第1章では、危機を乗り越えていくに当たっての財務基盤や収益構造の構築、支援策や支援機関の活用などに関する状況を示した。その上で、事業環境の変化への対応について分析を行った。
本章では、(株)野村総合研究所が「令和2年度中小企業のデジタル化に関する調査事業」において実施した、中小企業を対象としたアンケート調査1の結果を主に用いて、事業継続力の強化及び競争力の強化に向けた中小企業におけるデジタル化2の取組について分析していく。
1 (株)野村総合研究所「中小企業のデジタル化に関する調査」
・同社が2020年12月に中小企業・小規模事業者(23,000件)を対象にアンケート調査を実施(回収4,827件、回収率21.0%)したもの。
・なお、分析対象の内訳と留意点は以下のとおり。
〔1〕「地域未来牽引企業」選定企業 4,064件、〔2〕(株)東京商工リサーチデータベース収録企業 18,936件
・回収数4,827件のうち2,253件については、経済産業省「企業活動基本調査」のデータと結合し、各企業情報や財務指標について分析を行った。上記の〔1〕、〔2〕の配布先に偏りが生じないように割り付けしているものを、集計分析している点に留意が必要である。
2 本章におけるデジタル化とは、アナログデータをデジタルデータに変換・活用し、業務の効率化を図ることや、経営に新しい価値を生み出すことなどを指す。
第1節 我が国におけるデジタル化の動向
本節では、感染症流行による中小企業におけるデジタル化に対する意識の変化について概観するとともに、我が国におけるIT投資の推移について明らかにしていく。
1.感染症流行による意識の変容
新型コロナウイルス感染症の流行は、企業を事業継続の危機にさらすとともに、我が国においてデジタル化の重要性を再認識させた。
第2-2-1図は、感染症流行前後のデジタル化に対する意識の変化を示したものである。これを見ると、全産業では、感染症流行後において「事業方針上の優先順位は高い」若しくは「事業方針上の優先順位はやや高い」と回答する割合が6割を超えている。
いずれの業種においても感染症流行後、デジタル化の事業方針における優先順位が流行前に比べて高くなっており、感染症の流行がデジタル化の重要性を再認識させる一つの契機となっていることが分かる。
第2-2-2図は、経済産業省が認定しているスマートSMEサポーター制度の認定を受けている企業に対して、感染症流行後のITツール・クラウドサービスの問い合わせ件数を示したものである。これを見ると、「前年対比で20%以上増加」した割合が最も多く、約3分の2の認定企業は、ITツール・クラウドサービスの問い合わせ件数が増加している。ITツール・クラウドサービスに対する企業側の関心が増していることが分かる。
第2-2-3図は、感染症流行を踏まえて、事業継続力の強化におけるデジタル化の重要性に関する意識の変化を示したものである。これを見ると、約3分の2の企業が事業継続力の強化における意識が高まったと回答しており、生産性向上のみならず、事業継続力の強化の観点からもデジタル化への意識が高まっていることが分かる。
2020年12月に取りまとめられた「DXレポート2」(第2-2-4図)では、感染症流行によって明らかになったDX3の本質とは、事業環境の変化に迅速に適応する能力を身に付け、ITツール・システムのみならず企業文化を変革することにあると述べている。こうした変革は、経営トップが自ら主導していくことが必要であり、人々の固定観念が変化している今こそ、DXを本格的に推進する絶好(最後)の機会であると指摘している。
3 Digital Transformation
第2-2-5図は、企業がDXの具体的なアクションを組織の成熟度ごとに設計できるように、DXを3つの異なる段階に分解したものである。このうち、アナログ・物理データの単純なデジタルデータ化のことをデジタイゼーションと示し、典型的には、紙文書の電子化がある。また、個別業務・プロセスのデジタル化をデジタライゼーションと指している。第2-2-5図で示す構造は、Industry 4.04などで定義されている構造と同一であり、世界的に共通して認識されている定義5といえる。本章においては、3つの異なる段階いずれの概念も含んだ中小企業におけるデジタル化について分析する。
4 ドイツが提唱している、製造業のIoT化を通じて、産業機械・設備や生産プロセス自体をネットワーク化し、注文から出荷までをリアルタイムで管理することでバリューチェーンを結ぶ官民連携プロジェクト
5 C. G. Machado, et al.(2019)
2.IT投資と労働生産性の関係
ITツールは、人々の生活のみならず、企業経営の生産性を向上させる身近な手段にもなっている。日進月歩の勢いでITツールの技術革新が進んでいく中で、企業を取り巻く環境も大きく変化していくことが想定される(第2-2-6図)。
第1-1-25図(再掲)は、企業規模別にソフトウェア投資比率6の推移を示したものである。情報通信技術の進展もあり、大企業は2010年以降上昇傾向で推移しているが、中小企業は低下から横ばいで推移していることが分かる。
6 ソフトウェア投資とは、コンピュータ・ソフトウェアに対する投資額のうち、無形固定資産に計上されているものを指している。
第2-2-7図は、売上高IT投資比率7と労働生産性8の伸び率を示したものである。これを見ると、両者の間で明瞭な因果関係を確認することができないといえる。大規模な投資の場合には、導入期間が長期化し、従業員が習熟して新システムに移行することによる効果が現れるまでに時間がかかる可能性などといった要因が想定される。また、小規模なIT投資の場合には、導入期間が短く、影響する範囲も比較的小さいため、導入効果が短期間で顕在化する可能性も想定される。
7 売上高IT投資比率=ソフトウェア投資額(2014年度から2018年度までの合算値)÷売上高(2014年度から2018年度までの合算値)。
8 労働生産性=付加価値額合計(※)÷従業者合計。
※付加価値額=営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課
