第2部 中小企業の生産性の向上に向けて 

第4節 高成長を遂げる中国・インド・ベトナム

 前節では、中小企業の海外展開の現状や労働生産性に与える効果、そして海外展開における課題全般を見てきた。言うまでもなく、こうした現状や課題は、中小企業が海外展開を行う国・地域によって大きく異なる。近年、中小企業の海外展開は中国への進出が増大している一方、既に中国に進出している企業の一部では、事業環境におけるリスクの高まりから中国以外の進出先としてインドやベトナムを模索する動きが出てきている。
 そこで、本節では、高成長を遂げ、我が国中小企業が熱い視線を送る中国・インド・ベトナムを採り上げる。中国に進出する中小企業のうち非製造業に属する企業が増加していることや中国に進出する中小企業において高まっている経営上のリスクについて分析を行うとともに、市場規模や賃金といった面で魅力的とされるベトナムやインドにおける中小企業の海外展開の状況を概観していく。

1 中国への非製造業の海外進出
 我が国中小企業の海外展開において近年特徴的なことは、前節で触れたように非製造業の進出が増えている点である。地域ごとに見てみると、アジアへの進出が最も大きく伸びており、その中で中国への進出が特に増大していることが傾向として読み取れる(第2-4-27図)。
 
第2-4-27図 全海外展開非製造業現地法人数における各地域別割合(中小企業)
〜2001年以降、中国を中心としたアジアへの非製造業の海外展開が進んでいる〜
第2-4-27図 全海外展開非製造業現地法人数における各地域別割合(中小企業)
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 そもそも、これまで非製造業の進出が製造業に比べて低調であった背景として、発展途上国を中心に、サービス産業に対する政府の規制が製造業に比べて厳しいことが挙げられる。しかし、近年、サービス産業に対する政府の規制の緩和が進んだことに加え、我が国の製造業による海外展開が急速に進展し、現地の日系企業に対する事業所向けサービスの需要が拡大するとともに、現地に派遣された日本人従業員に対するサービスの需要も増大した。さらに、急速な経済成長に伴って東アジア諸国の所得水準が上昇し、巨大なマーケットとして成長を続けていることから、我が国の非製造業を営む中小企業にとっても、新たなビジネスチャンスとなり、海外進出が急増したと考えられる。
 中国においては、2004年6月に「外商投資商業領域管理弁法」が施行され、卸・小売業に対し資本関係にない企業からの仕入販売業務が認められるようになった15。さらに、地場企業との契約を行うチェーンストア展開も可能になったことに加えて、卸・小売業に対する最低資本金も大きく引き下げられるなど、非製造業の企業が中国内で展開する上での制約が大幅に緩和されてきている。さらに、2006年には「公司法」が改正され、外資系企業に対し完全子会社(親会社によって株式数の100%が保有されている会社)の設立が認められたことによって、以前は投資性公司だけに許可されていた完全子会社の設立が、すべての外資系企業に対し認められた。こうした中国政府の一連の規制緩和措置により我が国の中小企業においても、中国国内市場における販売面で課せられていた様々な制約が取り払われることとなった。

15 経済産業省「通商白書2007」p125参照。


 さらに、第1節で指摘したように、高い経済成長率を背景に、中国の都市部における多くの所得階層で平均所得が増える傾向にあることが分かる(第2-4-28図)。特に、自動車等の耐久消費財の購買層になると考えられている年間所得3000ドルを上位10%の所得層の平均所得が突破し、また上位10〜20%の所得層に関しても近い水準にまで達していることから、中国の地場企業の製品に比して単価の高い日本製品への購買力も高まってきていると考えられる。また、消費者だけでなく、企業もまた高品質な財やサービスに関心を示すようになっていると考えられる。実際、対事業所サービス業において中国進出を果たし、現地地場企業向けにサービスを提供している中小企業も存在する(事例2-4-3)。
 
第2-4-28図 中国の所得階層別平均所得(都市部)
〜中国の都市部の多くの所得階層で、平均所得が上昇している〜
第2-4-28図 中国の所得階層別平均所得(都市部)
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事例2-4-3 高品質な工業デザインのサービスを中国で提供し、生産性向上を図る中小企業

