第3部 中小企業・小規模企業経営者に期待される自己変革 

4 BCP(事業継続計画)の取組

〔1〕中小企業におけるBCP(事業継続計画)の取組状況

事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは、大地震などの自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化などの不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、又は中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順などを示した計画のことを指す。BCPを事前に策定することで、被災時における早期の事業再開が期待されている。

優先して継続・再開すべき中核事業を絞り込み、対応策を盛り込んだBCPを策定しておけば、活用できる経営資源が限られる緊急時でも、復旧度合い、スピードは大きく改善する(第3-2-43図)。業務を継続・早期再開できれば、取引先や顧客などへの責任を果たすことができ、取引先を失うリスクも低減すると考えられる。

第3-2-43図 BCPの必要性

第3-2-44図は、従業員規模別にBCPの策定状況を示したものである。これによると、BCPを策定している割合は全体の16.9%となっている。また、従業員規模が小さくなるほど策定割合が低くなり、名称を知らない企業の割合が高くなっていくことが分かる。

第3-2-44図 従業員規模別に見た、BCPの策定状況
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第3-2-45図は、BCPを策定している企業にとって、そのきっかけとなったことを示したものである。「販売先からの勧め」の回答が最も多く、「行政機関からの勧め」が続いている。BCPの策定を進めるには、周囲の働きかけが効果的であると考えられる。

第3-2-45図 BCPを策定したきっかけ
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第3-2-46図では、BCPを策定した企業が、その際に参考としたものを示している。参考にしたものとして「中小企業庁:BCP策定運用指針」、「セミナー等への参加」が多いことが分かる。

第3-2-46図 BCPを策定する際に参考としたもの
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第3-2-47図は、BCPを策定した企業が感じている平時のメリットを示したものである。「重要業務とは何か見直す機会になった」が約6割と最も多い。BCPの策定は自社の事業を見直し、生産性向上につながるような策を講ずるきっかけになっていることが見て取れる。「効果は感じていない」と回答した企業の割合は1割強にとどまっており、大半の企業が、BCP策定により何らかの平時のメリットを感じていることが分かる。

第3-2-47図 BCP策定による平時のメリット
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第3-2-48図は、BCPを策定していない企業における、その理由を示したものである。「人手不足」が最も多いが、「複雑で、取り組むハードルが高い」、「策定の重要性や効果が不明」といった理由も多く、現状ではBCPの策定は中小企業にとって難しい取組と考えられていることが分かる。

第3-2-48図 BCPを策定していない理由
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第3-2-49図は、BCP未策定の企業における今後の策定予定を、過去の被災経験の有無別に示したものである。これによると、被災経験があっても、「策定を考えていない」と「策定予定だが、時期は不明」の二つの項目で9割を超える。過去に被災経験があっても、積極的にBCP策定に向けて活動する企業は少ないことが分かる。

第3-2-49図 被災経験の有無別に見た、BCPを策定していない事業者における今後の策定予定
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第3-2-50図は、自然災害の発生による自社及び他社への影響などについて、事前に検討したことがある事項を確認したものである。BCPを策定している企業では、いずれの取組においても、検討した経験があると回答した者が大半を占めている。他方、BCPを策定していない企業においても一定割合は検討を行っていることが分かる。BCPという形にはなっていなくとも、自然災害による事業への影響や対策などについて検討している企業が一定数存在するといえよう。

第3-2-50図 BCPの策定状況別に見た、自然災害による自社及び他社への影響などについての検討有無
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事例3-2-12:天草池田電機株式会社

「BCP策定を社内の人材育成としても活用し、組織力向上につなげている企業」

熊本県上天草市の天草池田電機株式会社(従業員212名、資本金5,890万円)は、産業用機械等の部品生産を主な業務として2002年に設立した企業である。同社の成型・プレス・接着・溶接などの高い技術を活かした主力製品であるマグネットリレーは高い精度と安全性を誇り、原子力発電所、水道の制御盤ボックスなどに搭載されている。

同社が立地する熊本県では、2014年11月に、県と損害保険会社、商工会議所連合会などの商工4団体が「熊本県事業継続計画策定支援に関する協定」を締結し、BCP策定支援セミナーの開催、事業者の個別支援などを実施していた。そのような中、熊本県からBCP策定について声が掛かり、東日本大震災以降、事業継続への危機意識を高めていた同社は、策定に取り組むこととした。

