第3部 経済成長を実現する中小企業 

3 転業の促進に向けた課題と取組

 前項では、転業が我が国経済の新陳代謝や企業の成長、再生に重要な意義を果たしていることを述べた。経済成長の源泉となるのは、何も市場に参入してくる新規企業だけではない。既存企業であっても、更なる成長のため又は活力再生のために、企業家精神を発揮して新規事業に挑戦し、経済成長を牽引する主体となり得る。本項では、転業実態調査を用いて、我が国の転業の実態及び課題を分析し、転業を促進させるための取組について論じていく。

●転業の分類
 転業をその動機・目的によって分類した場合、「自社の成長目的」や「社会貢献目的」といった「能動的転業」及び「既存事業の不調」や取引先の要望、会社再編、親会社の方針等による「外部的要因」といった「受動的転業」に分類できるであろう。 転業実態調査によると、受動的転業が能動的転業を若干上回るが、詳細な割合を見ると、成長目的からの転業が、既存事業の不調による転業を上回っている(第3-1-55図)。
 
第3-1-55図 転業の分類
〜既存事業の不調のみならず、成長目的からの転業と回答する企業も少なくない〜


第3-1-55図 転業の分類
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事例3-1-13 機械修理業から、繊維機械や半導体製造機器といった常に成長過程にある分野に進出している企業

 奈良県橿原市の株式会社タカトリ(従業員220名、資本金9億6,300万円)は、半導体、液晶関連機器、ワイヤーソー31及び繊維機械の製造・販売を主な事業内容とする企業である。

31 ダイヤモンドワイヤーを用いた切断機器のこと。

 同社は、1950年に高鳥王昌会長により機械修理業を行う会社として起業された。高鳥会長は、「常に成長過程にある分野に進出する。」という方針を有しており、1951年には、当時目覚ましく成長していた繊維機械の製造を開始した。同社のパンティストッキング自動縫製機は、世界60か国以上に輸出されるまでに成長したが、高鳥会長の決断で、その全盛期の1983年に、当時成長が見込まれていた半導体製造機器製造に進出した。
 1990年には、半導体用の超硬材質、セラミック等を高精度に切断するマルチワイヤーソーを開発し、販売を開始した。その後も、携帯電話用の水晶の加工市場で世界シェアの6割を獲得、さらに、独自技術である揺動機構32を搭載した中型機は、LEDやパワー半導体に使われるサファイア、シリコンカーバイド、ガリウムナイトライドの加工市場で世界シェア9割以上を占める。これらの材料は硬度が高く、同社の揺動機構搭載のマルチワイヤーソーでしか切断できなかった。近年、省エネ部品の需要の高まりを背景に、液晶バックライトにLEDが使われるなど、LED 市場は急拡大しており、LEDに使われるサファイア基板の加工市場を寡占する同社のマルチワイヤーソーの出荷台数は急速に伸びている。

32 ワイヤーによって素材を円弧状にスライスする機械のこと。

 現在は、(独)産業技術総合研究所つくばセンターが実施する省エネ半導体に用いるシリコンカーバイドの高度化研究に参画し、近畿経済産業局により戦略的基盤技術高度化支援事業に採択され、サファイア加工技術の高度化の取組等を行っている。
同社のマルチワイヤーソーを用いてサファイアを切断する様子

