2 後継者教育
次に、事業承継において重要な要素といえる後継者教育について見ていく。中小企業庁が2017年4月に策定した「事業承継マニュアル9」においても、次期経営者として必要な実務能力、心構えを習得するための後継者教育の重要性について述べられている。
9 中小企業庁(2017)
ここでは、既に事業承継を終えた経営者が、後継者に対し、どのような能力を求め、どのような後継者教育を実施したかを明らかにする。
〔1〕後継者教育の取組
第2-1-11図は、事業を承継した前経営者が、後継者を決定する上で重視した資質・能力について見ている。

個人法人ともに、「自社の事業に関する専門知識」、「自社の事業に関する実務経験」が高い。個人事業者では「血縁関係」、小規模法人では「経営に対する意欲・覚悟」を重視する割合が高い。
第2-1-11図で見た資質・能力のうち、最も重視したものについて見たものが第2-1-12図である。

個人事業者においては、「血縁関係」と回答する者の割合が最も高く、身内であることを重視する場合が多いことが分かる。次いで、「自社の事業に関する専門知識や実務経験」が重視されている。
他方、法人の場合、「経営に対する意欲・覚悟」が最も高く、続いて自社の事業に関する専門知識や実務経験が重視される傾向にある。
経営者が後継者に対し、意識的な後継者教育を行ったかを個人法人別に示したものが第2-1-13図である。小規模事業者においては、個人法人ともに、約4割が意識的な後継者教育を行っている。

実施した後継者教育の内容と、その中で特に有効だと感じた内容について見たものが第2-1-14図及び第2-1-15図である。


有効だと感じた内容について、個人事業者は、「資格の取得を奨励した」、「自社事業の技術・ノウハウについて社内で教育を行った」と回答する者が多い。事業に直接いかせる内容の教育が、効果があると感じる割合が高いようだ。
他方、小規模法人は、個人事業者に比べ、「経営について社内で教育を行った」を回答する者の割合が高く、法人組織としての経営に関わる教育を重視しているものと推察される。
事例2-1-1:見島塗装
「徐々に後継者に実質的な経営を任せ、円滑に事業を引き継いだ個人事業者」
佐賀県神埼市の見島塗装(従業員4名、個人事業者)は、主に配電盤塗装を行う事業者である。前代表者の見島純二郎氏が1977年に創業した。主な顧客は大手配電盤メーカーに配電盤を覆う鉄枠を納入する鉄鋼業者で、県内一円、県外に及ぶ。
先代の長男で現経営者の見島昌樹氏は、1998年に当事業者の従業員となった。純二郎氏は、昌樹氏が仕事を覚えていく中で、自然と昌樹氏を後継者として意識するようになり、後継者として身に付けるべき技術やノウハウを段階的に引き継いでいった。
技術については、作業現場で実践的に実務をこなしながら引き継いでいった。純二郎氏が自ら開発した粉体塗装法は、取引先からも高く評価されるもので、高度な技術力を必要とした。初めのうちは時間がかかってでも丁寧な作業をさせ、仕上がり具合を純二郎氏が確認した。また、大手配電盤メーカーが求める工程に沿った作業を効率的に身につけてもらうために、純二郎氏が直接、技術やノウハウを教えることを重視した。昌樹氏自身も、塗装技能士の資格を取得するなど努力を重ねていた。
昌樹氏は、事業に関わる技術やノウハウを身に付けた後、以前は純二郎氏が行っていた取引先との調整、資金管理、事業方針の策定など経営に関わる業務を徐々に任されていった。また、事業を承継する前から、金融機関との折衝なども任されるようになり、経営者としての知識も更に深めていった。純二郎氏は、実際に事業を引き渡す前に、昌樹氏に経営者としての意識を持って欲しかったという。
平成31年1月、昌樹氏が代表に就任。事業の承継にあたっては、神埼市商工会からアドバイスをもらうことで、開業届、青色申告の届出等の関係書類の提出、資産や負債の引継ぎなどを滞りなく進めることができた。また、小規模企業共済、倒産防止共済への加入といったリスクに備える方法や、資金繰りへの意識の必要性など、経営者として持つべき心構えの説明も受けた。
純二郎氏は、「技術の承継、経営の承継と段階的に事業の引継ぎを行ったことで、自分、息子ともに不安なく円滑な事業承継が行えた。」と言う。昌樹氏は、「先代から技術指導を受けられたこと、長い付き合いの顧客や人脈を引き継げたこと等、事業承継のメリットは大きいと感じる。引き継いだものをいかしながら、今後は若い人材の採用・育成や経理業務の効率化を行い、販売先の拡大や収益力の向上につなげていきたい。」と語る。

