第2節 中小企業における、自然災害への対策状況
1 自然災害に関するリスク認知の取組
〔1〕リスクの把握状況
一口に自然災害といっても、地震、水害、土砂災害など、その種類は多岐にわたる。中小企業が自然災害への備えを講じる上では、自社がどの自然災害のリスクをどの程度抱えているかを知ることが、取組の入口になる。本節では、自然災害対策に具体的に取り組む前段階としての、リスクの把握状況について分析を行っていく。
第3-2-17図は、自然災害に関して自社が抱えるリスクの把握状況を従業員規模別に見たものである。従業員規模が大きくなるにつれてリスクを把握している度合いは高くなるものの、全体を通して「いずれ調べてリスクを把握したい」との回答が多く、いずれの従業員規模においても、半数以上の中小企業が現時点においてリスクを把握していないことが分かる。さらに、「既に調べて把握し、被災時の損害金額まで想定できている」との回答は、従業員規模に関わらず最も少なくなっており、総じて、自社が抱えるリスクを把握する取組は十分に進んでいないことが分かる。

第3-2-18図は、自然災害への備えに取り組むための社内体制別に見た、自社が抱えるリスクの把握状況である。「既に調べて把握し、被災時の損害金額まで想定できている」、「既に調べて、一定程度把握している」の合計割合は、全社単位で取り組んでいる企業で57.4%である一方、社内での体制が特にない企業においては37.8%にとどまっている。リスクを把握するに当たり、社内体制の整備が取組の土台になっていると考えられる。

第3-2-19図は、自社が抱えるリスクの把握状況別に、自然災害に対する具体的な備えの取組状況を見たものである。リスクを把握する取組を行っている企業では、自然災害への備えに取り組んでいる者の割合が高いことが分かる。両者の因果関係は明らかではないものの、抱えるリスクを調べて把握することが、具体的な備えに取り組むきっかけとなっている可能性が示唆されている。

〔2〕リスクを把握する際における支援者
第3-2-20図は、リスクを把握できている中小企業が、自社の抱えるリスクを把握するに当たって支援を受けた者を示している。「特になし(自社のみで対応)」との回答が最も多くなっており、既に取り組んでいる企業においては、周囲の支援を受けずに自力でリスク把握に取り組む企業が多いことが分かる。他方、外部からの支援を受けた者では、「取引のある保険会社・保険代理店」が最も多く、保険販売の際などに、中小企業が自社の抱えるリスクを把握する機会が提供されているものと推察される。また、「仕入先」や「販売先」など、サプライチェーン上の取引先に該当する者から支援を受けているケースも一定数存在しており、サプライチェーン単位での災害対応を進める観点からの取組も見て取れる。これに加え、「行政機関」、「取引のある金融機関」、「地域の支援機関」など、自然災害以外でも経営支援を行っている支援者が自然災害に対しても支援を行っていることが分かる。こうした中小企業を取り巻く周囲の関係者の働きかけも、中小企業のリスク把握において一定の効果があるといえよう。

〔3〕ハザードマップの活用状況
自社の地域の自然災害発生リスクを把握するためのツールの一つに、ハザードマップがある。ハザードマップは、国土交通省ハザードマップポータルサイト6や各自治体の発信する情報で見ることができる。
6 詳細は国土交通省ハザードマップポータルサイトを参照。(https://disaportal.gsi.go.jp/)
ハザードマップは、例えば、豪雨発生時の浸水リスクや、地震発生時の土砂災害リスクなどの把握に役立つ。また、自然災害リスクを把握することで、水災を補償する損害保険への加入や、安全な地域への立地変更、従業員の避難計画作成など、事前対策の内容を検討する際にも役立つ。
しかし、中小企業におけるハザードマップの活用状況を見ると、従業員数が100人以下の企業ではハザードマップを見たことのある割合は4割程度であり、101人以上の企業でも5割に満たないことが分かる(第3-2-21図)。ハザードマップの活用による防災への取組は、まだ拡大の余地があると考えられる。

