3 BCM10(事業継続マネジメント)の効果と課題
■BCMの効果
BCPが、緊急時に有効に機能するためには、従業員への教育・訓練の実施や事前対策を実施するなどの平常時のマネジメントが重要である。この管理プロセスのことをBCM(事業継続マネジメント)という。では、BCPを策定しBCMを実践することで企業にどのような効果をもたらすのであろうか。
第2-4-26図は、BCPを策定しBCMを実践することで、リスクが顕在化していない平常時にどのような効果をもたらしたかを示したものである。自社の強みや弱みの把握につながる「経営資源の把握」に続いて「人材育成」、「業務効率化・工程改善」等の回答が多く、BCPの策定、BCMにより経営上プラスの効果が生じていることが分かる。
10 BCM(Business Continuity Management)とは事業継続計画を策定(構築)し継続的に運用していく活動や管理の仕組みのこと。〔1〕事業の理解、〔2〕BCPサイクル運用方針の作成、〔3〕BCPの構築、〔4〕BCP文化の定着、〔5〕BCPの訓練、BCPサイクルの維持・更新、監査といった活動が含まれる。
緊急時におけるBCP策定・BCMの効果を確認すると「被害はあったが、事業を継続することができた」、「販売先への供給責任を果たした」、「被害自体の軽減」等の事業継続、サプライチェーンの維持といった効果を実感していることが分かる(第2-4-27図)。
事例2-4-5. 大成ファインケミカル株式会社
経営者の強い意識でBCMを推進し、
平常時の経費削減や社員教育へとつなげている企業
千葉県旭市の大成ファインケミカル株式会社(従業員66名、資本金4,000万円)は、大成化工グループが2004年に持ち株分社制に移行した際に、樹脂事業を継承する形で設立された。印刷・包装材料、コーディング材料、電子材料、化粧品・医療材料で使用されるアクリル樹脂を主体とした合成樹脂の設計・開発、製造、販売を行っている企業である。本社を千葉県旭市に置き、大成化工株式会社の所在する東京都葛飾区に営業所・研究所を置いている。
稲生豊人社長は、会長からリスクマネジメントに関する教育を受けてきており、従来からリスクマネジメントを企業風土へ定着させたいという考えを持っていた。その第一歩としてBCPに取り組むことを社内で提案したが、当初理解を得られなかった。2010年4月より担当者に経営計画書を作成させ、10月にはマニュアルが完成したが、現場感覚を欠くものとなり、取組はなかなか進まなかった。10月に行った内部監査で、耐震監査の指示を1点だけ行った。これによって導入されたのが、2011年3月7日に設置が完了した、在庫のドラム缶の飛び出しを防ぐ耐震ラックである。耐震ラックの設置が完了した4日後に東日本大震災が発生した。従業員からは、耐震ラックのおかげで命拾いしたとの声があった。
震災により、本社・工場は津波の被害を受けることはなかったが、従業員の安否不明が取れない状態になった。震災後すぐに、担当者に命じ、稲生社長と各部署のやり取りの全てのプロセスを記録させた。生産計画の見直し、業務の優先付け等の実際の対応状況を記録することで、マニュアルに反映させることが狙いである。工場については設備破損、電力供給及び従業員自身の被災といった問題があり、1か月の間、操業停止を余儀なくされた。また、製造が遅延したことで一部の製品で取引先を失ってしまうこととなった。
こうした震災の経験を踏まえて、改めてBCPに取り組むことを決意し、東京都の支援事業を通じて民間コンサルティング会社からの指導を受け、BCPを新たに策定した。BCPを作成する過程では監督者や現場の人が参加する開放的なプロセスを経ることから、社員教育にもつながったと考えている。このBCPに基づき、耐震構造の本社管理棟の建設、倉庫の分散、在庫確保、大型自家発電機の設置、電源喪失時用の緊急停止設備の導入、情報関連の外部データセンターへの委託等を実施。また、売掛金の3倍の現預金を保有、手形から現金回収への変更、借入金を無くすといった取組により手元運転資金を確保した。BCPに基づく取組は、外部データセンターへの委託を通じて運用コストの削減につながったほか、BCPを策定していることが保険会社の保険料算出の際に総合的にプラスに働いていると感じている。
