2 起業の実態の国際比較
本項では、起業するまでのプロセスに着目し、起業に関する意識・活動について国際比較を行うことで、我が国の起業の実態について明らかにしていく。
〔1〕GEM調査について
起業意識と起業活動の国際比較を行うに当たり、世界の多くの国が参加する「Global Entrepreneurship Monitor(グローバル・アントレプレナーシップ・モニター)」5(以下、「GEM調査」という。)を用いて、我が国及び米国、英国、ドイツ、フランス、オランダ、中国の起業意識・起業活動の違いを見ていく。
5 GEM調査では、国の経済発展が起業活動と密接な活動にあるという仮説のもとに、米バブソン大学と英ロンドン大学が中心となり1999年から実施されているもので、(1)国ごとの起業活動に違いはあるか、(2)経済活動と起業活動に関連性はあるのか、(3)起業活動の違いを生み出す要因とは何かの三つを明らかにすることを目的としたものである。1999年に我が国を含め10か国からスタートし、2017年には54の国や地域が参加している。サンプル数は一つの国当たり最低2,000サンプル(サンプリングは無作為抽出)であり、全世界共通の調査票が使われている。なお、一度調査に参加した国でも毎年継続して参加するとは限らない。
GEM調査では、18歳から64歳までの者に対して、起業意識について尋ねている。起業活動に関連する調査項目として、「周囲に起業家がいる6」、「周囲に起業に有利な機会がある7」、「起業するために必要な知識、能力、経験がある8」があり、本項ではGEM調査に従って、これらの三つ全ての項目について「いいえ」と回答した人を起業無関心者、一つでも「はい」と回答した者を「起業関心者」と定義した(第2-2-15図)。
6 「過去2年間に、新しく事業を始めた人を知っている」と回答した人をいう。
7 「今後6か月以内に、自分が住む地域に起業に有利なチャンスがある」と回答した人をいう。
8 「新しいビジネスを始めるために必要な知識、能力、経験を持っている」と回答した人をいう。

また、起業活動についても尋ねており、「独立・社内を問わず、新しいビジネスを始めるための準備を行っており、かつまだ給与を受け取っていないまたは受け取ってから3か月未満である人」及び「すでに会社を所有している経営者で、当該事業からの報酬を受け取っている期間が3か月以上3.5年未満である人」を「起業活動者」と定義している9(第2-2-16図)。
9 「現在、1人または複数で、何らかの自営業、物品の販売業、サービス業等を含む新しいビジネスをはじめようとしていますか」、「現在、1人または複数で、雇用主のために通常の仕事の一環として、新しいビジネスや新しいベンチャーをはじめようとしていますか」、「現在、自営業、物品の販売業、サービス業等の会社のオーナーまたは共同経営者の1人として経営に関与していますか」などの複数の質問から、「起業活動者」を定義している。詳細は付注2-2-1を参照のこと。

〔2〕起業活動の国際比較
はじめに、起業活動について国際比較していく。起業活動者の割合の推移について見たものが第2-2-17図である。これを見ると、我が国の起業活動は諸外国に比べて一貫して低い水準で推移しており、2017年ではフランスに次いで2番目に低い水準となっていることが分かる。

〔3〕起業意識の国際比較
続いて、起業意識について国際比較していく。起業無関心者の割合の推移について見たものが第2-2-18図であるが、我が国の起業無関心者の割合は一貫して高水準で推移しており、起業意識が相対的に低いことが分かる。

次に、「周囲に起業家がいる」、「周囲に起業に有利な機会がある」、「起業するために必要な知識、能力、経験がある」に加え、「起業は望ましいことである10」、「起業に成功すれば社会的地位が得られる11」と回答した人の割合について国別に見たものが第2-2-19図である。いずれの項目についても、我が国で各項目に「はい」と回答した者の割合は諸外国に比べて低く、我が国の起業に対する意識は、諸外国に比べて特に低いことが分かる。
10 「あなたの国の多くの人たちは、新しくビジネスを始めることが望ましい職業の選択であると考えている」と回答した人をいう。
11 「あなたの国では、新しくビジネスを始めて成功した人は高い地位と尊敬を持つようになる」と回答した人をいう。