第3-2-22図は、アンケート調査の回答企業における自社の地域のハザードマップの確認状況を、ハザードマップ上での浸水リスク区分別に示したものである7。ハザードマップを確認したことがあると回答した企業の割合は総じて5割以下となっており、浸水の可能性がほぼない0mの地域に立地する企業を除くと、大きな差は見受けられない。ハザードマップ以外の情報で自社の浸水リスクを把握しているケースもあり得るものの、リスク把握の取組は徹底されていないと考えられる。
7 (株)ゼンリンにおいて、アンケート調査における有効回答4,532件の所在地情報に対して、座標の特定を行った上、国土数値情報のハザード情報の属性を空間結合により付与する作業を実施したもの。なお、本章においては、「浸水想定区域データ」を用いて、分析を行っている。

第3-2-23図は、自然災害に対する備えの取組状況を、自社の地域のハザードマップの確認有無別に見たものである。ハザードマップを見たことがある企業では、自然災害への備えに取り組んでいる割合が、そうでない企業に対して高くなっている。両者の因果関係は明らかではないが、ハザードマップを確認した結果として自然災害への備えに取り組んでいる、若しくは自然災害への備えに取り組む第一歩としてハザードマップによるリスク状況の把握に取り組んでいることが推察される。

コラム3-2-2
ハザードマップの活用方法
国土交通省ハザードマップポータルサイトでは、〔1〕「重ねるハザードマップ(防災に役立つ災害リスク情報などを、地図や写真に自由に重ねて表示することが可能)」、〔2〕わがまちハザードマップ(全国の市町村が作成したハザードマップを、地図や災害種別から検索することが可能)、の2種類のハザードマップを公開している。これにより、「浸水リスク」、「土砂災害発生リスク」、「津波浸水リスク」などを確認することが可能となっている(コラム3-2-2図)。

事例3-2-1:有限会社池ちゃん家・ドリームケア
「ハザードマップの情報を基に事業所の高台移転を行うなど、利用者・従業員の安全確保に注力する企業」
静岡県焼津市の有限会社池ちゃん家・ドリームケア(従業員40名、資本金400万円)は、2000年11月に4人体制、定員10名の介護施設として設立し、現在では合計17事業所、利用者230名まで事業を拡大している企業である。
静岡県は東海地震による被害が想定されていることから、設立当初より、地震災害を念頭に置いた防災体制を構築していた。しかし、東日本大震災での津波被害を見た結果、自社の防災体制に不安を感じ、事業継続計画(BCP)に関するセミナーへの参加を決意したという。
その後は、緊急時における、他事業所への利用者の受入体制の整備や、紙で行っていた施設利用者の健康情報管理の電子化などの事前対策に取り組んだ。
また、同社は、BCP策定の過程で自社の地域のハザードマップを確認したところ、焼津市内の1事業所が津波浸水想定地区にあり、実際に災害が発生した際、利用者及び従業員の安全が保証できないことを知った。そこで池谷千尋社長は、課題解決のため、津波浸水想定地区でない高台へ一部の事業所を移転することを検討した。移転費用の負担は大きく、社内で反対の声もあったが、災害時における利用者や従業員の安全を確保し事業継続を図る上では必要不可欠と捉え、関係者との協議・合意を経て、2012年6月に移転を行った。また、新築移転した建物は、震度7の地震に耐えられる構造となっている。
なお、施設利用者の多くが移動困難な方である。そのため、災害時には避難所に避難することなく施設で引き続きサービスを受けられるようにするため、災害発生時において必要な備品を調達することを目的とし、日常から地元の複数業者と取引を行うこととしている。
「BCP策定を通じ、自然災害への備えについて頭の整理をすることができた。現在、後継者の育成も自社の事業継続には必要なことと認識しており、今後は人材育成にも取り組んでいきたい。」と池谷社長は語る。

〔4〕まとめ
以上、中小企業における、自然災害に関するリスクの把握状況について見てきた。
自社の抱えるリスクを調べて把握し、被災時における損害金額まで想定できている企業はごく一部にとどまっており、現時点において自社の自然災害に対するリスクを把握していない企業が半数以上を占めているのが実態である。なお、自社のリスクを把握している企業においては、周囲の関係者の支援を受けた者も一定数存在し、今後もそのような支援者の役割が重要になると考えられる。
こうした自然災害に関するリスク把握は、災害への備えを進めていくに当たっての第一歩であると考えられ、リスク把握の取組を進めていく意義は大きい。他方で、リスクを把握するためのツールの一つにハザードマップがあるが、被災リスクが存在する企業であっても、実際に確認したことがある者は一定割合にとどまっており、認知度を向上させていく必要がある。