2024年版「小規模企業白書」 第3節 感染拡大以降の事業環境の変化 | 中小企業庁

第3節 感染拡大以降の事業環境の変化

本節では、感染拡大以降における中小企業・小規模事業者を取り巻く事業環境の変化について見ていく。

1.新たな消費形態の浸透

感染拡大に伴うサービス業における休業・時短営業や、三密回避等の新たな生活様式の浸透により、新たな消費形態が生じた。例えば、内閣府(2023a)では、総務省「家計調査」の分析から、平日の外食消費が減少していることを指摘している7

7 内閣府(2023a)11P

第1-2-18図は、総務省「サービス産業動向調査」を用いて、「飲食店」及び「持ち帰り・配達飲食サービス業」の売上高の推移を見たものである。これを見ると、「持ち帰り・配達飲食サービス業」の売上高の2020年以降における推移は、「飲食店」と比べてマイナス幅が小さくなっていることが分かる。

第1-2-18図 飲食店及び持ち帰り・配達飲食サービス業の売上高の推移(対2019年同期比)

2.デジタルツールの活用と、それによる新たな需要獲得

第1-2-19図は、「中小企業が直面する外部環境の変化に関する調査」8を用いて、感染拡大の影響によって中小企業が行った取組について見たものである。これを見ると、感染拡大当初は「一時的休業」や「時短営業」、「金融機関等からの資金調達」に取り組む企業が多かったものの、その後は減少している。それに対して、「デジタルツールの導入」などデジタル化に向けた取組を行っている企業は継続的に一定程度存在しており、割合が減少しているものの、2023年には最も高い割合となっている。このことから、感染拡大やそれによる外部環境の変化を背景に、中小企業が柔軟に取組を変化させていたことが示唆される。

8 (株)帝国データバンク「中小企業が直面する外部環境の変化に関する調査」:(株)帝国データバンクが2023年11月から12月にかけて、全国29,491社の中小企業(調査対象30,000社から、調査を進める中で判明した大企業509社を除く)を対象にアンケート調査を実施(有効回答6,255件、回収率21.2%)。

第1-2-19図 感染拡大の影響により行った取組の推移

また、中小企業白書(2021)では、感染拡大期においても、ECによる海外展開が進展していたことが指摘されている9。このことから、感染拡大によって、中小企業でもデジタル化を契機に、新たな消費形態への適応や海外需要の獲得など、様々な需要獲得の方法を模索していたことが分かる。

9 詳細は、2021年版中小企業白書 第2部第1章第4節 第2-1-130図を参照。

3.テレワークの浸透による働き方の変化

中小企業においてもテレワークの導入が進展し、働き方に変化が見られたことも、感染症による事業環境の変化の一つとして挙げられる。総務省(2021)によると、中小企業におけるテレワーク実施率は、感染拡大期において、特に緊急事態宣言を機に上昇したものの、解除後には低下するなど、行動規制に応じて変動していることが指摘されている10

10 詳細は、総務省(2021)195Pを参照。

第1-2-20図は、感染拡大前後における中小企業のテレワーク実施状況について見たものである。これを見ると、感染拡大前の2019年以前では6.9%であったテレワーク実施率が、感染拡大後に急増し、2割程度の企業でテレワークが実施されていることが分かる。一方で2023年は、テレワーク実施率が僅かに低下している。このことから、企業によってはテレワークの対応を終了している中、5類移行後においてテレワークを継続している中小企業も一定数存在することが分かる。

第1-2-20図 感染拡大前後におけるテレワークの実施状況

4.事業再構築の取組の進展

中小企業白書(2023)では、感染拡大を踏まえて事業再構築を行っている中小企業が、2020年から継続的に増加していることを確認している11。感染拡大に伴う事業環境や需要の急激な変化に対応するため、事業再構築の取組が進展したことも、感染拡大以降における中小企業の取組の特徴として挙げられる。

