイト)では、中小企業・小規模事業者が活用できる支援制度(補助金等)、支援者・支援機関、事例等をまとめています。「支援制度を探す(通称「制度ナビ」)」では、中小企業・小規模事業者向けの制度(補助金等)を約1,200件掲載し、各省庁や都道府県の中小企業向け制度もまとめて発信しています。制度ナビでは、お困りごとや地域、業種などで制度を絞りこむ機能も実装されており、自社に適した補助金を簡単に検索することが可能です。感染症対策関連の補助金についても特設ページを設けていますので是非ご活用ください。

コラム2-3-3〔1〕図 ミラサポplus

また、中小企業・小規模事業者が新たな取組を実施する際には、情報やスキル、ノウハウ不足といった問題も少なくありません。例えば、ITツール・システムを活用することが重要と理解した場合に「何をしたら良いか」、「誰に相談すれば良いか」、「どの施策が活用できるか」といった悩みが多々あるかと思います。そこで、最適な情報提供や適切な専門家とのマッチングという課題を解決するために、中小企業庁が保有するビックデータを活用した新たなサービスとして以下の取組を検討しています。

各社に合った補助金などの情報提供サービス

各社の特性(業種、従業員数、地域など)に合わせて最適な補助金やその他支援策、各種民間サービスなどについてメールにて情報をお伝えすることで、皆様に「隠れた支援策情報」を提供します。

過去申請データの一括保存・閲覧サービス

中小企業・小規模事業者が過去に申請した中小企業庁関連の補助金の申請内容などを閲覧・活用できるサービスです。申請者の許諾があれば、商工会議所や商工会の経営指導員などの支援者にもボタン一つで過去の申請データを共有することが可能になり、スムーズな経営支援につながります。

コラム2-3-3〔2〕図 中小企業庁のDXビジョン、データ蓄積・利活用の全体像
コラム2-3-3〔3〕図 データ利活用 ミラサポコネクトの機能イメージ

上記以外にも、データの利活用を通じて、より効果が高い補助金の制度設計につなげていくといった取組も検討しており、中小企業・小規模事業者の皆様が活用できるサービスを提供していく予定です。

5.目的別のITツール・システムの導入状況

前項では中小企業が抱えるデジタル化に取り組む際の課題やIT投資の背景について確認してきた。本項では具体的なITツール・システムの導入状況やクラウドサービスの活用状況について確認していく。昨今のITツール・システムは業務領域を横断し全社的に機能を発揮するものも少なくないが、今回の調査は以下の四つの導入目的に分類し、主に想定しているITツール・システムを例示している(第2-3-49図)。

第2-3-49図 主なITツール・システムと四つの導入目的

第2-3-50図は、業種別に見た、コミュニケーション分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、全体の6割以上が導入しており、導入を検討している企業を含めると7割を超えている。また、感染症流行前から導入していた企業と流行後に導入した企業の割合がほぼ同水準だったことも確認される。新しい生活様式への急速な対応が求められた感染症流行下で、社内外との情報伝達や意思疎通を図るツールを新たに導入した企業が多かったことが見て取れる。

業種別に見ると、情報通信業は8割以上、学術研究専門・技術サービス業は7割以上が導入している一方で、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業といった対面型サービス業、労働集約型産業である運輸・郵便業といった業種は導入率が5割を下回っている。

第2-3-50図 業種別に見た、コミュニケーション分野の導入状況

第2-3-51図は、業種別に見た、バックオフィス分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、全体の約7割が導入していることが分かる。バックオフィス分野は、5割以上の企業が感染症流行前からITツール・システムを導入しており、前掲のコミュニケーション分野に比べて、導入が以前から進んでいたことが見て取れる。

業種別に見ると、コミュニケーション分野の導入率が高い情報通信業や学術研究専門・技術サービス業に加えて、卸売業や小売業、不動産・物品賃貸業も7割以上の企業が導入している。バックオフィスの省人化・省力化を図ることで、本業に集中し競争力を高めようとしている姿勢が見て取れる。他方で、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業、運輸・郵便業は、コミュニケーション分野と同様に導入率が他業種に比して低いことも確認される。

第2-3-51図 業種別に見た、バックオフィス分野の導入状況

第2-3-52図は、業種別に見た、セールス分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、導入している企業は約4割にとどまることが分かる。感染症流行後より導入した企業は1割を下回っており、感染症がセールス分野のITツール・システム導入には大きな影響を与えなかったと考えられる。他方で、導入を検討している企業が約2割となっており、中小企業でも今後広がっていく可能性も示唆される。

業種別に見ると、卸売業や小売業の導入率が約6割と高いことが分かる。多くの顧客を抱える中で、顧客データの利活用により合理化や競争力の強化を図ることや顧客情報の厳重な管理を徹底している様子がうかがえる。他方で運輸・郵便業や建設業といった業種は導入率が3割を下回ることも確認される。

第2-3-52図 業種別に見た、セールス分野の導入状況

第2-3-53図は、業種別に見た、サプライチェーン分野のITツール・システムの導入状況を示したものである。これを見ると、導入している企業は約3割にとどまることが分かる。セールス分野と同様、感染症流行後より導入した企業は1割を下回っており、感染症が導入促進に大きな影響は与えなかったことが見て取れる。

業種別に見ると、セールス分野の導入率が高い卸売業や小売業に加えて、製造業も約4割の企業が導入している。製造業は今後導入を検討する企業も2割以上となっており、デジタル化による生産・流通領域の高度化、モノづくりの高付加価値化を図ろうとする姿勢がうかがえる。

第2-3-53図 業種別に見た、サプライチェーン分野の導入状況

(独)中小企業基盤整備機構は、生産性向上に悩む中小企業・小規模事業者向けに使いやすい・導入しやすいと思われるビジネス用アプリケーションを紹介する情報サイト「ここからアプリ8」を2019年3月から開設している。同サイトは、業種と活用する目的からアプリケーションを検索する機能が実装されており、実際に各アプリケーションを導入した企業の活用事例を参考とすることができる。

同サイトには219種類のビジネス用アプリケーションが掲載されており、52種類にカテゴリーを大別することができるが、テレワーク関連のアプリケーションが最も閲覧されている(第2-3-54図)。他方で、テレワーク関連に次いでECに関するアプリケーションの閲覧数が多いことも見て取れる。

