我が国の高齢化の進展に伴い、経営者の高齢化も進む中で中小企業の事業承継は社会的な課題として認識されている。我が国経済が持続的に成長するためには、中小企業がこれまで培ってきた価値ある経営資源を次世代に承継していくことが重要である。中小企業にとっても、事業承継は単なる経営体制の変更ではなく、更なる成長・発展を遂げるための一つの転換点になり得る。また従来、中小企業にとってのM&Aは事業承継策の一つとして注目されてきたが、近年では成長戦略の一つとしても関心が高まっている。
本章では第1節で休廃業・解散や経営者の高齢化の状況も踏まえつつ、中小企業の事業承継の動向について分析する。第2節では、近年のM&Aに対する関心の高まりを概観し、中小企業のM&Aの動向について分析する。
第1節 事業承継を通じた企業の成長・発展
本節では、中小企業の事業承継の動向について分析する。はじめに、休廃業・解散や経営者の高齢化の状況について概観し、その上で事業承継の動向や事業承継実施企業のパフォーマンスについて分析する。また、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、経営者の事業承継に対する考え方の変化について分析する。
1.休廃業・解散の動向と経営者の高齢化
〔1〕休廃業・解散の動向
(株)東京商工リサーチの「2020年「休廃業・解散企業」動向調査」を用いて、休廃業・解散企業の現状について確認していく。休廃業・解散件数は、2019年までは4万件台の半ばで推移していたが、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響などにより、調査開始以降最多となる4万9,698件1となった(第1-1-42図(再掲))。
1 なお、(株)帝国データバンクの全国企業「休廃業・解散」動向調査によると、2020年の休廃業・解散件数は5万6,103件で、前年比5.3%減となった(第1-1-43図)。調査ごとに傾向に差異は見られるものの、休廃業・解散の背景には構造的な要因として経営者の高齢化や後継者不足が存在することがいずれの調査においても確認されている。
第2-3-1図は、休廃業・解散企業の業種構成比を見たものである。2018年から2020年にかけて、休廃業・解散企業の業種構成比には大きな変化は見られない。第1-1-42図で確認したとおり、2020年は休廃業・解散件数が増加しているが、業種にかかわらず休廃業・解散が増加している様子が見て取れる。
第2-3-2図は、休廃業・解散企業の従業員規模を確認したものである。全ての業種において、休廃業・解散企業の95%以上は従業員20名以下の比較的小規模な企業であることが分かる。
次に、休廃業・解散企業の代表者年齢について確認すると、2020年は「70代」が最も多く41.8%となっている(第2-3-3図)。また、70代以上が全体に占める割合は年々増加傾向にあり、2020年は59.8%となっている。
第2-3-4図は休廃業・解散件数と我が国企業の経営者平均年齢の推移を見たものである。近年、経営者の平均年齢は上昇傾向にあり、休廃業・解散件数増加の背景には経営者の高齢化が一因にあると考えられる。
第2-3-5図は、休廃業・解散企業の業歴別構成比を示したものである。これを見ると、業歴「5年未満」が14.6%となっており、比較的業歴の短い企業の休廃業・解散も生じていることが確認される。創業期に経営が軌道に乗らず、休廃業・解散に至ったものと推測される。
続いて、休廃業・解散企業の業績について見ていく。休廃業・解散した企業のうち、直前期の業績データが判明している企業について集計すると、2014年以降一貫して約6割の企業が当期純利益が黒字であることが分かる(第2-3-6図)。
また、休廃業・解散企業の売上高当期純利益率を見ると、2018年から2020年にかけて、利益率が5%以上の企業が4分の1程度となっており、業績不振企業だけでなく、高利益率企業の廃業が一定数発生していることが分かる。(第2-3-7図)
休廃業・解散企業の中には、経営者自身が事業を継続する意向がない企業も含まれることに留意する必要があるが、一定程度の業績を上げながら休廃業・解散に至る企業の貴重な経営資源を散逸させないためには、意欲ある次世代の経営者や第三者などに事業を引き継ぐ取組が重要である。
〔2〕経営者の高齢化
ここまで見てきたとおり、休廃業・解散企業に占める高齢経営者企業の割合は近年高まっており、休廃業・解散件数の増加の背景には我が国における経営者の高齢化が一因にあると考えられる。ここでは、経営者の高齢化の状況について分析していく。
はじめに、経営者の平均年齢の推移について確認する(第2-3-8図)。2009年以降、経営者の平均年齢が一貫して上昇していることが分かる。2019年には過去最高齢を更新し、経営者の平均年齢は62.16歳となっている。
次に、第2-3-9図は年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布である。これを見ると、2000年に経営者年齢のピーク(最も多い層)が「50歳~54歳」であったのに対して、2015年には経営者年齢のピークは「65歳~69歳」となっており、経営者年齢の高齢化が進んできたことが分かる。足元の2020年を見ると、経営者年齢の多い層が「60歳~64歳」、「65歳~69歳」、「70歳~74歳」に分散しており、これまでピークを形成していた団塊世代の経営者が事業承継や廃業などにより経営者を引退していることが示唆される。一方で、70歳以上の経営者の割合は2020年も高まっていることから、経営者年齢の上昇に伴い事業承継を実施した企業と実施していない企業に二極化している様子が見て取れる。
ここで、経営者の高齢化が企業の業績に与える影響について確認する。
第2-3-10図は、経営者年齢別に増収企業の割合を見たものである。これを見ると、経営者年齢が30代以下の企業では増収割合が6割程度であるのに対し、80代以上の企業では4割程度となっており、経営者年齢が上昇するほど増収企業の割合が低下していることが分かる。
また、第2-3-11図は、経営者年齢別に増益企業の割合を見たものである。増収企業の割合(第2-3-10図)ほど顕著ではないものの、経営者年齢が上昇するほど増益企業の割合がなだらかに低下していることが分かる。