11 詳細は、2023年版中小企業白書 第1部第2章第1節を参照。

第1-2-21図は、事業再構築の取組を行っている企業について、取組の開始時期を見たものである。これを見ると、感染拡大直後の2020年から取組を行っている企業が一定数存在していることが分かる。

第1-2-21図 事業再構築の取組開始時期

事例1-2-1では、危機時に政府の施策を活用しながら事業変革を行い、成長を実現した企業として、株式会社ホテル松本楼を紹介する。

事例1-2-1:株式会社ホテル松本楼

危機時に事業変革を行い、成長を実現した企業

所在地  群馬県渋川市

従業員数 118名

資本金  1,000万円

事業内容 宿泊業

感染拡大期に事業変革を行い、「人は宝」を理念に掲げて雇用維持と人材育成に注力

群馬県渋川市の株式会社ホテル松本楼は、同県中部の伊香保温泉で温泉旅館を経営する企業である。都内の西洋料理店をルーツに持つ同社は、温泉地への社員旅行の需要が拡大した1964年に「ホテル松本楼」を創業。1997年に洋風旅館「ぴのん」を開業、個人客重視に舵を切った。2016年に松本光男社長とおかみの松本由起氏が経営を引き継いだ後、マルチタスク化など新たな経営方針への反発から、全社員85名中30名が辞めてしまう経営の危機に見舞われる。その後、松本社長と由起氏は「人は宝」という理念を掲げ、一人の新人に一人の教育役を付けるエルダー制度や、従業員の家族を招待するファミリーデイズ企画に取り組み、従業員との信頼関係を構築、新卒採用・定着につなげてきた。そうした中で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が同社の経営にも深刻な打撃を与えた。松本社長と由起氏は「従業員の安心を提供することが経営者の役目」と考え、従業員の解雇や休職・減給は一切行わず、事業変革の様々な取組を行った。

休業期間中の勉強会で接客スキル向上、新たな需要を捉えて事業の多角化を推進

感染症対策のために地元の学校が休校となった2020年3月、同社は子供を持つ従業員のために学童保育を始めた。緊急事態宣言が発令された後には、従業員の希望を踏まえて多種多様な勉強会を企画。「松本楼学校」を2か月間開き、伊香保の歴史やラッピング、手話などを学ぶ機会を設けた。特に、以前から由起氏が関心を持っていたSDGs(持続可能な開発目標)に関しては、休業期間中に従業員が宿泊客になりきり、食品ロスの計測、削減に取り組んだ。これらの取組には、雇用調整助成金を活用、研修加算も受けている。感染症対策では、ストレスフリー補助金を活用して全客室にタブレット端末を設置、宿泊客が部屋から浴場の混雑状況の確認や飲料などの注文ができるようにするとともに、自動チェックアウト機の導入で金額間違いもなくした。また、感染拡大以降に生じた巣ごもり需要に目を付け、事業再構築補助金を活用して地域内初のパン店「伊香保ベーカリー」を立ち上げ、0.5斤の食パンや、パン製造の設備をいかしたプリンなど、顧客ニーズに即した幅広い商品を展開し、業績を拡大した。さらに、廃業ホテルの建物を改修し、犬と泊まれる宿を開業した。

投資の成果により黒字転換、挑戦する企業風土で成長につなげる

タブレット導入などの取組は、従業員の負担軽減・勤務環境改善だけでなく、サービスの質の向上につながり、顧客満足度向上やリピーター増加に貢献。多角化した事業も数年の投資期間を経て業績回復に寄与しており、現在では総売上高が感染拡大前の水準まで回復、黒字転換を実現した。その成果を従業員に決算賞与や社員旅行として還元しており、従業員満足度の向上につながっている。「不安だからこそ挑戦して、楽しみながら生まれ変わることができる企業風土が今の成長につながっている。社員がお客様を満足させ、さらに地域の活性化につなげていきたい」と、松本社長、由起氏は語る。

松本光男社長とおかみの由起氏、同社の従業員、伊香保ベーカリー

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