第2-3-54図 ここからアプリの閲覧数

第2-3-55図は、ITツール・システムの導入状況別に見た、売上高の変化率と自己資本比率の水準の状況を示したものである。これを見ると、いずれのITツール・システムの導入予定がない企業に比して、ITツール・システムを導入済若しくは検討中の企業は、売上高の上昇率が高い傾向にある。また、いずれも導入予定にない企業は債務超過の割合が約2割にも及ぶことも確認される。以上を鑑みると、セールス及びサプライチェーン分野のITツール・システムを導入予定にない企業には事業の成長意欲が乏しい企業も一定数含まれると考えられ、実態としては、セールス及びサプライチェーン分野のITツール・システムの導入を通じて、事業の高度化を見据える企業が少なくないものと期待される。

第2-3-55図 ITツール・システムの導入状況別に見た、売上高の変化率と自己資本の状況

第2-3-56図は、分野別に見た、ITツール・システムの導入及び検討したきっかけを示したものである。これを見ると、コミュニケーション分野は「環境変化に伴う事業継続への危機感(感染症を含む)」が最も高く、次いで「働き方改革への対応」が高くなっている。事業継続力の強化や柔軟な職場環境の整備を意識した企業が、特に感染症流行下において積極的に導入を進めたものと考えられる。

バックオフィス分野は「働き方改革への対応」が最も高くなっている。また、他分野と比較すると、「外部機関からのアドバイス」がきっかけとなった割合が高いことも見て取れる。バックオフィスは企業間における業務内容の差が少ないことから、外部機関が他企業での導入経験を踏まえた助言や指導などを通じて、導入の側面支援を担っていたことが考えられる。

セールスとサプライチェーン分野は「社内からの要望」が最も高くなっている。営業や生産、流通などの事業活動に従事する社員の意向に応える形で、導入に至った企業が少なくないことが見て取れる。また、「社内からの要望」に次いで、「環境変化に伴う事業継続への危機感(感染症を含む)」を回答する割合も高いことが見て取れる。「同業他社との競争激化」を回答する企業が一定数いることからも、外部環境における自社の競争優位性を意識し、デジタル化による事業の高付加価値化を決断した企業も少なくないと考えられる。

四つの分野に共通するきっかけとしては、「他のITツール・システムの導入経験」を約2割の企業が回答している。先行するITツール・システムの導入実績やノウハウの蓄積がITツール・システムの導入を後押ししているものと考えられる。

他方で、取引先からの要請や同業者が取り組んでいたといった他の企業からの影響をきっかけとした企業はいずれの分野も1割程度にとどまる結果となった。

第2-3-56図 分野別に見た、ITツール・システムの導入及び検討したきっかけ

第2-3-57図は、ITツール・システムの導入状況別に見た、業務効率化の状況について示したものである。これを見ると、ITツール・システムを幅広く導入している企業は、業務効率化を実感している傾向が見て取れる。複数のITツール・システムを導入したことで相乗効果が創出されていることや、前掲の第2-3-56図でも確認された通り、ITツール・システムの導入経験・ノウハウが蓄積されたことで、自社のITリテラシーが底上げされ、効果的な活用に寄与しているなど好循環が生まれていることが示唆される。

第2-3-57図 ITツール・システムの導入状況別に見た、業務効率化の状況

第2-3-58図は、セールス・サプライチェーン分野の導入状況別に見た、デジタル化による取組効果を示したものである。これを見ると、いずれもITツール・システムを導入している企業は未導入の企業に比べて、総じてデジタル化に向けた取組の効果を実感している傾向が見て取れる。特に、「営業力・販売力の維持・強化」や「顧客行動、市場の分析強化」、「市場や顧客の変化への対応」といった顧客との関係構築・強化に資する効果を実感する割合が高くなっている。また、「商品・サービスの高付加価値化」を実感する割合も高い傾向にあることが確認される。

中小企業白書(2021)では、顧客情報や予約情報をシステムで一元管理するようになり、ホスピタリティの向上につなげた宿泊業の取組事例9、IoTモニタリングシステムを導入し、生産効率を高めた製造業の取組事例10を紹介しており、セールス・サプライチェーン分野の取組効果を指摘している。前掲の第2-3-56図を鑑みると、コミュニケーションやバックオフィス分野のITツール・システムの導入経験がある企業を中心に、セールス・サプライチェーン分野の導入を通じた競争力強化を図ることも有用と示唆される。

9 松月産業株式会社(宮城県、事例2-2-10)

10 i Smart Technologies・旭鉄工株式会社(愛知県、事例2-2-13)

第2-3-58図 セールス・サプライチェーン分野の導入状況別に見た、デジタル化による取組効果

第2-3-59図は、分野別に見た、主に活用しているITツール・システムを示したものである。これを見ると、コミュニケーションやバックオフィスの分野はクラウド型やパッケージソフトが中心となっている一方で、セールス分野は約3割、サプライチェーン分野は約4割の企業がオンプレミス型を中心としていると分かる。

コミュニケーションやバックオフィス分野の導入率が高い背景には、オンプレミス型に比べて、短期間で比較的導入することが可能なクラウド型やパッケージソフトを活用していることが一因であると示唆される。

第2-3-59図 分野別に見た、主に活用しているITツール・システム

第2-3-60図は、感染症流行前後におけるデジタル化の取組状況の進展別に見た、主に活用しているITツール・システムを示したものである。これを見ると、デジタル化の段階が進展している企業はクラウド型を活用している傾向が見て取れる。中小企業が感染症流行下の短期間でデジタル化の取組を進展させた一因としても、クラウド型の活用が考えられる。

第2-3-60図 取組状況の進展別に見た、主に活用しているITツール・システム

第2-3-61図は、デジタル化の取組状況別に見た、今後のクラウドサービスの活用方針を示したものである。これを見ると、デジタル化の取組が進展している企業がクラウドサービスの活用を拡大していく姿勢にあることが分かる。

第2-3-61図 デジタル化の取組状況別に見た、今後のクラウドサービスの活用方針

第2-3-62図は、今後のクラウドサービスの利用方針の理由を示したものである。これを見ると、利用を拡大する方針の企業は、業務効率化の実感を挙げる割合が最も高く、情報セキュリティやコスト面をプラスに捉えた企業も4割程度見られる。他方で、利用を拡大する方針のない企業は、コスト面のデメリットを挙げる割合が最も高く、費用対効果に対する捉え方が分かれていることが見て取れる。同様に、情報セキュリティも3割以上が不安と感じていることが確認される。利用を拡大する方針のない企業は、費用や情報セキュリティに対する不安を過度に見積もっている可能性も考えられる。

