第3部 日本社会の活力と中小企業 

2.中小企業を巡る環境の変化と開業率

 いくつかの視点で開業率を見てきたが、長期的にはそのいずれもが低下をしてきた様子が確認できた。その中でも、総務省「事業所・企業統計調査」による企業数で見た場合の1980年代以降の開業率の低迷と、廃業率との逆転は個人企業の開業率低迷によるところが大きい点を確認することができた。それでは、こうした状況はいかなる原因で生じてきたものであろうか。
 この問題を考える出発点は、開業率は企業に着目した指標であるが、実際の開業行為の大部分は「人」の就業行動の一環として行われるということである16。開業率変動の要因を探る上ではマクロ経済要因とともに、人口に関する分析や、人々の動向の背景にある社会的な諸制度や意識の変化に関する分析を欠かす事はできない17。そこで、人口・経済・社会的な視点に立ち、開業率の低下や個人企業の低迷と、これと軌を一にした現象である個人企業、さらに自営業者減少の要因を探っていこう。なお、ここで言う「自営業者」は、他人に雇われるのではなく自らの事業のために働く事業主という意味での一般的な用語であるが、その範囲を考えると、個人企業と法人企業とは全く異なる実態を持つ存在というわけではなく、自営業の実態をよりよく把握する上では個人企業と実態的に大差の無い法人企業層を取り入れた上で「自営業者」概念を構築し、分析対象とする必要がある。具体的には、家族経営等の生活と事業との関連が深いことに着目して定義されている小規模企業者(「中小企業基本法」により常時使用する従業員の数が20人(卸売業、小売業、飲食店、サービス業は5人)以下の事業者と定義されている)を「自営業者」として捉える事が適切な場合が多いと考えられる。


16 特に、個人企業においては企業の存在は人そのものである。
17 アメリカのバブソン大学とロンドン・ビジネス・スクールの研究者が中心となって1999年から調査を開始した国際的な起業家活動プロジェクト(GEM:Global Entrepreneurship Monitor)の調査では、「起業活動率(Total Entrepreneurial Activity:TEA)」と呼ぶ尺度を作成している。これは、独立・社内を問わず、新しいビジネスを始めるための準備を行っている個人で、まだ給与を受け取っていない人」や「既に会社を所有している経営者で、はじめて給与を受け取って42ヶ月以上経過していない人」の合計を各国の起業活動者と定義し、割合化したものである。中小企業白書で採用している「開業率」は、新規開業する事業所・企業数が一定であっても、既存の事業所・企業数が増加すると「開業率」は低下するという特性を有し、しかもそれは「人」とは直接的には無関係に事業所・企業数に依存するものであるが、「TEA」はそうした特性を持たない。「TEA」は起業活動に関連する各国国民の意識調査を目的で作成されるものであるから「開業率」とは意義が異なるものの、「人」の要素を取り込んでいる点参考になると思われる。なお、「TEA」のより詳しい定義と調査結果については付注3-3-53-3-63-3-7を参照。


 本章では、原則として「自営業主」と表記している際は総務省「労働力調査」等の定義に同じく個人経営の事業を営む者を指すが、社会の変化との関連についての分析や、米国のself-employedとの比較の観点では、このように法人企業の一部を取り入れた「自営業者」概念を用いている。

(1)労働力人口による分析

 総務省「労働力調査」では「個人経営の事業を営んでいる者」を「自営業主」としてその数を把握している。そこで、総務省「労働力調査」により人口的な観点で開業率低迷を説明できないか、検討してみよう。
 我が国労働力人口の推移と自営業主の動向を見てみよう(第3-3-29図)。ここでは全体像を把握する一助として、1968年の数値を100とした場合に以降がどのように変化したかを相対値で表した。1983年までは労働力人口の増加に合わせて自営業主数も増加していたが、その後は横ばいとなり、1990年代を通じて現在に至るまで雇用者数とは対照的に急な減少をしている。1968年から2004年にかけて、労働力人口全体では31.2%増加しているのにもかかわらず、自営業主数は11.5%の減少であるから、人口構造的には相当な減少が見られたことになる。1990年から2003年にかけての変化を業種別に見ると、多くの業種では極端な変化は見られない中、製造業において142万人から62万人18に、また卸売・小売業、飲食店においては212万人から154万人へと大幅に減少をしている19


18 総務省「労働力調査」では自営業主に内職者を含め集計がなされている。内職者が存在する製造業において、再編加工により自営業主から内職者を除けば、1990年から2003年にかけては70万人から43万人への減少となる。
19 総務省「労働力調査」では、日本標準産業分類の改訂に伴い、2003年以降新産業分類で集計しており、時系列比較には注意が必要である。


