第3部 「地域」を考える ―自らの変化と特性に向き合う―

3 今後の分析の可能性

(1) 面×時系列が魅せる地域の姿

地域を分析する手法としては、様々な手法があるが、従来の中小企業白書等で最も多く用いられてきたのは、単一地域などについての棒グラフや折れ線グラフなどの分析であった。

しかしながら、単一地域の分析で終わるのではなく、地域を面的に見ることで、情報量はばくだいとなり、さらには、それを時系列で見ることで、より深い分析ができる。地域経済分析システムを活用することで、面的かつ時系列の分析を容易に行うことができるようになっており、今後、より高度な分析を行うことが可能になることが期待される。

(2) 今後の取組

●新しいデータの追加、分析機能の追加

現在、開発中のシステムにおいては、産業、人口、観光、自治体比較の4分野を先行的に開発し実証事業を行ったが、地方自治体が「地方版総合戦略」を策定するためには、他の分野、具体的には、金融や農業、医療・福祉などの分野についても早急にシステムを開発し、実証事業を行っていく必要がある59

また、機能としても、複数のデータ同士を重ね合わせて分析を行う機能(マッシュアップ機能)や他の人の分析結果を参照できる機能などについては、地方版総合戦略を策定するためには、必要であると考えられる。

経済産業省では、2015年度もまち・ひと・しごと創生本部や他の府省庁と連携し、真に必要なデータ・機能の搭載を進めていく予定である。

59 「まち・ひと・しごと創生総合戦略」における記述(p8)では、「2015年度以降は、各地方公共団体が適切にPDCAサイクルを実行することができるよう、データの更新・補正等を実施しつつ、利用者となる地方公共団体等からの要望等に基づき、地域経済循環や農業、医療・福祉等、「地方版総合戦略」策定に必要となる他の分野について、機能の追加を検討する。」としている。

●データの利活用に向けた体制の整備

地域経済分析システムについては、2015年度も引き続きまち・ひと・しごと創生本部が企画・立案し進めていくこととなる。まち・ひと・しごと創生本部では、全国の地方経済産業局及び地方運輸局について、各都道府県担当の地方創生コンシェルジュ60を配置するとともに、地元経済に精通した民間専門人材を確保し、総勢200名超の支援体制を構築する。さらには、産業分野、観光分野、人口分野等の主要分野について、自治体のニーズに応じて各分野の有識者を派遣する体制も構築しており、地方自治体の地方版総合戦略策定をサポートする体制は整っている。

以上、本節では地域経済分析システム開発の経緯と機能、そして今後の分析可能性について述べてきた。システムを活用することで、以下の五つの効果が期待される。

〔1〕経験や勘に基づく、旧来型の意思決定システムから、データや「見える化」された企業間取引等に基づく、より客観的・中立的な政策意思決定システムへの転換が促進される。

〔2〕全国平均や他の自治体と比べ、自らの「立ち位置」を確認できる。また、講じた施策の効果を時系列で追いかけることも可能となる。

〔3〕地域経済を支える「地域中核企業」の候補企業を、自治体の判断基準で自由に抽出することができる。これにより、より効率的かつ効果的な政策資源の投入が可能となる。

〔4〕自治体が講じた施策の効果をより短期間で把握すること(政策評価)ができるため、施策のPDCAサイクルをより加速化することで、より効率的かつ効果的な政策立案につながる。

〔5〕国・都道府県・市町村の施策を一覧できる「施策マップ」と一緒に見ることで、地域経済の現状と自治体が講じている施策の「ギャップ」を把握できる。

60 「地方創生コンシェルジュ」とは、自治体が、地方版総合戦略の策定を含め地域の地方創生の取組を行うにあたり、当該地域に愛着のある国の職員(17府省庁総勢871人)を選任し、積極的に支援するための体制を整備する仕組みのことをいう。

コラム3-2-9

比較優位の考え方

比較優位とは、一般的に、自国の得意な財の生産に特化し、自由貿易を行えば自国も貿易相手国もお互いさらに多くの財を生産・消費できるという考えであり、自由貿易下の国際分業はお互いに利益を生むという理論である。この理論は、イギリスの経済学者デビッド・リカードが提唱したものである。

例えば、X国とY国では、農業と工業の労働生産性がそれぞれ以下のとおりであるとする。

X国つY国の農業と工業の労働生産性

Y国はX国に比べて、農業も工業も労働1単位当たりの生産量は多い(絶対優位)が、X国は農業に比較優位、Y国は工業に比較優位を持っているといえる。すなわち、X国は工業の生産性に対する農業の生産性が2倍(10/5)であるのに対して、Y国は工業の生産性に対する農業の生産性は0.4倍(20/50)となるため、X国は農業に比較優位を持っていることになる。また、X国は農業の生産性に対する工業の生産性が0.5倍(5/10)であるのに対して、Y国は農業の生産性に対する工業の生産性が2.5倍(50/20)となるため、Y国は工業に比較優位を持っていることになる。ここで、農業の生産物1単位と工業の生産物1単位の価値が同じであるとすれば、X国は農業に特化し、Y国は工業に特化した場合、労働1単位当たりの生産量は、農業10、工業50の合計60となる。他方、労働0.5単位ずつ行った場合、農業15、工業27.5となり、合計42.5となる。

上記の考えを地域経済に当てはめると、自由貿易などいくつかの制約はあるが、各地方自治体が自地域の得意な産業を認識した上で、他地域と財のやりとりを行うことで、国全体としてより効率的な生産・消費構造が実現されることになる。

そのためには、各地方自治体が、自地域のみならず他地域の強み・弱みを正確に認識した上で、地域の産業施策を考えていくことが必要となる。自地域のみならず他地域の強み・弱みを正確に把握するための手段として、前述した地域経済分析システムの活用が期待される。

ただし、比較優位に基づく地域間取引の活性化の考え方の欠点としては、それぞれの地域が得意な産業ばかりに特化すれば富が特定の地域に偏在してしまうことが考えられる。工業製品の生産が苦手な地域は、いつまでたっても技術革新が進まず、また、農産物の生産は気候などの影響を受けてしまうため、特定の農産物に特化している地域は常に大きな不確実性に直面することになる。したがって、それぞれの地域には、本システムを通じて自らの比較優位を知るとともに、付加価値の高い財を供給していくことが求められており、これによって初めて地域全体の均衡の取れた成長が実現されるものと期待される。

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