第4章 不況と構造変動に対応する施策の展開

第1節 施策の基本的考え方

 最近におけるわが国経済は,著しい不況のもとに推移してきた。そのなかにあって,中小企業はかなりの発展を示してきたが,その過程においては,多くの困難に直面せざるをえず,その様相は,ますますきびしさの度を加えてきた。他方,わが国経済において中小企業が果たしている役割は依然として大きく,このような中小企業の当面する諸問題は,国民経済的立場からみても,早急に解決されなければならない。政府としては,このような観点から,中小企業者の努力を助長し,必要な環境整備を図ることにより,これら諸問題の軽減ないし解消を図るため,中小企業施策を最重点施策の一つとしてとりあげ,中小企業基本法の定めるところにしたがい,その強力な推進に努めてきた。
 以下には,これまでに述べてきた中小企業の直面する諸問題との関連において,政府が講じてきた施策の概要を述べることとしよう。
 1 すでに述べてきたように,昭和40年の不況期において,中小企業は,需給の停滞,資金繰りのひっ迫,収益力の低下等に悩み,その経営内容の悪化は著しく進展した。こうした状況を反映して,すでに前年において非常な高水準を示していた倒産は,さらに増加の傾向を続けた。政府においては,このような深刻な事態にかんがみ,従来の金融政策による景気振興対策に加えて,40年7月末以降公共事業費の繰上げ支出,財政投融資の繰上げおよび追加支出等を行ない,沈滞した需要の喚起を図ることとしたが,その効果が中小企業に浸透するまでの間,とくに,中小企業に対する不況の影響の深刻化を防止するため,つぎのような不況対策を講じた。
 (1) すなわち,第1に,政府関係中小企業金融機関に対し,財政投融資を追加して貸出枠の拡大を図ることにより,年末を中心とする中小企業の資金需要の増大に応ずるとともに,これらの機関の貸出金利を9月からおおむね3厘引き下げることにより,中小企業の金利負担を軽減して,中小企業者への資金の量的,質的拡充を図った。
 第2に,中小企業信用保険制度について,12月1日から保険料率の引下げ,およびこれに伴う保証料率の引下げを行なうとともに,41年度末までの緊急措置として,無担保保険の創設,倒産関連中小企業に対する特別保険措置の実施等を行なった。また,本年度に創設した特別小口保険の限度額の引上げおよび条件の緩和等を行なって,担保力の不足する中小企業者に対し,市中金融機関の融資を大幅に導入するみちをひらいた。第3に不況の著しい深刻化にかんがみ,各通商産業局に「臨時中小企業不況対策相談室」を設置するとともに,政府関係中小企業金融機関,市中金融機関および各財務局との連絡を密にするため,これらの機関等によって構成する金融懇談会を定期的に開催することとし,これらを通じて,個別中小企業の金融,受注の面についてのあっせんを行なってきた。また,官公需の発注にあたって,できるかぎり,中小企業者に発注するよう,各官公庁,地方公共団体に要請した。さらに,親企業の倒産に伴う下請中小企業の連鎖倒産,親企業の生産調整の影響を受けた関連中小企業の行詰り等に対処して,金融措置を講じてきた。
 こうした直接のあっせん,救済策は,戦後最大といわれた山陽特殊鋼株式会社の倒産に際して,関連下請中小企業の連鎖倒産を完全に防止する等,かなりの成果をおさめることができた。
(2)不況の影響がとくに著しくあらわれた下請企業の分野については,政府としてはつぎのような不況対策を講じた。
 第1に,とくに悪化しつつある下請取引条件の適正化を図るため,割引困難な手形の交付の規制,支払期日の明確化等を内容とする下請代金支払遅延防止法の一部改正を行なうとともに,同法に基づく取締りの強化を図り,また,下請企業に対する取引条件の改善は親企業の社会的責任であることにかんがみ,そのための資金について,とくに十分な配慮を加えるよう,民間金融機関に協力を依頼する等の措置をとった。今後の問題としては,業種業態に応じた下請取引の基準を設ける等により,下請取引の一層の適正化を推進する必要がある。
 第2に,下請企業が不況の深刻化に伴い,受注減少に悩んでいることにかんがみ,上に述べた不況対策相談室において,受注あっせんを行なうとともに,下請企業振興協会の設立を助成して,受注が不安定な2次,3次の下請企業に対する受注あっせんを行なわせることとした。
 なお,下請企業の体質を基本的に改善していくためには,以上のほか,総需要の喚起を早急に図るとともに,後に述べるような近代化,協業化の捉進によってその生産性を高め,下請協同組合の設立によって価値実現力の向上を図り,さらに,系列診断を推進すること等によって下請取引関係の近代化を促進する必要があることはいうまでもない。