〔4〕起業意識と起業活動の関係
続いて、起業意識と起業活動の関係について見ていく。第2-2-20図は起業無関心者に占める起業活動者の割合、及び起業関心者に占める起業活動者の割合を見たものである。これを見ると、日本は起業活動者の割合自体は他国に比べて低いものの、起業関心者に占める起業活動者の割合で見れば、中国、米国に次ぐ3番目の水準であることが分かる。なお、起業無関心者に占める起業活動者の割合が極めて低いことは各国共通であることが確認されるため、起業活動者を増やすには起業関心者を増やすことが重要であることも分かる。

次に、起業への関心を測る三つの質問項目別に起業活動者の割合を見たものが第2-2-21図である。これを見ると、我が国で「起業するために必要な知識、能力、経験がある」と回答した者に占める起業活動者の割合は23.9%と、「周囲に起業家がいる」(16.4%)、「周囲に起業に有利な機会がある」(18.0%)と回答した者に占める起業活動者の割合に比べて高い。

我が国では、起業するために必要な能力などが備わっていると自分自身で認識しているかどうかが、起業に踏み切れるかの大きな要素になっていると考えられる。
〔5〕まとめ
以上の結果から、我が国の起業意識の水準は、諸外国と比べて低い水準で推移しているが、その一方で、起業関心者、特に起業に必要な能力などを持つ者に限定すると、起業活動を行う割合は、相対的に高いことが分かった。また、我が国においては自身の能力などで起業ができるかどうか見極める機会を増やすことが、起業家を増やすための有効な支援策になり得るといえよう。
コラム2-2-3
小規模事業者が増加するオランダ
本コラムでは、主要先進国の中で、我が国に比べ、一際起業活動が活発な国であるオランダの実態やその背景について見ていく。
オランダでは、最近10年間で企業数が1.6倍(2007年:約100万社→2017年:約160万社)に増加しているが、その大半を従業員1名の事業者が占めている(コラム2-2-3〔1〕図)。また、2013年には企業経営者の11%が30歳以下であり、従業員規模別で見た場合に規模の小さい企業ほど若い世代の経営者の割合が高くなっている12。さらに、若者の割合が高いことに加え、上記の従業員1名の事業者のうち約4割が別の収入源を持つ「副業」として事業を行う者であると言われている13。
12 CBS[2015]『De staat van het MKB』
13 CBS[2016]『Loopbaan of bijbaan als zzp'er?』

この背景にはどのような要素があるのだろうか。堀(2017)14によると主に三つの要素があると言われている。一つ目の要素は、多様な働き方を進展させる「ポルダー・モデル」と呼ばれる社会制度(特に労働時間差別禁止法、1996年7月15)の導入が挙げられる。この制度は、労働時間の差により昇進・昇給や社会保障の面で差別的に取り扱うことを禁止するものである(コラム2-2-3〔2〕図)。この社会制度の導入及び定着は、多様な働き方を選択しやすい環境を生み出し、その結果、働き方の選択肢の一つとして「起業」が選ばれやすくなった。
14 堀潔[2017]『オランダにおける起業(企業)増加の背景─GlobalizationとDiversityの進展のなかで─』
15 「労働時間差別禁止法(Wet onderscheid arbeidsduur:WOA)」

二つ目は、国際競争の激化やリーマン・ショックの影響などにより、オランダの国内企業の雇用創出力が低下する中、自己雇用である起業が重要な選択肢の一つになったことが挙げられる。
三つ目が、オランダで実施される実践的な職業教育の取組である。オランダでは、教育を「労働市場に参入できる能力を育成する場」と位置づけ、1990年代から教育に「起業教育」を取り入れており、特に「高等職業教育大学校(HBO)16」では、学生が卒業後に即戦力として活躍できるよう、教育機関と企業が連携を取りながら実施されている(コラム2-2-3〔3〕図)。
16 近年のEUでは、「University of Applied Sciences(応用科学大学)」と呼ばれることが多い。

上記以外にも要因は存在すると考えられるが、オランダの直近20年間の歴史の中で、「起業」がより身近なものになっていることは確かだといえよう。他方、起業が増加するものの、従業員1名の自己雇用にとどまる事業者が多く、雇用を拡大する起業家が少数派となっている。そのため、今後の同国においては、起業のみならず、新たな雇用や付加価値を生み出す起業家の発掘や支援も重要となるのではないだろうか。
最後に、オランダでは、起業促進の政策は、経済政策のみならず、労働政策、社会政策、教育政策などをあわせた「総合政策」として行われている。長年にわたり開業率が低迷を続ける我が国においては、社会システムや文化的背景などの面で異なる点も多いが、同国の取組について学ぶべき点は多いといえよう。