 
事例3-1-14 公共事業の減少を受けて建設業から介護福祉分野及び農業分野に進出し、相乗効果を得ている企業

 長崎県佐世保市の株式会社堀内組(従業員105名、資本金8,000万円)は、介護福祉分野や農業分野に進出している総合建設業者である。
 同社は、戦前から旧国鉄松浦鉄道の建設工事を担い、1950年の会社設立後も公共工事を中心に地域に密着した事業を拡大してきたが、公共事業が減少していく中、人材や資金、設備等に余裕があるうちに、介護福祉分野及び農業分野へ進出した。介護福祉分野では、1998年には社会福祉法人を設立、1999年には特別養護老人ホーム「虹の里」を開設して運営している。農業分野では、ブルーベリー、マンゴー、オリーブ等の栽培を行っており、ブルーベリー事業では、2007年から「点滴ポット栽培」を導入し、病害虫等による被害の低減と、低農薬栽培による安全で高品質な果実を収穫している。また、オリーブ事業では、耕作放棄地を利用して市場ニーズのある高品質な食用、化粧用のオリーブオイルを抽出するための果実を栽培し、オリーブの樹木を活かした景観作りに目を付けて、県内の教会等にオリーブを植樹し、農業と観光の連携の試みも行っている。
 介護福祉分野及び農業分野への進出は、本業である建設業での受注にもつながり、売上や雇用を回復させつつある。同社は、今後も新分野での事業を拡大させることで、本業の建設業の受注が増えていく相乗効果を期待して、地域への貢献や更なる発展を目指していく。
同社が運営する特別養護老人ホーム「虹の里」(左)とブルーベリーの点滴ポット(中)、果実(右)


 能動的転業とは、主に事業の拡張、拡充を図るものであり、受動的転業とは、主に事業の改善、再生を目指して行われるものと考えられるが、転業の実態や課題を的確に捕捉するためには、これらの能動的転業と受動的転業を区別して分析を行う必要がある。以下では、能動的転業と受動的転業の区別を軸として、転業の現状を詳細に把握していく。
 能動・受動別の転業前後の業種を示した第3-1-56図〔1〕及び第3-1-56図〔2〕によると、能動的転業では、情報通信業や医療,福祉といった業種が増加しており、成長分野で更なる企業の成長を目指していることが推測される。他方で、受動的転業では、不動産業,物品賃貸業の割合が拡大しており、不調な既存事業を縮小し、所有する不動産を活用することに活路を求める企業が多いことが考えられる。
 
第3-1-56図〔1〕 転業前後の業種(能動的転業)
〜能動的転業においては、転業前後で、情報通信業や医療,福祉といった成長分野の業種が増加している〜


第3-1-56図〔1〕 転業前後の業種(能動的転業)
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第3-1-56図〔2〕 転業前後の業種(受動的転業)
〜受動的転業では、転業前後で、不動産業,物品賃貸業が大幅に増加している〜


第3-1-56図〔2〕 転業前後の業種(受動的転業)
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●転業の動機・目的及び事業分野の選択理由
 転業の動機・目的をより詳細に尋ねたものが第3-1-57図である。これによると、能動的転業では、「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、受動的転業では、「既存事業の売上不振又は収益低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性がなかった」ことを動機・目的として転業に踏み切っていることが分かる。
 
第3-1-57図 転業の動機・目的
〜能動的転業では、「企業の更なる成長」や「事業多角化の一環」を、受動的転業では、「既存事業の売上不振又は収益低下の補填」や「既存事業が陳腐化し、将来性がなかった」を動機・目的としている〜


第3-1-57図 転業の動機・目的
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 次に、企業が転業先の事業分野を選択した理由について見ていく。第3-1-58図によると、多くの企業が既存の専門的な技術・知識、取引先・人脈、設備等、既存の専門的能力や人的・物的資産を活用できる分野を選択している。能動・受動別に見ると、能動的転業では、「成長性のある分野」を事業分野に選択する割合が最も高く、果敢に成長分野に挑戦している。また、受動的転業では、「既存の設備等が活かせる」、「他に事業を行える分野がなかった」といった割合が能動的転業と比べて高く、事業分野も消極的理由から選択している割合が高い。
 
第3-1-58図 事業分野の選択理由
〜能動的転業では、「成長性のある分野」を選択する割合が最も高い一方、受動的転業では、「既存の設備等が活かせる」、「他に事業を行える分野がなかった」といった割合が能動的転業と比べて高い〜


第3-1-58図 事業分野の選択理由
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●転業時の課題
 転業時の課題となった事項について尋ねた結果が第3-1-59図であるが、上位には「資金調達」、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」が挙げられており、起業時に直面した課題と同様の問題が、転業企業にも生じていることが推測される。また、受動的転業においては、「人員整理」も大きな課題となっており、事業の収縮を伴う転業を行う場合に、既存人員の処遇が課題となることが分かる。
 
第3-1-59図 転業時の課題
〜上位には、「資金調達」、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」が挙げられるが、受動的転業では「人員整理」も課題となっている〜