事例2-1-2:大井川事務機
「後継者の経験をいかし、事業を多角化した個人事業者」
静岡県焼津市の大井川事務機(従業員2名、個人事業者)は、前代表の滝井健治氏が1986年に設立した事務用品小売業者である。長年、地元の企業に文具やOA機器を販売してきた。
健治氏の長男で現代表の滝井愛龍氏は、子どものころから漠然と家業を継ぐことを意識していたという。学卒後10年ほど県外のアパレル企業で店舗運営やWEBに関わる業務などを担当した後、地元に戻り、2012年から家業で働き始めた。その中で、地元商店向けにホームページを作成するニーズがあると聞いたことをきっかけに、以前の勤務先で培ったコンピューターのスキルをいかし、新たな事業としてホームページ制作を開始した。主力商品である文具の利益率が低いことが長年の課題であり、利益率の向上を狙いとしていた。また、パソコンの修理及び販売も始め、既存の顧客にパソコン関連の要望があれば、広く対応できる体制を整えた。
愛龍氏が家業に従事してから6年経ち、健治氏は愛龍氏が事業を引き継ぐことを自覚してきたように見えたため、事業承継を考え始めた。ちょうど大井川商工会から事業承継補助金の説明があったことが後押しになり、具体的に事業承継の検討を始めた。事業承継補助金の申請に向けた事業計画書の作成において、愛龍氏は、自身のスキルをいかした「小規模事業者に特化したホームページ再活用支援サービスの提供」を行い、さらに事業の拡大を図ることとした。これまでホームページ作成の事業を行う中で、特に小規模事業者に、ホームページを作ってからほとんど更新しないなど、運用方法が分からないと悩む者が多いことが分かった。そこで、小規模事業者向けに特化し、ホームページ再活用の支援、運用アドバイスなどを盛り込んだ新たなサービスを始めることにした。事業承継後の成長計画を具体化でき、事業承継補助金を活用し、2018年12月に正式に愛龍氏が事業を引き継いだ。
また、愛龍氏は、事業承継以前から、同商工会内で開催される「情報化促進委員会」の委員長を務めており、同商工会に加入している事業者に対し、会計ソフト導入などの情報化に向けた支援活動も行っている。委員会のメンバーの経営者と交流を図る中で、事業運営の知識や経営者としての心構えなどを学ぶことができているという。
愛龍氏は「事業の多角化は、ホームページの作成から始まったが、現在は、オーダーメイドしたパソコンの販売まで行っている。今後も地域の顧客の要望に応えるために、事業の幅を広げていきたい。」と語る。

