第2部 深刻化する人手不足と中小企業の生産性革命

3 まとめ

本節では、中小企業がM&Aに取り組む背景について見てきた。人口減少によって人手不足の深刻化や国内需要の縮小が生じており、グローバル化やライフサイクルの短縮化、IoT等の新技術の台頭等の経営環境の変化が生じている。こうした変化に適応し継継して成長を図っていくことは、M&Aの買い手・売り手双方の経営課題となっている。

また、経営者年齢の高齢化が進む中で後継者を確保できず、廃業を選択する企業もいる。経営を引き継ぐ時期となっても、後継者が確保できていない企業にとっては、M&Aが事業承継の一つの選択肢となっている。

以上を踏まえると、M&Aの買い手側と売り手側双方において、中小企業がM&Aを行う背景があると考えられる。

事例2-6-1:名古屋商科大学

「信用金庫と提携しながら、中小企業の後継者育成を実践する大学」

愛知県日進市の名古屋商科大学は、事業承継人材育成に特化した専門教育として、学部では「事業承継コース」を、大学院(ビジネススクール)では「MBAプログラム」及び「MBA単科」を開講して、積極的に中小企業の後継者育成に取り組んできた。

2013年から設置した学士課程の「事業承継コース」では、4年間で経営学の基礎知識から会社経営に必要な専門知識等を身に付けるほか、経営者としての価値観や組織のリーダーに必要な姿勢を身に付け、後継者としての事業承継意識を高めることを目指している。修士課程の全プログラムは、社会人が仕事と学修を両立させられるよう週末に講義を開講し、実務家教員を中心としたケースメソッドによる実践的な学びを通して事業を持続的に成長させ、挑戦し続けるリーダーの育成を目指している。

愛知県でも事業承継が課題となる中、同大学は2015年7月に愛知県信用金庫協会会員の15金庫と事業承継支援に関する連携協定を締結し、「名古屋商科大学事業承継研究所」を設立した。この産学連携の取組は、親族内承継を目的とした事業承継人材育成を大学と信用金庫が共同で手掛ける全国初の試みとして注目されている。信用金庫からの推薦枠の設置のほか、MBA単科として「事業承継と革新(愛知県信用金庫協会連携講座)」という科目も開設されている。

同大学の教育で特に重視しているのは、実際の経営事例(ケース)を活用して、参加者がそれぞれの立場で議論しながら学んでいくケースメソッドであり、学生自身が主体的に学修に取り組むスタイルである。ケースメソッドでは、経営者もしくは意思決定層が直面している経営課題に対して、自分が仮にその当事者であったとすれば、どのような決定を下すのかを、その思考過程を追体験しながら討議する形式で講義が進められる。ケースメソッドでは経験したことのない他社・他業界での事例を追体験することで、新たな視点や多くの気付きが得られるメリットがある。中小企業の経営者親子が講義に参加をしていた時、他社のケースについてコメントをするお互いの様子を見て、経営に対する考え方の違いに気付き、相互の理解につながったという。同大学では大学院修了生の修了課題として作成されたケースが1,200を超え、うち中小企業は300ケースほどあり講義教材としても活用されている。

2014年版中小企業白書によると、廃業に際しての相談相手がいなかったという割合が高く、経営者の相談相手がいないことが課題となっている。同ビジネススクールで一緒に学んだ仲間が、経営者となった時の相談相手となる可能性は大きい。「MBAの修了課題で事業承継に取り組む学生も年々増えており、関心の高まりを感じる。近年は、事業承継、第二創業、及びM&A等に関わる支援機関の裾野も広がり、多様化してきている。信用金庫等の地域金融機関をはじめ多様なパートナーと連携をしながら、地域における産業・雇用創出の要である中小企業・小規模事業者の経営者の育成に貢献していきたい。」と栗本博行経営学部長は語る。

ビジネススクールの授業風景
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