社外との協働・連携も生まれており、外部委託先への監査では、有事に外部委託先が事業継続できるのかというBCPを意識した観点での監査が行なわれるようになったほか、大成化工グループ内での「大成化工グループBCM文書」の策定につながった。また、異業種他社との間で有事に支援しあうことを定めたフレンドシップ協定を取り交わすなど、連携の輪を広げている。
稲生社長は「リスクマネジメントの取組を進めるには、トップが強い意識を持つことが重要である。従業員が「仕事以外の仕事」と捉えることのないように、平常の業務サイクルに入れ込んで改善・収益につながるようにしたことが取組の成功につながっている。」と語っている。
事例2-4-6. 株式会社生出
事業継続マネジメントシステムの取組を社内外に展開し、
自社の業務改善・取引先の評価向上につなげている企業
東京都西多摩郡瑞穂町の株式会社生出(従業員56名、資本金1,000万円)は、1958年創業の包装資材・緩衝材の設計、製造からロジスティクスサービスまでパッケージング関連サービスを手がける企業である。
同社では、自社で火災が発生した際に同業者に代替生産による支援を受けて供給を継続したという経験があり、リスクマネジメントの意識は持っていた。2009年、新型インフルエンザが流行した際に、東京都の2010年度BCP策定支援事業の募集があったため参画を決意し、多摩直下地震を想定したBCPを策定した。2011年6月にはBCMの運用を開始し、2012年6月にBS25999マネジメントシステム認証を取得している(2014年5月にISO22301へと移行)。
当初、従業員は関心を持たなかったが、トップの本気度を示すため地道に取組を行い理解を得るよう心がけた。施設内の危険箇所の分析を行い有事に危険だと考えられる箇所については、コピー機の移動防止、サーバーの転倒防止、ガラス飛散防止、棚の転倒防止・連結等の具体的な対策を行い、目に見える形で改善活動を進めていくうちに従業員の意識も変わっていった。
BCMS11の取組では、毎年計画を立てて訓練を行い、訓練後はできたこと、できなかったことを洗い出し、マニュアルの内容について検証している。この際、各従業員が気付いたことを出し合い、考えることで、マニュアルや手順書を洗練させている。作成・更新したドキュメントは掲示して「見える化」し、業務改善につなげている。こうした取組を通じて従業員の問題解決能力の向上にもつながっており、日常的な業務への効果は大きい。
取組の効果としては、仕入先との関係強化も挙げられる。同社では、サプライチェーンの強化のために、特に重要な仕入先にBCMSへの取組に協力してもらっている。仕入先を訪問し、アンケートを行い、審査項目ごとに聞き取り調査を行っていくといった取組を通じて、関係性の強化につなげている。
また、同業他社との連携として同業5社で「相互支援協定」を締結して災害時の支援ネットワークを構築している。生産情報の共有を行い、有事における代替生産を可能にしている。こうした取組は販売先から高く評価されている。かつて、同社から一社調達を行っていた販売先が、安定供給のために調達体制を見直そうとした際に、同社のBCMSへの取組を知って調達の見直しを見送ったということがあった。BCMSへの取組により、受注量減少や失注を防ぐことにつながったという好事例である。
11 BCMS(Business Continuity Management System)とは、全社的なマネジメントシステムの一部として、事業継続の確立、導入、運用、レビュー、維持・改善を行うマネジメントシステムのこと。
■BCMを実行する上での課題
第2-4-28図は、策定したBCPの検証、訓練、見直しの実践の状況を3年以上の中長期事業計画の策定の有無別に比較して示したものである。全体では4割強が「事業継続計画の内容を定期的に再検討している」、「従業員教育や訓練を定期的に行っている」と回答している一方で、3割弱の企業が「特に検証等は行っていない」と回答している。中長期事業計画の策定の有無別に見ていくと、「中長期事業計画あり」の企業の方が、「中長期事業計画なし」の企業よりも取組をしている企業の割合が高く、計画的な経営を行っている企業の方が、BCMを積極的に実行している様子がうかがえる。緊急時における事業の継続、復旧は従業員の協力なしにはできないため、策定したBCPの内容を従業員に共有した上で平常時に訓練を実施し、継続的に改善をしていくことが重要である。