事例2-1-3:手島最中店
「後継者不在の個人事業者の事業を承継し、伝統を守りつつ成長を目指す個人事業者」
山口県下関市の手島最中店(従業員3名、個人事業者)は、最中の皮を製造し、県内の和菓子屋に販売する事業者である。1959年創業の老舗で、2代目の手島柳太郎氏が代表を務める。
2016年10月、高杉晋作が眠る墓所「東行庵」の向かいで土産物屋兼飲食店を営む清風亭が、経営者が高齢になり後継者不在のために引継ぎ先を探している、と下関菓子組合経由で柳太郎氏に話があった。同業他社が引継ぎを躊躇する中、柳太郎氏は、清風亭で提供される人気の「晋作もち」の伝統を守り、また、最中の皮の売上が減少する中で事業拡大を図るため、清風亭を引き継ぐことを決めた。手島最中店では3代目の康太郎氏への技術の承継が順調に進んでおり、最中製造を康太郎氏に任せられる状況にあったことが後押しとなった。柳太郎氏自身は60歳近くになっていたが、妻や娘とも話し合い、家族一丸となって運営することを決断した。
同年11月、柳太郎氏は、清風亭の前経営者と面談し、承継する事業の範囲や時期、売買金額などを話し合った。同組合を介してマッチングしていたため、お互いに信頼関係があり、同月中に引継ぎ条件を決めることができた。具体的には、清風亭の屋号、飲食店のメニュー、土産物の在庫、設備、什器などを買い取る形で引き継ぎ、店舗不動産は新たに賃貸契約を結んだ。名物の「晋作もち」は同組合が考案したものだったため、製造方法は同組合からレクチャーを受け、前経営者からもアドバイスをもらい、従来の味を残すことができた。
2017年2月に前経営者は営業をやめ、柳太郎氏は1か月かけて店舗を改装した後に、同年4月、清風亭を新装開店した。梅や桜の開花の季節や紅葉の季節には、特に観光客がたくさん押し寄せにぎわいを見せているという。
柳太郎氏は、「自身の年齢もあり、清風亭を引き継ぐか迷ったが、家族で面白く運営できており満足している。清風亭を引き継ぐ前は息子に事業承継し、経営者の一線を退くことも考えていたが、新たなやりがいが見つかった。息子、家族と力を合わせて、成長を目指して事業運営に励みたい。」と語る。

事例2-1-4:ペンションオードヴィー(現 ゲストハウスtesoro奥志賀)
「事業引継ぎ支援センターの支援により、遠方の創業希望者とマッチングし、事業承継した個人事業者」
ペンションオードヴィー(従業員1名、個人事業者)は、避暑地、スキーで有名な長野県の奥志賀高原に、1988年に創業したペンションである。
前オーナーは、地域のホテルやスキースクールなどと連携しながら27年間順調に経営してきたが、年齢を重ねて気力・体力に衰えを感じ、引退を考えるようになった。後継者がいなかったため、2014年11月に長野県後継者バンクが創設されるという新聞記事を見て、その運営主体である長野県事業引継ぎ支援センターに事業承継の相談をした。
他方、現オーナーの荻野公男氏は、ゲストハウスの経営が若い頃からの夢で、旅行代理店で勤務したり、30歳を過ぎてから大学の観光学部に入ったりするなど、夢の実現に向けて準備を重ねてきた。もともと横浜市在住だが、自然豊かな長野の魅力にひかれ、長野で物件を探していたが、なかなか希望に沿う物件が見つからなかった。そうした中、荻野氏も長野県後継者バンクの存在を知り、同センターに相談した。同センターは、荻野氏の希望・条件を丁寧に聞き取り、合致する相手としてペンションオードヴィーを紹介した。
同センター同席のもと、荻野氏と前オーナーの話合いの場が設けられた。荻野氏は、建物・設備・周辺環境がイメージに合っていたことに加えて、前オーナーのこれまでの経営方針も、自身が望む姿に合致していることが分かり、事業を引き継ぐ決心をした。前オーナーは、荻野氏の熱心な姿勢に、信頼して事業を任せられる人と判断した。両者の思いが一致したため、その場で口頭の承継の基本合意が行われた。荻野氏は、建物や設備をそのまま譲り受け、既存顧客・屋号も引き継いだことで、2016年夏に新装開業した直後から、一定の売上を上げることができた。
荻野氏は、更なる成長を目指すため、前オーナーの方針を踏襲しながらも、新たに「自然を自由気ままに楽しむ贅沢と非日常感を、この地で味わってもらう」ことを第一の経営方針にしてサービスの充実を図り、2018年10月に屋号を「ペンションオードヴィー」から「ゲストハウス tesoro10奥志賀」に変更した。新たなサービスを充実させたことで、新装開業当初の宿泊客は8割が以前からの顧客であったが、現在は8割がtesoro奥志賀になってからの顧客となっている。
10 テゾーロ:イタリア語で「宝物」
荻野氏は、「今後、冬季以外のシーズンも宿泊客に喜んでもらうため、新設したウッドデッキやキャンピング施設の活用や、JAZZミュージシャンを招聘し音楽イベントを行っていく。様々な客層に愛されるゲストハウスにしていきたい。」と語る。

