第2部 深刻化する人手不足と中小企業の生産性革命

第3節 設備投資による生産性向上

第2節では設備投資の回復に力強さが欠ける背景について見てきたが、第3節では設備投資が中小企業の生産性にどのような影響を与えているかを分析していく。

1 設備投資と労働生産性

〔1〕労働生産性上昇の要因

はじめに、設備と労働生産性の関係をマクロレベルで捉えるため、過去5年間(2012年度から2016年度)の労働生産性の変化を、資本装備率要因1と資本生産性2要因に分解3すると、製造業・非製造業のいずれについても、中小企業の資本生産性の寄与は大企業に劣っており、特に中小非製造業においては資本生産性がマイナス寄与と、大企業に比べて設備の効率的利用に遅れが見られている(第2-5-12図)。また、製造業については、資本装備率要因がマイナスに寄与しており、大企業と比較して、機械化に遅れが見られていることが分かる。

1 資本装備率とは、資本ストック(有形固定資産)を従業者数で除したものであり、従業者一人当たりの設備等の保有状況を示す。一般に、この指標が高いと、生産現場における機械化が進んでいることを示す。

2 資本生産性とは、付加価値額を資本ストック(有形固定資産)で除したものであり、資本ストック1単位が生み出す付加価値額を示す。一般に、この指標が高いと、生産設備を効率的に使用できていることを示す。

3 労働生産性=資本装備率×資本生産性であるため、労働生産性の伸び率≒労働装備率の伸び率+資本生産性の伸び率で分解できる。

第2-5-12図 労働生産性上昇率の要因分解(2012年度~2016年度)
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以上を踏まえれば、中小企業は、生産性向上に資する設備の導入を進め、設備の効率的な利用を進めていく必要があると考えられる。そこで次に、アンケート結果を用いて、設備投資の種類別に生産性向上の変化を確認する。

〔2〕設備投資目的別の労働生産性向上効果

第2-5-13図は、アンケート調査を用いて、直近3年間の設備投資の有無別に、直近3年間で労働生産性が向上した企業の割合を見たものである。いずれの設備投資目的で見ても、積極的に投資を実施した企業は労働生産性を向上させていることが確認できる。設備投資の目的別に、積極的投資を実施したことによる生産性向上企業比率の増加分を比較した場合、省力化投資の効果が最も高くなっている。

第2-5-13図 設備投資実績と労働生産性の変化
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〔3〕人手不足と省力化投資意向

深刻化している人手不足に対応していく上では、省力化投資を行うことで労働投入を効率化していくことが期待されるが、実際に人手不足感と今後の省力化投資の実施意向を確認すると、人手不足を感じている企業ほど今後、省力化投資を積極的に行う意向を持っていることが見て取れる(第2-5-14図)。

第2-5-14図 今後3年間の省力化投資と人手不足感
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コラム2-5-1

ものづくり・商業・サービス経営力向上支援事業

足腰の強い経済の構築のためにも、日本経済の屋台骨である中小企業・小規模事業者の生産性向上を図ることが喫緊の課題となっている。こうした課題に対応するため、中小企業・小規模事業者の生産性向上に資する革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等の一部を支援している。

表組

これまでも、ものづくり・商業・サービス補助金を通じて、平成24~28年度の補正予算において延べ約5万社の中小企業・小規模事業者の取組を支援してきた。平成24~26年度の補正予算において事業が完了した事業者のうち約44%が事業化を達成しており、事業終了5年後までに半数以上を事業化するという成果目標に対し、順調に推移している。また、アンケート調査(調査期間:2016年8~10月、有効回答数:約7,000)においても、事業実施直後に「給与支給総額」が半数以上で増加、今後3年間で約8割以上が「給与支給総額」「売上高」「取引先」が増加を見込んでいると回答している(コラム2-5-1図)。

コラム2-5-1図 ものづくり・商業・サービス補助金のアンケート調査

コラム2-5-2

新たな固定資産税の特例

中小企業の業況は改善しつつあるところであるが、労働生産性は伸び悩んでおり、大企業との格差も拡大傾向にある。また、中小企業が所有している設備は特に老朽化が進んでおり、生産性向上に向けた足枷となっている。

今後、少子高齢化や人手不足、働き方改革への対応等の厳しい事業環境を乗り越えるためにも、老朽化が進む設備を生産性の高い設備へと一新させ、事業者自身の労働生産性の飛躍的な向上を図る必要がある。