また、利用を拡大する方針のない企業の約2割は、クラウドサービスを検討したことがないことも見て取れる。クラウドサービスの適切なメリット・デメリットの把握により、自社に適したITツール・システムを選定していくことが重要と思料される。

第2-3-62図 今後のクラウドサービスの利用方針の理由

第2-3-63図は、デジタル化の取組状況別に見た、ITツール・システムの導入時に重視する取組を示したものである。これを見ると、段階3~4において約8割の企業が自社に合った適切なITツール・システムの導入を重視している。また、自社業務の標準化や見直しを重視する企業も約5~6割となっており、段階1~2の企業と比べて、重視する姿勢に差が生まれている。段階1~2の企業は、特に重視していない企業も一定数確認される。

適切なITツール・システムの選定及びデジタル化に向けた業務の棚卸しは、第2-3-39図の通り、課題とする企業も少なくないが、デジタル化の取組が進展している企業は、これらの視点を重視していることで、デジタル化による多様な効果の獲得にもつなげていると考えられる。

第2-3-63図 デジタル化の取組状況別に見た、ITツール・システムの導入時に重視する取組

以上、本項では目的別のITツール・システムの導入状況や導入・検討したきっかけ、導入時に重視する取組を確認してきた。今後ITツール・システムの導入を本格的に進めていく企業においては、デジタル化の取組が進展している企業の取組を参考に、今後の導入可能性を検討していくことも重要といえるだろう。

事例2-3-4では、デジタル化による情報共有の円滑化を実現したことを足がかりに、AIを活用した自動作図システムの導入や製造現場のリモート化にも取り組み、自社の競争力強化につなげた企業の事例を紹介する。

事例2-3-4:株式会社カワトT.P.C.

情報共有の円滑化を実現し、デジタル化による競争力強化にもつなげた中小企業

所在地  山口県岩国市

従業員数 358名

資本金  9,000万円

事業内容 製造業

副社長の引退を見据えてデジタル化の推進を決意

山口県岩国市の株式会社カワトT.P.C.は、マンションの給水給湯の配管や水栓金具部品を製造する企業。同社の主要取引先は大手ゼネコンで、同社製品である配管設備は都内の新築マンションの3棟に1棟の割合で使われる。2016年、生産管理や経理を当時統括していた副社長が3年後に引退することとなり、副社長が持つ知識やノウハウの伝承が大きな課題となった。そこで川戸俊彦社長は、デジタル化3年計画を構想し情報共有の円滑化と業務の見える化を推進することを決意した。

円滑な情報共有の仕組みを新たに構築、競争力を強化するデジタル化にも取り組む

川戸社長は新たな基幹システムの構築に取り組んだ。当時の社内システムはITベンダーに全面委託し開発したが社員が使いこなせておらず、社内のニーズや意見を重視し機能を絞ったシステムが求められていると考えた。構想を具体化するに当たっては、3名のシステムエンジニアを中途採用した。3名のシステムエンジニアと役員自らが推進役を担い、要件定義からプログラム作成まで約1年をかけた結果、受注から組立施工、在庫管理、納品までの業務フローと業績管理を一元化した基幹システムを構築した。営業や技術サービス担当者全員に対しては、タブレット端末計230台を支給し、生産状況や営業の進捗状況を全社で共有できるようになった。社内の情報共有が進んだことで部門をまたいだコミュニケーションが円滑になり、工程内検査や出荷前検査の記録もデータ化されたことでペーパーレス化が進んだ。デジタル化の効果を実感した川戸社長は、樹脂加工や金属加工の本業におけるデジタル化も推進した。2019年には、年間7万件約30年分の図面データとAIを活用して施工図を自動で作図するシステムを導入し、従来は2日程度要していた施工図の作製を約1時間30分まで短縮した。作図のリードタイム短縮とコストダウンが評価され大手ゼネコンとの取引増につながった。2021年にはIoTを活用し工場の遠隔監視・遠隔操作もシステム化で実現した。24時間365日無人運転しているNC旋盤を遠隔で管理し、稼働状況や生産数、工場内環境がリアルタイムに確認できるようになった。

職場環境の改善と自律的な組織づくりを実現

作業効率が上がったことで総残業時間は取組開始前から2割削減することに成功。「副社長からのノウハウの伝承も終了し、自律的な組織となったことで社長の出る幕も少なくなった」と川戸社長は笑う。デジタル化の取組が成功したのは社員の努力の成果と考え、職場環境の改善とともに給与水準も引き上げたことで、社内のモチベーション向上や定着率アップにもつなげている。「人件費が合わず、海外に移管せざるを得ないビジネスモデルであっても、デジタル化の取組をはじめとした効率化の積み重ねで国内の中小製造業も活路を見いだすことができるのではないか。」と川戸社長は語る。

川戸俊彦社長、図面データ処理システム、無人で金属精密加工を行う

コラム2-3-4:デジタルプラットフォーム取引相談窓口

オンラインモールなどのデジタルプラットフォームは、中小企業やベンチャー等にとって、市場へのアクセスを高め、新規顧客の開拓機会を提供するなど、様々な便益をもたらすものである一方で、一方的に取引条件が変更される、何かあったときに個別交渉することが難しいなど、取引上の課題も指摘されている。

そのような取引上の悩み相談を受け付ける窓口として、2021年4月、「デジタルプラットフォーム取引相談窓口」が開設された。オンラインモールを利用する出店事業者向けのものと、アプリストアを利用するアプリ事業者やデベロッパー向けのものがあり、専門の相談員が無料で相談に応じ、アドバイスを行っている。また、共通的な課題を集約し、政府を含めた関係者間で共有することなどを通じて、課題解決に向けた検討や、取引環境の改善につなげていくことを役割としている11

11 相談窓口に提供された個別の情報については、相談者の承諾を得ない限り、経済産業省以外の第三者に当該窓口から共有されることはない。

コラム2-3-4〔1〕図 「デジタルプラットフォーム取引相談窓口」について

令和3年2月、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(以下「透明化法」という。)」12が施行された。同年4月には、透明化法における規制対象事業者として、大規模なオンラインモールやアプリストアの運営者が指定されており13、取引条件等の情報開示や自主的な手続・体制整備等の義務を負っている。