事例2-1-5:長野県安曇野市、安曇野市商工会
「インターネットを活用した事業承継のマッチング支援をする地方自治体と商工会」
長野県の安曇野市及び安曇野市商工会では、市内の中小企業の廃業の増加に対する強い危機感から、事業承継に関する勉強会を開催するなど、事業承継支援に積極的に取り組んできた。
2016年、同市及び同商工会は職員向けの事業承継に関する勉強会の中で、トランビ株式会社(東京都港区、以下、「トランビ」という。)11が運営するWeb上のM&Aのマッチングサービスの存在を知り、トランビとの連携により後継者不在の事業者に対する事業承継支援を充実させられないかと考えた。
11 Web上でのM&Aマッチングサービスを展開する企業で、小規模案件の成約に強みを持つ。詳細は2018年中小企業白書事例2-6-10を参照。
商工会会員に対して事業承継に関するアンケートを実施したところ、廃業を考えている事業者の約6割が「後継者がいない、候補者に継ぐ意思がない」という結果で、後継者の不在が廃業につながっていることが改めて確認できた。そこで、同市と同商工会、トランビが一体となり、2018年6月からインターネットを活用した「事業承継のマッチングサービス」を開始し、後継者の不在を課題に抱える事業者と、事業の譲受けを希望する企業のマッチング支援をすることになった。
同商工会は、相談を受けた事業者の匿名性を確保しながら経営者の思いや考え方、希望金額などを整理し、WEBサイトへの代理登録をしている。インターネットに慣れていない高齢の経営者でも利用しやすく、また同商工会は会員の事業内容を理解しているため、客観的な視点で事業内容を掲載できるというメリットがある。また、買い手からの打診があった場合も、同商工会が間に入り専門家を紹介することで、M&A交渉を円滑に進めることができる。
既にサイトに登録された案件では、当初の予測を大幅に上回る閲覧があった。価格交渉まで進んだ事例では、自身では気付けていなかった技術・ノウハウに価値があることを再認識することができるなど、廃業ではなく第三者への事業承継により事業や経営資源を世に残そうと前向きに検討するきっかけにもなっている。
「実際にM&Aの成約にまでつながらなくても、マッチングを通じて、自社の価値や事業・ノウハウに対する客観的な評価を知るきっかけにもなる。親族や社内に後継者が見つからなくても、事業承継は可能であることを、より多くの事業者に知ってほしい。」と同市及び同商工会の担当者は語る。
事例2-1-6:滋賀県東近江市
「小規模事業者の後継者のマッチング支援を行う自治体」
滋賀県東近江市は、同県の廃業率が他県と比較して高いこと、後継者不在のために黒字状態で廃業する事業者がいることに問題意識を持ち、中小企業・小規模事業者の後継者候補探しを支援する取組「まるごと東近江あとつぎさん募集事業」を実施した。
同市では、2018年1月に、同市の魅力をPRすることを目的に、市内の商工会・商工会議所、工業会、観光協会、JAなどを構成団体として、「まるごと東近江実行委員会」を立ち上げた。そこで、特に商工会・商工会議所から、同市の魅力を伝えることで、事業承継を支援することにつながる事業ができないかと提案があり、同事業が進められた。
同事業の取組として、2018年11月に、東京駅近郊で「事業承継個別相談会」を実施し、個人事業者3者を含む小規模事業者を中心とした計8事業者が参加した。同市内の黒字だが後継者がいない事業者と、首都圏の様々なスキルを持った人材を、後継者候補としてマッチングさせること及び事業承継の気運を醸成することを狙いとした。地道な広報活動に加えて、各メディアに取り上げられたことも奏功し、各事業者はおおむね10~30件程度の相談者と面談ができた。相談会後の事業承継に関するやり取りは、商工会・商工会議所が支援しながら進めている。
参加した事業者は、「自身の事業にこれほど興味を持ってもらえるとは思わなかった。事業承継に向けて、事業を継続していく上で自信になる。様々な能力をもっている方と、マッチングできる可能性があることが分かり参考になった。今後も、円滑な事業承継を実現するための取組を続けていきたい。」と語る。同事業は、事業承継の気運を高める取組として効果を発揮しているといえよう。