これらより、売上高、利益ともに経営者年齢と負の相関があると考えられる。その背景について考察するために、経営者年齢別に企業の取組について、(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート2」を基に確認していく。
2 詳細は第2部第1章第1節第3項を参照。
第2-3-12図は経営者年齢別に2017年から2019年の間の新事業分野への進出の状況について確認したものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど、新事業分野進出に取り組んだ企業の割合が高いことが分かる。
第2-3-13図は経営者年齢別に同期間の設備投資(維持・更新除く)の実施状況を見たものである。これを見ると、おおむね経営者年齢が若い企業ほど、設備投資を実施した企業の割合が高いことが分かる。
第2-3-14図は経営者年齢別に試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土の有無を見たものである。これを見ると、経営者年齢が若い企業ほど、試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土があるとする企業の割合が高い傾向にあることが分かる。
ここまで見てきたとおり、経営者年齢が若い企業ほど新たな取組に果敢にチャレンジする企業が多い様子が見て取れる。過去の中小企業白書3においても、経営者年齢が若い企業ほど、長期的な視野に立って経営を行って事業を拡大しようとする意向が強くなる可能性を指摘しており、こうした取組や組織風土が売上高や利益などのパフォーマンス向上に影響している可能性が考えられる。
3 例えば、2016年版中小企業白書 第2部第6章第2節など。
続いて、第2-3-15図は、経営者の事業承継・廃業の予定年齢について確認したものである。これを見ると、4割以上の経営者が65歳から75歳未満の間に事業承継・廃業を予定していることが分かる。第2-3-9図で見たとおり、2020年時点で65歳から74歳の経営者の占める割合は高く、既に多くの経営者がこの予定年齢に達していると考えられる。このことからも、事業承継や廃業に関する準備が直近の経営課題となっている経営者も多いと推察され、必要性を認識しながらも未着手の経営者は外部の支援機関の活用も含めて、早期に準備を進める必要がある。
2.事業承継の現状と事業承継実施企業のパフォーマンス
ここまで休廃業・解散と経営者の高齢化の状況について見てきたが、それらの状況も踏まえて、ここからは、中小企業の事業承継の現状について確認し、さらに事業承継実施企業のパフォーマンスについて分析する。
〔1〕事業承継の現状
(1)経営者交代
はじめに、事業承継の現状について見ていく。事業承継は一般的に「人(経営)」の承継のほか、株式を始めとした「資産」の承継などを含むが、ここでは、経営者の交代という観点から事業承継について分析する。
第2-3-16図は、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を基に集計した経営者交代数4の推移である。これを見ると、経営者交代数は年間3万6千件前後で推移しており、毎年一定程度経営者交代が行われていることが分かる。
4 ここでは、(株)東京商工リサーチが保有する「企業情報ファイル」のうち、経営者氏名(漢字)、経営者氏名(カナ)、経営者生年月日のうち、二つ以上が前年と変化していた場合に経営者交代とみなしている。
第2-3-17図は、経営者交代を実施した企業の交代前後の経営者平均年齢を従業員規模別に見たものである。これを見ると、規模が小さい企業ほど交代前の経営者年齢は高く、規模が大きい企業ほど交代前の年齢が低いことが分かり、規模が小さい企業では事業承継時期が相対的に遅い傾向にあることが分かる。一方で、交代後の経営者年齢は規模が小さい企業ほど低く、規模が大きい企業ほど高くなっており、規模が小さい企業の方が事業承継により経営者年齢が若返る傾向にあると言える。
続いて、第2-3-18図は、承継方法別に経営者交代前後の経営者平均年齢を見たものである。これを見ると、交代前の経営者年齢は同族承継で68.9歳、同族承継以外で63.2歳と、同族承継では事業承継時期が遅くなる傾向にあることが分かる。同族承継においては、子息などの後継者が一定の経験や年齢を重ねるのを待って事業承継するために、結果的に承継時期が遅くなっている可能性が考えられる。一方で交代後の経営者平均年齢は同族承継で46.8歳、同族承継以外で54.5歳と同族承継の方が若い年齢で経営者に就任していることが分かる。
次に、現在の経営者の就任経緯について確認する(第2-3-19図)。これを見ると、半数以上の企業では、先代経営者の親族が経営者に就任していることが分かる。
続いて、近年事業承継をした経営者の就任経緯について確認する(第2-3-20図)。これを見ると、近年同族承継の割合は減少しており、足元の2020年においては、内部昇格と同水準の34.2%となっていることが分かる。事業承継の方法がこれまで主体であった親族への承継から、親族以外への承継にシフトしてきていることが分かる。
(2)後継者有無の状況
続いて、(株)帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2020年)」を基に、後継者有無の状況について確認する。
はじめに、第2-3-21図は後継者不在企業の割合(以下、「後継者不在率」という。)の推移を見たものである。後継者不在率は2017年の66.5%をピークに近年は微減傾向にあり、足元の2020年は65.1%となっている。
続いて、経営者年齢別に後継者不在率を確認する(第2-3-22図)。これを見ると、60代では約半数となる48.2%、80代以上でも31.8%と、経営者年齢の高い企業においても後継者不在企業が一定程度存在していることが分かる5。
5 なお、これらの企業の中には廃業予定など事業承継を望まない企業も含まれていることに留意が必要である。
また、第2-3-23図は業種別に後継者不在率を見たものである。製造業では57.9%、運輸・通信業では61.5%と比較的低い一方、建設業では70.5%、サービス業では69.7%となっており、業種によって差異があることが分かる。
(3)後継者有無別のパフォーマンス比較