第3-1-59図 転業時の課題
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 転業時の課題として資金調達が最も挙げられているが、第3-1-60図は、転業を行うに当たって要した費用の分布を示したものである。全体で見ると、転業の費用を1,000万円未満とする企業が約3割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存在することが分かる。また、能動・受動別に見ると、能動的転業よりも受動的転業で1,000万円未満と回答した企業の割合が高く、受動的転業では、少額の費用で転業を図る企業が多いことが分かる。
 
第3-1-60図 転業を行うに当たって要した費用
〜1,000万円未満とする企業が約3割を占める一方、1億円以上とする企業も約3割存在し、また、受動的転業では、少額の費用で転業を図る企業が多い〜


第3-1-60図 転業を行うに当たって要した費用
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 また、新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と、実際に黒字転換するまでに要した期間の関係を見てみると、実際には見込みよりも長い時間がかかる傾向にある(第3-1-61図)。既存事業を縮小し、新事業に経営資源を集中する場合、転業期間中は、既存事業からの収益が減少するため、資金繰りが厳しくなる。新規事業が軌道に乗るまで予想よりも長い時間がかかる傾向にあれば、転業期間中の資金繰りは、企業にとって特に重要だといえる。
 
第3-1-61図 新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と実際に要した期間
〜黒字転換までに見込みよりも長い時間がかかっている〜


第3-1-61図 新規事業が黒字転換するまでに見込んでいた期間と実際に要した期間
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●転業の影響
 前掲第3-1-54図において、転業企業の過半が売上高、経常利益及び従業員数を増加させていることや、転業が進むほど、売上高や従業員数は減少するが、経常利益は増加又は維持する傾向があることを指摘した。転業前後の売上高、経常利益及び従業員数について、能動・受動別に見たものが第3-1-62図である。これによると、能動的転業では、売上高、経常利益及び従業員数を増加させる企業が多い。他方で、受動的転業では、ほぼ半数の企業で売上高及び従業員数を減少させているが、過半の企業が経常利益を増大させており、事業規模を縮小させつつも、企業の収益性は改善させていることがうかがわれる。
 
第3-1-62図 転業後の売上高、経常利益、従業員数(類型別)
〜能動的転業に比べ、受動的転業では、売上高及び従業員数を減少させる企業の割合が高いが、過半の企業が経常利益を増大させている〜


第3-1-62図 転業後の売上高、経常利益、従業員数(類型別)
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 以上では、転業による売上高、経常利益及び従業員数の変化を見てきたが、転業によってほかにどのような効果が生じたのか、転業直後及び転業後と段階別に尋ねたものが第3-1-63図である。これによると、転業直後及び転業後には、「売上や雇用が増加した」以外に、「企業が存続できた」、「企業の成長性や将来性が上昇した」などという良い影響、「売上や雇用が減少した」、「資金繰りが悪化した」などという悪い影響が生じている。しかしながら、転業直後に比べて転業後には、良い影響があったと回答する企業の割合が増加している。また、売上や雇用、資金繰りの面での悪い影響を受ける企業は、時間を経るに従って減少している。これらのことから、企業は、転業直後に一時的に悪い影響を被るが、時間を経るに従って徐々にプラスの影響を受けていることが分かる。
 
第3-1-63図 転業直後及び転業後の影響
〜転業直後に比べて転業後には、良い影響があったと回答する企業の割合が増加している〜


第3-1-63図 転業直後及び転業後の影響
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 転業直後及び転業後に出た影響を、能動・受動別に見た場合、能動的転業では、「売上や雇用が増加した」、「企業の成長性や将来性が上昇した」と回答する企業の割合が、受動的転業では、「企業が存続できた」と回答する企業の割合が高い(第3-1-64図)。つまり、能動的転業においては、転業によって更なる成長を実現しているが、受動的転業においては、事業の再建や企業の存続に成功していることが分かる。
 
第3-1-64図 転業直後及び転業後の影響(類型別)
〜転業による影響として、能動的転業では、「売上や雇用が増加した」、「企業の成長性や将来性が上昇した」と回答する企業が、受動的転業では、「企業が存続できた」と回答する企業の割合が高い〜