 2 以上のような不況対策は,短期的なものが多いが,今回の不況において,経営悪化,倒産の累増等がもたらされ,不況の影響がとくに深刻にあらわれたのは,第2章第1節で述べた中小企業に従来からある特性の存在や高度成長期以降における諸般の構造変動の出現と,それに対する適応のおくれが大きく作用したからである。すなわち,@従来,中小企業がその存立の基盤としてきた豊富低廉な労働力は,高度成長の過程で基調的なひっ迫を示し,賃金は急速に上昇して,従来大きかった大企業との間の賃金格差は,大幅に縮小することとなる等,中小企業は,労働力の確保難と賃金上昇に悩んでいる。Aこうした状況を前にして,中小企業は,労働力節約,さらには大企業との間の大きな生産性格差を縮小するための設備の近代化に努め,資本装備率を高めているが,資金調達力がもともと弱く,しかも近年とみにその体質がぜい弱になってきていることから,資金調達が困難となっており,資本装備率の上昇はこの面から制約を受けている。Bさらに,技術水準の低さ,経営管理の近代化の遅れ等は投資効果の十分な発揮を妨げており,C過小過多性は,価値実現力を弱めるという面から同様の影響をもたらしている。かくして,中小企業の生産性はいまだに
低く,大企業との格差は縮少を示していない。Dまた,不況による総需要の停滞の持続や,高度成長期以降において進展した需給構造の変化,市場条件の変化は,中小企業に対する需要の伸び悩みをもたらし,上に述べた場合と同様に,投資効果の減退をもたらしている。かくして,中小企業の生産性の向上は,この面からも阻害されざるをえない。Eこのような生産性上昇の不十分さは,賃金上昇をこれによって吸収することを困難にしており,また,設備投資の増大による資本費負担の増大をもたらすこととなり,中小企業は,これらの負担の増加に悩んでいる。F以上に述べてきた諸事情は,中小企業の収益力の低下をもたらすとともに,最も優良な長期資金源泉である内部留保の伸び悩みを招き,これらの一連の動きが,すでに述べたように,中小企業の経営悪化や倒産の原因ともなっている。
 3 以上の基本的諸問題を解決するには,基本的には,中小企業の近代化を推進することが必要であり,現下の不況のもとにあっても,この要請は変わっていない。しかし,現実には,中小企業の需要が停滞し,収益力も弱まっていることから,近代化への意欲が衰えている面もみられる。こうした状況を解消するためには,何よりも,財政政策による需要の喚起を図ることが必要であり,この場合,とくに,中小企業への波及効果がすみやかで,かつ,高い方法をとるよう配慮すべきである。
 こうした政策の効果が発揮されるまでの不況のもとにおいても,すでに述べたとおり,近代化への要請が強いとすれば,具体的にどのように近代化をすすめたらよいのであろうか。
 まず第1には,設備の近代化を図る場合,とくに重点を労働力節約投資において,資本装備率を高めなければならない。政府としては,中小企業の資金調達力の弱さにかんがみ,資金の円滑な供給によって中小企業者のこうした努力を助成するため,財政資金の投入により,政府関係金融機関を通じて資金の円滑な供給を図り,また,設備近代化資金貸付制度により,都道府県の財源をも繰り入れて,設備資金の無利子貸付けを行なっている。さらに,最も良質な設備資金源泉であるが収益力の低下によって蓄積の乏しくなっている自己資本の充実を図るため,税制上の特別措置を講ずるとともに,中小企業投資育成会社による中小企業への直接投資制度の一層の拡充を図った。また,中小企業信用保険公庫,信用保証協会を通じての財政資金による信用補完制度を拡充し,担保力の小さい中小企業に対する民間資金の導入を促進することとした。
 以上のような資金供給対策と併行して,資金調達の増大に伴う金利負担の増加が企業経営を圧迫し,ひいては生産性向上への努力を阻害することのないよう,すでに述べたような政府関係中小企業金融機関の貸出金利の引下げを実施するとともに,ことに,中小企業近代化促進特別融資制度については,その貸出利率の引下げを図った。同時に,こうした金利負担の軽減については,民間金融機関に対してもその協力を要請,指導し,ことに歩積み,両建てについては,一定期間内に自粛基準の線に到達するよう,民間金融機関の指導,監督を行ない,実質金利負担の軽減に資することとした。
 第2に,中小企業の近代化を推進するためには,中小企業の過小過多性にかんがみ,協同組合,共同出資会社の設立等によって,中小企業構造の高度化を図り,投資効率を高めることが必要である。政府としても,このような観点から,協同組合による共同施設の設置を促進するため,必要となる資金の一部についての貸付けを行なうほか,立地条件の改善,公害防止等の意味をも含めた工場,店舗の集団化,さらには小売商業の店舗共同化等を推進するため,中小企業高度化資金による助成や税制上の特別措置を講じ,さらに,中小企業近代化促進法指定業種における合併,共同会社の設立等についても金融上,税制上の特別措置を講ずる等,年々その拡充を図っている。
 第3に,独特の技術をもつことによって,不況抵抗力を強めている中小企業がみられることからも明らかなとおり,技術水準の向上を図ることが重要であるとともに,倒産事例にしばしば見られるような資本装備率の向上と経営管理方式とのアンバランスをもたらさないよう,経営管理の近代化を進め,この面からも投資効率を高める努力が必要である。政府としては,こうした要請から,国立試験研究機関の指導を受けて,公設試験研究機関の技術能力を強化し,これによって,技術指導事業の拡充強化を図るとともに,技術者研修制度の一層の充実を期すること等により,技術水準の向上を促進し,また,経営管理の近代化を図るため,診断指導事業を年々拡充し,さらに,経営管理者の質の向上を図るため,管理者研修を実施している。
