第3部 日本社会の活力と中小企業 

(2)経済面の分析

 こうして浮かび上がってきた若・中年層の実態については、項を改めて人々の意識や社会制度の面からより実質的な分析を行うこととして、次は経済面の分析を行ってみよう。
 実質GDP成長率と開業率には正の相関関係が見られる27(第3-3-37図)。経済環境が良好であれば、自ら事業を営み軌道に乗せることができる可能性と、成功の程度の大きさに期待を強く持ちやすいためではないかと思われる。さらに、名目GDPと開業率との関係を分析すると、実質GDPを説明変数とした場合に比し、説明力がより向上した(第3-3-38図)。デフレによる悪影響は、企業規模の小さい企業ほど大きく作用することから28、開業しようとする者への影響は最も大きいものと考えられる。
 開業率が上昇に向かうためには、今後早期にデフレからの脱却を確実なものとし、安定的な名目GDP成長が実現されるようなマクロ経済運営が望まれる。


27 実質GDPと開業率との相関関係については「中小企業白書(2003年版)」でも指摘を行っているが、国民経済計算の実質化手法が連鎖方式へ移行し、1994年以降の正式系列も連鎖方式によることとされたため、今回分析に用いたGDP系列もこれに準拠して数値を置き換えている。
28 中小企業白書(2002年版)第1部第2章


 
第3-3-37図 開業率と実質GDP成長率の関係
〜開業率と実質GDP成長率には正の相関関係が見られる〜

第3-3-37図 開業率と実質GDP成長率の関係〜開業率と実質GDP成長率には正の相関関係が見られる〜
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第3-3-38図 開業率と名目GDP成長率の関係
〜開業率と名目GDP成長率にはより強い正の相関関係が見られる〜

第3-3-38図 開業率と名目GDP成長率の関係〜開業率と名目GDP成長率にはより強い正の相関関係が見られる〜
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 次に、被雇用者が独立して自ら事業を営むことが経済的に割に合う選択かどうか、という観点で分析する。初職が事業者である者もいるであろうが、多くの場合初職は被雇用者である29。親が事業を営んでいたなら事情は異なるかも知れないが、多数の者にとって開業は被雇用者としての就業継続か開業かの選択を経て、行われることになろう。そうした意思決定の際には、開業を自己実現の手段として精神的な満足を求める欲求も働くであろうが、同時に、事業を営むことで十分な収入を得ることができるかということは重大な関心事であろう。そうした選択を経るという意味では、事業者の収入の絶対的な額の推移ではなく、被雇用者との相対的な推移を見る必要があると思われる。
 そこで、事業者対被雇用者収入比率の推移を見てみよう30(第3-3-39図)。製造業、卸売・小売業、飲食店31、サービス業の3業種のいずれとも長期的に低下傾向にある事が分かる。


29 大阪商業大学比較地域研究所・東京大学社会科学研究所「生活と意識についての国際比較調査」(2002年)では、学校教育終了後、最初についた仕事は何かを調査している。これによれば、自営業者・自由業者と回答した者は3.9%に過ぎず、79.6%の者が常時雇用の一般従事者と答えている。
30 過去中小企業白書(2002,2003年版)では常用労働者30人以上の事業所の常用労働者収入と比較を行っていたが、今回は常用労働者10人以上の事業所の常用労働者収入と比較を行ったため、比率は一致していない。
31 2003年の数値は新産業分類に基づいて集計したため、飲食店は含まれていない。


 
第3-3-39図 事業者対被雇用者収入比率の推移
〜長期的に低下する傾向にある事業者対被雇用者収入比率〜

第3-3-39図 事業者対被雇用者収入比率の推移〜長期的に低下する傾向にある事業者対被雇用者収入比率〜
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 こうした減少傾向の事業者対被雇用者収入比率と開業率との相関関係を見ると(第3-3-40、3-3-41、3-3-42図)、いずれの業種においても正の相関が見られた。

 
第3-3-40図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(製造業)
〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜

第3-3-40図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(製造業)〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜
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第3-3-41図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(卸売・小売業、飲食店)
〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜

第3-3-41図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(卸売・小売業、飲食店)〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜
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第3-3-42図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(サービス業)
〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜

第3-3-42図 事業者対被雇用者収入比率と開業率との関係(サービス業)〜事業者対被雇用者収入比率と開業率とには正の相関が見られる〜
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 もちろん、先に述べたように自ら事業を営むという選択は経済的な欲求のみによるものではなく、自己実現や社会貢献等の欲求からも起こるものであるから、事業者対被雇用者収入比率で説明を尽くし得るものではないが、これまでの被雇用者収入の中高年層を中心とした高まり32と、自営業者収入の相対的な低下33は、特に1980年代以降の自営業の減少と開業率低下に影響を与えたと考えられ、今後ともその動向に留意が必要である34