12 透明化法において、規制対象として指定された事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」という。

13 執筆時点において、オンラインモール分野ではAmazon.co.jp、楽天市場及びYahoo!ショッピングが、アプリストア分野ではApp Store及びGoogle Playストアが規制対象となっている。

例えば、規制対象事業者は、自らが運営するデジタルプラットフォームの利用規約を変更する場合、デジタルプラットフォームを利用する事業者に与える影響を考慮した上で、時間的余裕をもって事前にその内容と理由を開示しなければならない。また、利用者からの苦情等に対応するための体制を整備しなければならない。これにより、利用事業者は、規約等の変更に対応するための準備時間を確保できるとともに、課題があれば協議や調整を申し入れていくことが可能となる。

また、透明化法上、経済産業大臣は、毎年度、規制対象事業者によるデジタルプラットフォームの運営状況を評価することとなっている。その評価に当たっては、「デジタルプラットフォーム取引相談窓口」に寄せられた情報も勘案し、有識者を含む関係者の意見も聴くこととなっている。この「モニタリング・レビュー」という枠組みを通じて、デジタルプラットフォーム事業者による自主的改善を促していくこととしている。

コラム2-3-4〔2〕図 透明化法の概要

6.データ・情報資産の管理状況

事業活動を行う中で、中小企業は様々な情報を取り扱っている。こうしたデータ・情報資産を利活用することで、事業拡大や経営の効果を高めるなど、事業活動をより効率的に進めていくことが重要である。

ここからは、セールスマーケティング、サプライチェーンにおけるデータ・情報資産14の管理方法やデータベース化の有無の現状を確認する。中小企業におけるデータ・情報資産の管理状況を様々な角度で把握し、管理における課題や、電子化が進まない理由についても分析していく。

14 ここでのデータ・情報資産は、セールスマーケティングにおいては、「顧客・販売情報」を、サプライチェーンにおいては、「受発注、生産・在庫情報」を指す。

第2-3-64図は、情報の管理方法について示したものである。セールスマーケティングにおいては、「紙媒体のまま管理している」と回答する企業が約2割存在し、データベース化に至っている企業の割合は半数に満たない。

サプライチェーンにおいては、「紙のまま管理している」と回答する企業の割合が3割近く存在し、データベース化に至っている企業の割合は4割に満たない結果となっていることが分かる。

第2-3-64図 情報の管理方法の状況

第2-3-65図は、情報の管理方法を業種別に示したものである。セールスマーケティングにおいては、「小売業」、「情報通信業」を始め、一定数の業種で「電子ファイルで管理し、データベース化している」と回答した割合が最も高くなっている。「紙媒体のまま管理している」と回答した企業の割合も業種によっては最も高くなっている。

サプライチェーンにおいても、「小売業」、「卸売業」などにおいて、「電子ファイルで管理し、データベース化している」と回答した企業が最も高いことが分かる。

「紙媒体のまま管理している」と回答した企業の割合は、業種間で差が見られる。

第2-3-65図 業種別に見た情報の管理方法

第2-3-66図は、2021年時点における、デジタル化の優先度別に見た情報の管理方法について示したものである。事業方針上の優先順位が高いほど、情報を電子ファイルで管理していることが分かる。

一方、デジタル化の優先度の順位付けが行われていない企業においては、電子化の取組が進んでいないことが分かる。また、事業方針上の優先度が高い、やや高い場合でも、データベース化に至る企業の割合は半数程度であり、特にサプライチェーンにおいてはデータベース化への障壁の高さがうかがえる。

第2-3-66図 2021年におけるデジタル化の優先度と情報の管理方法の関係

第2-3-67図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」以外を回答した企業に対して、データ入力方法を業種別に確認したものである。いずれの業種においても「主に従業員が手で入力している」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。

小売業、宿泊業・飲食サービス業においては、他業種と比較して、「主にシステムで自動でデータを入力している」と回答した企業の割合が高いことが分かる。また、情報通信業においては、他業種と比較してもデータの自動入力が進んでいないことが分かる。

サプライチェーンにおいても、おおむねセールスマーケティングと同様の傾向が見てとれ、いずれの業種において「主に従業員が手で入力している」と回答する企業の割合が最も高い。

第2-3-67図 業種別に見たデータ入力の方法

第2-3-68図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」と回答した企業に対して、電子化できない主たる理由について確認したものである。

セールスマーケティング、サプライチェーンのいずれも「電子化するにあたり手間がかかる」と回答した企業の割合が高いことが分かる。一方で「電子化するにあたり導入コストがかかる」と回答した企業の割合は、セールスマーケティング、サプライチェーンのいずれにおいても少数であった。

また、「特になし」と回答した割合は、セールスマーケティング活動においては約2割、サプライチェーンにおいては約3割であり、明確な必要性を感じていない企業も一定数存在することが分かる。

第2-3-68図 電子化できない主たる理由

第2-3-69図は、情報の管理方法で「紙媒体のまま管理している」と回答した企業における情報の電子化ができない理由と、事業上のデジタル化の優先度合いの関係を確認したものである。

セールスマーケティング・サプライチェーンともに、デジタル化の優先順位が高い企業は「適したシステムが分からない」、「社内のITリテラシーの不足」と回答した企業の割合が高いことが分かる。優先度については前向きな意識を持ちつつも、デジタル化に関する知識や判断力のある人材が不足している可能性が示唆される。

「事業方針上の優先順位はやや低い」と回答した企業においては、セールスマーケティングでは「電子化する上で自社に合った方法が分からない」、「電子化するにあたり導入コストがかかる」と回答した割合が高いことが分かる。また、「電子化する目的・メリットがない、分からない」と回答した割合は、事業方針上の優先順位が高い、やや高い以外の企業で6割以上を占めており、紙媒体のまま管理することに、特段の不便さや不満を感じていないことが示唆されている。

第2-3-69図 2021年における電子化できない主たる理由とデジタル化の優先度の関係

第2-3-70図は、情報のデータベース化ができない理由について示したものである。セールスマーケティング、サプライチェーンともに「データベース化するにあたり手間がかかる」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。また、「導入コストがかかる」に比べ、「人材の不足」と回答した企業の割合が高いことから、コスト面より人材面における課題がデータベース化の障壁となっていることが示唆される。