第3-1-64図 転業直後及び転業後の影響(類型別)
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●転業の成功要因
 以上、転業の効果について述べてきたが、転業に成功した企業は、どのような点に成果が得られている要因があると考えているのだろうか。第3-1-65図は、転業の成果が得られている要因について示したものであるが、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」、「資金調達」等が上位に上がっている。前掲第3-1-59図で示したように、これら3項目は転業時の課題の上位3位ともなっている。しかし、資金調達は転業時の課題として最も多く挙げられている項目であるにもかかわらず、成功要因としては人材確保や販売先確保を下回っていることから考えると、優秀な人材確保や新分野での販売先確保が、転業時に最大の課題となる資金調達よりも転業の成否をより大きく左右するといえそうである。
 
第3-1-65図 転業の成果が得られている要因
〜転業の成果が得られている要因として、「質の高い人材の確保」、「販売先の確保」、「資金調達」が多く挙げられている〜


第3-1-65図 転業の成果が得られている要因
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 転業の成功要因を能動・受動別に示した第3-1-66図によると、能動的転業では、上述の人材確保、販売先確保、資金調達を成功要因とする企業の割合が、受動的転業と比較して高いことが分かる。他方で、受動的転業においては、人員整理を成功要因として挙げる企業の割合が相対的に高いことが特徴である。
 
第3-1-66図 転業の成果が得られている要因(類型別)
〜人材確保、販売先確保、資金調達が成功要因であったと回答する企業は、能動的転業において比較的高いが、受動的転業においては、人員整理と回答する企業の割合が相対的に高い〜


第3-1-66図 転業の成果が得られている要因(類型別)
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事例3-1-15 質の高い人材の育成に成功し、高付加価値デニム生地を製造する企業

 岡山県井原市の日本綿布株式会社(従業員60名、資本金2,000万円)は、ジーンズ製造の工程を一社で完結する一貫生産体制を構築している。
 同社の川井眞治社長は、約20年前に(株)日本貿易振興機構主催のヨーロッパ視察に参加した際、イタリアのトスカーナ地方の衰退を目の当たりにし、最後には一貫生産に対応できる企業のみが生き残れるとの思いを強くした。それ以来、全ての工程を自社に取り込みノウハウを蓄積することを目的とし、1997年に防縮加工設備新設により「整理加工(防縮加工)」までの一貫生産を、2004年には設備新設による最終過程である「洗い加工」までの一貫生産体制を着々と整備してきた。この一貫生産によるノウハウの蓄積が、安価な外国製品に負けない高付加価値素材の開発・提供へつながった。同社の品質へのこだわりは世界に知れ渡っており、主に付加価値の高いプレミアムジーンズと呼ばれる1本3万円もする高級ジーンズに採用されている。また、ラルフローレン、ポール・スミス、ヤコブコーエン等の有名ブランドから指名の引き合いがある。
 川井社長は、「品質を支えるのは、従業員の一人一人の職人としてのプライドである。」と考えており、事務所内には勤続30年以上の社員の写真を飾ることにしている。同社では、独特の肌触りを生み出すために旧式のシャトル織機を使ってデニム生地を織っているが、こうした機器の操作法を含め、職人の技を身につけるには約20年の長い時間と経験が必要であり、同社の工場では、60歳のベテラン職人が18歳の新人に技術を伝承する光景がよく見られる。こうして蓄積された技術と人材を活かして、同社は、世界初のグラデーションデニム・ファイバーによる高付加価値デニム生地の開発に成功した。これは1本の糸を3層に染め分けることにより、色相の多層構造を構成するもので、現在のところ同社のみが生産可能である。川井社長は、「中小企業は、大量生産の安物では生き残れない。高品質の本物、こだわりで差別化し、顧客価値の高いマーケットだけを狙っていく。」と語る。
同社が開発したグラデーションデニム・ファイバーの生地を用いたジーンズ
 