本節では、企業の経営に重大な影響を与える脅威が顕在化しても事業を継続するという社会的使命を果たすべく、リスク管理に取り組む中小企業の姿を見てきた。BCPの策定、運用の重要性の認識は高まりつつあるが、企業によって取組の度合いに大きな差があるのが実態である。経営資源に余裕がないと言われる中小企業だが、例えば自社の中核事業の特定、従業員の安否確認方法や取引先との連絡方法の協議等は大きなコストは必要ないが、それだけでも有事への対応力が増す取組である。最初から自社単独で完璧なものを作ることにこだわらず、まずBCPを策定した上で改良を重ね、BCMを実行し組織の活動として定着させるべきであろう。
BCPの策定及びBCMの実行は、企業経営を改めて振り返ることとなり、危機対応能力の向上のみならず、平常時においても人材育成、業務効率化等の企業価値の向上につながることを示した。経営資源に制約がある中小企業においても取組が進むよう、業界団体では業界の特性に合わせた支援やツールの作成を進めている。また、近年では、同業者や地域間での連携を深めることにより代替生産を可能とし、サプライチェーンの維持を目指す動きが広がっている。他者との連携に積極的に取り組み、中小企業の事業継続に向けた備えが進むことが期待される。
事例2-4-7. 桐栄工業株式会社
後継者問題の打開策として、業界団体からの支援を受けつつ
ISO22301を取得し、会社としての評価を高めた企業
神奈川県伊勢原市の桐栄工業株式会社(従業員40名、資本金8,000万円)は、1956年創業の精密プレス加工、コネクター加工を行う企業である。
同社では、後継者問題に悩んでいた2013年6月頃、一般社団法人日本金属プレス工業協会から経済産業省の委託事業12のBCMSモデル企業として選定したいとの打診を受けた。当時、松井紘彦社長はBCMSの存在は知っていたがその具体的な内容については把握していなかった。BCMSが事業継続に関する取組であることを知り、後継者候補に対して事業承継を打診する上で、同社が事業継続に取り組んでいることがアピールになるのではないかと考えた。また、ISO22301を取得している企業が少ないことや、一般社団法人日本金属プレス工業協会を通じて経済産業省から補助を受けられることを知り、取り組むこととした。
当初、社内幹部からは、ISO9001の取得の際に大変な苦労をしたこと、当時ISO22301に関する資料がほとんどなかったこと、膨大な作業量が想定されること、取得期間が短すぎることを理由に猛反対を受けた。そこで、松井社長は、後継者の候補がおり、後継者候補に入社してもらうには、企業として事業継続に取り組む必要があること、事業承継の問題は今後の幹部自身にも直結する問題であることを説明したところ、幹部も納得し取組を始めることとなった。担当者には、ISO9001の取得に関与していなかった若手幹部を2名抜擢した。
経営者自身が強い意志を持ちリーダーシップを発揮したこと、後継者問題という身近な問題をきっかけに若手幹部を抜擢して事業継続という問題に短期間で集中して取り組んだことから、2014年1月にISO22301を取得することができた。取得に際しては、一般社団法人日本金属プレス工業協会が作成したツールを活用したが、専門用語等分かりやすく説明されており、BCMSに取り組む上で大いに助かった。
こうした取組の効果として、2015年5月に地震が発生した際、防災訓練通り直ちに持ち場の機械を停止して集合場所に集合することができた。対外的には、認証取得企業で大変心強いということがきっかけの新規受注があったことや、銀行から素晴らしい取組であると評価が高まったことが挙げられる。
なお、取組を行っていた2013年10月、後継者候補に対して、後継者として考えていることと企業として事業継続マネジメントシステムに取り組んでいるという話をしたところ、それから半年後に引き受けるという返事をもらうことができた。現在は同社の一員として業務を担当している。
12 2012年度補正予算による「事業継続等の新たなマネジメントシステム規格とその活用等による事業競争力強化モデル事業(グループ単位による事業競争力強化モデル事業)」。公募により選定した28グループを対象とし、ISO22301(事業継続マネジメントシステム)やISO50001(エネルギーマネジメントシステム)等の国際規格を戦略的に活用したモデル的な取組を実施し、それらの成功要因の抽出・分析を行うことを目的とした事業。
事例2-4-8. 一般社団法人日本金属プレス工業協会
BCMS構築支援ツールを作成し、協会独自の認定制度を設けた業界団体
