9 まとめ
本節では、起業・事業承継の両面から、経営者を目指すきっかけや、経営者になるまでの課題について見てきた。起業と事業承継に共通していえるのは、起業であれば勤務先での経験や起業家教育、事業承継であれば継ぐ事業での従事経験などを通して、自身の能力が経営者として通用するか否かを少しでも肌感覚で理解できている方が、経営者になろうという気持ちにつながりやすいということだろう。経営者になりたい者を増やすには、働きながらでも経営の経験を積めるような機会や、自らのアイデアを相談できる機会を増やし、経営者としての感覚を事前に理解・体験してもらうことが重要であろう。
起業と事業承継で大きく違う点は、経営資源が最初から揃っているかどうかである。経営資源を引き継がずに起業する場合は、制約なく事業を展開できる一方で、ノウハウや技術といった無形資産を作り上げるには時間が掛かり、事業を軌道に乗せるまでのコストとリスクが大きいことが多い。成し遂げたいことに必要な事業や経営資源を、他者が持っているのなら、一から作るのではなく他者から引き継ぐという選択肢も検討に値するだろう。
事業承継では、自身の求めていない経営資源まで引き継がざるを得ないケースも中にはあるが、事業が軌道に乗っているというメリットがある。事業承継特有の課題や不安を払拭できれば、むしろ新しい取組に挑戦しやすい環境になり得るのではないだろうか。
事業や経営資源を譲り受ける場合は、譲り渡す側との合意形成が必要になる。親族から譲り受ける場合でも、事業承継に向けた話合いは、日常会話とは別に行わなければならない。当事者である現経営者や後継者が主体となって対話を進めていくことが重要であり、1対1での対話が難しければ第三者を交えて進めるのも選択肢の一つといえよう。役員・従業員が譲り受ける場合も、これまで培ってきた人間関係があり、同様に当事者が周囲を巻き込んでいくことも選択肢の一つといえよう。
第三者からの事業や経営資源の引継ぎについては、М&Aに向けたマッチングサービスなどは充実しつつあるが、引継ぎを円滑に進める施策は、まだ拡充の余地があるといえよう。経営者の引退が加速する今だからこそ、次世代の経営者に需要のある既存の経営資源を引き継ぎ、有効利用してもらうことが重要である。