BCP策定は、多くの事業者では会社の上層部を中心に進めているが、同社では、人材育成につなげることも目的とし、若手、中堅、管理職のバランスを考慮して選抜した約30名からなるチームを作り、検討を進めた。県の協定に基づいて損害保険会社から招聘されたコンサルタントの指導を受けながら、約8か月を経て2016年にBCPが完成した。策定過程でチームメンバーは、想定する被害や安否確認体制、社屋や設備の安全確保、従業員の安全確保、事業再開に向けた対応、復旧に必要な人員や費用、災害に対応する保険への加入、顧客への連絡体制など、幅広いテーマについて、議論を重ねた。ボトムアップでBCPを策定した結果、BCPへの理解は従業員に素早く浸透し、改定もしやすい環境が整ったという。

その結果、BCP策定直後に発生した2016年の熊本地震では、従業員の意識が予想以上に高まっていたため、各々が確認作業などを的確に行うことができ、早期の業務再開につながったという。また、防災に限らず、幅広い業務で従業員から自発的な改善提案が行われるようになり、経費削減などの効果も出ている。加えて、BCPを策定した中小企業として外部からの注目度も高まり、講演依頼などが増え、社会や地域からの評価も高まっている。

「BCP策定により、従業員自ら行動する社風が構築されていった。また、BCPをきっかけとした従業員同士のコミュニケーションの活性化など、組織力の向上にもつながっている。」と池田博文常務取締役は語る。

池田博文常務取締役、人材育成を促進するBCP研修の様子

事例3-2-13:株式会社焼津冷凍

「事業継続力を強化することで取引先からの信頼を高め、事業拡大につなげている企業」

静岡県藤枝市の株式会社焼津冷凍(従業員50名、資本金2,100万円)は、焼津港で水揚げされた水産物を中心に扱う冷凍倉庫業として1975年に設立された。同社では、外国産畜養マグロ、鮪の加工製品等の商品の保管を主業とする一方、焼津港の水揚高が減少傾向にあるため、冷凍倉庫業以外に農業事業、ベーカリー事業なども手掛けている。

同社は、焼津港から離れた内陸部にあるため、焼津港周辺の水産加工事業者から遠いという、同業他社に比べて港が遠く不利な条件にあった関係で、販路開拓が進まないという課題があった。

同業他社が多い焼津港周辺は、東海地震による津波被害が想定される地域である。そこで、松村勲社長は、内陸部での立地が沿岸部と比較して地震や津波に強いことを打ち出して他社との差別化を図り、その過程で2006年に事業継続計画(BCP)を策定した。それ以降、毎年7月には全社で防災訓練を兼ねたBCP訓練を行い、その実効性を高めている。

また、同社はBCM(事業継続マネジメント)にも取り組んでいる。ガントチャートを使い、発災当日、翌日、3日後、1週間後、1か月後のタイムラインを設定し、タイムラインごとの水道、電気などの復旧状況に応じて必要となる体制の検討を行っている。なお、従業員全体の意識を高めるため、このチャートは会議室に掲示し、常に確認できるようにしている。

上記の取組の結果、2009年8月11日早朝に発生した静岡沖地震では、地震発生後、BCPに基づいて従業員が安否確認や設備・施設点検を行い、迅速に被害状況を確認したことで、通常通り業務を開始することができた。さらに、東日本大震災以降、同社の大口取引先は荷物の分散保管の重要性を認識するようになり、BCPを進める同社に対して、畜養マグロ、鮪の製品、冷凍食品など様々な種類の商品の保管の依頼を行うようになり、同社の事業拡大にもつながっているという。

また、2018年の台風第24号被災時における停電の反省を踏まえ、被災時に事務所棟の電源を確保するため、新たに自家発電機を導入するなど、同社は災害対策を見直し続けている。加えて、災害時に、従業員が自らの判断で自発的に行動できることが重要であるという認識から、今後も、全社的にBCP訓練を行いながら対策を進めていくという。

小林良隆取締役(左)松本剛志支援部長(右)、ガントチャート:イメージ図(例)