宮川努・滝澤美帆・宮川大介(2020)では、ITツールの利活用が労働生産性と明瞭な関係を持たない背景には、デジタル化に対応するために必要のある取組が必ずしもIT投資と連動しておらず、表面的な改革にとどまっているという問題の可能性を指摘している。また、エリック・ブリニョルフソンら(2004)は、IT投資へのデータを基に理論モデルを作り、ITツールの活用における初期段階では、新技術に即した「組織改革」など無形資産への投資を行うことが重要であると提唱し、無形資産への投資を無視して全要素生産性(TFP)を計測すると誤った結果を導いてしまうことを指摘している。
これらの先行研究を踏まえると、我が国の中小企業において、デジタル化を通じた労働生産性の向上に向けては、表面的なIT投資だけでなく、デジタル化の取組が組織内に浸透していくよう組織的に取り組んでいくことの重要性が示唆される。
コラム2-2-1:製造分野におけるDX推進事例の特徴とガイドの紹介
(独)情報処理推進機構では、中小規模製造業が先進的にDXに取り組んでいる事例を収集・分析し、「中小規模製造業の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のための事例調査報告書(以下、「事例報告書」という。)」9を公開している。また、これから製造分野におけるDXを推進しようとしている企業に向けて、製造分野におけるDXの理解と必要性、そのノウハウなどを整理検討して、「中小規模製造業者の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのガイド(以下、「ガイド」という。)」10を公開した。
9 中小規模製造業の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のための事例調査報告書
https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20200720.html
10 中小規模製造業者の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのガイド
https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/mfg-dx.html
本コラムでは、中小規模製造業が製造分野のDX推進における課題に対しての取組の観点(ポイントとなる取組)を紹介し、ガイド活用のポイントを紹介する。
製造分野におけるDX推進事例の特徴
事例報告書で紹介しているDX推進中の企業が直面した課題は、「マインドセット・企業文化の変革」、「データ活用の推進」、「企業間連携の推進」、「製品・サービス変革」の4つに分類される。これらの課題のうち、「マインドセット・企業文化の変革」はDX推進の前提であり、残る3つの課題は、コラム2-2-1〔1〕図に示す「7つの取り組みの観点」に整理できる。
現在、これらの課題に悩んでいる企業、またこれからDXを推進しようと考えている企業においては、コラム2-2-1〔1〕図で示した「ポイントとなる取り組み」を是非参考にしてほしい。
ガイド活用のポイント
ガイドでは、中小規模製造業の経営者又は支援者を対象とし、製造分野におけるDX推進を検討する際の段取りを想定し、5つの構成が示され(コラム2-2-1〔2〕図)、構成ごとに資料をダウンロードできる。製造分野DXの推進時に必要に応じて、資料を活用することが可能である。
第1項の「製造分野のDXを理解する」では、製造分野のDXの定義や、目指す姿、推進ステップを示している。目指す姿では、顧客価値向上のため中小規模製造業が取り組むべき変革の方向性として、以下のとおり、3つ例示した。(コラム2-2-1〔3〕図)。これらの目指す姿を参考に、自社のビジネスに当てはめ、目指す姿を明確化した上でDXに取り組む必要があるとしている。目指す姿を描かずにDXを進めても、単なる掛け声で終わる可能性が高いといえる。
第2項の「製造分野のDX事例集」では、製造分野のDXを理解するために事例(プレゼンテーション画像、動画形式)を公開しており、自社における製造分野のDXで何をするかを明確化する上で有用である。
自社の目指す姿を明確にした次の段階では、現状の製造分野DXの達成状況を把握する必要がある。その際に第3項の「製造分野DX度チェック」を利用できる。製造分野のDX推進において着目すべき観点ごとに、自社の取組状況を可視化するためのツールであり、製造分野DX推進の進展レベルを見える化し、次のレベルにステップアップするための課題を明らかにすることを目的としている(2021年7月公開予定)。
第4項の「製造分野DX関連情報」では、製造分野DXに関連する書籍やWeb情報、関連組織の情報を一覧表で整理している。DX推進に役立つ書籍やWeb情報、DX推進を支援している組織を見つけることができる。
第5項の「FAQ」では、「製造分野のDXって何?」など素朴な疑問から、「DXでもうかるのか?」など製造分野DXについて多くの企業が疑問に思うことをマンガ形式で示している。製造分野のDX推進のワークショップや勉強会などで気軽に利用できる。
ガイド全体を通して、平易な解説やイラストなどを多用し、利用者目線の分かりやすさを重視したものとなっており、中小規模製造業の製造分野におけるDXの加速のために活用が期待される。
コラム2-2-2:IT投資額と雇用環境に関する国際比較
本コラムでは、IT投資額及び雇用環境に関する国際比較について紹介する。
コラム2-2-2〔1〕図は、各国のICT投資額11の推移を比較したものである。これを見ると、我が国のICT投資額は、1999年比で諸外国と比べて、低い水準で横ばいとなっていることが分かる。
11 IT投資額と同義
コラム2-2-2〔2〕図及びコラム2-2-2〔3〕図は、長時間労働者の比率と勤続年数別の雇用者の割合を国際比較したものである。我が国は諸外国に比べて長時間労働者の比率が高く、また、勤続年数10年以上の雇用者が比較的多くなっていることが確認される。諸外国に比べて日本企業は、社員の長時間労働及び雇用者の高い定着率により、属人的なノウハウや経験が蓄積された従業員が多く存在し、デジタル化による標準化のニーズがこれまで少なかったのではないかと示唆される。