【新たな固定資産税の特例のポイント】

中小企業の設備投資を通じた生産性の向上に係る取組を力強く後押しするため、平成30年度税制改正大綱において、中小企業における設備投資促進のための固定資産税の特例が盛り込まれている。

この特例については、第196回通常国会に提出をしている「生産性向上特別措置法案」において、市区町村の認定を受けた中小企業の設備投資について、地方税法において償却資産に係る固定資産税の特例が措置される見込みであるが、平成28年度から制度を開始している「中小企業等経営強化法」における固定資産税の特例とは異なり、市区町村の創意工夫を促し、市区町村の産業振興と国の支援策が一体となって、中小企業の生産性の向上を後押しすることとしている。

「生産性向上特別措置法案」においては、今後3年間を集中投資期間と位置づけており、その期間中において市区町村の認定を受けた中小企業の設備投資を支援することとしている。国は、中小企業の生産性向上に資する設備について、「導入促進指針」を策定し、その指針に沿って、市区町村が域内における特性も踏まえた中小企業への支援計画である「導入促進基本計画」を作成し、その計画について、国からの同意を受けた市区町村は、中小企業が作成する「先端設備等導入計画」を受け付け、認定することができることとなる。認定を受けた中小企業が「先端設備等導入計画」に従って取得する償却資産については、地方税法において、一定の償却資産を対象として、3年間の固定資産税の課税標準額をゼロから1/2の間で条例の定める割合に軽減することとなっている(コラム2-5-2〔1〕図)。

コラム2-5-2〔1〕図 生産性向上特別措置法案の概要及び固定資産税の特例の概要

また、本特例に合わせ、「ものづくり・商業・サービス補助金」等の予算措置を拡充・重点支援することで、国・市町村が一体となって、中小企業の生産性の向上を強力に後押しすることとしている(コラム2-5-2〔2〕図)。

コラム2-5-2〔2〕図 重点支援の対象補助金

事例2-5-1:株式会社コイワイ(宮城工場)

「生産ロボットと電動ハンドリフトの導入により、人手不足に対応しつつ生産性を高めた企業」

株式会社コイワイ(従業員140名、資本金2,000万円)は1973年設立の非鉄金属業者である。神奈川県小田原市の本社では試作品事業と研究開発が、宮城県大河原町の宮城工場では金属鋳造による量産事業が主な業務である。本事例では宮城工場での省力化投資を取り上げる。

金属鋳造は危険な重労働であり首都圏では工員の採用が困難であったので宮城工場を造ったが、震災による状況変化もあり求人を出しても採用ができなくなった。従来は「鋳造は工程全てを経験する必要がある」という伝統もあって工員は男性正社員のみであったが、人手不足に対応するため、短時間で働く女性のパートや派遣を生産工程に入れた。仕上げや検査といった鋳造の後工程をこれらの女性に担当してもらい、熟練工である正社員は品質を決定づける鋳造工程に集中させた。省力化投資、具体的には生産ロボットと電動ハンドリフトは、この役割変更に有効だった。

自社製品の製造工程のうち、特に危険な大型部品鋳造において、アルミニウム溶湯の注湯及び製品の取り出しと搬送にロボットを導入した。熟練工の作業の安全確保と負荷軽減が主眼だったが、結果的に生産性が2.3倍アップした(人数2→1人、生産量60→70[個/日])。経験豊富な作業者の動作をロボットに反映させたことで、他のラインと比較して10%ほど不良率が低減し品質も安定した。1ライン全部で約1億円の設備のうち、ロボット化の投資額は約5,000万円(炉は別、インテグレータの費用は含む)で、導入にはものづくり補助金(革新的ものづくり・商業・サービス開発支援補助金)を活用した。補助額は3,000万円で自己負担は2,000万円ほどであった。ランニングコストは、動力電気代と約30万円の年次点検費用(メーカー推奨、静岡からの往復旅費含む)であり、その他消耗品類は導入後日が浅いため現時点では発生していない。

女性が働きやすいように、免許が必要なフォークリフトに代替する電動式のハンドリフトの導入をはじめとして作業環境改善にも取り組んだ。現在、合わせて34名のパートと派遣のうち、女性は24名で過半数を占めるまでになった。電動式のハンドリフトの初期費用は購入費82万円で、ランニングコストは3日に1度くらいの夜間充電と約10万円の年次点検費用(メーカー推奨)である。

