第3部 小規模事業者の防災・減災対策

2 具体的な取組内容

次に、自然災害への備えに取り組んでいる事業者が具体的にどのようなことを行っているか、大きな設備投資を必要とせずとも実施できるソフト面での対策(以下、「ソフト対策」という。)と、施設整備などを必要とするハード面での対策(以下、「ハード対策」という。)ごとに見ていく。

第3-2-8図は、具体的に取り組んでいるソフト対策を示したものである。「水・食料・災害用品などの備蓄」と回答した事業者は6割を超え、「従業員への避難経路や避難場所の周知」、「従業員の安否確認に関するルールの策定」と続くものの、全体として十分に取組が進んでいない項目が多い。一般的な防災対策として挙げられる、安否確認ルールや非常食などの準備などに比べて、被災時に活用するための取引先の連絡先リストの準備や、事業継続に必要な資金の確保、代替生産先の確保などの、事業再開に向けて必要となる対策については、実施しているとの回答が相対的に少ない。

第3-2-8図 自然災害への備えとして行っているソフト対策
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第3-2-9図は、自然災害への備えに取り組んでいる事業者が行っているハード対策を示すものである。「建屋や機械設備の耐震・免震、耐震のための固定の実施」、「非常用発電機などの、停電に備えた機器の導入」、「事業継続に必要な情報のバックアップ対策」が上位に挙げられているが、いずれの取組も、取り組んでいる事業者の割合は4割を下回っていることが分かる。

第3-2-9図 自然災害への備えとして行っているハード対策
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事例3-2-1:ピエゾパーツ株式会社

「災害時の供給体制強化を目的として、拠点分散化を行った企業」

東京都八王子市のピエゾパーツ株式会社(従業員8名、資本金1,000万円)は、真空蒸着装置にて作られる薄膜の厚みを計測する精密機器(膜厚測定器)に用いる水晶振動子を作る企業である。従来は光学部品のコーティング膜の膜厚測定に用いられていたが、近年スマートフォンの爆発的な普及に伴いレンズの生産が増える中、同社はその高い精度が評価され、より高精度計測が要求される有機EL生産ラインにも多く採用されている。

同社は、創業当初、東京都八王子工場単体で製造・販売を行っていたが、地震発生時に安定した生産体制を構築するため、拠点の分散化を行うようになった。きっかけは、阪神・淡路大震災などを目の当たりにした早川春男会長が「メーカーとしての供給責任を果たすためには、生産拠点は1つではいけない。」と考えたことだった。新拠点の候補は、本社のある東京都から日帰りが可能な範囲から絞り込み、新潟県と長野県が挙がったが、会長の出身地である新潟県に雇用面で貢献したいという思いから、2001年に新潟県出雲崎町に新たな工場を設けた。生産拠点を2か所に構えたことにより、災害発生時でも安定して事業を継続する体制を整えることができた。

2004年の新潟県中越地震と2007年の新潟県中越沖地震の際は、出雲崎工場において研磨器の転倒や真空蒸着装置の破損などの被害を受け、1週間ほど操業できなかったが、従業員が八王子の本社工場に移動して代替生産を行ったことで、顧客に迷惑を掛けることはなかったという。

この2度の被災経験を踏まえ、両方の工場で製造装置をアンカーで固定するなどの対策を行った。また、精密な測定に必要不可欠な質の高い水晶は調達先を限定しているため、被災時に備え備蓄を行っている。これにより、東日本大震災時に仕入先が業務停止したが、自社の生産に影響はなかったという。また、その際に従業員と電話で連絡が取れず非常に困った経験を踏まえ、従業員の安否確認のために、SNSを連絡手段として活用するようにもなった。

同社は台湾に事業所を開設するなど海外展開も進めており、今後も一層販路の拡大を目指していくという。早川祐介社長は、「新潟工場の設置は、防災の観点からの拠点分散を意図したものだが、グローバル化を進める中では、2拠点による国内生産体制の保持が顧客の信用力を高めている。さらに、そのことがメイドインジャパンというブランドになり、国際競争力の維持にもつながっている。」と語る。