 東京都豊島区の株式会社賀風デザイン(従業員10名、資本金1,000万円)は、主としてオフィス業務機器や健康医療機器等の工業デザインを手がける中小企業である。大手メーカーの下請としてデザイン業務を受注していたが、発注元のメーカーによるデザイン業務の内製化が進み、受注量の減少に直面していた。また、景気の低迷から工業デザインに対する需要が減少し、単価も下落傾向を辿っていた。こうした状況の中、中国の上海市がデザイン関係の企業の誘致活動を行い、同社に対しても進出要請があったことをきっかけに、同社は2003年に上海への進出を果たした。
 当初は、現地の従業員の労務管理や売掛金回収など現地独特の商慣習を課題として抱えていたため、同社の高品質なサービスを現地でうまく活かすことができないでいた。実際、現地の従業員が給料や休憩時間等の権利ばかりを主張し、業務を着実に遂行しないなど、プロジェクト管理に苦労することが多かった。このため、同社社長が上海に常駐し、日本的な長期雇用を前提として従業員を粘り強く指導してきた結果、次第に現地従業員にも会社を家族と同様に大事にする雰囲気が生まれ、転職が多い中国において従業員の定着率の向上に成功している。
 また、同社が依頼されたデザインを顧客である現地地場企業に渡した直後、連絡が途絶え、売掛金の回収ができないという問題も多く発生していた。このため、段階的に納品と支払いを行う方法を採用し、かつ、契約前に顧客に対してこうした支払い方法とすることを丁寧に説明し、納得させることで、代金の支払いに関して問題がほとんど発生しなくなった。こうして、現地特有の商慣習の問題も克服しつつある。
 もともと同社のデザインは上海市から要請があるほど評価されており、現地の地場企業に比べて2倍から5倍程度の価格設定でも引き合いは多く、ホームページでの広報活動しか行っていないものの、事務所には毎日問合せがくるほどである。
 このように中国の経済発展に伴う工業デザインに対する需要の増大により、同社は業績を伸ばしており、生産性を向上させている。また、中国への海外展開を検討している国内の企業から現地の実情等について相談を受けたことがきっかけとなり、新規の取引先の開拓につながったこともあり、中国進出の副次的な効果も感じている。
 
(株)賀風デザイン

2 中国における製造業を中心とした動向
 以上の要因を背景に、非製造業の中国への海外進出が進みつつあるが、製造業に関しても同様の理由から中国における現地販売の動きが強まってきている。第2-4-29図を見ると、我が国の中小企業は、中国国内向けの現地販売比率を上昇させていることが分かる。また、中国に現地法人を有する企業に対する調査である中小企業金融公庫「中国進出中小企業実態調査」からも、ここ3〜4年のスパンで中国に進出している中小企業の中で現地販売を強めている企業の割合が高まっており、こうした動きは多くの企業に当てはまるものであることが分かる(第2-4-30図)。
 
第2-4-29図 中国における現地販売比率(中小製造業)
〜中国へ海外展開する中小企業は、現地販売比率を高めている〜
第2-4-29図 中国における現地販売比率(中小製造業)
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第2-4-30図 中小企業における売上高に占める販売先別割合(全産業)
〜中国において、現地販売比率を高める企業の割合が高まっている〜
第2-4-30図 中小企業における売上高に占める販売先別割合(全産業)
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 他方、中国国内における現地販売比率の上昇だけでなく、中国国内からの調達比率も上昇傾向にある(第2-4-31図)。その背景には厳しいコストダウン要請を迫られる中、日系企業の進出や日系企業からの技術移転を通して、現地地場企業の技術力の水準が上昇していること等が考えられる。現地調達が成功している部品の特徴には、主として規格品・汎用品が多く、複雑なデザインや特殊な技術を必要とする特注品は我が国から取り寄せざるを得ないケースが多いと言われている16。こうした部品を中心として現地調達を強めることによりコスト削減に成功している企業が増加していると考えられる。

16 中小企業庁「2006年版中小企業白書」P93を参照。

 
第2-4-31図 中国に展開する中小企業の現地調達比率の推移
〜中国に進出する中小企業は、現地調達比率を高めている〜
第2-4-31図 中国に展開する中小企業の現地調達比率の推移
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 上記のように現地販売比率と国内調達比率の上昇からコスト削減と販路拡大を志向し、生産性を向上させようとする取組を志向する企業が増大する中、近年中国展開における経営リスクの顕在化が指摘され始めている。
 経営リスクの1つとして挙げられるのは、第2-4-32図に見られるような労働者における賃金の上昇である。実際、2006年4月からの1年間の人件費の上昇率について見ると、1年前に比して平均して一般労働者で12%、管理者で14%と上昇しており、中国に進出している日系中小企業の現地法人では、労務費の上昇が顕著であることを課題として挙げる割合が最も大きい17