事例3-2-14:一般社団法人金沢市中央市場運営協会

「BCPの策定により、災害時でも食を安定供給する体制を構築した業界団体」

石川県金沢市の一般社団法人金沢市中央市場運営協会(会員33社)は、市場を適切に運営し、生鮮食品の円滑な流通と消費生活の安定向上に寄与するために、1966年に発足した業界団体である。

1997年時点で既に金沢市と災害時協力協定を締結していたが、東日本大震災を経て、災害に対する備えの必要性をより一層意識するようになっていた。そのため、2014年に金沢市と協定を再締結し、協定の内容や運営の具体化について検討する過程で、災害時における市民への生鮮食料品供給機能の早期回復を目的とし、BCPの策定に取り組むことにした。

2017年8月に市が職員によるBCP策定講習会を開催し、9月に「BCP策定ワーキング会議」を設置した。当会議は、協会内に設置している金沢市中央卸売市場の防火・防災管理委員会のメンバー16名で構成され、2018年1月までに3回の会議を開催してBCPを作成し、3月に策定が完了した。 BCPの策定を進める中では、「大規模災害時にはBCPも機能しないのではないか。」との意見もあったが、被災時こそ安心・安全な食品を安定供給するのが市場の使命であることを事務局から会員に丁寧に説明し、理解を得て取組を進めていった。なお、策定に際しては、中小企業庁のBCP策定運用指針や、先行して策定していた金沢市建設業協会の内容を参考にしたが、当初から完璧なものを目指すことはせず、まずは策定して時勢や実情を踏まえて改定していくことを前提としたという。

加えて、災害時における、市民への食品無償提供・配送の経費として、10年間で250万円を積み立てることとした。また、卸売複数社に対し、BCPに関する必要事項を埋めてもらうようシートを提示し、その内容を編集して各社のBCPとするなど、会員のBCP策定にも貢献している。

「卸売市場の業界を挙げてのBCP策定は全国初。これにより、市場関係者における災害への意識醸成につながった。また、市長へのプレゼンテーション、業界紙や会報誌での取扱い、各自治体の市場からの視察などにより、市場の効果的なPRにもつながった。過去の災害の教訓を踏まえ、今後も、様々な場面や状況を想定してBCPの改定を進めていきたい。」と新村光秀専務理事は語る。

新村光秀専務理事、金沢市中央卸売市場 全景

コラム3-2-4

災害対策に関する、取引先との関係

過去の大規模災害において、例えば自動車製造や半導体製造のサプライチェーンに大きな影響が生じているように、自然災害の発生は、我が国のサプライチェーンにも影響を及ぼすことが懸念される。被災時にも製品供給を途絶えさせることのない、安定的な事業運営を行うためには、サプライチェーンに連なる各中小企業が自然災害に対する自社の強靱化を行うことが重要である。そして、前掲第3-2-25図で見たとおり、中小企業が自然災害への備えを進めていくに当たっては、取引先事業者の影響が少なからず存在する。本コラムでは、中小企業とその取引先の間における、災害対策に関する働きかけの実態について確認する。

コラム3-2-4〔1〕図は、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した企業12が、直接の取引先から働きかけを受けたことのある事項を示したものである。多くの下請中小企業が、取引先から品質管理についての取組を要請されているが、災害に関する事項として、「災害発生時に被害状況の報告を行うよう要請されている」の回答割合も高い。被災時に取引先の企業に対して被災状況を迅速に伝えることは重要であり、過去の災害においても、被災状況の報告を踏まえて親企業から迅速な支援を受けられたケースが報告されている。また、災害の事前対策に関する事項として「BCPの策定を要請されている」、「代替生産などの協定を結ぶように促されている」などと回答した者も一定数存在している。

12 本アンケート調査では、有効回答件数4,532件のうち1,978者(44.4%)が、自社の主要事業におけるサプライチェーン内での位置付けが「下請」と回答している。

3-2-4〔1〕図 下請業務を行う事業者における、直接の取引先から働きかけを受けた事項
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コラム3-2-4〔2〕図からは、直接の取引先にBCPの策定を要請された場合、7割弱の企業が策定に至ったことが確認できる。取引先からの働きかけが、中小企業におけるBCP策定のきっかけとなっていることがうかがえる。