 今後の方向としては,設備の近代化が,資金調達力,技術水準,経営力の3者の均衡を保ちつつ,強力に推進されることが,とくに必要と考えられる。
 4 しかしながら,中小企業の実態は,その業種,規模,業態等によってきわめてさまざまであり,体質改善を具体的に行なって行く場合に,以上の諸努力をいかに組み合わせ,そのどれに重点を置くかもいろいろに異なってくる。具体的な施策運用の段階においては,このような実態に即した近代化の方途を正確に見出すことが必要であり,中小企業近代化促進法は,その意味で今後一層の拡充と運用段階におけるきめの細かい総合性の確保に留意する必要があろう。
 なお,このような業種,業態ごとにその実態をながめると,業種自体が衰退的なものや,同一業種内においても転廃業を必要とする企業がみられる。こうした分野に属する中小企業は,むしろ転換等によって企業の衰退を打破した方がよい。その場合には,その企業のもつ労働,資本,技術等が有効に活用され,転換が円滑に行なわれるよう施策面での支援が必要であろう。
 5 以上諸施策の必要性とその展開を一般的に述べてきたが,ことに商業の場合には,製造業に比べて個々の企業においても,また流通機構全体としても近代化の遅れが著しく,近代化の推進は,個別企業の体質強化とともに,物価問題の解決にも資することとなる。
 このため,政府としては,中小卸売業者の集団化に対して,これに要する資金の一部を助成することにより,その経営の近代化,流通機構の合理化を図るとともに,小売商業の店舗共同化または商店街の近代化のための資金の一部を助成することにより,小売商業者の規模の拡大,小売機能の強化等を推進することとしている。
 今後の課題としては,上記のような形態の共同化が困難な零細小売商についても,その近代化を図るため,連鎖化等を強力に進めて行く必要があろう。
 6 近代化の遅れは,小規模企業においても著しい。この階層の企業は,事業所数にして全体の83%,従業員数で30%と産業活動のかなりの部分を占めており,中小企業の近代化,ひいては,日本経済全体の均衡ある発展を図るためにも,これらの生産性を上昇させ,近代化を推進する必要がある。しかしながら,とくに零細企業においては,経済合理性に立脚した政策の対象とすることができるような基盤をもたないものも多く,まず,その基盤をつくるために,これらに対する商工会,商工会議所の経営改善普及事業を助成するとともに,小規模企業に対し,金融,税制面での配慮を加えるほか,とくに,40年度においては,新たに無担保無保証人による信用保証について特別小口保険制度を創設し,零細企業に対する金融の円滑化に努めた。
 今後の課題としては,小規模企業に適した近代化,協業化を進めるために,新たに機械貸与や共同工場貸与等の諸制度を設けて,物融へのみちをひらくとともに,指導体制の一層の拡充を行なう必要があろう。また,こうした小規模企業に関する諸施策については,その対象となる小規模企業の性格から,施策の浸透を図ることが基本的に必要である。
 以上のほか,40年度においては,小規模企業の事業主の廃業等に関する共済制度を創設して,その廃業後の生活の安定を図るとともに,小規模企業の振興と安定に資することとした。
 7 中小企業に対する需要の拡大策として,官公需の果たす役割の重要性にかんがみ,中小企業者に対して,官公需契約手続等の周知徹底を図るとともに,各行政庁,地方公共団体等に対し,中小企業向け官公需の受注機会の確保につき,極力協力を要請してきた。
 また,中小企業製品の輸出は,わが国の輸出額において大きな比重を占めており,中小企業製品の輸出振興がきわめて重要な問題であることはいうまでもない。そのため,輸出企業に対し,金融上,税制上の優遇措置を講ずるとともに,輸出貢献企業認定制度,日本貿易振興会による海外市場開拓事業,輸出向け特産品の発掘,販路開拓事業,海外見本市の開催等種々の施策を通じて,中小企業製品の輸出振興に努めてきた。
 8 以上のような諸施策とともに,すでに述べたような中小企業の労働力の量的,質的な不足を緩和することがぜひとも必要である。これについては,労働力確保に資するため,職業紹介,職業訓練の拡充を図るとともに,労務管理の近代化の推進,最低賃金制度の拡充等に努めたほか,福利厚生施設への投資の必要性が増大していることにかんがみ,このための資金の融資のみちをひらいている。
 9 以上,現下の中小企業の直面する諸問題との関連において,これに対応するために実施しつつある政府の施策の重点を述べてきた。中小企業の直面する諸問題が急速に深刻の度を強めてきただけに,これに対応するためには,政府施策の効率的な運用と一層の拡充強化が必要であるが,中小企業の側においても,適確な情勢判断のもとに,基本的な体質改善の方途を見出すことに努める等自主的努力と協調精神によって,一つ一つ目的を達成するという着実な態度が必要である。
 官民一体となった努力と協力への要請が今日ほど強まったことは,いまだなかったといっても過言ではない。

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