第2節 経営悪化の進展


 最近における中小企業の収益性の低下は著しい。これは,生産性は上昇したものの,これが賃金の上昇を吸収するまでには至らなかったことによる面が大きい。生産性の上昇が不十分であったのは,資本装備率の上昇が十分でなく,他方,投資効率が大企業とは逆に低下し,最近における景気停滞の持続がこれを一層促進したことによると考えられる。今後の課題としては,資本装備率を高めるための努力が必要であるが,その場合,とくに協業化の推進,技術,経営面での近代化の促進を図ることにより,投資効率を向上させることが緊要であり,このため,政府としてもとくに早急な需要喚起を図るための施策の推進が必要である。

1 概説

 前節に述べた諸要因は,中小企業の経営を,全般的に著しく苦しいものとしている。しかも,こうした経営の悪化は,金融引締め等景気調整措置がとられている時期に,とくにあらわれることはいうまでもないが,景気調整下にない時期においても,依然として進行している。このような現象がみられるのは,経営悪化の根因が,前節で述べたような長期的な性格をもつ諸要因にあるからにほかならない。
 そこで,以下においてはこのような諸要因が中小企業の経営に働きかける過程を明らかにするとともに,かかる過程を通じて作用する諸要因の経営に対する影響力の程度を解明し,このような事態に対応するための,最も適切な努力のあり方の検討に資することとしたい。

