第2部 中小企業の生産性の向上に向けて 

第5節 サービス産業を支える人材

 第3節で見たとおり、サービス産業では、事業展開において力を入れている取組として、人材の育成・モチベーションの向上を挙げる企業の割合が最も高かった(前掲第2-2-10図)。また、重視する経営資源について見てみると、従業員(人材)を挙げる企業の割合が顕著に高い(第2-2-47図)。また、業況感と人材を重視する度合いの関係について見てみると、業況感を良いとする企業ほど、人材について特に重要とする企業の割合が高くなっている(第2-2-48図)。
 
第2-2-47図 重視する経営資源
〜サービス産業では、経営資源として「人材」を特に重視する企業の割合が高い〜
第2-2-47図 重視する経営資源
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第2-2-48図 業況感と人材に対する重視度
〜経営資源として従業員(人材)を重視している企業ほど、業況を良いとする割合が高い〜
第2-2-48図 業況感と人材に対する重視度
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 サービス産業においては、サービスを構成する要素として人的要素が強いため、高い付加価値を生み出す人材の確保が重要であることが示唆される。
 本節では、サービス産業における人材の課題や人材マネジメントの取組について見ていく。

1 サービス産業における人材課題

(1)サービス産業の給与と雇用形態の変化
 まず、第二次産業と第三次産業の平均給与額の推移について見てみる。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、1990年代前半においては第三次産業の方が平均給与額は高かったが、1997年に第三次産業の平均給与額が第二次産業を下回り、それ以降、平均給与額の差は拡大する傾向が見られる(第2-2-49図)。一方、第二次産業と第三次産業における雇用者のうち正規雇用者が占める割合について見てみると、第三次産業の正規雇用者が占める割合が著しく低下している(第2-2-50図)。
 
第2-2-49図 産業別平均給与総額推移
〜'97年以降、第三次産業の平均給与総額は、第二次産業を下回り、乖離幅は拡大傾向にある〜
第2-2-49図 産業別平均給与総額推移
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第2-2-50図 産業別正規雇用者比率推移
〜第三次産業では、第二次産業よりも正規雇用者の比率が低下している〜
第2-2-50図 産業別正規雇用者比率推移
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 中小企業白書(2007年版)では、1990年代以降、雇用のリストラを通じて中小企業の人的資本が損なわれてきた恐れがある点が指摘されているが、サービス産業においてそれが顕著であった可能性がある。
 また、一般に自社内での長期的な職務経験に欠け、熟練度が低くなる非正規雇用者を活用していくためには、業務を標準化してマニュアルを作成することが有効であると思われる。しかし、前節でマニュアルを導入しない理由として見られたようにサービスにはマニュアル化が適さない性質のものや汎用的とは言えない業務も多い。必ずしもマニュアル等で対応できるとは限らず、高い品質のサービスの中には長期的な雇用を前提として蓄積された人的な資本、例えば熟練の技能によらなければ提供できないものも多いと思われる。
 第三次産業における正規雇用者の比率の低下がサービス産業における人的資本の蓄積を阻害する恐れがあることには十分な留意が必要である。

(2)サービス産業における人材の定着
 次に、サービス産業における正規雇用者の離職の動向について見てみる。対消費者向けサービスにおける正規雇用者の離職率が高い企業の割合は、対事業所向けサービスよりも高い29(第2-2-51図)。

29 非正規雇用者の離職率についても、同様に対事業所向けサービスよりも対消費者向けサービスの方が、離職率が高い企業の割合が高い傾向がうかがえる(付注2-2-11参照)。

 
第2-2-51図 サービス産業の顧客属性別離職率(正規雇用者)
〜対消費者向けサービスよりも対事業所向けサービスの方が正規雇用者の離職率は低い。対消費者向けサービスの中では、余暇に関連したサービスよりも、生活に関連したサービスの方が正規雇用者の離職率は低い〜
第2-2-51図 サービス産業の顧客属性別離職率(正規雇用者)
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 また、離職する理由について、昨年度実施されたアンケート調査30をもとに産業別の退社希望理由について見てみる。はじめに第2-2-52図をみると、退社を希望する理由として、「納得できる給与が支払われていない、または支払われる見込みがないから」という理由を挙げる者の割合が最も高いが、対消費者向けサービスでこの理由を挙げている者は対事業所向けサービスや第二次産業と比べて高くはない。他方で、対消費者向けサービスでは、「さらにキャリアアップできる職場に移りたいから」、「仕事が忙しすぎるなど労務環境が悪いから」、「学びの機会がなく、成長できないから」、「自分の専門性や知識・ノウハウを生かす機会がない、または少ないから」といった理由を挙げる割合が相対的に高くなっている。

30 昨年度実施した(株)野村総合研究所「キーパーソンに関するアンケート<キーパーソン向け>」(2006年11月)及び同「キーパーソンに関するアンケート<キーパーソン候補者向け>(2006年11月)では、キーパーソン及びキーパーソン候補者を、それぞれ「あなたは現在の勤務先において、次の中のどのように評価されていますか。」及び「あなたは現在の職場において、5〜10年後に次の中のどのように評価されているとおもいますか。」という問に対して、「コアとなる業務を担い、他の社員では代替の利かない人材」と回答した者としている。