第2-3-70図 データベース化できない理由

7.利活用に向けた取組とその効果

これまで、データ・情報資産の管理方法やその課題について確認してきた。データ・情報資産を利活用していくためには、データの形式を統一・整理し、扱いやすいものとすることが必要であり、そのためにも、データのクレンジング15や見える化16といったプロセスが重要になる。ここでは、中小企業におけるそれらの取組状況や効果、課題について確認していく。

15 データクレンジングとは、データベースなどに保存されているデータの中から、重複や誤記、表記の揺れなどを探し出し、削除や修正、正規化などを行ってデータの質を高めることを指す。

16 見える化とは、データをグラフやチャートで表現することが可能で、データの特徴を視覚的に把握できることを指す。

第2-3-71図は、データクレンジングの状況について示したものである。クレンジングができている企業は全体の1割台であり、データを保有していても、効率的な活用に至っていない企業が多い可能性がうかがえる。

第2-3-71図 データクレンジングの状況

第2-3-72図は、データのクレンジング状況別に見た、データの見える化の有無について示したものである。データのクレンジングができている企業の方が、データの見える化に至っている割合が高いことが分かる。見える化のためには、データクレンジングのプロセスが重要であることがうかがえる。

第2-3-72図 データクレンジングの状況別に見たデータの見える化の有無

第2-3-73図は、データクレンジング、見える化の実施状況と、データ利活用の効果の実感の関係を確認したものである。データクレンジングと見える化の両方を実施している企業においては、「効果が出た」と回答した企業の割合が8割以上であることが分かる。データクレンジングや見える化を実施することで、データ利活用の効果が高まる可能性が示唆される。

第2-3-73図 データクレンジング及び見える化の実施状況とデータ利活用の効果の実感の関係

第2-3-74図は、セールスマーケティング・サプライチェーンにおける分析の際の課題について示したものである。データベース化の状況にかかわらず、「データを分析する人材の不足」と回答した企業の割合が最も高いことが分かる。一方で、資金面を課題と感じている企業の割合は少なく根底の問題ではないことがうかがえる。また、データベース化を実施している企業においては、課題について「特になし」と回答した割合が高いことが分かる。中小企業においては、データ分析を担う人材不足が原因で、分析に基づく行動に移せていない可能性が示唆される。

第2-3-74図 分析における課題

第2-3-75図は、データの利活用において相談を実施した企業における、相談相手について示したものである。「ITベンダー」や「ITコンサルタント・ITコーディネータ」の回答割合が高く、デジタル化に関する技術的な相談を行っていることが示唆される。また、次いで「公認会計士・税理士」と回答した企業の割合が高く、日常的に関与する中で、デジタル化に関する相談を行っていることも示唆される。

第2-3-75図 データ利活用において相談を行った先

続いて、事例とコラムについて紹介していく。事例2-3-5は、キクラゲを生産する企業で、機器の導入により生産環境をデータ化して管理することで、生産量の増加を実現した事例である。事例2-3-6は、スーパーを展開する企業で、会員カードによる顧客情報と購買情報を蓄積し、顧客に合わせた商品の告知を行うほか、店舗ごとの購買分析により店舗レイアウトを工夫している事例である。事例2-3-7は、眼鏡レンズの製造業で、梱包資材や事務用品の調達業務にかかる情報を、購買管理システムの導入により部門間で共有できるようにし、相見積りの確認業務を効率化し、購入価格の適正化を行っている事例である。事例2-3-8は、紙類の加工を行う企業で、加工データを紙媒体から電子化での管理に切り替え、データベース化を実施した結果、品質向上につながり単価の向上にも至った事例である。事例2-3-9は、洋菓子の製造販売を行う企業で、SNSの活用により、需要のあるエリアや顧客層を把握するほか、過去の売上データを分析し売上予測に役立て、売上増加・原価率削減を実施し、効率的な経営を行う事例である。いずれの企業も、抱えていた課題の解決のために電子化に着手し、情報資産・データ利活用を実践したことで、効果を実感している。

コラムでは、IoT化が進まない中小企業の現状に着目し、ファクトリーサイエンティストの育成について取り上げている。IoT化に取り組むための資金調達や新たな雇用などが難しくリソースが限られる中小企業では、自社内の人材がIoT化を実践できることが重要であることから、(一社)ファクトリーサイエンティスト協会では、育成講座を設置し、中小企業の生産性向上を促す取組を行っている。

事例2-3-5:有限会社静岡ラボ

データ利活用で農産物の生産を効率化し、生産量を3倍に高めた中小企業

所在地  静岡県湖西市

従業員数 20名

資本金  2,000万円

事業内容 農業・林業

静岡県内シェアトップクラスのキクラゲ生産業者に

静岡県湖西市の有限会社静岡ラボは、キクラゲを主力とした農産物の生産を手がけ、静岡県内のシェアはトップクラスを誇る企業。特にキクラゲは国内でも珍しい鉄筋コンクリートの建屋内で栽培している。年間を通して安定的な生産が可能となり、中規模や小規模の農家にとっては、頭を悩ませる季節による価格変動の問題を解決している。静岡ラボはキクラゲ等の農産物を生産する以前、試験用・治験用のモルモットを無菌室で飼育する事業を手がけていたが、需要の減少に伴い事業転換を決意。地元・静岡県で盛んな菌茸類に目を付け、約10年前に競業が手薄な国産キクラゲの栽培を始めた。

少量・低価格を克服するための施策を展開

キクラゲの栽培事業を始めた当初の生産量は、年間で約10トン程度(生のキクラゲ換算)だった。キクラゲは当時、珍しい商品だったため、市場でも値が付きづらく「1パック10円でも買い手がつかなかった」と木村取締役営業部長は言う。少量生産に加えて価格が安く、キクラゲ栽培だけで事業継続するには難しい状況だった。販路開拓のため、道の駅などの直売所での販売や、安定供給・安定コスト・国内生産を売りに商談会に参加して徐々に販売先を広げていった。販路開拓が進むにつれて、課題となったのが生産量の確保だ。生産量を増やすには、単純に作付面積を広げればよいが、建屋栽培のため限りがある。そこで、建屋栽培で生産効率を高めるために、着手したのが生産のデータ利活用だった。2018年に、価格や性能が見合った建屋の温度や湿度、照度を計測する機器を導入し、スマートフォンでも確認できるようにした。