後継者有無と企業パフォーマンスの関係について、両者は相関関係にあると言われている。例えば鶴田(2019)は負債比率、有利子負債利子率が高く、売上高成長率が低い企業は後継者が不在になる確率が高まることを指摘している。
ここでは、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を基に、後継者がいる企業(以下、「後継者有企業」という。)と後継者不在企業のパフォーマンスについて分析6する。
6 ここでは、経営者年齢が60歳以上の中小企業を分析対象としている。なお、本分析においては後継者有無以外の要因(業歴や経営者年齢など)による差異についてはコントロールしていない点に留意が必要である。
第2-3-24図は後継者有無別に、2015年から2019年の売上高成長率の中央値を見たものである。これを見ると、後継者有企業において売上高成長率が高い傾向にあることが見て取れる。
第2-3-25図は後継者有無別に、2015年から2019年の営業利益成長率の中央値を見たものである。これを見ると、差は大きくないものの、後継者有企業において営業利益成長率が高い傾向にあることが見て取れる。
第2-3-26図は後継者有無別に、2015年から2019年の従業員数成長率の中央値を見たものである。これを見ると、後継者有企業において従業員数成長率が高い傾向にあることが見て取れる。
以上より、本分析においても後継者有企業の方が総じてパフォーマンスが高く、後継者有無と企業パフォーマンスが相関関係にある様子が見て取れた。事業継続を希望しながらも後継者不在が課題となっている企業においては、後継候補者の選定や意思確認を進めるだけでなく、事業の見直しや経営改善に取り組むなど、企業の磨き上げに注力することも重要といえよう。
(4)後継者の選定
第2-3-27図は後継者有企業の承継方法について確認したものである。これを見ると、同族承継が67.4%となっており、後継者が決まっている企業の多くは経営者の親族への承継を予定していることが分かる。
また、第2-3-28図は現経営者の就任経緯別に後継者への承継方法について見たものである。創業者や親族から引き継いだ経営者は同族承継を予定する割合が高い一方、役員・従業員からの昇格や外部招へいなどにより就任した経営者は、自身と同じように内部昇格や外部招へいなどの第三者への承継を予定する割合が高い。
続いて、第2-3-29図は後継者を選定する際の優先順位について確認したものである。優先順位1位で最も高いのは「親族」(61.1%)で、次いで「役員、従業員」(25.0%)となっている。続いて優先順位2位を見ると、「役員、従業員」が最も高く5割を超えており、また「事業譲渡や売却」を検討する者も一定程度存在することが分かる。優先順位3位では、「事業譲渡や売却」、「外部招へい」を合わせると6割を超えている。このことから、多くの経営者はまず「親族」を第一候補として検討し、次いで「役員、従業員」、そして「事業譲渡や売却」、「外部招へい」の順に検討している様子がうかがえる。ただし、第2-3-20図で見たとおり、近年同族承継の割合が34%程度であることを考慮すると、必ずしも希望通りに親族への承継がかなわないケースも増えてきていると考えられ、事業継続の意志がある場合は早めに後継候補者の意思確認を進めていくことで、様々な選択肢を検討することが可能になるといえよう。
(5)後継者の取組
続いて、事業承継前後の後継者の取組について確認していく。はじめに、第2-3-30図は事業承継の意思を伝えられてから経営者に就任するまでの期間を見たものである。これを見ると、「5年超」の割合が最も高いが、「半年未満」や「1年~3年未満」もそれぞれ2割程度となっていることが分かる。
次に、経営者の就任経緯別に事業承継の意思を伝えられてから経営者に就任するまでの期間を確認する(第2-3-31図)。同族承継の場合は「5年超」の割合が最も高く、43.9%となっている。一方で、「外部招へい・その他」の場合は「半年未満」が45.5%と最も高くなっており、承継方法によって事業承継に向けた準備に充てられる期間に差があることが分かる。
続いて、第2-3-32図は現在の経営者が事業承継した際の経営方針について尋ねたものである。これを見ると、「先代経営者の取組の継承・強化」と「新たな取組に積極的に挑戦」の割合がいずれも40%程度と同程度であることが分かる。
次に、経営者の就任経緯別に現在の経営者が事業承継した際の経営方針について確認する(第2-3-33図)。これを見ると、同族承継の場合は「先代経営者の取組の継承・強化」とする割合が高い一方、内部昇格や外部招へい・その他の場合は「新たな取組に積極的に挑戦」とする割合が高いことが分かる。
続いて、事業承継前の後継者の取組について見ていく。第2-3-34図は現経営者が事業承継前5年程度の間に承継に向けて実施した取組について確認したものである。これを見ると、「先代経営者とともに経営に携わった」が最も多く、58.2%の経営者が取り組んでいることが分かる。次いで、「他社での勤務を経験した」や「自社事業の技術・ノウハウについて学んだ」が3割を超えている。
次に、第2-3-35図は、就任経緯別に現経営者が事業承継前5年程度の間に承継に向けて実施した取組について確認したものである。これを見ると、「その他」、「特になし」を除く全ての項目において同族承継が最も高い割合となっていることが分かる。第2-3-31図で見たとおり、同族承継においては事業承継の意思を伝えられてから就任するまでの期間が長いことを考慮すると、承継に向けて様々な準備に取り組んでいる様子がうかがえる。一方で、「外部招へい・その他」においては、「特になし」とする者が37.9%となっており、準備期間の短さが影響している可能性が考えられる。
続いて、事業承継後の後継者の取組について見ていく。第2-3-36図は現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組について確認したものである。これを見ると「新たな販路の開拓」が最も多く、44.9%の経営者が取り組んでいることが分かる。次いで、「経営理念の再構築」や「経営を補佐する人材の育成」が3割を超えている。