32 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」により1974年以降の規模別の年齢賃金カーブを見ると、近年まで大幅に山の頂点が高くなる傾向と規模別の格差が拡大する傾向が同時に進んでいることが分かる。
33 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」により1974年以降の被雇用者収入の推移を見ると、全ての企業規模において絶対的な水準の上昇が見られたが、それは総務省「個人企業経済調査年報」で見た事業者収入の絶対的な水準の上昇よりも顕著であった。このことが事業者対被雇用者収入比率を長期的に低下せしめてきたのであるが、1990年代では事業者収入自体が低下に転じたことで、事業者対被雇用者収入比率を大きく低下させる結果となっている。
34 玄田有史(2003)は厚生労働省「所得再分配調査」の再編加工により、他の先進国に類を見ない日本の自営業者の減少の背景として、雇用者に比べ経済環境の変動にさらされる可能性の大きい自営業者所得の、1990年代を通じた低下を指摘している。


 最後に、以上の人口や経済的な動向を踏まえて、自営業主が大幅に減少し始める直前の1987年とその後の2002年の両時点において、常用雇用者から自営業主へと転職した(開業した)者の出身企業規模、年齢別の構成割合を見てみよう(第3-3-43、3-3-44図)。

 
第3-3-43図 常用雇用者から自営業主へ転職した者の出身企業規模、年齢別構成比(1987年)
〜100人未満規模の企業出身者を中心に40代前半までの年齢層が多い。企業規模毎の傾向は100人を境に二類型存在する。〜

第3-3-43図 常用雇用者から自営業主へ転職した者の出身企業規模、年齢別構成比(1987年)〜100人未満規模の企業出身者を中心に40代前半までの年齢層が多い。企業規模毎の傾向は100人を境に二類型存在する。〜
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第3-3-44図 常用雇用者から自営業主へ転職した者の出身企業規模、年齢別構成比(2002年)
〜10人以上99人以下の企業規模では30代後半から40代前半にかけての山の頂が消滅し、100人以上の企業規模における傾向と類似するに至っている。〜

第3-3-44図 常用雇用者から自営業主へ転職した者の出身企業規模、年齢別構成比(2002年)〜10人以上99人以下の企業規模では30代後半から40代前半にかけての山の頂が消滅し、100人以上の企業規模における傾向と類似するに至っている。〜
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 1987年では、99人以下の企業規模出身者を中心に44歳未満の者が多く、特に35〜44歳の年齢階層に山の頂が現れていた。良好なマクロ経済を背景に、より高収入を期待する人々の行動が現れたと考えて整合性のある現象である。次いで55〜64歳の年齢階層にやや小さめの山が見られるが、これは企業の定年退職にあたる年齢であることから、定年退職を機に自営業主になる傾向が表れたものと思われる。
 企業規模に着目をすればおおまかに二つの傾向が存在し、99人以下の企業規模においては44歳未満の比較的若年であるうちに自営業主へ転職する傾向が強いが、100人以上の企業規模におけるそうした年齢層の者は、退職を機に自営業主になる者とさほど大差ないか、むしろ少ない。
 2002年ではそうした企業規模別の傾向に異変が生じている。9人以下の企業規模においては依然として若年者のうちに自営業へ転職する傾向が強いが、10人以上99人以下の企業規模はそうした傾向が失われ、相対的に大規模な事業所と類似している。
 間隔が長期に開いた二時点間の比較を行う上では人口構成や規模別就業者数の変化に注意を払う必要が有るが、企業規模が相対的に大きいほど自営業主へ転職する者に占める割合は低いことや、1987年では従業者100人以上の企業規模における若・中年者と高齢者との差は、99人以下の企業規模における若・中年者と高齢者ほどの顕著なものではなかったこと、2002年には10人以上99人以下規模企業の若・中年転職者の占める割合が低下し100人以上の企業規模出身者と傾向が似たことは、事業者対被雇用者の収入比率35や次に分析するリスク回避志向等との関係で注目に値するのである。


35 被雇用者の賃金に企業規模による差が存在すれば、被雇用者にとって自ら事業を営む事で得るであろう収益への期待は、所属している企業の規模や賃金カーブに対応した自己の年齢によって、差異が生じる可能性がある。


 第2節 創業活動と自営業層の構造的停滞の要因分析と課題

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