 
第3-3-29図 自営業主数(非農林業)の推移
〜1990年代を通じて急な減少を見せた自営業主〜

第3-3-29図 自営業主数(非農林業)の推移〜1990年代を通じて急な減少を見せた自営業主〜
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 総務省「労働力調査」では、従業上の地位ごとの人口を年齢階級別に公表している為、第3-3-29図で見た人口の推移を年齢に着目して分解することが可能である(第3-3-30図)。これによれば、1974年においては40〜44歳の年齢階級を頂とする若・中高年層自営業主の山が存在しており、1982年ではこの山は維持されながら40歳以上の年齢階級で自営業主が大幅に増加したことが分かる。しかし、1992年では50歳以上の高齢者層は引き続き増加する一方で、39歳以下の若・中年層は大幅な減少を来たしている。その後10年間を経ても、減少した当該年齢階層を構成した者の間で自営業主数が伸びず、さらに1992年当時20〜24歳の年齢階層であった者が2002年に30〜34歳の年齢階層へ移行した際にも当該年齢階級が自営業主を輩出しない傾向が続いたため、2002年は50歳以下の年齢階層で全面的に自営業主数が減少し、極端な自営業主の高齢化が進んでいる。もちろん、我が国の人口は出生年により変動が有るため、世代によってはこの影響を受けることもあり得るだろうが、同期間の労働力人口の年齢階級別推移を見ても(第3-3-31図)、高齢者層の労働力人口が増加していることが分かる一方で、若・中年層の労働力人口は大幅には減少していない。創業者を多く排出することが期待される30歳から50歳の年齢層20が谷に差し掛かっているため、多数の自営業主の輩出を期待することが難しいことは否めないにしても、少なくとも長期的な自営業主数の減少に見合った労働力人口の減少は見られないのである。


20 中小企業白書(2002年版)第2部第1章第1節


 
第3-3-30図 年齢階級別 自営業主数(非農林業)の推移
〜1982年から1992年までの間に若・中年自営業主が大幅に減少した一方で、高齢自営業主が増加している〜

第3-3-30図 年齢階級別 自営業主数(非農林業)の推移〜1982年から1992年までの間に若・中年自営業主が大幅に減少した一方で、高齢自営業主が増加している〜
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第3-3-31図 年齢階層別 労働力人口の推移
〜開業者を比較的多く創出する年齢層は谷に差し掛かっているとはいえるが、自営業主数の減少に見合ったまでの労働力人口減少は観察出来ない〜

第3-3-31図 年齢階層別 労働力人口の推移〜開業者を比較的多く創出する年齢層は谷に差し掛かっているとはいえるが、自営業主数の減少に見合ったまでの労働力人口減少は観察出来ない〜
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 分かりやすく観察するため、同一年齢階層内の労働力人口に占める自営業主の割合をグラフに表した(第3-3-32図)。これを見ると、やはり若・中年層における自営業主の減少は労働力人口の年齢構成の動向によるというよりも、何らかの理由で若・中高年層の自営業離れが加速したことが大きい様子がうかがえる。また、高齢者の中で自営業主を選択する割合が特に増加したという傾向は見られない。高齢自営業主が増加したことは高齢者の中で自営業主を選択する割合が高まるような構造的な変化が起こったわけではなく、高齢労働力人口の増加に見合ったものといえるのに対して、若・中年自営業主数の減少にはそうした自然な流れとは異なった作用が強く働いているのである。

 
第3-3-32図 自営業主数(非農林業)/労働力人口比の推移
〜若・中年自営業主の減少は、高齢自営業主の増加と異なり、労働力人口の変動に伴う自然な現象ではない〜

第3-3-32図 自営業主数(非農林業)/労働力人口比の推移〜若・中年自営業主の減少は、高齢自営業主の増加と異なり、労働力人口の変動に伴う自然な現象ではない〜
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 その様子を示すため、第3-3-33図では年齢階級別に、同一年齢階級内の労働力人口に占める自営業主の比率を特化係数21で表した。これを見ると、団塊の世代の前後に、現在に至るまで自営業主を選択している者が多い一団が存在する一方で、25歳から44歳の年齢階級にかけて、自営業主を選択している者が少ない傾向を持つ一群が現れている事が分かる。主にこの群を構成しているのは1958年から1969年に出生した者であり、移行した先の年齢階層でも継続して特化係数が低い特長を有する。すなわち、年齢を重ねても依然として自営業主を選択している者が少ない傾向が維持されているのである。そうした現象は1993年以降に観察されるようになっている。特化係数表を見るだけでは、これが1993年以降という時代的な要因によるものなのか、それともこの出生世代特有の性質によるものかは判然としないが、「3.被雇用者の意識の変化とリスク許容度の低下」以降の分析で示すように人々のリスク回避志向の強まりや、その背景に有る各種の社会制度的要因によるところが大きいものと推測される。