データ利活用により生産量高めコストを下げる

「どこにいても建屋の環境が一目で分かり、その環境を一定に保つことで、より安定的により良い製品を供給できる」木村部長は、生産のデータ利活用のメリットについて、こう強調する。中小規模農家にとっては目先の売上げが大切となり、デジタル設備投資には二の足を踏む例がある。静岡ラボにも例に漏れず、反対意見はあったが、最終的に木村部長が、「従来の勘に頼った栽培方法では限界がある。生産量や品質にも差が出てしまう。デジタル機器を入れれば、正確なデータに基づいた生産ができる」と社内を説得して回った。社内からの賛同が得られた木村部長は、20~30cm四方の箱に、温度計・湿度計・二酸化炭素測定器・光センサーで構成した機器を、1台建屋の中心に置いた。以前は無造作に温度計を配置して温度等を計測していたが、デジタル機器を導入し試験すると、建屋の中心に1台置くことで、最適な生産環境が分かった。機器を導入し、温度や湿度、照度などのデータ分析に基づく生産により、導入後の生産量は10年前と比べて3倍に増え、生産量の安定性が増した。また、効果は生産量だけではなく、光熱費等のコストが見える化したことで、経費削減にもつながった。「夏場で約5%、冬場では約20%程度は最大でコストを抑えることできた。」と木村部長は話す。将来的には、機器の遠隔制御の機能を取り入れ、データの蓄積や利活用の幅を広げていく方針だ。

キクラゲの菌床栽培、木村祐輔取締役営業部長、建屋内でキクラゲを栽培している

事例2-3-6:株式会社オギノ

顧客属性・購買データの分析と利活用で顧客との関係性を強化している中小企業

所在地  山梨県甲府市

従業員数 2,269名

資本金  5,000万円

事業内容 小売業(スーパー)

県内に進出する大手小売チェーンに対抗するために

山梨県甲府市の株式会社オギノは、山梨県を中心に長野・静岡に45店舗を展開する小売業(スーパー)である。1996年、同社は県内有数の小売業として確固たる地位を確立しつつあったが、県内に大手ショッピングモールが相次いで進出・出店を表明したため、生き残りをかけた対抗策が急務となった。当時、米国のスーパー業界の視察をしていた荻野寛二社長(当時常務)が、FSP(Frequent Shopper Program)を武器に急成長していたある地方スーパーに着目。FSPとは、顧客属性と購買データを紐付けて顧客をグループに分類し、そのグループに応じてDMなどの販売促進策をピンポイントで行う仕掛けのことで、そのスーパーは優良顧客(購買頻度や単価の高い顧客)を囲い込むことに成功していた。帰国した荻野社長は、大手に先駆けてFSPを導入すべく準備を開始した。

データ分析で顧客と店舗の関係性を強化する

荻野社長は将来のFSP開始を念頭にポイントカード制度を導入し、1997年にはDMによる販促をスタート。1999年からデータに基づいたFSPの本格運用を開始した。2015年、電子マネー機能付きのポイントカード「CoGCa(コジカ)」を採用し、当初より分析の専門家は配置せず、自社内で知見を蓄積してきた。現在は、吉岡茂美総括マネージャーが率いる営業企画室の担当4名が様々な分析を行い、担当バイヤーや各店舗の担当者もデータを活用する。購買データから顧客をグループ分けする「クラスター分析」は、約1万点以上の商品に対して、「健康」「お買い得」「品質こだわり」などのキーワード群を「商品DNA(製品の特徴や連想される言葉で分析の際に役立てるもの)」として付与し、顧客属性と共に顧客のグループ(クラスター)分けに使う。販売促進としては、必要に応じてクラスターを用いて、DMやダイレクトレシートでポイント得点の付与や新製品紹介を集中的に行い、顧客の来店や購買の動機付けに結びつけることで、高効率の販促を低コストで実現している。商品部では「同時購買分析」は一緒に購入される組み合わせを抽出し、旬の献立セットを毎週提案する「52週メニューDM」に活用している。また、新規出店や既存店改装の際には、商圏内の顧客ニーズにマッチした商品構成実現に向け、クラスター分析データを用い、売り場ゾーニング設定、棚割設定を行っている。店頭での顧客分析では、前月の顧客の購買行動の分析がされた「店舗カルテ」帳票を各店舗の店長が確認、自店内商圏の顧客離れを町丁目別で確認し、店長自ら顧客の離反対策としてDMやダイレクトレシート等の対策立案も行っている。

顧客の負担なくデータを収集し最大限活用する

同社は商品を供給するメーカー125社と「FSP研究会」を組織し、収集・分析したデータを販促案策定や新商品開発に活用する。そのうち30社は同社が開発した情報分析ツールを購入している。また同社ではPOSデータを104社に販売している。顧客に負担のない形で収集したデータは、FSPやCRM(顧客関係管理)に活用するだけでなく、直接的な売上げにもなる。同社は大型モールやディスカウントストアなどとの競合が度重なっても、FSPの充実によって地域顧客からの支持を維持してきた。「現在ではドラッグストアが強力な競合になってきている。データに基づく戦略と戦術を磨いて今後も対抗していく。」と吉岡氏は語る。

吉岡茂美営業企画室総括マネージャー、感染症下の顧客ニーズの変化に合わせた「地域フェア」を打ち出す、電子マネー機能付きのポイントカード「CoGCa(コジカ)」

事例2-3-7:東海光学株式会社

購買管理システムの導入に伴いデータの部門間共有を可能にし、コスト削減にも成功した中小企業

所在地  愛知県岡崎市

従業員数 459名

資本金  1億円

事業内容 製造業

部門ごとの購買業務を一元管理しコスト削減を目指す

愛知県岡崎市の東海光学株式会社は、素材開発から設計・加工までを自社で行う眼鏡レンズメーカーである。同社の古澤宏和社長は、業務見直しによるコスト削減目標を含む中期経営計画を立てた。その施策の一つとして、購買業務の一元管理を掲げた。それまで備品や梱包資材、事務用品などの購買業務は、数十ある社内の部門ごとに行っていた。これでは同じ品目を各部門から小分けに発注することになり、有利な交渉ができない。また、相見積りの依頼やその回答の比較・査定、電話やFAXによる発注など、煩雑な業務が部門間で重複してしまう。煩雑さ故に相見積りの取り直しによる情報の更新が省略され、長期にわたって発注先や金額が固定化してしまうこともあった。そこで、2020年10月にレンズ調達及び物流を担当するロジスティクス部内に購買管理課を発足させ、購買業務を一元管理した。各部門で購入していたアイテムやサプライヤーの情報を集約した上で、改めて相見積りを依頼し、回答を比較・査定してサプライヤーを再選定した。購買業務の一元管理は、購買を検討するアイテム数が増やせることになり、品質も確認しつつより安価に購入することにもつながった一方で、サプライヤーの選定業務が負担になり、少数のサプライヤーで固定化してしまう傾向にあった。