第2-3-37図は、就任経緯別に現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組について確認したものである。承継前の取組(第2-3-35図)と比べると、就任経緯別の傾向の差は小さく、就任経緯にかかわらず後継者が様々な取組にチャレンジしている様子がうかがえる。
続いて、第2-3-38図は事業承継時の経営方針別に現経営者が事業承継後5年程度の間に意識的に実施した取組を見たものである。これを見ると、事業承継時の経営方針について「どちらとも言えない」と回答している者は、ほとんどの取組において意識的に実施した割合が低く、また3分の1以上が「特になし」としている。このことから、事業承継時に経営方針について明確にしていることが事業承継後の新たな取組へのチャレンジにつながることが示唆される。
(6)事業承継の課題
第2-3-39図は、現経営者の事業承継に対する課題について確認したものである。これを見ると、「事業の将来性」が最も多く、半数以上の企業で課題となっていることが分かる。次いで、「後継者の経営力育成」や「後継者を補佐する人材の確保」など事業承継後の経営体制に関するものが上位となっている。
続いて、第2-3-40図は後継者への承継方法別に事業承継の課題を見たものである。「事業の将来性」については、承継方法にかかわらず半数以上の経営者が課題として捉えていることが分かる。また同族承継や内部昇格の場合は、「後継者の経営力育成」や「後継者を補佐する人材の育成」の割合が高い。さらに内部昇格の場合は、「後継者を探すこと」も20.9%と他の承継方法と比べ高くなっており、役員・従業員の中から適任者を選定することが課題となっている様子がうかがえる。一方で、外部招へいの場合は、「近年の業績」や「従業員との関係維持」の割合が高い。「近年の業績」が課題となっていることで、外部招へいという手段を検討している可能性も考えられる。
ここまで中小企業の事業承継の現状について見てきた。承継方法が親族内承継から親族外承継へとシフトしつつあることを確認したが、承継方法にかかわらず後継者の意思確認も含めて計画的に承継の準備に取り組むことが重要である。事例2-3-1は、従業員の中から後継者を選定するに当たって全従業員にアンケートを実施し、適任の後継者を選定した事例である。また、事業承継に関する問題は自社だけでなく、取引先などステークホルダーの関心も高い。事例2-3-2は、取引先から事業承継について指摘されたことをきっかけに事業承継計画を策定し、事業承継を実現した事例である。
事例2-3-1:株式会社ユニックス
従業員への事業承継に当たり、全従業員アンケートにより後継者を選定した企業
事業承継・M&A
所在地 大阪府東大阪市
従業員数 12名
資本金 2,200万円
事業内容 プラスチック製品製造業
▶親族内に後継者が見付からず、従業員への事業承継を決意
大阪府東大阪市の株式会社ユニックスは、現会長の苗村昭夫氏が1984年に設立した、表面処理加工業を営む企業である。同社はポリウレタンの表面処理技術を強みに産学連携にも積極的に取り組むなど、研究開発型企業として長年事業展開してきたが、苗村会長が高齢になってきたこともあり、事業承継について検討し始めた。過去には親族への承継を考えたこともあったが、親族内に適任の後継候補者が見付からなかったため、従業員へ事業を承継することに決めた。
▶従業員アンケートで「私の次」を尋ねる
後継者選定に際して苗村会長は従業員アンケートを行い、後継者として誰が適任であるか従業員に尋ねることにした。アンケートでは本人以外の全従業員が現社長の町田泰久氏の名前を記入、苗村会長の意中の人も同じで、迷うことなく後継者に抜てきした。町田社長は当初はプレッシャーが大きいと社長就任を拒んでいたが、苗村会長による1年にわたる説得を受け、承諾した。3年間の準備期間のうちに町田社長は中小企業大学校などで経営について学び、2016年、代表権を苗村会長に残したまま社長に就任した。苗村会長は「アンケートを通して、従業員が自ら選んだ人が社長になったことで会社としての一体感が高まり、更に新社長にとっても私だけでなく従業員から選ばれたという社内からの強い信頼を感じるなどのメリットがあった。」と語る。また同社では、株式の承継に当たって、事業承継ファンドを活用した。これまで同社ではファンドの活用について検討したことがなかったが、メインバンクの大阪信用金庫よりアドバイスを受け、同信金などが組成した「おおさか事業承継・創業支援ファンド」の出資を受け入れた。会長や会長の家族が保有する株式を同ファンドが無議決権株式として買い取ることで、後継者が議決権のある株式の3分の2を保有することを容易にした。
▶事業承継を果たし、次の展開を見据える
そして社長交代から4年半後の2020年10月、代表権を会長から社長に移し、町田氏が代表取締役社長となった。現在は町田社長を中心とした新体制の下で、粉砕機、タンクなど粉体関連の新市場で販路開拓に取り組み、事業拡大を目指している。事業承継を果たした苗村会長は、「メインバンクを始め関係者の支援もあり、無事に事業承継が完了したことにほっとし、感謝している。町田社長の下で当社が更に発展を遂げるよう、自分も引き続きバックアップしていきたい。」と語る。
事例2-3-2:株式会社山尾工作所
取引先から事業承継について指摘されたことをきっかけに、事業承継計画を策定し、承継を果たした企業
事業承継・M&A
所在地 兵庫県稲美町
従業員数 20名
資本金 1,000万円
事業内容 その他の生産用機械・同部分品製造業
▶事業承継への懸念から取引停止の危機に
兵庫県稲美町の株式会社山尾工作所は、金型の設計・製造、金属部品のプレス加工を中心とした金属製品製造を営む企業である。1950年、現専務の山尾和子氏の父が創業。1990年、和子氏の夫である現会長の山尾輝勝氏が同社を引き継いだ。単発型金型によるプレス加工や、順送金型プレス加工と自動機による各種加工を組み合わせた自社開発装置を駆使し、複雑な金属加工を得意とする。主要取引先はバイクメーカーや給湯器メーカーである。輝勝氏の年齢が60代後半に入った2008年頃、主要取引先の担当者が来社し、事業承継の見通しについての質問を受けた。その時点では明確な回答は避け、前年に入社し製造現場の見習中だった子息、直孝氏を紹介するにとどまった。その後、担当者から来社の折、「輝勝氏が75歳頃に事業承継をできると良い。」と話されたが、日頃の業務に追われる中、体力の衰えを感じつつも、承継問題は先送りにしていた。2018年6月、ついに同取引先から早急に事業承継の計画書を提出し実行に移すよう強い要望があった。輝勝氏は、直孝氏にもう少しの期間、金型製作の技術習得に専念させたい思いもあったが、自身の年齢を考慮し、社長交代を決意した。しかし、何から手を付けるべきか思案していた。