21 分割表において各々の行(または列)比率を合計の行(または列)比率で割った値。特化係数が1より大きければ大きいほど(または小さければ小さいほど)全体の構成比率に比べ特化集中している(またはしていない)度合いが高いことを示す。


 
第3-3-33図 自営業主数(非農林業)/労働力人口比 特化係数表

第3-3-33図 自営業主数(非農林業)/労働力人口比 特化係数表
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 しかしながら、最近新興市場へ上場・公開した企業の創業年と、当時の創業者の年齢を調べてみると22、1995年以前に創業した創業者の平均年齢は39.0歳であったが、1996年以降に創業した創業者の平均年齢は34.1歳であった23。出生年に換算すれば、1962〜1970年生まれということになる。就業の形態として創業を選択する者の全体数は時代的な要因により減少したものの、決して我が国の若・中年者層から根本的に活力が失われたものではなく、今後の環境変化によっては開業意欲が再び顕在化する可能性がある。


22 みずほ総合研究所(株)調べの、過去5年以内にヘラクレスやグリーンシートへ上場・公開した企業の内、既存企業の関連会社を除いて集計したもの。
23 国民生活金融公庫の「新規開業実態調査」での創業者の創業時における平均年齢は、1991年調査で38.9歳であったが上昇を遂げ、2004年調査では42.6歳となっている。


 日本よりも開業率が高いとされるアメリカの状況はどうであろうか。統計データの国際比較には困難がつきまとうものであるが、日本の労働力調査と適宜照合しながら見ていこう。第3-3-34図では、1990年の数値を100とした場合の以降の相対的な推移を表した。ここで利用したアメリカの労働省「Current Population Survey」(以下「CPS」という)における「Civilian labor force participants」(以下「労働力人口」という)は日本の総務省「労働力調査」における労働力人口24に、「wage and salary workers」(以下「給与労働者」という」は同雇用者に、「self-employed」(以下「自己雇用者」という)が同自営業主にそれぞれ相当する。自己雇用者の増加は労働力人口や給与労働者の増加に及ばないものの、少なくとも日本の自営業主で見られるような大幅な減少傾向でないことは明白である。


24 総務省「労働力調査」における労働力人口は15歳以上の人口を対象とするが、アメリカ労働省「CPS」では16歳以上の人口に限られるという違いがある。


 
第3-3-34図 アメリカの自己雇用者数の推移(非農林業)
〜日本の自営業主数とは様子が異なり、アメリカの自己雇用者数は横ばい乃至漸増傾向〜

第3-3-34図 アメリカの自己雇用者数の推移(非農林業)〜日本の自営業主数とは様子が異なり、アメリカの自己雇用者数は横ばい乃至漸増傾向〜
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 次に、自営業主、自己雇用者の年齢に着目をして比較してみよう。第3-3-35図を見ると、44歳以下での日本の自営業主率はアメリカの自己雇用者率よりも低くなっている。これは小さな相違なのだろうか。就業人口に占める割合を比較するという視点だけで見れば、わずか2ポイント前後の差と写るかも知れない。

 
第3-3-35図 日本の自営業主率とアメリカ自己雇用者率の比較(非農林業、2004年)
〜若・中年層における日本の自営業主率はアメリカの自己雇用者率に比べて低い〜

第3-3-35図 日本の自営業主率とアメリカ自己雇用者率の比較(非農林業、2004年)〜若・中年層における日本の自営業主率はアメリカの自己雇用者率に比べて低い〜
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 しかしながら、1〜8%という元々低い値における2ポイントの差は、当該年齢階層からの自営業主や自己雇用者の輩出という点で、最大2.2倍の差につながる結果となっている。また、日本とアメリカとでは就業人口の年齢構成に相違があり、日本の就業人口全体に占める44歳以下の割合は53.9%であるが、アメリカでは60.1%である。そうしたことを背景として、日本の44歳以下の就業人口が生み出す自営業主数は全体の24.3%に過ぎないのに対して、アメリカでは46.3%にも上ることになる。アメリカの開業率と日本の開業率の差には、こうした若・中年層における自営業率の相違が少なからず影響しているのではないだろうか。
 ところで、CPSにおける自己雇用者は、日本の「労働力調査」における自営業主と同様に、典型的には会社ではなく個人で事業を営む者を指すものの、調査方法には相違がある。日本の「労働力調査」では、従業上の地位を尋ねる1つの項目で自営業主か否かの分類がなされる。例えば、雇用者か自営業主かの区別は、会社などに雇われているか、または会社などの役員と回答した者を雇用者、個人経営の事業を営んでいると回答した者を自営業主と分類しているのである。
 一方、「CPS」では二段階のプロセスを経て分類がなされる。まず、一段階目では公務に就いたり民間企業やNPOに雇われていたか、または自らの事業に従事していたかを調査し、自らの事業に従事していたと回答した者に二段階目としてその事業は法人化されているか否かを調査し、そこで法人化されていないと回答した者だけが最終的に自己雇用者(unincorporated self-employed(以下「非法人自己雇用者」という))として分類されるのである。一段階目で自己雇用者だと回答しても、二段階目で法人形態の事業を営んでいると回答した者は給与労働者へ分類されるのであるが、これは見方を変えると、事業が法人化されているかいないかの形式的な違いが存在するだけで、自己雇用者(非法人自己雇用者)と実態が変わらない法人事業者層(incorporated self-employed(以下「法人自己雇用者」という))を「CPS」は把握しているということになる25