3-2-4〔2〕図 直接の取引先による働きかけの有無別に見た、BCPの策定状況
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他方、コラム3-2-4〔3〕図では、主要事業におけるサプライチェーン内の位置付けを「下請」と回答した企業が、災害対策に関して直接の取引先に求めることを示している。これによると、取引先が行っている対策内容の紹介や、相談相手としての役割を始め、災害対策の取組に関して取引先に一定の支援を求めていることが分かる。サプライチェーン内の企業が、災害の備えに関し相互に働きかけを行うことで、災害対策が一層進んでいく可能性があるといえよう。

3-2-4〔3〕図 下請け業務を行う事業者における、事前の災害対策に関して直接の取引先に求めること
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事例3-2-15:株式会社トヨックス

「災害時の供給責任を果たすため、取引先の事業継続体制の強化に取り組む企業」

株式会社トヨックス(従業員300名、資本金9,880万円)は、富山県黒部市に本社・工場を構え、耐圧樹脂ホースなどを開発・製造するメーカーである。

2011年の東日本大震災の時は、同社は直接的には被災しなかったものの、原材料の最大の仕入先である茨城県の企業が被災したため、6か月間原材料が調達できない事態に陥った。航空輸送を活用し海外から原材料を調達することで対処したが、改めて自社の供給体制強化の必要性を感じたという。

その後、同社はBCP策定に着手した。まず、自社の防災強化のため、国内拠点工場(黒部市前沢)とは別に、国内自社工場(黒部市宇奈月)と海外自社工場(タイ)を確保して工場を分散化し、代替生産体制を構築した。国内拠点工場では、雨量監視・連絡システムや地震警報システムの導入、浸水防止対策や耐震強化などを実施している。このような設備投資に加え、全従業員を対象とした防災訓練を実施し、災害時に誰でも初動対応ができるように備えているという。

さらに、災害時でも納期が厳守できるよう、仕入先をも含めたBCP策定に着手した。同社の主力製品群14種を抽出し、その原材料や素材、部品のメーカーなど約150社にアンケートを行い、BCP策定や代替生産体制構築の状況などを確認している。そして、社内に「協力企業BCPワーキンググループ」を立ち上げ、未実施の仕入先に事前対策を促すためのアドバイスをすることで、事業継続体制を強化している。

上記の取組により、仕入先からは「どのような災害対策をすれば良いか分からなかったが、トヨックス社に働きかけられたことで取組が進んだ。」といった声も寄せられている。また、販売先からは、「トヨックス社は他社での代替ができない独自商品を多く取り扱っている中、自社の供給体制を強化したことで、安心して発注することができる。」と、同社の納期厳守の姿勢を一層高く評価されているという。

中西誠社長の経営理念は「トヨックスファンを創造し続けることが永続と成長の経営を実現する」である。同社は、今後も安定した供給体制の構築に向けて取り組んでいくという。

中西社長の陣頭指揮による緊急呼び出し訓練、自社工場の展開状況

事例3-2-16:ナブテスコ株式会社

「取引先の事業継続を支援し、自社の事業継続力の強化に取り組む大企業」

東京都千代田区に本社を構えるナブテスコ株式会社は、モーションコントロール技術を核とし、鉄道車両用ブレーキシステムやドア開閉装置など多様なキーコーポ─ネントを製造し、販売している。2015年、同社が重大リスク調査を社内で実施したところ、自社工場の被災による操業停止や、取引先企業の被災による調達品の供給停止といった事業継続上のリスクが、最上位に浮かび上がった。この実情を受け、サプライチェーンの視点での事業継続力強化が必要であると認識し、BCPの取組を本格化した。

自社の事業継続力を強化するためには、BCPの考え方や進め方を社内に普及し、実効的な活動を組織に定着させる必要がある。危機管理やBCPに関する従業員教育を基本の徹底に掲げて実施するとともに、主要な事業拠点全てが、2020年までに「レジリエンス認証(事業継続に関する取組を積極的に行っている事業者を「国土強靱化貢献団体」に認証する制度)」を取得することを目標に掲げ、実行に移した。そして、最初にレジリエンス認証を取得したのは、同社のグループ会社で、包装機事業を手掛ける東洋自動機株式会社 岩国工場であった(本年度において、鉄道事業を手掛けるナブテスコ(株)鉄道カンパニー神戸工場、及び自動車事業を手掛けるナブテスコオートモーテブィブ(株)山形工場が同認証を取得した。)。