 
第2-2-52図 産業別退社希望理由(キーパーソン)
〜対消費者向けサービスでは、納得できる給与が支払われないことを理由に退社を希望するキーパーソンの割合が相対的に低い一方、キャリアアップを目的に退社を希望するほか、労務環境を挙げる割合も高いが、自己成長や自己の能力発揮ができないことを理由にする割合が相対的に高い〜
第2-2-52図 産業別退社希望理由(キーパーソン)
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 一方、継続勤務する理由についても見てみると、「仕事の内容にやりがいや楽しみを感じているから」とする者の割合が、対消費者向けサービスにおいて相対的に高くなっている(第2-2-53図)。
 
第2-2-53図 産業別継続勤務理由(キーパーソン)
〜サービス産業のキーパーソンは、現在の勤務先に継続して勤務したい理由として、仕事内容のやりがいや楽しみ、自分の専門性や知識・ノウハウが生かせる組織であることを挙げる割合が、第二次産業よりも高い〜
第2-2-53図 産業別継続勤務理由(キーパーソン)
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 対消費者向けサービスにおいては、仕事に対してやりがいや楽しみを感じて仕事を続けている者が多い一方、企業内でのキャリアパスが明確ではなく、自身の成長や能力発揮につながらないと感じて離職が生じ、対事業者向けサービスよりも高い離職率につながっている状況がうかがえる。

2 人材マネジメントの取組
 サービス産業においては人材が重要であるものの、課題は多い。中小サービス産業では、人材のマネジメントについてどのような取組がなされているのであろうか。
 組織や人材に関するマネジメントの取組状況について見てみると、「会社の理念・基本方針の明確化・共有化等の組織課題に取り組む」とする企業が最も多く、「能力要件を満たすために必要な人材育成」や「モチベーションを向上させる仕組みの構築」といった人材の意欲や能力を直接的に引き出すための取組を実施している企業の割合は低い(第2-2-54図)。
 
第2-2-54図 組織や人材に関するマネジメントの取組
〜組織や人材に関する取組としては、組織としての枠組みについて取り組む企業は多いが、人材の育成や従業員のモチベーションを向上させるなどの個々の「人」に関する取組を実施している企業は少ない〜
第2-2-54図 組織や人材に関するマネジメントの取組
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 一方、能力要件を満たすための人材育成の取組と業況感の関係を見てみると、人材育成を実施している企業ほど業況感を良いとする企業の割合が高くなっている(第2-2-55図)。
 
第2-2-55図 能力要件を満たすための人材育成の実施状況と業況感
〜人材育成に取り組む企業ほど業況感は良い〜
第2-2-55図 能力要件を満たすための人材育成の実施状況と業況感
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 先に述べたとおり、サービス産業においては高い付加価値を生み出す人材を確保することが重要である。サービスの品質や付加価値を高め、中小サービス産業の生産性を向上させていくためには、サービス産業において人材の意欲や能力を高めるための具体的な取組を長期的視点に立って実施し、高い付加価値を産み出す人材を育成していくことが喫緊の課題であるといえよう。

事例2-2-7 現場を重視した人材育成

 愛知県名古屋市の株式会社日本保育サービス(従業員416人、資本金1,000万円)は、保育園や児童館、放課後児童クラブを運営している。同社は、2001年より保育事業を開始し、「子育てはエネルギーが必要。ストレスも大きい。女性の社会進出や就業において、子育ての負担を軽減して息抜きができるサービスを提供したい」という思いで事業拠点を拡大している。
 「保育サービス」の品質には、お世話の手順や安全衛生等の必ず守らなくてはならない品質と、その子どもや家族、場面、地域によって変えていくべき品質がある。保育サービスにおいて「付加価値が高い」とは、子どもや家族の状況に合わせて、本当に良いとされるサービスを実現していくことであると考えている。また、子ども一人ひとりに応じたサービスの提供を実現するためには、現場保育士の「考える力」が何よりも重要である。このため、現場の保育士には「自分達の頭で考える」ことを常に求めている。2ヶ月に1度、社員はもとよりアルバイトに対しても業務改善提案レポートを求めるなど、定期的な研修を実施しているほか、いくつかのテーマに沿った委員会(安全委員会等)を設置し、異なる園の保育士が一堂に会して議論する場を設けるなど、保育士が常に考える力をつけるための訓練を行っている。
 また、安全衛生等の担保すべき品質については、全社共通で作成されたマニュアルをベースとして、それぞれの園の運用に沿った独自のマニュアルを、各現場の保育士による検討を経て作成している。また、全ての保育士は1年に1度他園に出向いて見学を行うこととしており、各園のマニュアルを現場で実際に相互チェックすることで、マニュアルの完成度を高めるとともに、保育士に「気づき」の機会を与えている。
 同社は、これまで企業としての認知度や信頼性を高めるために、拠点数の拡大を志向してきたが、今後はより質を高める段階であると考えており、保育士やエリアマネジャーの育成に更なる重点を置いていく方針である。同社は、人材の質を高めることでサービス品質や信頼性を高め、生産性の向上を実現している事例といえよう。
 
株式会社日本保育サービス

 第2章 経済のサービス化と中小サービス産業

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