小岩井豊己社長は「今後は大型部品以外でもロボット活用に取り組んでいきたい。現在工場は24時間操業(2.5交代)しており、最重要の鋳造工程に入れることで負荷軽減に役立つ。」と語る。

ロボット導入前・ロボット導入後・電動式のハンドリフト

事例2-5-2:社会福祉法人友愛十字会(砧ホーム)

「介護ロボット(見守りセンサ、パワーアシスト)の導入により、介護現場の負担軽減と魅力向上を果たした組織」

東京都世田谷区の砧ホーム(社会福祉法人友愛十字会)は、特別養護老人ホーム(入所定員64名、介護職員と看護職員は合わせて29名4)である。入所者と接する時間が最も多い介護職員を中心に、他の専門職が介護をサポートするという「多職種協働原理」を理念に、利用者への介護サービスに日々取り組んでいる。

4 常勤換算で介護25.6名、看護4.8名(2018年3月1日現在)。このうち、ローテーションに入っている介護職員は22名。

介護業界は人手不足感が高く、砧ホームも例外ではない。業務効率化を進めて職員の介護負担を軽減するとともに、将来を見据えた職員採用のためには魅力ある介護現場づくりも重要である。未だIT化が遅れているとされる介護業界ではあるが、介護現場の負担軽減と魅力向上のため、砧ホームでは省力化投資による勤務環境の改善に取り組み、その一環で東京都のロボット介護機器・福祉用具活用支援モデル事業に応募した。

モデル事業に採択され検討を重ねた結果、見守りセンサ(赤外線型、荷重型)とパワーアシストの2種類の介護ロボットを導入した。見守りセンサは巡回の頻度減少のための機器であり、パワーアシストは身体の負担減少のための器具である。

職員対象の導入後調査では、見守りセンサは22名中19名が、パワーアシストは21名中6名5が、それぞれ勤務負担が減ったと回答した。また、見守りセンサの導入により導入前後の10か月間の比較で、ベッドからの転落事故発生件数が約30%減少した。パワーアシストはサイズの適合性もあり十分活用しきれない職員もいたが身体の使い方の再考契機にもなった。設備費総額は約616万円(うち525万円を東京都が補助)であり、ランニングコストは無線LAN費用が月4万円である。

5 介護職員22名のうち1名は、初めからパワーアシストを使用しない前提の勤務であった。

同ホームはさらに、タブレットとインターカム(相互通信式構内電話)の導入を検討している。タブレットは見守りセンサと併せて導入した無線LANを活用しつつペーパーレス化を推進できる。インターカムは電話機と違い番号の指定が不要でハンズフリーで通話ができるため、職員間コミュニケーションの即時性が高まる。

砧ホーム園長の鈴木健太氏は、「介護ロボット導入の成功要因は、介護職員を中心に一丸となって、利用者へのより良い介護サービスの提供に取り組む組織風土にあると認識している。異なる分野の専門家同士が助け合って、日々新しい方法や道具の活用を検討して、既存の方法や道具との良し悪しや、効果的な使い方を考えている。ロボットありきツールありきの導入では、うまくいかないことがあるとすぐに元のやり方に戻そうとなり、介護現場の改善が進まない。時には、本当に既存のやり方で対応できないかを考え抜くことも重要である。」と語る。

見守りセンサ(赤外線式)・見守りセンサ(荷重式)・介護ロボット(パワーアシスト)

事例2-5-3:株式会社きむら(新鮮市場きむら)

「積極的に設備投資し、惣菜に使う魚の下処理等を自動化する一方、職人による対面販売や接客に力を入れる企業」

香川県高松市の株式会社きむら(従業員1,007名、資本金5,000万円)は、香川県と岡山県で、生鮮食品と惣菜に力を入れたスーパーマーケット「新鮮市場きむら」を20店舗展開する企業である。

同社は多額の設備投資を行い、食品スーパーとしては他に例を見ないほど多くの食品加工機を導入した。現在稼働している加工機だけで総額5億円は下らないが、惣菜に使う魚の下処理や一次加工を機械化し、工場で一括して行うことで、人手不足で業務が増えていた鮮魚売り場の担当者が、接客や対面販売に注力できるようになった。