同社は多くのサプライヤーとの取引があり、サプライヤーからの調達部品によって事業が成り立っている。代替発注が難しい部品供給元、取引額の多い発注先を含め、重要なサプライヤーは約400社存在する。その400の取引先に対し、BCPの有無を確認したところ、100社がBCP策定済み、300社が未策定という状況であった。そこで、BCP未策定の取引先に対し、事業継続の取組が不可欠であることを理解し、行動を促すため、次の3ステップで取引先のBCPを支援している。

ステップ1:BCP普及啓発セミナーの実施(全国各地の取引先企業に対し、各自治体と連携して開催)

ステップ2:BCP策定講座の開催(ナブテスコ(株)が独自にBCP策定講座を開催し、BCPに賛同する取引先に対し計画策定を支援)

ステップ3:個別支援(取組企業の状況や要請に応じた後押し)

上記のステップで、取引先企業のBCPを実効性の観点から支援するとともに、同社自身のBCPも同時に見直し、サプライチェーンの強靱化による事業継続強化を図っている。

なお、2019年には、取引先のBCP支援を加速させるため、直接取引関係のある調達部門(バイヤー)を対象にしたBCPバイヤー養成講座を企画、取引先のBCPを直接指導できる“危機管理人財”の育成を開始したところである。

ステップ1、2、3

事例3-2-17:株式会社紀陽銀行、紀陽リース・キャピタル株式会社

「地域企業の事業継続力強化に取り組む地方銀行」

和歌山県和歌山市の株式会社紀陽銀行は、和歌山県や大阪府を中心に営業している金融機関である。

南海トラフ地震の被害想定によれば、和歌山県は沿岸部を中心に甚大な被害が生じる可能性が高いと言われている。主要顧客が立地するエリアでの大規模自然災害は同行の営業基盤を揺るがすため、取引先に対する事業継続計画の推進を重要課題として捉えていた。そこで、2013年からグループ会社である紀陽リース・キャピタル株式会社と協働し、地域企業が実効性のあるBCPを策定するための支援をすることにした。

まず、同行の主要顧客の企業に納入している、製造業の顧客企業を対象にアンケート調査を実施したところ、7割以上の企業がBCPを策定していないことが判明した。そこで、BCPの専門家を招聘し、行内で、BCPの最新の動向を理解し、BCPの策定及び訓練を指導できる指導者3名とスタッフを育成した。

同行は、この指導者を中心に、BCP啓発セミナーや、個別企業のBCP策定に向けてのコンサルティング業務を行っている。また、企業がBCPを策定した後も、BCPの実効性を高めるため、企業向けの模擬訓練も実施している。

さらに、2016年9月からは、BCPを策定している事業者や、今後策定を予定している事業者を対象に、事業継続計画の実行に必要な資金の融資(「ビジネスレジリエンスローン」)の取扱いを開始している。

同行は、事業性評価などにおいて、BCPの取組状況を事業継続などの観点から評価項目の一つにするなど、地域の中小企業が自らBCPに取り組むための仕組み作りに向け、積極的に対応をしている。

同行営業支援部の西川隆示部長は、「我々のような地域内の多くの企業と接点を持つ金融機関は、地域内の企業にBCPを普及させるリーダーシップを発揮できる立場にある。BCPの取組は、単に書類を作成することが目的ではなく、個々の企業にとって真に実効性のあるBCPを策定し、訓練により定着させていくことが重要である。実際に、経営者がその本質理解に努め、息の長い経営戦略及び事業の承継戦略の一つとして捉え、BCPを人材の育成や発掘に活用している事例もある。今後も、お客様をサポートし、地域の基盤強化につなげていきたい。」と語っている。