東京都港区の一般社団法人日本金属プレス工業協会は、金属プレス製品を製造する団体及び企業等により構成される業界団体である。同協会の会員企業の多くが、南海トラフ地震等の影響が懸念される地域に立地しており、従来はCSRの一環という位置づけでBCMSの普及に取り組んでいたが、普及が進まずに悩んでいた。そこで経済産業省の委託事業13に応募してBCMS普及に取り組んだ。
まずは中小企業が短期間にかつ実効性のあるBCMSを構築できるようにするためのツールの整備を行った。事業の中では、構築したツールを実際に会員企業に活用してもらい、外部認証であるISO22301を取得してもらうこととした。会員企業の中から桐栄工業株式会社(神奈川県伊勢原市)をモデル企業として選出し、半年に満たない短期間でISO22301を取得してもらうことができた。
また、BCMSに関する外部認証は、取得の際に高額の費用を要することから、中小企業にとっては負担が大きい。そこで協会独自にBCMSの実効性・有効性を評価する認定制度を用意した。通常の外部認証では審査やコンサルティング等により100~200万円近い費用を要するところ、同協会が提供している認定制度では初回審査20万円、更新10万円という費用負担で済む。
こうしたBCMS構築支援ツールや協会独自の認定制度を整備することにより、会員企業のBCMSへの取組みが進むよう支援している。
13 委託事業の詳細については、本章脚注12を参照。
事例2-4-9. 公益財団法人岡山県産業振興財団
県下企業のBCP策定を支援、BCPを策定したモデル企業を中心に
他地域の企業との連携を推進している支援機関
公益財団法人岡山県産業振興財団は、岡山県に所在する企業を対象とする支援機関である。総務部、経営支援部、技術支援部から構成され、BCP・BCM推進事業は、経営支援部の中小企業支援課が所管している。
瀬戸内海に面する岡山県は、これまで地震や津波といった災害の被害は少なく、防災への意識はあっても、企業がBCPを認識し、実践するということはなかった。そのため、支援機関側である同財団でもセミナーを開催する程度であった。
しかし、2011年3月に発生した東日本大震災を契機に、全国的にBCPへの関心が高まったことを受け、2012年度より県の委託事業として中小企業に対して、BCP策定の推進支援を行うようになった。具体的には、啓発普及セミナーを開催し、参加した企業の中から5社をモデル企業として選出して、南海トラフ巨大震災を想定したBCP策定の支援を行った。同事業で策定したBCPは同財団のホームページで公開している。
2013年度には「BCP=災害時の対応計画」という位置付けから「BCP=経営戦略」という位置付けへとテーマを発展させた。企業活動における実践、実効性の担保を重視し、事業継続を入口として企業連携による新サービス展開を進めるなど、「儲かったBCM」企業の輩出を試みている。この背景には、経営環境が変化する中で企業は収益を上げ続けなければ事業継続はできないという考え方がある。その他、地域連携(企業連携)BC14等に取り組み、災害時の対応計画ではなく、「経営戦略と連動したBCPへの取組」のためのBCMの導入支援に注力することとなった。
企業連携・地域連携の取組としては、災害時に相互補完を行うことでクライアントの転注を防ぐ仕組みである「お互い様BC連携ネットワーク」の構築や、県下の瀬戸内市をモデルとして企業、行政、議会が連携した災害・危機に強い街づくりを行う、自治体単位のBCP検討グループでの取組も支援した。
支援先の中には、他地域の同業者との間で災害時の生産代替を目的とする「お互い様BC連携」を結んだことで、平常時にも連携を活かした仕事のやり取りを行っている企業や、BCMSに関する外部認証(ISO22301)を取得して有事に効果を上げた企業、既存の企業連携のネットワークに新たにBCの考えを持ち込んでいる企業がある。
こうした同財団のBCP・BCM支援の取組は評価され、特定非営利活動法人事業継続推進機構が主催するBCAOアワード15において、2012年度に大賞、2013年度に特別賞、2014年度に優秀実践賞特別賞、2015年に特別賞と4年連続して受賞している。また、同財団が支援した先の企業5社も有名な大手企業の中と肩を並べて受賞しており、受賞を通じて他地域の企業とのネットワークづくりに寄与している。
14 BC(Business Continuity)とは事業継続のことをいう。
15 日本でのBC(事業継続)普及に資するため、BCの普及に貢献若しくは実践した個人及び団体への表彰。