2 収益力の低下

 (1) 近年中小企業の収益力は低下しつつあり,この動きを売上高純利益率によって示せば,第21図のとおりである。この図にみる限りでは,最近の水準は,33年におけるよりもむしろ高いところにあるが,38年のような景気回復期にも収益力の回復がみられないところが従来と基本的に異なっており,それだけに,収益力低下の問題は,従来よりもはるかに重大なものとなってきている。このような現象を,前節で述べた諸要因の働きかけとの関連で,以下にみて行こう。
 (2) 第1節において述べたような労働力需給のひっ迫は,必然的に賃金水準の上昇をもたらすこととなる。従来は豊富かつ低廉な労働力に依存するところが大きかった中小企業においても,賃金の上昇は著しい。かくして,第22,23図が示すとおり,中小企業と大企業との間の大きな賃金格差は,最近ややその速度に鈍化がみられるものの,おおむね,縮小の基調を維持してきている。
 (3) このような賃金上昇のすう勢は,労働に対する費用と資本に対する費用の相対的な関係を変化させるため,一般的に労働と資本の間の組合せを変化させ,生産要素としての労働への依存度を小さく,資本への依存度を大きくする。もっとも,業種によってはその本来的性格から,このような,いわば労働から資本への代替が行なわれにくいものがあり,中小企業のうちのある程度のものは,こうした業種に属している。しかしながら,中小企業の資本蓄積はまだまだ乏しい。以上のような労働から資本への代替の要請,さらには附加価値生産性格差縮小の要請は強く,総体としては,設備投資の推進が今後一層必要であると考えられる。
 このような動きは,企業が依存する資本対労働の比率(これを「資本装備率」という。)を増大させる。そして,この資本装備率の上昇は,附加価値生産性を上昇させ,賃金上昇のコストへのはね返りを吸収し,収益力を高める機能をもっている。
 こうした一連の動きは,最近の中小企業の動向のなかにも明らかにあらわれており,中小企業の資本装備率が年々増大してきたことは,第24図が示すとおりである。
 しかしながら,中小企業の場合には資金調達力が弱く,そのために,設備投資は資金面からの制約を受けざるをえず,労働と資本に対する費用の相対関係と,生産技術等とからきまる最適の資本対労働比率を実現するところまでは進行していない。こうした状況から,大企業と中小企業の資本装備率の格差は,いまだにきわめて大きいものとなっている。
 この資本装備率は,第25図からも明らかなとおり,附加価値生産性と密接に関連しており,こうした資本装備率の格差が,後に述べる大企業,中小企業の間の,いわゆる生産性格差を形成する最も大きな要因ともなっている。
 (4) 資本装備率が向上しても,資本1単位から生みだされる附加価値額(これを「投資効率」ということとする。)が低下すれば,附加価値生産性の向上は,それだけ抑制されることとなる。いま,投資効率の規模別動向をみると,第26図に示すとおりであり,近年における中小企業のそれは低下傾向を示している。35年以前の中小企業,最近における大企業が,いずれも第27図に示すとおり,資本装備率を向上させつつ,同時に投資効率を高めているのと明らかな対照をなしている点に注目する必要があろう。
 このような投資効率の低下をもたらしたものとしては,まず,第1に,需給構造や市場条件の変化があげられる。これらの要因は,中小企業に対する需要の伸び悩みをもたらし,設備の稼働率を低下させる方向に作用する。これが,投資効率を低下させることとなるのは,いうまでもない。
 第2には,景気停滞の持続であり,これが需要を低迷させて投資効率を低下させるのは,第1の場合と同様である。
 第3に考えられるのは,中小企業の過小過多性である。こうした性格のために,中小企業は価値実現力が弱く,金額によって計算される投資効率は,減殺されざるをえない。
 第4には,中小企業の技術水準の低さや経営管理の近代化の遅れがあげられる。すなわち,技術水準が高ければ高いほど,歩どまりの向上等によって,同じ額の設備から多くの附加価値を生むことができるし,また,合理的な経営が行なわれていれば,同じ額の設備を効果的に稼働させ,同様の結果をもたらすことができるからである。
 (5) 附加価値生産性は,以上に述べた資本装備率と投資効率の積によってあらわされる。中小企業の場合,資本装備率の上昇によって,附加価値生産性は,第28,29図に示すとおり上昇の一途をたどってきてはいる。しかしながら,投資効率がさきに述べた諸要因の作用によって低下を示しており,資金調達力の弱さ等のために資本装備率の上昇も十分でないため,附加価値生産性の向上は賃金の上昇を吸収するまでには至らず,大企業との附加価値生産性格差は,依然縮小していないものと判断される。
 (6) 他方,設備投資の進展は,資金調達の規模を拡大し,金融費用や減価償却費の増大をもたらしている。ことに,中小企業の場合には,すでに述べたとおり,資金調達力が弱いために金利水準が大企業よりかなり高く,これを反映して,資本1単位当たりに支払われるべき資本費は,第30図に示すとり,大企業に比べてかなり高くなっている。そして,これは,賃金の上昇とともに,中小企業の収益力を低水準にとどめる要因の一つになっている。
 (7) (8)に述べるように,収益性を売上高との関連でみる場合,以上の諸要因あるいは諸指標のほか,売上高に占める附加価値額の比重(附加価値率)も,これを規定する要素の1つとなる。原材料費等をできるだけ節約して,一定の売上高のなかから附加価値として残る部分を大きくすればするほど,利益の増大を図ることが可能となるからである。
 中小企業の附加価値率の水準は,第31図に示すとおり,大企業のそれに比べてかなり低い。しかしながら,その動向をみると,大企業では停滞ぎみに推移しているのに対し,中小企業では,36年以降著しい上昇を示している。このようなすう勢は,大企業の水準に及ばないまでも,設備投資によって技術水準が向上し,それに伴って品質の向上,製品歩どまりの上昇がもたらされたこと,生産財関係部門の生産性の上昇によって,原材料価格が低下したこと等による面が大きいものと考えられる。
 このことは,中小企業の収益性を引き上げるうえに,かなり大きな力となっていることを見のがしてはならない。
 (8) 第1節に述べた諸要因は,以上に述べたような過程を通じて,中小企業の収益性に影響を及ぼしている。ところで,最近における収益性の低下傾向に対して,上の諸要因は,具体的にどのような影響を与えているであろうか。
 いま,収益性をあらわす指標として,売上高純利益率をとり,36年から39年に至る収益性の低下に対し,諸要因の作用を具体的にあらわす諸指標の変動がどのような影響を及ぼしているかについて試算してみると,つぎのとおりとなる。すなわち,32〜35年における中小企業においては,資本装備率上昇の影響は+1.41%と,それほど強くなかったものの,賃金上昇の影響力が−1.63%と,今日よりもはるかに小さく,また,投資効率の上昇,附加価値率の上昇が,それぞれ+0.16%および+0.12%と働いており,これらが賃金上昇のかなりの部分を相殺し,収益力を向上させることとなった。
 これに対し,36年から39年にかけての中小企業においては,賃金上昇の影響力が−5.62%と強くなったが,一方,資本装備率の上昇,技術水準や労働力の質の向上等による附加価値率の上昇が,それぞれ」−2.88%および+0.85%と収益改善力として働いた。しかしながら,資本装備率の水準はいまだ低く,他方,投資効率,資本費負担率が,それぞれ−0.90%および−0.37%と,いずれも収益性低下の要因として働き,結局のところ,設備投資の収益性改善効果は,上の2つのマイナスの影響力に減殺され,その結果,収益性はかなりの低下を示すこととなった。
 これを現在の大企業と比較してみると,大企業では資本装備率上昇の収益性改善力は強くないが,賃金上昇の影響力も比較的弱い。資本費負担増の影響は中小企業より大きいが,ことに,このような環境のもとにあっても,なお,若干ながら投資効率を上げ,中小企業とは逆にこれが収益性改善の方向に作用している点が注目される。かくして,大企業の収益性低下の幅は,中小企業におけるよりもかなり小さく,引き続き相対的に高い収益性を維持し,大企業と中小企業の収益性の格差は依然として縮まらないままに存在することとなっている。
 以上述べたことは,業種別にみてもおおむね同様に妥当し,36〜39年における収益性の低下は,賃金上昇を附加価値生産性の向上が吸収しえなかったことによってもたらされている。すなわち,附加価値生産性を規定する要素の1つである資本装備率は,32〜35年ごろに比べ,ほとんどの業種において上昇幅が大きく,すでに述べた諸指標の中でも最も大きい収益改善力を示している。これに対して,第2の構成要素である投資効率は,32〜35年ごろには上昇した業種が多かったのに対し,最近においては逆に低下をみせる業種が多くなっており,ことに,鉄鋼・非鉄金属,機械,輸送用機器,さらには繊維製品,木材・木製品,出版・印刷,窯業・土石製品等の低下が著しい。このような傾向は,近代化の要請等から行なった設備投資が生産力化する時期に,需要の減退にみまわれたことによってもたらされたと考えられる面も多く,上記の鉄鋼,機械関係部門にはこうした事例が多い。その他,一般的な背景としては,需給構造,市場条件の変化,過小過多性による価値実現力の弱さ,さらには技術水準の低さや経営管理の近代化の遅れ等がいろいろな形で作用していることが推定される。
 以上のように投資効率が低下し,また資本装備率も必ずしも十分な上昇を示していないため,附加価値生産性の向上は,上に述べたように賃金の動きに追ずいするところまでには達しえなかったのであり,こうした事情が収益性低下の基本的要因となっている。
 今後の課題としては,資金供給の円滑化によって資本装備率の向上を図るとともに,とくにその過程で投資効率の低下を伴うことのないよう,4に述べるような配慮を十分に行なう必要があろう。