実効性あるBCPを理解している指導者が、ワンストップで指導

コラム3-2-5

BCPの策定と被災後の業績について

BCP策定の平時の効果については第3-2-47図で紹介したが、本コラムでは、企業のデータを利用して、企業のBCP策定の有無と、被災後の業績(売上高成長率)に及ぼす影響、また、BCP策定が被災後における取引先の業績に及ぼす影響を分析する。

分析対象としたのは、アンケート調査において、製造業に属し、2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の発生による事業上の損害(自然災害による被害に限る)を受けたことがあると回答した企業と、全く被災していないと回答した企業である。なお、BCPを策定した企業については、「自身の被災経験」をきっかけにBCPを策定した企業は除いている13

13 アンケート調査では、BCPの策定時期は質問していないが、BCP策定のきっかけについて質問している。この質問に対して「自身の被災経験」と回答した者を分析対象から除くことにより、残りのBCP策定企業を主に被災前にBCPを策定した企業とみなしている。

(株)東京商工リサーチ「企業情報ファイル」、「財務情報ファイル」のデータを接合し、その上で、被災から1年経過した2012年の売上高について分析した14。BCPの効果は、被災規模が大きい場合に期待される。そこで、企業を被災額の規模によって分類し、分類ごとにBCP策定効果の有無を調べた。

14 推計の詳細については、付注3-2-1を参照。

コラム3-2-5〔1〕図は、被害額15の階層ごとに、BCPを策定していない企業に対してBCPを策定した企業の売上高がどの程度異なるか示したものである。最も被害額の大きい1億円以上の階層において、BCPを策定した企業の売上高は、策定していない企業と比較して4割近く上回っている。

15 本コラムによる被害額とは、被災により被った物的損失額を指す。。

3-2-5〔1〕図 BCP策定企業とそうでない企業の間における、被災1年後での売上高の差異
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また、BCPの策定有無が取引先の業績にも影響している可能性を鑑み、(株)東京商工リサーチ「企業相関ファイル」のデータを利用し、同様に、アンケート調査において、2011年の東日本大震災にて事業上の損害を受けたと回答した企業の仕入先企業(サプライチェーン上の川上企業)の業績に及ぼす影響を分析した。コラム3-2-5〔2〕図が、その結果である。この場合も、損害額が1億円を超えるような大規模な被害を受けた企業の場合、BCPを策定している企業の仕入先企業の業績は、策定していない企業の仕入先企業の売上高を1割以上上回っている16

16 販売先企業(サプライチェーン上の川下企業)の業績についても同様に分析したが、BCP策定企業の販売先と、策定していない企業の販売先の間で売上高の有意な差は観察されなかった。

3-2-5〔2〕図 BCP策定企業とそうでない企業の仕入先企業における、被災1年後での売上高の差異
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以上の結果から、BCPの策定は、大規模な災害が発生した場合、短期的な回復に効果があると考えられる。また、その効果はBCP策定企業だけにとどまらず、仕入れ先企業の売上高回復を後押しする効果が期待される17

17 なお、BCP策定の長期的な効果を確認するため、2016年の売上高を利用して同様の分析を行ったが、BCP策定企業、策定していない企業の間で有意な差は観察されず、取引先の業績の間にも有意な差はなかった。

〔2〕まとめ

以上、中小企業におけるBCPの策定状況などについて見てきた。全体の策定率は約17%にとどまっており、一層取組を進めていく余地があることが分かった。BCPを策定したきっかけとしては、自身の被災経験や販売先・行政機関からの勧めが多く、今後も周囲の働きかけが重要となることがうかがえる。

策定した場合には、自社における重要業務の見直しに資するなどのメリットがあるものの、人手不足及び取り組むハードルが高いといった理由が策定の障壁となっている。また、今後の策定予定を確認すると、被災経験があった企業においても策定時期が明確になっていない者が大半を占めることが分かった。他方で、BCPを策定していなくとも、自然災害の発生時における自社や他社への影響及び対策などを検討している企業が一定数存在することも明らかになった。

最終的にBCPの策定に至らずとも、中小企業が事前対策を行う場合、自然災害のリスクの状況や、取引先・顧客との関係などを踏まえた身の丈に合った形で検討を進めることが望ましい。各々の中小企業が、できることから一歩ずつ対策を進めていくことで、被災時に早期復旧を可能とする体制が構築されることに期待したい。

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