17 中小企業金融公庫「第8回中国進出中小企業実態調査」(2007年4月)

 
第2-4-32図 中国における年間平均賃金の推移
〜中国では、近年平均賃金が上昇している〜
第2-4-32図 中国における年間平均賃金の推移
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 要因の2つ目としては、現地地場企業との競争激化による販売単価の下落、売上数量の減少が挙げられる。中国国内の競合先として過半数が中国地場企業を挙げており、特に繊維や電気機器等の業種において地場企業との価格競争が激化しており、こうした業種では、現地法人の損益状況が他業種に比して悪化している可能性がある(第2-4-33図〔1〕〔2〕)。
 
第2-4-33図〔1〕 中国国内の競合先(全産業)
〜中国国内における競合先として、過半数の現地法人が中国の地場企業を挙げる〜
第2-4-33図〔1〕 中国国内の競合先(全産業)
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第2-4-33図〔2〕 中国に展開する中小企業損益改善割合
〜損益状況は、業績によってばらつきがある〜
第2-4-33図〔2〕 中国に展開する中小企業損益改善割合
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 要因の3つ目としては、現地政府による外資政策の変更が挙げられる。例えば、従来中国では、内資企業と外資企業とで異なる法令が適用されており、外資企業には低い税率が適用されていた。しかしながら、本年1月より、資本の内外を問わず統一的に適用される企業所得税法(法人税法)が施行され、現地の企業と同等な扱いを受けるようになってきており、中国における外資企業としてのメリットが小さくなってきている。
 上記のように、中国での事業展開における経営リスクが顕在化する中で、中国一極集中のリスクの分散化を図るための拠点として、または中国と代替的な拠点として、近年、インドとベトナムが注目されるようになった。

3 インドとベトナムにおける中小企業
 アンケート調査によると、我が国中小企業が海外展開先として関心を持っている国として、インドとベトナムは中国に次ぐ関心国となっている(第2-4-34図)。両国が注目されている理由の一つには、両国ともASEAN4より高い成長率を誇るなど経済成長が著しいことがあるが(第2-4-35図)、それ以外の理由も含め、我が国中小企業の両国への進出の現状を概観していこう。
 
第2-4-34図 中小企業における海外展開先関心国
〜中小企業が海外展開先として関心を持っているのは、中国に次いでベトナム・インドが挙げられている〜
第2-4-34図 中小企業における海外展開先関心国
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第2-4-35図 中国・インド・ベトナムとASEAN4との経済成長率の比較
〜中国に次いで、インド・ベトナムはASEAN4より経済成長率が高い〜
第2-4-35図 中国・インド・ベトナムとASEAN4との経済成長率の比較
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〇インド
 インドについては、中間所得層の人口が絶対的に多く、中小企業にとって市場としての位置付けが大きなウェイトを占めていることが特徴として挙げられる。実際、インドにおいて自動車及び二輪車の販売台数の増加や携帯電話の加入者が拡大していること、耐久消費財の保有比率が順調に上昇していることからも消費市場が拡大していることが裏付けられる18。我が国からの企業進出については、自動車関連企業等の大企業が中心になっており、これまでのところ中小企業による進出は少ない模様である19。すでに進出している中小企業においても、自動車最終メーカーの下請として取引先からの要請で展開してきているケースが比較的多く、こうした自動車部品関連産業における中小企業においては、近年日系の自動車最終メーカーがインドにおける自動車の生産能力を拡張する方向に動いていることから、今後も進出が進んでいくと見込まれる20

18 経済産業省「通商白書2007」p76参照。
19 (財)中小企業総合研究機構「わが国中小企業のインド展開の可能性に関する調査研究」によると、日本大使館が公表している276社のインド進出企業のうち、中小企業は33社しかない。
20 2008年1月6日日本経済新聞「日本車海外生産BRICsが北米を逆転―2011年にも年500万台」


 他方で、新たな動向として、製造業のみならず情報通信業の海外進出も少しずつ出てきている可能性がある。日本大使館が公表しているインド進出の中小企業33社のうち、9社が情報通信産業となっており、進出している中小企業全体のうち情報通信産業の割合は約27%となっている。実際、これらの企業のなかには、ITに精通したインドの技術者を雇いインドでオフショア開発を行う事業や、現地に進出する我が国企業に勤める現地従業員向けの日本語や日本文化の教育等を事業として行っている企業がある(事例2-4-4)。こうした企業では、インドにおいて低コストで良質な人材を雇い、我が国と同じ、もしくは、我が国を超える水準の品質のサービスの提供に成功している。