購買管理システムは、サプライヤー側に抵抗感なく双方にメリットがある

同じ頃、購買管理課の担当者が展示会で購買管理システムの存在を知った。ITベンダーに話を聞くと、相見積りの依頼から回答の受領までをクラウド内で完結できるため、サプライヤーを選定する工数が大きく削減できることがわかった。2021年3月に社内でシステムの導入が決定すると、その後サプライヤーごとに説明会を行い、購買管理システムに参加するサプライヤーを登録、6月にはシステムの運用を開始した。それまでの慣習もあり、サプライヤーから否定的な反応があることを想定していたが、既に他社の購買管理システムに参加した経験のあるサプライヤーも多く、おおむね協力的だった。初めて参加するサプライヤーにとっても、クラウド上で見積りが提出できることは省力化のメリットがあった。こうして販売管理システムには新規取引先を含めて18社のサプライヤーが登録した。アイテムの取扱いがないと思っていたサプライヤーからも見積りが提出されることが増え、購買費用の合理化が進んだ。

コスト意識が高まりデータの部門間共有を可能に

システムの導入は24万円で対応し、初期投資費用としては抑えることができた。2アカウントの合計で毎月6万円の利用料を支出する。購買価格の適正化により、システム導入前と比べて月当たりの購買金額を約14万円削減できた。利用料との差し引きで毎月約8万円のコスト削減に成功した。さらに業務の工数を大きく削減できたことで、次の課題である材料や加工設備など購買アイテムの拡張に取り組む余力が生まれた。各サプライヤーから提出された見積データは蓄積され、各部門で共有される。相見積りの重要性が再認識されてコスト意識が高まり、購買に関する情報交換も盛んになった。サプライヤーとの交渉時には、自社の成長計画を加味した将来的な予定数量を提示することもあり、会社対会社の関係性がより緊密になった。「購買管理システムの成功はデジタル化の推進力になった。今後も眼鏡小売店や眼鏡ユーザーへのSNSマーケティング、海外への情報発信などDXに積極的に取り組んでいく。」と古澤社長は語る。

古澤宏和社長、世界70カ国以上での販売実績を持つ眼鏡レンズ、購買管理システムの導入で見積業務の負担、コスト削減に取り組む

事例2-3-8:松田紙業有限会社

加工データの蓄積とデータベース化により、顧客の信用を獲得した中小企業

所在地  千葉県野田市

従業員数 14名

資本金  300万円

事業内容 パルプ・紙・紙加工品製造業

手書き・手計算の事務がウィークポイント

千葉県野田市の松田紙業有限会社は、紙などのスリット加工を行う企業である。スリット加工とは紙・フィルム・アルミなどロール状の材料(原反)を一定の幅に連続して切断し、再度ロールとして巻き上げることであるが、1960年代後半に同事業に参入した同社は、業界内では後発であったため、難易度の高い仕事や納期の短い仕事を積極的に受注した。それを可能にしたのが「製造日誌」と呼ぶ紙カルテだった。原反の種類や数量、加工の内容と納品数量、金額などを記録し、リピート注文の際にはそのデータを参照して正確かつ迅速に対応した。原反を倉庫に保管する倉庫業務もあり、台帳で在庫管理を行っていた。松田一久社長が入社した1993年当時は近親者5名による「家族経営」で、それら全ての事務を手書き・手計算で行っていた。松田社長は事務作業の省力化が急務と考え、システムベンダーの株式会社大塚商会に相談し、販売管理ソフトを入れたPCと複合機を導入。続けて財務管理や在庫管理のソフトも導入しOA化を一気に進めた。しかし業務の要である製造日誌は、工場で手書きしたものを事務が表計算ソフトで「清書」するのにとどめ、紙カルテでの管理を続けた。製造日誌をデータベース化し、工場でデータ入力・利活用できれば最善と考えたが、特有の商習慣に合わせたカスタマイズは難しく、PCを操作できる人材が工場にいなかったこともあり、手をつけられずにいた。

環境が整い念願だった製造日誌のデータベース化が実現

松田社長は、その後も大塚商会と連携しながら、時代の進歩と業績の向上に連動して社内LANや基幹システムの構築などIT環境の整備を行った。松田社長は、基幹システムのバージョンアップで簡易的な開発ツールが実装されたことを知り、懸案だった製造日誌のデータベース化を打診した。社員の代替わりが進み、PC操作のハードルが低くなったことも背景にあった。開発を担当する大塚商会のSEと打ち合わせを重ね、データベース化を難しくしていた特有の商習慣も詳細に説明した。2015年、ほぼ1年をかけて製造日誌のデータベース化が完了した。

顧客の信用を得て価格や納期のコントロールも可能に

データベース化の効果は広範に及んだ。機械の設定データに関するトレーサビリティを、顧客にアピールできた。不良や欠陥が発生した際、トレース管理機能を働かせることで市場流出を防ぎ、回収等の費用負担を軽減できた。「品質と安全を保証する企業」というブランドイメージを創出でき、同業他社との差別化に成功。その結果、価格の差別化も可能になり、ここ3年間ほどで新規顧客の単価を約15%上げられ、適正価格へと変化している。近年は納期コントロールの実現や新規顧客の獲得にもつながっている。経営面においても、受注予想や生産計画、マーケティング戦略の立案にデータを活用。工場では過去履歴を参照して、品質や技術力の向上に役立てている。「社員14名の少数精鋭の会社だからこそIT投資額は多くていい。最終形は、人間と機械の分業によって、働く人がより人間らしく生きられるようにと考えている。息子世代はデジタルネイティブであり、魅力的な企業であるためにもIT投資は必要だ。」と松田社長は語る。