▶商工会の支援を受け、事業承継計画を策定
そんな折に、稲美町商工会主催の「事業承継セミナー」のチラシを見掛け、ちょうど良い機会と考え、7月の同セミナーに参加した。セミナーでは事業承継に向けて必要な基礎知識を学んだ。セミナー後、同商工会の専門家派遣制度を活用し、中小企業診断士、税理士、社会保険労務士と1回約2時間の面談を合計9回実施、事業承継計画に必要な自社の情報を整理した。この作業の中で、自社の強みや課題を洗い出し、自社の現状を客観的に評価、分析できたことも収穫であった。同年9月、5年間で事業承継を完了するための計画書をまとめ、10月に取引先へ提出。事業承継問題を指摘された取引先からは、「これからも頑張るように」と激励され、「完成度の高い事業承継計画書」と評価を受けた。
▶事業承継後、経営革新に取り組み増収へ
同年12月、輝勝氏が命に関わる重篤な病気にかかり、和子氏と直孝氏は動揺したが、計画書に従って事業承継の準備を粛々と進めていくことができた。2019年6月、直孝氏が社長に、病気から回復した輝勝氏が会長に就任し、事業承継を果たすことができた。承継後、直孝氏は小規模事業者持続化補助金を活用した販路拡大や新しい製造工程の開発に基づき経営革新計画の承認を得るなど、次々と新しい取組に挑戦した。その結果、2020年3月期決算では売上げが前期比15%増を達成。その後、新型コロナウイルス感染症の影響で一時業績が落ち込んだが、事業承継を機に金融機関や公的支援機関との情報交換を密に行う関係も構築されていたことで、早期に新型コロナウイルス対策の融資を受けることができた。「当社の事業は金型を何十年単位で保有し、取引先と末長くお付き合いしていく仕事なので、長期的視点で安定経営を目指す必要がある。今後は取引先に安心し満足してもらえる対応力を持った企業へと成長させていきたい。」と山尾直孝社長は語る。
コラム2-3-1:コンビニにおける加盟店オーナーへの事業承継の支援
経済産業省では、2019年6月から2020年2月にかけて、コンビニエンスストア(以下「コンビニ」という。)が社会的期待に応えつつ持続可能な成長を実現するために、今日的課題と今後の方向性について検討する「新たなコンビニのあり方検討会」を開催した。本検討会では、実態把握のための加盟店オーナー、従業員、利用者、コンビニ本部7といった様々な関係者に対するヒアリング、アンケート調査なども実施した上で、2020年2月に報告書を取りまとめた。
7 株式会社セコマ、株式会社セブン‐イレブン・ジャパン、株式会社ファミリーマート、ミニストップ株式会社、株式会社ローソン、国分グローサーズチェーン株式会社、株式会社ポプラ、山崎製パン株式会社の8社を対象としている。
近年、コンビニを取り巻く環境が大きな変化を迎えている中で、加盟店オーナーの高齢化も進んでおり、人手不足の中で24時間の店舗運営に困難を生ずるほか、将来への不安から閉店を考えるケースも出てきている。
報告書では、加盟店の実情に合わせた「多様性」重視のフランチャイズモデルへの転換、加盟店支援やオーナーとの対話の強化の必要性を提言するとともに、加盟店オーナーの高齢化が進む中で、後継者問題を懸念する声が見られることを踏まえ、親族以外も含めた後継者への円滑な承継、後継者不在の場合の円滑な引退の仕組みなどについても検討が期待されるとしている。
2020年10月には、本検討会のフォローアップ会合を開催し、報告書の提言も踏まえたコンビニ各社などの取組について紹介を行った。その中で、あるコンビニチェーンにおいては、事業承継の契約を見直し、2020年度からは法人経営の加盟店においては代表者変更の形で親族以外への引継ぎを可能にするとともに、個人経営の加盟店においてはこれまで3親等以内の血族に限定して事業承継の対象としていたが、代表者の子供の配偶者などに対象を拡大するなど、持続可能な店舗運営の支援を実施していることが報告された。
このように、事業承継を望むコンビニの加盟店オーナーに対して、親族内外への引継ぎを行いやすい環境が整備されつつあり、こうした支援の仕組みがさらに発展し、後継者への円滑な事業承継が促進されることが期待される。
コラム2-3-2:女性の事業承継
親族内承継では、「跡取り息子」という言葉に象徴されるように、「男性」への承継が念頭に置かれるケースが多い。一方で、「女性」が事業を承継し、新しい視点や価値観で事業を革新し、事業を飛躍的に成長させた事例も存在する。さらに、近年では、女性経営者や女性後継者が集まり、悩みを相談し共有できるコミュニティが形成されるなど、女性の事業承継を支援する取組も進展している。
本コラムでは、女性経営者への事業承継の実情や承継後の取組事例、女性経営者を支えるコミュニティなどの支援の枠組みを紹介する。
<事例1>株式会社センショー
メッキ事業を営む株式会社センショーでは、祖父、叔父の他界後、親族内に他に承継候補者がいなかったことから、堀内麻祐子氏が事業の承継を決意。承継当時は大きな負債を抱えていたが、社員や会社、社会の利益を最大化するという考えを徹底した結果、2つの工場新設、売上倍増、社員増員を実現するまでに至った。
承継当時のメッキ業界では、「娘しかいないので跡継ぎがいない。」との嘆きがよく聞かれたが、最近では「うちの娘にも継がせるから頼むで。」といった声も聞かれるようになり、業界における女性への事業承継のモデルケースとなっている。
<事例2>株式会社三益
地酒専門店である株式会社三益では、2009年に東海林美保氏が祖父、父に続く3代目として事業を承継。承継前は他企業に就職しており、安定した生活から家業へ入ることの怖さや、男性の多い酒業界の世界へ足を踏み入れることの怖さもあったというが、マイノリティだからこそ前例にとらわれず挑戦できる良さもあると考え承継を決意。
承継後は、2人の妹と協力しながら事業を行っていたが、力仕事である地域内への配達業務の拡大に苦慮していたことをきっかけに、オンラインショップを立ち上げ取引を拡大。さらに、育ててくれた地元への感謝の気持ちから、長年続いている角打ちのスペースを子ども食堂としても活用するなど、地域への貢献も進めている。