バイヤーが一括で仕入れることが多い業界で、同社では店舗ごとに売り場担当者が地元の漁港や魚市場から仕入れを行い、瀬戸内海の小魚等の珍しい魚種を含む豊富な品揃えで、新鮮な魚を安く提供できることが同社のウリの一つとなっている。売り場に魚の目利きができ魚料理にも詳しい人材を配し、顧客の要望に応じて店頭で職人が魚をさばいたりもする。だが、こうした鮮魚担当者を育成するには時間が掛かる。若者がなかなか採用できず、元料理人等の経験者の採用も今後の不足が見込まれ、同社では将来的な人材不足に不安があった。下処理や一次加工を機械化する設備投資を行ったことは、目先の省力化・人手不足対応ということだけでなく、人材の最適配置による生産性向上ももたらしている。

魚の下処理を自動化したきっかけは、「小魚がさばけなくて困っている」という地元魚市場からの相談があり、機械で切ることを思いついたのが発端であった。同社が導入している魚の下処理をする機械には様々な種類があり、魚の頭を落とす機械もあれば、三枚や二枚に下ろす機械、皮を剥ぐ機械もある。扱う魚の大きさによって、大中小のサイズの違いもある。他のスーパーは小魚の取り扱いが苦手で、切り身が中心であることから、同社では小魚を優先的に加工してお客様に提供しており、そのことは他のスーパーとの差別化にもつながっている。

さらに同社では10億5千万円を投じ、農水産品の加工施設を2018年3月から稼働させた。延べ床面積約3千平方メートルで、高松中央卸売市場近くに新設した水産加工センターで、新鮮なまま魚を一括処理し、切り身や味付け等の処理を行った上で各店舗に配送する。各店舗では、刺身に盛りつけたりそのまま揚げるだけで商品として店頭に並べられるため、勤続年数の短い従業員でも対応できるようになり、ベテランは強みとする接客や対面販売にさらに専念できるようになる。センターで加工した惣菜や冷凍食品等の加工品は外販にも活用する。「弊社の事業のもう一本の柱として、製造・卸売業を成長させていきたい」と木村宏雄社長は語る。

トロ箱に入ったまま魚が一匹丸ごと売られる魚市場のような鮮魚売り場・同社本部・本店スーパーの外観

事例2-5-4:株式会社いちやまマート

「セミセルフレジやタブレットツールの導入により人手不足に対応する成長企業」

山梨県中央市の株式会社いちやまマート(正社員220名、パート1,000名、資本金4,995万円)は、山梨県・長野県内に計14店舗のスーパーマーケットを展開している。同社は化学調味料不使用や、素材の品質や製造方法にこだわった「美味安心」という高品質なプライベートブランドを取り揃えることで差別化を図っている。

同社で働くパートタイマーは主婦や学生が多く、毎年一定数が環境変化により離職していく一方で、この数年は人手不足の影響で離職分を補う採用活動に苦戦しており、求人コストは増加傾向にある。その対応策として、次の2つの取組を推進している。

1つ目の取組は2016年の秋から始めたセミセルフ型自動レジ(以下、セミセルフレジ)の導入である。セミセルフレジでは、商品のバーコード読取は従業員が行い、精算はお客自身が行う。導入した店舗では、レジ業務に従事するパートタイマーの人数が15%削減され、削減分を総菜加工等の他の業務に回すことができた。また、副次的な効果として、精算時の釣銭間違いも無くなり、確認時間も皆無になった。セミセルフレジは2台で約400万円であり、全店舗での導入費用は高額になるが、人件費や求人コストの増加傾向を考慮すれば、非常に効果的な取組だと同社は判断している。

2つ目の取組は、バックヤードにおける総菜の調理等の作業を、タブレットで動画を見ながら学べる従業員教育ツールの導入である。従来は、新人が配属される度に、先輩が業務内容や作業手順を教える必要があった。同社のパートタイマーは入れ替わりが比較的激しいため先輩の負担は大きかった。このタブレットによる教育ツールを2016年から導入した後は、新人が動画を見て業務を自習できるようになった。これにより、先輩が新人教育に対応する時間が減少し、総菜加工等の業務に従事できるようになった。また、この教育ツールの導入により、自分に担当経験のない作業も自習することが可能となり、複数の業務を担当できる従業員の育成も進めることができている。

「生鮮品や総菜の店内加工は人手がかかりますが、店内加工で新鮮な生鮮品と出来立ての総菜をご提供できるのがいちやまマートの強みです。人材不足の中、レジ業務のように機械化できるところは省力化を進めつつ、自社の強みに、より注力することで、これからもお客様に満足いただける商品をご提供していきます。」と同社の三科雅嗣社長は話す。

セミセルフ型自動レジの写真・タブレット(動画マニュアル)
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