25 「CPS」の報告書上は原則としてself-employedは非法人企業を指すのものとして集計されるが、研究上の対象としてはwage and salary workersに分類された法人形態のものをincorporated self-employedとしてとらえ、典型的なself-employed(unincorporated self-employed)と対比されることが多い。


 そこで、先に見た第3-3-34図では非法人自己雇用者に法人自己雇用者を足し合わせた結果の推移を点線で表示している。それを見れば、非法人自己雇用者のみの場合では1994年以降労働力人口の増加傾向と乖離が鮮明になっていたものが、法人自己雇用者を加えるとほぼ同等の水準で推移していることが分かる。これは非法人自己雇用者よりも法人自己雇用者の方が実数の伸びが大きいためである。このように、アメリカでは自己雇用者を実質的にとらえた場合は法人自己雇用者の力強い伸びに支えられ特段低迷してる様子は見えなくなる。他の就業形態に比べて自己雇用者が伸び悩んでいるというよりも、事業のあり方に法人形態を選択する者が増えただけで、実質的には他の就業形態に比して遜色なく伸びているといえる。
 それでは、日本においてはどうだろうか。当初は個人企業で事業を始めても、後に事業を法人化するいわゆる法人成りが行われれば、実際に廃業したわけでなくとも(自営業者数自体に変化はなくとも)自営業主数は減少をすることになる。また、そもそも事業開始時における事業形態の選択傾向に変化が起こり、当初から法人形態で事業を始める者が増える場合26、自営業者の増加に異同はないにしても個人企業(自営業主)増加の足取りは鈍ることになり、こうしたことの結果が自営業主の減少として現れた可能性がある。


26 総務省「事業所・企業統計調査」を用いて新規開業企業に占める個人企業の割合を調べてみると、1975年から1978年にかけては83.4%、1981年から1986年にかけては77.5%、1991年から1996年にかけては67.9%、1999年から2001年にかけては69.6%であった。分母の法人企業数については、法人成りをした企業が含まれるため、実際よりも低い比率となる点に留意が必要だが、個人企業の割合は年々低下傾向にある様子がうかがえる。(なお、この比率の算出にあたっては、法人企業は単独事業所及び本所・本社・本店のみとし支社・支所・支店を含まないが、個人企業については技術的な理由により単独事業所及び本所・本社・本店だけではなく支社・支所・支店も含んだ数字を用いている)


 総務省「労働力調査」は調査対象者が会社の役員であるかどうかを把握している。これと勤め先の従業員規模とを組み合わせて、小規模企業者の役員数をその近似値として利用し、小規模法人企業を加えた自営業者数の推移を求めてみよう(第3-3-36図)。小規模法人企業の増加傾向に支えられ、自営業者の減少傾向は個人企業のみの場合よりも緩やかとなるものの、労働力人口や雇用者の推移とは依然として差が存在している。法人成りや当初から法人形態で事業を始める者が増加したことが自営業主減少の一因といえたとしても、アメリカとは異なり総体としての自営業者の減少が見られる日本の場合は、そうしたことで説明を尽くせない別の要因による減少もが同時に起こったと思われる。

 
第3-3-36図 小規模企業の役員を含めた場合の自営業者(小規模企業、非一次産業)数の推移
〜小規模企業の役員の増加により減少傾向は軽減されるものの労働力人口・雇用者との差は依然存在する〜

第3-3-36図 小規模企業の役員を含めた場合の自営業者(小規模企業、非一次産業)数の推移〜小規模企業の役員の増加により減少傾向は軽減されるものの労働力人口・雇用者との差は依然存在する〜
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 第2節 創業活動と自営業層の構造的停滞の要因分析と課題

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