<事例3>株式会社マスコール
工業ガス製造会社である株式マスコールでは、赤字経営が続く状況の中、2007年に境順子氏が父から事業を承継。業界では女性後継者の前例が少なく、そもそも経営が務まるのかと心配の声もあったものの、取引先の要望を熱心に聞き取り、ニーズの見える化を図ることで、2年後には業績をV字回復させることに成功。業界のマイノリティであるため、チャレンジャーとして行動できたこと、親方経営から社員とともに柔軟に意識改革をしたことが成功の秘けつであったという。
現在は、女性経営者の支援団体に参加し、様々な業界の女性経営者とのネットワークを構築しており、今後はガス業界における女性経営者のロールモデルとして、女性経営者との取引を拡大するなど女性経営者の取組を応援していきたいと考えている。
<事例4>跡取り娘ドットコム(日本跡取り娘共育協会)
男性後継者に比べ数の少ない女性後継者が安心して相談できる場所を作るため、2019年より女性の事業承継支援を行う活動を開始。女性後継者や既に事業承継を経験した女性経営者が、女性ならではの悩みや経営課題などを相談しあえる交流会や勉強会を設けているほか、Webメディア等による女性後継者の情報発信や、女性後継者向けの講座の開催、女性経営者の企業視察ツアーなどにも取り組む。
参加者からは「跡取り娘同士で背伸びせずに話が聞ける」、「経営者の産休はどうしたら良いかなど一般企業で働く女性には相談しにくいことも相談できる」などの声が寄せられている。女性後継者による経営やメンタル面での支援を行いつつ、コミュニティを形成することで、女性後継者の成長に貢献している。
〔2〕事業承継実施企業のパフォーマンス
続いて、事業承継が企業パフォーマンスに与える影響について分析していく。これまで、事業承継が企業のパフォーマンスに好影響を及ぼす可能性が指摘されてきた。例えば、2019年版中小企業白書8では「傾向スコアマッチング」及び「差の差分析」の手法を利用して、事業承継が他の要因をコントロールした上でも、企業の売上高や総資産を押し上げる効果があることを指摘している。ここでは、事業承継実施企業が承継後どの程度パフォーマンスを向上させているのかについて、(株)東京商工リサーチの「企業情報ファイル」を用いて分析9する。
8 2019年版中小企業白書 第2部第1章第2節第3項
9 なお、ここでは2010年から2015年の間に経営者交代を行った企業を事業承継実施企業としている。
(1)事業承継後のパフォーマンス
第2-3-41図は、事業承継実施企業の承継後5年間の売上高成長率(同業種平均値との差分)を見たものである。これを見ると、事業承継の1年後が最も高いものの、2年目から5年目までも一貫して同業種平均値を上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。
次に第2-3-42図は、同様に当期純利益成長率を見たものである。事業承継の1年後から5年後まで同業種平均値を20%前後上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。
次に第2-3-43図は、同様に従業員数成長率を見たものである。事業承継の1年後から5年後まで同業種平均値を0.5%前後上回っており、事業承継実施企業が同業種平均値よりも高い成長率で推移していることが分かる。
(2)承継時の状況別、事業承継後のパフォーマンス
ここでは、「(1)事業承継後のパフォーマンス」で見たパフォーマンス指標について、事業承継時の状況別に分析する。
まず、第2-3-44図は事業承継時の後継者の年齢別に分析したものである。これを見ると、全ての指標において、事業承継時の年齢にかかわらず事業承継後の成長率が同業種平均値を上回っており、事業承継後パフォーマンスが向上していることが分かる。特に事業承継時の年齢が39歳以下においては成長率が高い傾向にある。
続いて、第2-3-45図は各パフォーマンス指標について、承継方法別に分析したものである。これを見ると、承継方法によって多少の成長率の差はあるが、いずれの承継方法においても事業承継実施企業の成長率が同業種平均値を上回っていることが分かる。
続いて、第2-3-46図は事業承継時の業績傾向(増収、減収)別に各パフォーマンス指標について分析したものである。これを見ると、増収企業の方が成長率は高いものの、減収企業であっても事業承継後の成長率は同業種平均値を上回っており、承継後にパフォーマンスが向上していることが分かる。
以上より、本分析で見たパフォーマンス指標については、事業承継時の状況により多少の差はあるものの、総じて事業承継実施企業が同業種平均値を上回っていることが見て取れた。先代経営者や後継者は、事業承継が単なる経営者交代の機会ではなく、企業の更なる成長・発展の機会であることを認識した上で、事業承継に向けた準備や承継後の経営に臨むことが重要であるといえよう。
事例2-3-3は、後継者が中心となり新たな視点で商品開発を行ったことで、利益率の高い新ブランドや新たな販売経路を獲得した事例である。また、事例2-3-4は本社工場の移転拡張を契機に事業承継を推進し、事業承継後に後継者の下で事業規模を拡大させている事例である。
事例2-3-3:藤安醸造株式会社
後継者が新たな視点で商品開発を行い、伝統を次世代につないだ企業
事業承継・M&A
所在地 鹿児島県鹿児島市
従業員数 65名
資本金 2,800万円
事業内容 調味料製造業
▶後継者として中小企業ならではの価値を追究
鹿児島県鹿児島市の藤安醸造株式会社は、1870年創業のみそ、しょうゆなどのメーカー。2020年11月3日に創業150年を迎えた。屋号でもある「ヒシク」は、主に料理店向けとして知られる県内有数のブランドである。7代目となる藤安健志専務は、3人兄弟の次男。大学卒業後、父の藤安秀一社長の紹介で、大手しょうゆメーカーに5年間勤務し、2010年に社長付きとして藤安醸造に入社した。幼い頃から秀一社長に連れられて自社工場を見学していたことや、兄は医者を目指し、弟の年齢は離れていたことなどから自分が会社を継ぐ立場であることは自覚していた。大手しょうゆメーカーでの勤務経験を通して、地場の中小企業が生き残っていくためには、価格競争に巻き込まれない商品の価値が必要だとの思いを強くしていった。
▶前職での経験が新たな視点をもたらす
