3 経営者引退後の生活
最後に、経営者を引退した者の、その後の生活について見ていく。
〔1〕経営者引退後の収入の状況
第2-1-72図及び第2-1-73図は、引退した経営者の直近1年間の生活資金について見たものである。事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、公的年金を生活資金としている割合が高い。事業承継した経営者においては、勤務収入を得ている者も半数以上いる。主たる生活資金を見ても、事業承継した経営者は公的年金と勤務収入、廃業した経営者は公的年金が中心となっている。


次に、引退した経営者の、現在の雇用形態について見たものが第2-1-74図である。

事業承継した経営者は、「会社・団体などの役員」が最も多い。法人企業では、経営していた企業の代表を退いた後も、役員として在籍している場合が一定数いると推察される。
他方、廃業した経営者は、約7割が無職となっており、年金生活が主になっていると考えられる。
続いて、引退した経営者の現在の収入の満足度を示したものが第2-1-75図である。

事業承継した経営者は、経営者引退後も、収入に「満足」、「やや満足」と回答している割合が53.5%となっている。経営者引退後も、働いている者が多いことが要因だと考えられる。
他方、廃業した経営者は、「満足」、「やや満足」に比べ、「やや不満」、「不満」と回答した者が多かった。
〔2〕経営者引退後の生活の状況
次に、引退した経営者の現在の生活の満足度を示すが第2-1-76図である。

事業承継した経営者は、現在の生活について「満足」、「やや満足」とする割合が70.8%と大半を占めている。廃業した経営者についても、「満足」、「やや満足」が約半数となっている。
事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、収入の満足度に比べ、生活の満足度が高い傾向にある。
経営者引退の準備期間別に、引退した経営者の、現在の生活の満足度について聞いたものが第2-1-77図である。経営者引退の準備期間が長い方が、現在の生活について「満足」と感じている者が多い傾向にあることが分かる。準備期間に行う引退準備の取組は様々あるが、早めの引退準備がその後の生活の満足度の向上につながることが多いと考えられる。

現在の生活が、「やや不満」、「不満」とした理由について見たものが第2-1-78図である。事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、「経済的余裕がない」、「健康上の問題」を理由とする割合が高い。

現在の生活が、「満足」、「やや満足」とした理由について見たものが第2-1-79図である。事業承継した経営者、廃業した経営者ともに、「時間的余裕がある」、「精神的余裕がある」とする割合が高い。経営者としての多忙さや責任感から離れ、肩の荷が下りたと感じている者が多いと考えられる。

事例2-1-12:株式会社アトム電気
「専門家の助言で廃業を決断し、同業者へ円満に事業を引き継ぐことができた企業」
東京都練馬区の株式会社アトム電気(廃業時の従業員4名、資本金1,000万円)は、山辺茂社長(当時)が1965年に創業し、地域に根付く電器店として約50年間、事業を営んできた。
時代の変化に柔軟に対応してきた山辺氏であったが、大手電器店の台頭など事業環境に大きな変化が生じる中で、1999年に脳梗塞を患い、身体の自由が利かなくなってしまった。従業員も自分の思ったとおりには動いてくれず、業績は悪化の一途をたどっていった。それでも、山辺氏は常連客へのアフターサービスを途絶えさせるわけにはいかないと粘り強く営業を継続した。
しかし、その後も経営状況は好転せず、資金繰りにも窮するようになったため、2012年、山辺氏は、東京商工会議所を訪れ、経営相談を行った。中小企業診断士の内藤博氏に経営状況を分析してもらったところ、事業環境を踏まえると、今後も赤字が続くこと避けられないと判明。さらに、このまま赤字で営業を続けると自宅を売却せざるをえない状況になることを示唆された。救いだったのは、すぐに会社の資産を売却すれば、自宅を手放さずに老後資金を確保できる、とアドバイスしてもらったことである。山辺氏は会社を畳むことを決断し、店舗とその運営を同業者に引き継ぐことにした。この同業者は長年の知り合いで、お互いに何でも相談できる間柄であった。引き継ぐ資産の選定その売却額の調整は、内藤氏に助言を受けることで滞りなく進められた。引継ぎ後、資産の売却で得た資金で借入金を完済し、自宅を手放すことなく廃業した。
山辺氏は、「自分では事業を続ける自信があったが、専門家から具体的な経営状況の分析結果を見せられ、客観的な立場で事業継続が困難であることを告げられたことで、廃業を決断できた。」と言う。引き継いだ同業者は、事業規模の拡大が仕入単価の引下げにつながり、業績を伸ばしている。また、山辺氏は顧問的な立場で店舗運営に関わり続けており、引退後も常連客と接点を持ち続けている。「常連客に迷惑を掛けずに済み、安心している。今は事業に関わりながら、趣味にも時間を使えて充実している。」と山辺氏は語る。

事例2-1-13:A社
「支援機関の助言のもと、倒産を回避し、計画的に廃業した企業」
栃木県宇都宮市のA社(有限会社、従業員5名、資本金500万円)は、1972年に創業し、自動車に用いるネジの加工を行ってきた企業で、2018年に廃業した。
創業以来、長らく売上高、利益額ともに順調に推移してきたが、2000年以降、海外との競争による売上減少や価格低下などで、収益状況が厳しくなっていった。こうした中、社長のA氏は、膝の怪我で重労働が難しくなり、75歳を迎えて事業継続に不安を感じたため、2017年に宇都宮商工会議所に相談に行った。A氏は、そこでいくつか支援機関を紹介され、幅広い相談に応じられる栃木県よろず支援拠点からアドバイスを受けることにした。
A氏は、当初から廃業を希望していた訳ではなく、従業員だった娘夫妻に事業を引き継ぎたいと考えていたが、借入金が大きく収益が少ない状況で、事業を継続すべきか迷っていた。また、娘夫妻自身も事業承継できるか判断できずにいた。そこで、同よろず支援拠点のチーフコーディネーターの矢口季男氏は、経営状況を分析し、事業継続に必須である収益力の向上が可能かを明らかにしていった。まず、費用の削減に必要な新たな設備投資は、財務状況を踏まえると困難だと分かった。次に、販売先との交渉の結果、競合企業との兼ね合いもあり、販売価格の引上げも困難だと判明した。これらを踏まえ、A氏は、事業の好転は難しいと判断し、廃業を決断した。
廃業をサポートするため、矢口氏は、同社の財務状況も詳細に分析し、借入金が多く、今事業を停止すると法的整理が避けられず、自宅を手放すことにもなりかねないことが分かった。A氏夫妻・娘夫妻は、「長年世話になった取引先に迷惑をかけることになる。どうにか法的整理は避けたい。」という思いから、矢口氏の支援のもと、綿密な廃業計画を作成し、実行していった。まずは、資金繰り表を作成し、廃業に向けて事業を縮小していく中で、必要になる金額とその時期を確認した。A氏夫妻・娘夫妻は、売掛金の回収、不動産・機械の売却、在庫の販売などを、少しでも条件を良くするよう取引先や業者と交渉し、資金を工面した。金融機関からの借入金は、資産の売却で得た資金のほか、一部親族からの借入で返済した。これらの取組の結果、倒産を回避し、2018年に廃業することができた。親戚からの借入も、間もなく完済予定である。
A氏は、「よろず支援拠点の矢口氏からアドバイスを受けたことで、周りに迷惑を掛けず、胸を張って事業をやめることができた。廃業に関わる相談は、同じ地域の人には相談しにくいが、普段接することがないよろず支援拠点には抵抗なく相談することができた。娘婿の就職も無事に決まり、安心している。これからは家族で穏やかに生活していきたい。」と語る。