事例3-1-16 既存製品を活かして環境分野に進出し、愛知万博への出展等により販路開拓に成功している企業

 陶磁器産地として有名な滋賀県甲賀市信楽町にある近江化学陶器株式会社( 従業員50名、資本金9,500万円)は、1874年に起業された老舗企業である。同社は、陶磁器製の建築物の外装及び床用のタイル等を主に生産しているが、建設業界の先行きの不透明感から、環境問題への社会的関心の高まりに伴う緑化対策に着目し、既存の陶磁器製タイルを活かした壁面緑化事業に新分野進出を果たしている。
 同社は、起業以来、時代の要請に応じる形で、陶磁器技術を核に蚕糸鍋製造、外装タイル製造と事業転換を行ってきたが、成長しつつある環境分野に着目して、関連会社を中心として建物の緑化事業に着手し、多孔質セラミックと陶磁器質を組み合わせた陶板とスナゴケを用いた植栽断熱発砲陶器「GIF-T」の開発に成功した。陶板部分は、長年培ってきた技術を活かして、外装タイル部分は陶磁器質で仕上げ、スナゴケを植える部分には多孔質セラミックを用いて両者を一体焼成する工夫を凝らした。また、タイルに植える植物を探し求めた結果、砂や石の基板で育ち、乾燥にも強いスナゴケに着目した。同社には、コケに関する専門人材はいなかったが、社員が学会に参加したり、また、大学の研究者を訪問したりすることで粘り強く情報を収集し、スナゴケを壁面緑化に用いることに成功している。
 歴史を遡ると、同社の蚕糸鍋は、1900年のパリ万博に出展され、外装用タイルは、1970年の大阪万博で「太陽の塔」に用いられている。同社のGIF-T は、2005年の愛知万博で、巨大緑化壁「バイオラング」へ出展されたが、それを契機に注目を浴び、全国各地への販路の拡大に成功している。
愛知万博に出展した巨大緑化壁「バイオラング」


●転業に対する公的支援
 次に、企業は、転業に際してどのような国及び地方公共団体等の支援策を活用し、今後活用したいと考えているのだろうか。活用したものについて見ると、多くの企業が自社の転業に際して「資金支援」を活用していることが分かるが、「特になし」と回答する企業の割合も高い(第3-1-67図)。今後活用したいものと併せて分析すると、「設備投資支援」、「販路開拓支援」、「人材確保支援」、「人材教育支援」等の項目において活用した施策と今後活用したい施策の乖離が大きく、さらに政策的な支援が必要な分野であるといえる。特に前掲第3-1-65図で見たように、販売先及び人材の確保が転業の成功要因となっていることを鑑みると、販路開拓や人材確保及び人材教育への支援が重要である。
 
第3-1-67図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策
〜「設備投資支援」、「販路開拓支援」、「人材確保支援」、「人材教育支援」等で活用した施策と今後活用したい施策の差が大きい〜


第3-1-67図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策
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 転業に際して活用した支援策及び今後活用したい支援策を能動・受動別に示したものが、第3-1-68図である。これによると、能動的転業の方が、支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にあり、受動的転業をした企業は、支援策の利用に消極的であることが分かる。
 
第3-1-68図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策(類型別)
〜能動的転業の方が、支援策の活用割合及び活用意欲が高い傾向にある〜