早川祐介社長(左)早川春男会長(右)・本社工場外観

事例3-2-2:有限会社徳豊設計

「災害の発生に備え、外注にて重要情報をデータ保管している企業」

神奈川県大和市の有限会社徳豊設計(従業員3名、資本金500万円)は、一般住宅、商業施設、分譲マンション棟の設計・管理を業務として1986年に設立された企業である。同社では、地域の人々が安全・安心で住みやすい住宅の提供をモットーとしている。

東日本大震災以降、地元の商工会議所の研修や勉強会で事業継続に関するテーマが非常に増えたことを契機に、防災・減災の取組が重要と認識し、同社でも検討を進めた。

以前は、納品した設計図面を紙媒体のみで保管していたが、特に仕掛中の物件への対応において、自然災害による図面の破損・紛失などが生じると、早期の復旧や対応が難しくなると考え、紙媒体だけではなく外注によるデータ保管を行うこととした。

また、自然災害による外注先の被害が大きくサーバーやデータの復旧ができない場合にも備え、外注先のサーバーにおいて保管しているデータと同内容のものを、自社のHDD内においても保管している。加えて、DVD媒体でも所有することで、被災により設計図面データを喪失するリスクを低減している。

この取組の課題は、データ保管におけるコストである。外部に委託するための費用として、月2万円程度の負担が発生するものの、同社では非常時に向けた対策として重要と捉えており、取組を継続していくという。

「当地で大きな災害が起きていないため、取組の効果は確認できていないが、被災時の早期復旧に寄与するものと考えている。今後は、被災時における従業員の安全確保、発災後の顧客との連絡対応などについても検討していきたい。」と小幡剛志所長は語る。

小幡剛志所長・バックアップに活用している媒体など

事例3-2-3:有限会社ソガクリエイト

「熊本地震の教訓をいかし、重要な経営資源の保護に取り組む企業」

熊本県西原村の有限会社ソガクリエイト(従業員3名、資本金300万円)は、童謡・唱歌の継承・普及活動のため、アーティストのマネジメント、コンサートの企画・運営などを行う音楽事務所である。

同社の曽我邦彦社長は、被災前は、自身が被災するとは思っていなかったため、自然災害に対する特段の対策を行っていなかったという。しかし、平成28年熊本地震で、事務所及び自宅が被災し、壁沿いに積み上げていた音響機材は落下し破損。また、事務所に隣接する自宅が半壊したことで、自宅に保管していたステージ衣装も被害を受け、上記の合計被害額は数百万円に上った。さらに、停電により固定電話が使用不可となったことも、事業に影響を与えた。

同社はこの教訓を踏まえ、現在はBCPを策定し、自然災害への対策に取り組んでいる。まず、音響機材は、落下による破損を防ぐため、なるべく積み上げずに、倉庫と事務所、車の中などに分散配置し、積み上げる場合でも重い機材は低位置に置くようにした。また、停電対策として、固定電話宛ての連絡が全て携帯電話に転送されるように設定した。また、熊本地震時に、バックアップ用の音源データの記録媒体も破損したため、以降はデータをクラウド上で保存するようにした。音源データは世界に2つと無い物であるため、費用が掛かってもクラウドを導入すべきと考えたという。さらに、充電用の電源やテレビなどの情報収集源として活用するため、ワンボックスカーの燃料は常に満タンにしている。また、電話回線の混雑に備え、安否確認にSNSを活用する体制も整えたという。

上記の取組により、事業継続のために特に重要である音響機器や音源データなどの保護が図られ、会社への連絡が全て携帯電話に転送されることから、顧客に迷惑を掛けることなく事業を進められるといった効果を期待しているという。

曽我社長は、「緊急時に事業を継続するためにも、常に何か起きた時の事を考えておかなくてはならない。会社は信用で成り立っているので、顧客に迷惑を掛けないように対策は常に考えておくべきだ。」と語る。