藤安醸造入社後、従業員の営業に同行したり、商品の出荷を手伝ったりしたが、従業員からは「大変だから結構ですよ」などと気を遣われて距離を置かれることも多く、最初の数年は何をして良いか分からなかった。そのような中、健志専務が取り組んだのは、前職時代から問題意識を持っていた高付加価値の商品開発である。健志専務は、しょうゆやだしが小売店では値下げの対象になりやすく利益が小さいことに問題意識を持ち、製造部長などの協力を得て調味料の高付加価値化を検討した。結果、鹿児島県産の素材にこだわった、だししょうゆ、ぽん酢、煎り酒からなる新ブランド「休左衛門亭」を立ち上げ、大手メーカーとの差別化を図った。
▶新たな価値の創造で社内外からの信頼が広がる
新ブランドは材料にこだわったため、大手メーカーのしょうゆが1リットル300~400円で売られている状況の中、180ミリリットルで1,200円の価格設定にした。秀一社長や従業員からは、「こんなに高くて売れるのか」と案ずる声もあったが、価格に合った価値があると信じて妥協はしなかった。従来商品との価格差やコンセプトの違いから既存の販売経路では苦戦したが、転機となったのは、市内の薩摩藩島津家別邸「名勝仙巌園」へ出店したことだった。観光客のお土産や地元客の贈答品として注目されたことで順調な売行きとなり、「休左衛門亭」は年間数百万円の売上規模になった。この取組は、健志専務が後継者として、従業員や取引先、金融機関といったステークホルダーからの支持・理解を広げるきっかけになっただけでなく、同社が従来社内にはなかった視点で商品開発に成功し、利益率の高い新ブランドの構築や新たな販売経路を開拓することにつながった。健志専務は数年後に会社を継ぐことを視野に入れ、「今後も外部での勉強を怠らず、人脈も広げ、より成長したい。」と決意している。
事例2-3-4:株式会社エーアイテック
工場の移転拡張を契機に事業承継を推進し、会社の刷新と成長を遂げる企業
事業承継・M&A
所在地 長野県松本市
従業員数 90名
資本金 4,000万円
事業内容 生産用機械器具製造業
▶事業承継の機会を探る中、工場狭あい化の課題が浮かび上がる
長野県松本市の株式会社エーアイテックは、FA(Factory Automation)機器の開発・設計・製造・販売を手掛ける企業である。熱や流体の制御技術を得意とし、自動車の「CASE10」の要となる製品(ミリ波レーダー、パワーカードなど)の生産設備には欠かせないノウハウを持つ。代表取締役社長の大林泰彦氏は、IT企業でエンジニアとして働いていた2006年に、父である先代社長から事業承継の打診を受けた。一度は断ったものの、独自の製品を持っていることや、生き生きとしたエンジニア、クリエイティブな仕事内容などに魅力を感じ、2008年に入社。当初は営業部に所属し、会社の概要を理解するために自社ホームページや製品カタログの製作などを行った。その後、機械の組立てや設計などをOJTで学んだ。3DCAD管理システム導入や受発注・生産管理・勤怠管理などを行う社内システムの刷新にも取り組み、その過程で業務フローの理解を深めながら、事業承継の機会を探っていた。その一方で、需要の増加に伴い工場が手狭となっていた。
10 世界の自動車産業構造を大きく変革するとされる「Connectivity(つながる)」「Autonomous(自動走行)」「Shared&Service(共有)」「Electric(電動化)」の四つの言葉の頭文字を取ったものである。
▶工場移転を契機に事業承継を推進
2014年9月、既存の6倍の面積を持つ近隣の空き工場を取得。同年11月に移転を完了した。工場移転後は生産スペースが拡大し、大規模な生産ラインを必要とする製品を受注できるようになったほか、フォークリフトや移動棚の導入が可能となり、作業効率が向上した。同時期に先代社長の業務を洗い出し、事業承継を進めた。朝礼や月1回の業務報告会での挨拶を先代社長から引き継ぐなど、従業員の前でリーダーシップを執る機会を増やしていった。2016年夏に事業承継の時期について先代社長と合意し、2017年1月に従業員へ周知、同年4月に社長へ就任した。
▶会社の刷新を社内外に効果的にアピール
社長就任後、個別案件収支の担当者への開示、協力会社への支払現金化、電装設計CADの導入など業務改革を実施した。また、子育て中の女性エンジニアの時短採用やフレックスタイム制の導入など働き方の改善にも取り組み、従業員の更なるモチベーション向上を図った。主力の車載電子部品の需要増加に加え、力のある協力会社の支援や新工場での作業効率の向上、業務改革などにより、事業承継前と比べ同社の売上げは2倍、営業利益は4倍に伸長した。また、工場の外観や作業環境が改善したことで人材確保が容易になるなど、工場移転のメリットは様々な形で表れた。工場移転は機会に恵まれた側面もあるが、その大きな変化と事業承継を一体として取り組むことで、社内外に会社の刷新を効果的にアピールすることができた。「工場移転を契機に事業承継が進展し、後継者として良いスタートを切ることができた。今後もブランド力の強化と働きやすさを追求しながら、より魅力的な会社にしていきたい。」と大林社長は話す。
コラム2-3-3:ベンチャー型事業承継の推進
ベンチャー型事業承継とは
近畿経済産業局では、「若手後継者が、家業が持つ、有形無形の経営資源を最大限に活用し、リスクや障壁に果敢に立ち向かいながら、新規事業、業態転換、新市場開拓など、新たな領域に挑戦することで社会に新たな価値を生み出すこと」を「ベンチャー型事業承継」と定義している(コラム2-3-3〔1〕図)。また、この挑戦する後継者(アトツギ)もベンチャーと位置づけており、この「ベンチャー型事業承継」を、平成28年度よりベンチャー施策の一つとして推進している。
全国での支援の広がり
近畿経済産業局の取組をきっかけに、若手後継者によるチャレンジ(ベンチャー型事業承継)にフォーカスした取組は、全国的に関心が高まっており、平成29年7月に中小企業庁が発表した「事業承継5ヶ年計画」における「『ベンチャー型事業承継』の事例の発信」への記載や、平成29年度補正予算からの「事業承継補助金」では後継者による新しい取組が補助対象となるなど、広がりを見せている。
地方自治体や金融機関などによる独自の取組も生まれつつあり、さらには全国規模で「ベンチャー型事業承継」を支援する「一般社団法人ベンチャー型事業承継11」が平成30年6月に発足した。