第3-1-68図 転業に際して活用した/今後活用したい支援策(類型別)
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●成功する転業と転業を支援する取組
 以上、転業実態調査を中心に、我が国の企業の転業活動について詳細に分析を行い、能動的転業と受動的転業とで転業の動機・目的や課題が異なること、転業の際には、資金調達、人材確保及び販売先確保が課題となるが、新規事業が黒字転換するまでの期間が見込みを上回ることが多く、資金繰りが逼迫するおそれがあるため、特に資金調達が重要となること、転業の成功要因としては、人材確保、販売先確保及び資金調達といった事項が多く挙げられること、そして、利用した転業支援策としては、資金支援が多く挙げられるが、利用しなかった企業も多数に上ることを指摘した。それでは、企業が転業に臨む際にどのような点に留意し、また、政府等の機関のどのような支援が重要なのであろうか。
 まず、転業を図る企業は、楽観視することなく綿密な転業計画を立て、多くの場合、新規事業の黒字化には想定以上の期間がかかることに留意して、転業に臨むべきである。また、転業の成功要因には、「既存の取引先や人脈等の活用」や「既存の技術・知識等の活用」よりも、「質の高い人材の確保」や「販売先の確保」等を挙げる企業が多い。転業に際しては、自社の強みとなる既存の資源等が活用できる分野に進出しやすいが、そうした自社の強みが新分野でも発揮できるとは限らず、むしろ人材・販路・資金といった新規事業を創出する際と変わらない要素が、成功要因となることに着目すべきであろう。第1節では、起業に際して起業家の過去の経験や人脈が成功要因となる場合が多いことを指摘したが、転業に際しては、転業前の人脈や技術等よりは、むしろ人材・販路・資金といった要素が、転業を成功させるための鍵となるのである。
 それでは、転業活動を支援する取組には、具体的にどのようなものがあるだろうか。中小企業の新事業活動を一括して支援すべく、2005年4月に中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律が施行された。同法によると、国が策定・公表している基本方針を基に中小企業が経営革新計画を作成し、都道府県等から承認を受けた計画については、日本公庫による低利融資、中小企業信用保険法の特例といった資金支援、販路開拓コーディネート事業等の販路開拓支援等を受けることができる。2010年度には、4,436社(1999年以降、累計45,415社)が経営革新計画の承認を得ており、今後も新分野進出等を図る中小企業の利用が見込まれる。以上は、主として成長目的の能動的転業への支援であるが、収益性のある事業を有しつつも財務状況が悪化している企業に対する事業の改善・再生等の受動的転業(利益の出ていない事業を廃止して、利益の出ている事業に集中特化することを含む)への支援としては、企業再生支援が挙げられる。特に都道府県ごとに設置された中小企業再生支援協議会では、過剰な債務により経営状況が悪化しているが、財務や事業の見直しにより再生が可能と判断される中小企業を対象に、企業再生に関する知識及び経験を持つ専門家が、中小企業からの相談に対し、課題解決に向けたアドバイスを行っている。また、相談案件のうち、再生のために財務や事業の抜本的な見直しが必要と判断される場合には、弁護士や公認会計士等の専門家により個別支援チームが結成され、具体的な再生計画の策定を支援するとともに、債権の放棄や条件変更(リスケジュール)等、関係金融機関等との金融調整の支援を実施している。中小企業再生支援協議会における2010年度の再生計画策定の支援は364社(2003年度以降、累計2,945社)となっている。このように、債務の軽減や繰延べにより事業の再生が見込まれる企業にとって、事業の改善・再生等の受動的転業を行う際に、中小企業再生支援協議会を活用することも、有効な手段の一つである。また、2009年6月には産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法が改正され、中小企業承継事業再生計画の認定制度が創設された。これにより、中小企業が、収益性のある事業を会社分割や事業譲渡により切り離して、他の事業者(第二会社)に承継させ、残された旧会社を特別清算等することで事業再生を図る中小企業承継事業再生計画を策定し、当該計画について認定を受けた場合、事業を引き継いだ第二会社に対する許認可権の承継33、登録免許税・不動産取得税の軽減、金融支援34が受けられるようになった。

33 第二会社への許認可権の承継には、業種の指定がある。
34 金融支援には、別途金融支援を行う機関による審査が必要である。

 以上、第1節では経済の新陳代謝、企業の成長、雇用の創出、社会の多様化等から、起業が経済社会に重要な影響を及ぼしていること、第2節では転業が経済の新陳代謝や企業の成長を促進していることを概観した。東日本大震災により多くの中小企業が倒産、廃業を余儀なくされる中、経済の新陳代謝、企業の成長、雇用の創出等の観点からも、起業、転業を促進することが特に重要となっている。また、震災後も、新たな市場に果敢に挑戦する起業家、そして、既存事業の変革を試み、新たな分野へと参入する経営者の企業家精神こそが、経済成長の原動力となる。こうした新時代の旗手を育むべく、政府は、2010年6月に閣議決定された中小企業憲章において、「起業を増やす」ことを中小企業政策の基本理念とし、「起業・新事業展開のしやすい環境を整える」ことを行動指針に定めた。従来の大企業中心の経済秩序が崩壊しつつある現在、起業家や中小企業の旺盛な挑戦意欲や多様な創意工夫こそが、既存の秩序を変革し、より豊かで、より活力にあふれる経済社会を創造していくのである。



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