事例2-4-4 ソフトウェアの開発拠点設立を目的にインドに進出した中小企業

 東京都港区の株式会社オプティス(資本金4,000万円)は、2004年にインドに進出し、開発拠点を置いたソフトウェア開発会社である。業務用ソフトウェアのオフショア開発と現地に進出している日系企業のインド人従業員に対する日本文化や日本語の教育等を事業として行っている。
 同社は、日本人のソフトウェア開発要員が不足している状況を踏まえ、自社の開発能力の強化と人材確保を目的として海外展開を考えるようになった。ソフトウェアの製作コストの削減を目的として中国への業務委託も行っていたが、今後の市場の成長性や優秀な人材の確保という観点から、高成長が見込まれ、IT人材が豊富なインドへの進出を決意した。
 インド人はITに長けると言われているが、同社がインドに進出した当初は、インド人の日本語の理解が不十分なことが原因で日本の顧客との摺り合わせができず、品質も中国ほど高いものができない状態が続いた。特に、業務用ソフトウェアの製作においては、顧客との間で直接仕様書をやりとりすることにより、顧客の求めるサービスを提供することが必須であるため、日本語の理解力不足は致命的な問題であった。現在では、現地の従業員に対する日本語教育を粘り強く進めることにより、品質管理とコスト削減を両立させている。また、現地のオフショア開発拠点における技術者養成のために日本語教育センター(Navis)を設立したが、現地に進出する自動車、電気機械関連の日系企業を中心に優秀な現地従業員に対する日本語教育のニーズが拡大しており、こうしたニーズに対応することにより既に採算が取れる事業に育っている。
 今後は、現地で製作するソフトウェアの品質の水準を高めるとともに、今後の日系企業の進出の本格化とインド人従業員の日本語教育へのニーズの高まりに備えて、インドでのIT人材確保と日本語教育を行う日本人の人材の確保に努力していく予定である。
 
(株)オプティス

〇ベトナム
 我が国のベトナムへの対外直接投資の動向を日本銀行「国際収支統計」で見ると、2005年から2006年にかけて3倍以上の増加になるなど、近年ベトナムへの直接投資が盛んに行われている。第2-4-36図は、中小企業が今後の海外進出先として関心のある国・地域を示したものであるが、中国に海外展開している中小企業のベトナムへの関心が高い。中国への一極集中リスクを分散するための拠点として、中国に替わる拠点として中小企業が考えていることが分かる。ベトナムへの進出に対して感じるメリットについては、7割以上が低廉な労働力を挙げている一方で、インドのように市場規模を挙げる企業は少なく、生産拠点としての位置づけが相対的に高いと考えられる(第2-4-37図)。第2-4-38図は、中国・ベトナムとASEAN4の各国に進出している日系中小企業の賃金を国際比較したものであるが、ベトナムの賃金が中国やASEAN4よりも低いことが分かる。
 
第2-4-36図 今後の進出先として関心のある国・地域
〜中国に展開している中小企業はベトナムに関心を寄せている〜
第2-4-36図 今後の進出先として関心のある国・地域
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第2-4-37図 インド・ベトナムに関心がある企業が感じる両国のメリット
〜ベトナムへ関心がある中小企業のうち7割以上が低廉な賃金をメリットと感じている〜
第2-4-37図 インド・ベトナムに関心がある企業が感じる両国のメリット
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第2-4-38図 中国・ベトナムとASEAN4の賃金比較
〜海外展開する中小企業現地法人においては、平均的にベトナムの賃金が安い〜
第2-4-38図 中国・ベトナムとASEAN4の賃金比較
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 また、賃金の低さに加えて、近年ベトナムの投資環境が急速に改善されていることもベトナムへの投資が加速化している要因として挙げられる。2007年1月にベトナムはWTOへの加盟を果たし、それに先立って、流通や通信などの分野において外資への開放を行うとともに、外資系企業が国内企業と同じ法律の下で事業を展開することが可能となり、手続きの簡素化や投資の自由化が大幅に進んだ。さらに、WTO加盟に伴って加盟国から最恵国待遇を受けられることにより、輸出環境も整いつつあるなど立地するメリットが拡大していると言える。

 第4章 中小企業のグローバル化への対応

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