曽我邦彦社長・低位置に配置した音響機器

事例3-2-4:丸田屋生花店

「被災経験を教訓に、小さなことから災害対策に着手している事業者」

岐阜県下呂市の丸田屋生花店(従業員4名、個人事業者)は、親子2世代で2店舗を経営する生花小売業である。

同事業者は、1999年の台風第16号による飛騨川の河川氾濫により、店舗が床上浸水の被害を受けた。事業再開に当たり、個人事業者でも対処できる水害対策を検討し、店舗入口の嵩上げ、入口の密閉度を高める自動ドアへの変更、非常灯、匂いを取るための換気扇の設置、生花用冷蔵庫などの主要設備における電気設備の配線・コンセントの上部移設などを行ってきた。

その後、2018年の7月豪雨により再び水害が発生した。その降水量の多さによって再度床上浸水に至り、店舗フロアに展示した商品は、廃棄せざるを得ない状況となった。

しかし、生花用冷蔵庫内の商品は浸水高より上部にあったため被災せず、加えて電気設備の配線・コンセントを上部に移設していたことから、主要電気設備の不具合はなかったという。結果、被災翌日には店舗清掃をしながらであったが、開店し業務を継続することができた。

「今回の被災後、周りから応援を得て、それが心の支えになった。周囲に応えるためにも、これからも取り組めることから事業継続に向けた対策を講じていきたい。」と石丸たづ枝店主は語る。

店舗外観・生花用冷蔵庫・上部に位置する電気設備

事例3-2-5:西光エンジニアリング株式会社

「遠方企業との連携協定を含んだBCPを策定することで、取引先からの信頼を高めている企業」

静岡県藤枝市の西光エンジニアリング株式会社(従業員12名、資本金1,500万円)は、1987年に設立された、製造装置などの設計開発を行う企業である。同社は高い技術力を基に複数の特許を持ち、国内外の大手食品メーカーを主要顧客に抱えている。創業当時から装置の設計・開発に特化し、製造は株主企業や近隣の連携先企業が行っており、「ファブレス型」の形態をとっていることも同社の特徴である。

同社が位置する静岡県は、南海トラフ地震が発生すると、甚大な被害を受けることが予想されている。災害時の事業継続を不安視する取引先も多く、安心して発注してもらうために、BCP策定を含む災害への備えが必要だった。

岡村邦康社長は、災害時の事業継続のために、遠方にも製造拠点を構える必要性を感じていた。そうした中、北海道札幌市の「ものづくりテクノフェア」にて北海道旭川市の株式会社エフ・イーの佐々木通彦社長と知り合い、2013年のBCP策定の後、情報交換を繰り返し連携協定の締結に至った。災害時に双方の連携先企業と、旭川機械金属工業振興会の協力のもと、互いの製品を生産できる関係を構築し、年に1度、BCPの見直しや、互いの装置に関する勉強会を実施している。また、「日々の経営にも好影響を与えるものでなければ意味がない。」との考えから、平常時の従業員の交流及び共同研究や、相互の販売代理店として営業面での協力体制も構築している。この取組は、取引先から「安心して発注できる」と評価されており、経営に良い影響を与えているという。

また、同社のBCPは静岡県信用保証協会からBCP特別保証制度の内諾を得ており、有事の際に保証額(激甚災害時に、通常融資と別枠で最大2億8千万円)が支払われることが、大手取引先に与えた安心感は大きい。各社から高い信用を得ただけでなく、リスクに敏感な海外企業との取引にも役立っている。

現在は、岡村社長が作成したBCPを基に、従業員主導で定期的な内容の見直しを実施している。「自社に降りかかるトラブルやリスクに無関心な企業に発注する顧客などいない。社長自らが汗をかき、一たび丁寧にBCPを作り込めば、従業員も事業継続の重要性を理解し、継続的な見直しの力となってくれる。事業継続が困難な状況となる前に、積極的に取り組むべきである。」と岡村社長は語る。

岡村邦康社長・同社が策定したBCP冊子
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