第2部 新たな価値を生みだす中小企業
第3章 付加価値の獲得に向けた取引関係の構築
第5節 まとめ
本章では、特に企業間の取引関係に着目し、取引構造と個別の取引条件について分析を行ってきた。
第1節では、(株)帝国データバンクの「企業エコシステム」を利用し、自動車産業を例に取引構造の実態を捉えることを試みた。製造業の取引構造は、「サプライチェーン」という言葉に代表されるように、しばしば同業種の企業との取引関係が強調されるが、頂点企業から発生した取引は多種多様な業種に波及しており、頂点企業の取引方針の変更は、エコシステムに属する様々な企業に影響を与える可能性を指摘した。
第2節では、下請構造の現状について確認した。広義の下請事業者に該当する中小企業は、全体で見ると中小企業の約5%であるが、「情報通信業」、「製造業」、「運輸業,郵便業」では下請事業者の割合が特に高いことを確認した。また、取引類型から下請事業者の分析を行ったところ、多数の取引ネットワークを形成している企業では投資にも積極的で、パフォーマンスが高いことが分かった。さらに、サプライチェーンの維持という観点から、下請事業者の事業承継意向を確認したところ、60歳以上の経営者の企業においても、事業承継について「まだ考えていない」と回答する下請事業者も一定数存在しており、親事業者も下請事業者の事業承継を支援していくことが重要であることを指摘した。
第3節では、特に、受注側事業者の視点から取引関係上の問題を確認した。まず、受注側事業者の取引関係と売上高の関係を見ると、売上高を増加させている企業の特徴として、販売先数を増加させていること、取引の中心となる企業は有しつつも過度に依存していないこと、主要取引先の見直しを行っていることが見て取れた。次に、取引適正化の観点から、〔1〕価格転嫁、〔2〕代金支払、〔3〕働き方改革について確認した。〔1〕価格転嫁については、特に従業員規模の小さい企業ほど、コストの変動に対する価格転嫁ができていないことが確認された。また、価格転嫁を行うためには発注側事業者と交渉の機会を持つことが重要であることが分かった。さらに、価格転嫁ができた企業は、「提案力・企画力」に優位性が有ることが分かった。加えて、価格転嫁と投資活動の関係を見ると、価格転嫁ができていない企業ほど、投資に必要な利益の確保ができておらず、投資に対して消極的であることが分かった。以上を踏まえ、適正な利益の確保から前向きな投資へ、という望ましい循環を、発注側事業者と受注側事業者が共に目指すことの必要性を示した。〔2〕代金の支払については、依然として代金の支払手段として手形が利用されており、その割合が高いほど手形の支払サイトも長い傾向にあることが分かった。また、手形割引に掛かる負担の多くを受注側事業者で負担しているという状況も分かった。〔3〕働き方改革については、業界構造上の問題も大きく、業界全体を挙げて業界慣習の見直しを進めていく必要性について指摘した。
第4節では、大企業と中小企業の共存共栄に向けて期待される取組について事例を踏まえつつ確認した。
我が国の中小企業が自らの強みを発揮し、より多くの付加価値を獲得していくためには、それぞれの企業が取引における交渉力を高めるとともに、取引条件の改善に向けて具体的な行動を起こしていく必要がある。また、良好な取引関係の構築に向けては、大企業を含む発注側事業者に求められる役割も大きい。
我が国を取り巻く様々な環境変化に対応し、経済全体のパイを拡大していくためには、大企業と中小企業が互いに稼げる、共存共栄の取引関係を構築していくことが重要である。