製造日誌、松田一久社長、スリット加工

事例2-3-9:株式会社ありの子

SNSと来店客の分析を連動させ、無駄のない店舗運営、売上増加につなげた中小企業

所在地  大分県大分市

従業員数 7名

資本金  100万円

事業内容 菓子製造・販売業

多くのケーキをつくるものの売れ残る

大分県大分市の株式会社ありの子は、子供に喜ばれるかわいいデコレーションケーキが人気の菓子店である。現在こそ、福岡県など県外からの来店客も増えたが、2012年6月の開店当初はケーキの売れ残りに頭を悩ませており、原価率が50%だった。状況を打開しようと、同社では店舗の周辺3kmの3,000軒に営業をかけた。加えて、(公財)大分県産業創造機構が主催するITセミナーに参加。SNSによる情報発信を学び、同社でも始めることとした。

来店客へのアンケートも実施し、SNSでの情報発信に生かす

1,000人ほどのフォロワーがついたが、客足は伸びなかった。セミナー受講の際に知った専門家派遣制度を活用し、Facebookの運用分析をしてもらったところ、フォローしているのは見込み客にもならないような人が多いことが分かった。そこで、単に情報発信するのではなく、来店客のアンケートも取り入れながら客層を分析。その結果、SNSのメインターゲットは30代女性を想定していたが、実際は子や孫を持つ40代から60代の女性が中心であることが判明した。専門家からは、時事ネタを交えながら、顧客層に響く内容を発信することも学んだ。SNSマーケティングが集客の武器になることに気付いた同社は、現在はTwitterを1日に3回、Facebookは週1回、Instagramは1日1回、ホームページは週2、3回更新している。他の洋菓子店の動向も見ながら発信に工夫を加え、ウェブサイトとの連動で検索SEO対策(検索エンジンで自社のサイトが多く露出されるように行う対策)にも取り組んだ。一連の取組の結果、Twitterは40,000人近くのフォロワーがつき、創業時と比べて知名度も向上。大きな投資は行わない一方で、自分たちの労力を惜しまずに情報発信を続けたことで売上高は創業時と比べて2.5倍に増えた。

過去の販売実績のデータから売上げを予測し、無駄を減らす

同社が現在注力するのは、Googleマイビジネス。店舗情報自体はどの店舗も掲載されるが、誤った営業時間が掲載され、機会損失をしていることに取締役の阿部一刀氏が気付いた。阿部取締役は独学で専門書を3冊読み、Googleにオーナー申請をして正しい営業時間に修正。加えて「閲覧数」「検索数」「アクティビティ数」といったデータを取得し、1週間、1か月、3か月の時間軸の中でどの程度の人数がどのようなワードで同社を検索しているのか、市内または市外から何人の人が訪れているのか、電話がかかってきた件数と数年分の同日売上データから、ある程度の売上げを予測し、それに応じたケーキ量をつくり、シフトを組んだ。売上げの推移とウェブサイトの分析を掛け合わせて、その日の需要が正確に予測できるようになったことで商品の売れ残りが減り、原価率も32%に下がった。Twitterと連動することでGoogleマイビジネスの閲覧数も増え、相乗効果も生み出している。ただ、Googleマイビジネスの検索ワードは依然として、「ケーキ屋」「ケーキ」が多く、「ありの子」は3番目に来るため、直接店名で検索される機会が増えるよう、「#ありの子」をSNSに投稿の際につけるなど工夫を凝らしている。「SNSの情報発信により、県外からのお客さんの来店も増えた。今後も変革を恐れず店名の由来である、まっすぐひたむきに働くありのように、お菓子でお客さまを幸せにしたい。」と川邉誠社長は語る。

お菓子と同様にカラフルな店内、子供に喜ばれる同社のかわいいデコレーションケーキ、SNSへの投稿は毎日欠かさない

コラム2-3-5:ファクトリーサイエンティストの育成

中小ものづくり企業においても、生産性向上の観点から、IoT導入が必要といわれているものの、実際には、人材や資金面の制約からなかなか進んでいないのが現実である。実際に、経営陣がIoT化を訴えても、現場の人間に必要なIoTスキルもなければ、IoT化をベンダーに依頼する資金もなく、かつ、自社にとって最適なサービスが存在しているわけではないというのが課題となっている。

こうした中小ものづくり企業の課題に対応するため、(一社)ファクトリーサイエンティスト協会が設立(2020年)され、工場において現場の人間が自分で必要なIoT化を進めることができるような人材として、「ファクトリーサイエンティスト」の育成が始められている。

コラム2-3-5〔1〕図 ファクトリーサイエンティストとは

ファクトリーサイエンティストの育成は、2019年度に慶応大学SFCを母体として始められ、2020年度には協会の設立により、中小企業庁のものづくり補助金による支援も受け、ファクトリーサイエンティスト育成講座が実施されてきた。2021年度には、さらに参加企業等からの要望を踏まえ、ファクトリーサイエンティストの育成講座に加え、「IoT×ロボット講座」や「IoT×AI講座」などの研修も開始し、今後もIoTにかけ合わせて、必要とされる講座を拡充する予定である。

コラム2-3-5〔2〕図 ファクトリーサイエンティスト育成講座

こうした活動を通じて、2030年には累計で4万人のファクトリーサイエンティストが誕生することで、我が国における5工場に一人普及することを目指している。

実際に、ファクトリーサイエンティスト育成講座の受講生により、現場で使えるIoTキットやアプリが開発され、実用化されてきている。

コラム2-3-5〔3〕図 最終課題事例
コラム2-3-5〔4〕図 受講生による製作例

このように、工場現場で働く人材が、実際に現場の必要なニーズに即して、自らIoT化するということで、今まで思いもつかなかったようなアイデアが実現され、企業の生産性の向上に結び付いている。さらに、ファクトリーサイエンティスト協会においてはぐくんだネットワークを介して、個々のアイデアの交換や新たなテーマへの取組などを自由に議論する場の創生にもつながってきている。

ファクトリーサイエンティスト協会の代表である大坪正人(由紀ホールディングス社長)によれば、「現場で実際に生産に関わる方々が、不便と感じる点を解決するために必要と感じるIoTを自分の手によって作ることにより、生産性向上に直結する改革がたくさん生まれると考えている。自分でやれるところから小さく始めるIoTは最初から大きな投資が必要なく、成果を肌で感じながらステップアップしていくことで、気が付いた時には大きな生産性向上になっている。協会としては、こういうことを実現できるファクトリーサイエンティストをどんどん生み出していきたい。」とのことである。