11 詳細は2019年版中小企業白書「事例2-2-10」を参照。
この取組が全国に浸透し、地域に根付くことで各地域から新たな「アトツギベンチャー」が生まれてくることが期待される。
近畿経済産業局の「ベンチャー型事業承継」推進の取組
近畿経済産業局では「ベンチャー型事業承継」推進のため、普及・啓発イベント、若手後継者向けワークショップなどの実施や、ポータルサイトやSNSを活用した情報発信を通じて、若手後継者のネットワークを形成し、事業承継を契機に新しい取組にチャレンジする機運を醸成している。
次世代の地域を担う若手後継者にフォーカスを当て、若い段階からの挑戦を促す啓発活動や環境づくりに取り組んでいる。
ポータルサイト「ぼくらのアトツギベンチャープロジェクト」では、「ベンチャー型事業承継」に関心がある若い世代・地域の支援者に向けて、先進事例やイベント情報を発信している。
また、「ベンチャー型事業承継」の更なる推進を図るため、若手後継者のネットワークを形成するとともに、若手後継者を応援する支援機関を増やし、若手後継者と支援機関とのネットワークを作ってもらう交流を図る場を設置している(コラム2-3-3〔2〕図)。
3.新型コロナウイルス感染症を踏まえた事業承継意向の変化
新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の流行が企業の経営環境に大きな影響を及ぼしているが、事業承継の検討・準備にはどのような影響を与えているだろうか。ここでは、大同生命保険(株)の「大同生命サーベイ(2020年9月)」を基に感染症を踏まえた事業承継の意向の変化について分析する。
第2-3-47図は感染症流行を受けて、事業承継の考え方や方向性に変化があったかを確認したものである。これを見ると、16.1%の経営者の心境に変化があったことが分かる。
次に、第2-3-48図は感染症流行による事業承継に対する心境の変化の具体的内容を確認したものである。「事業承継の時期を延期したい」が32.5%と最も高く、次いで「事業承継の時期を前倒したい」が27.4%となっている。感染症流行を受けて、一部の企業では、事業承継時期を前後にずらすなど、承継計画の転換に迫られている様子がうかがえる。
次に、第2-3-49図は事業承継の意向別に、感染症流行による事業承継の考え方や方向性の変化を見たものである。これを見ると、「事業承継に向け、譲渡・売却・統合(M&A)を検討」や「事業承継したいが、候補者なし」とする経営者は、「心境に変化があった」と回答する割合が高いことが分かる。
次に、第2-3-50図は事業承継の意向別に、感染症流行による事業承継に対する心境の変化の具体的内容を見たものである。「事業承継に向け、後継者決定済み」や「事業承継に向け、譲渡・売却・統合(M&A)を検討」とする経営者は「事業承継の時期を前倒したい」とする割合が高い。一方で、「事業承継に向け、候補者あり」や「事業承継について未検討」とする経営者は「事業承継の時期を延期したい」とする割合が高い。
以上より、感染症流行が一部の企業の事業承継に対する考え方や方針に影響を与えている様子が見て取れた。感染症流行を受けて事業承継に対する考え方に変化があった経営者は外部支援機関に相談することも有益な取組と考えられる。事例2-3-5は、感染症の影響により一度廃業を決意したものの、よろず支援拠点の助言を受けて後継者が業態転換も行った上で事業承継した事例である。
事例2-3-5:有限会社てっちゃん
一度は廃業を決めたものの後継者の強い意志で事業承継に成功した企業
事業承継・M&A
所在地 北海道札幌市
従業員数 0名
資本金 300万円
事業内容 飲食店
▶新型コロナウイルス感染症の影響により人気の海鮮居酒屋をやむなく閉店
北海道札幌市の有限会社てっちゃんは、地元でも有名な海鮮居酒屋を運営していた。札幌市の中央卸売市場で毎朝新鮮な魚を仕入れ、採算度外視の大きな舟盛りをリーズナブルな価格で提供していた。広告宣伝費は一切支出せずとも口コミなどにより道外からも客が訪れる人気店だった。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年2月頃から予約がほとんどキャンセルとなり、売上げは前年比1割近くまで落ち込んだ。当初、前社長の阿部鉄男氏は冷蔵庫のリース料の支払が終わる3年後までは頑張ろうと話していたが、赤字による損失がこれ以上大きくならないようにと考え、廃業を宣言。同年4月に閉店し、廃業に向けた準備を始めた。長女で現社長の佐藤ゆかこ氏は、当初廃業という決断に賛成していたものの、居酒屋への愛着が強く、感染症流行を踏まえたニーズに合わせた形で再出発できないかと考え始めた。
▶よろず支援拠点で事業承継の専門家が全力サポート
事業承継すべきか新たに創業すべきか迷った佐藤社長は、情報収集する中で知った北海道よろず支援拠点に相談に行った。事業承継に詳しいコーディネーターの新宮隆太氏が対応した。新宮氏が同社の直近3期分の決算書を見ると、借入金もなく財務内容も良かった。また道内外のファンが多い有名店というブランド力もあったため、新宮氏は経営資源を有効活用すべきと、業態転換を組み合わせた事業承継を勧めた。佐藤社長は事業承継に向けてかじを切り、父が進めていた廃業手続を止めた。相談対応に食と営業の専門家が加わり、新たに提供するメニューなどの営業戦略を練った。その間、司法書士や税理士の紹介も受けて事業承継を進め、初回相談から半年後の2020年10月、正式に事業承継の手続を完了した。
▶感染症流行によるニーズ変化を考慮した専門店として再出発
事業承継を機に、「てっちゃん」の店名はそのままに、感染症流行を踏まえた消費者の新たなニーズや二児の母である佐藤社長のライフスタイルに合わせた業態転換を行う予定である。薄利多売だった舟盛りはやめ、酒類は提供しない。父の時代に舟盛りの次に人気だったぎょうざをテイクアウトとイートインで提供する予定。「てっちゃん」のぎょうざはかつて中華料理人だった父が考えた、肉まんのように大きい、にんじんなど野菜がたっぷり入った逸品だった。このぎょうざに加えて、大豆などを使った低糖質で健康を意識したぎょうざを開発し、他店舗と差別化を図る。「これまで来てくれていたお客様はもちろんのこと、家事に育児に忙しいお母さんが、たまにご飯を手抜きしたい時に家族の健康を考えつつ、ふと立ち寄れる場所にしたい。」と佐藤社長は語る。