3 財務内容の悪化

 (1) 以上に述べたとおり,中小企業の収益性は,諸要因の作用によって低下の一途をたどってきており,そのため,最も重要な資金源泉としての内部留保は,伸び悩みを示している。一方,これによって充足されるべき固定資産は,1で述べたような労働から資本への代替等の要請に応じて,ある程度増大してきている。したがって,内部留保資金による固定資産充足率は,第32図にみるとおり年々低下し,従来長期資金源泉のなかでは最も大きな比重をもっていた内部留保は,37年以降,その地位を固定負債に譲っている。また,内部留保に次いで良質な長期資金源泉である資本金に関する上記の比率も,漸減している。そして,中小企業においては,これらの自己資本の不足を補うために,固定負債の調達が進められてきているが,大企業の場合には,この固定負債が内部留保の停滞を十分にカバーし,全体としての長期資本は固定資産よりも多くなっているのに対し,近年における中小企業は,このような大企業の水準にまで到達せず,自己資本と固定負債を合わせた長期資本全体によっても固定資産をまかないきれず,1割ないしそれ以上の部分は,短期資本によって補うこととなっており,資金繰りはかなり苦しくなっていることが明らかに推定されよう・BR> B
 (2) この点を業種別にみると,長期資本の固定資産充足率が70%を割るという状況にまで至っている建設,サービス業での著しい悪化がめだっている。製造業については,資料が従業員50人未満の層の状況を反映していないため,一般に比較的高い水準にあるが,それでも,紙,木材,鉄鋼・非鉄金属等の業種において,長期資本の固定資産充足率が100%を下まわっている状況が認められる。そして,これらのいずれの業種も,自己資本の蓄積が十分でないこと,さらに,このような状況が長期負債の借入能力を減殺していることが明らかにされている。
 4 かくして,第1節に述べたような諸要因は,中小企業の収益力を低下させているだけでなく,これを通じてその財務内容を悪化させ,資金の固定化をも招いている。とくに,こうした状況は,労働力需給のひっ迫からくる賃金上昇を,生産性の上昇によって吸収しきれないことから,もたらされているところが大きい。したがって,こうした情勢に対応して,今後その経営を改善して行くためには,投資効率,附加価値率をできるだけ向上しうるような方法によって,資本装備率を向上させ,これによって生産性の向上を図り,賃金上昇の影響を吸収する必要がある。とくに,現在のように需給構造,市場条件の変動が激しく,総需要が停滞しているなかで,賃金上昇が続き,しかも中小企業に従来からあった特性が大きく存在する現段階においては,投資効率の向上はなかなか容易ではないものと考えられよう。それだけに,投資効率を向上させるためには,総需要の早急な喚起が必要であるほか,個々の中小企業者としては,従来にもまして技術水準の向上,経営力の強化に努めるべきであるが,とくに,この両者が資本装備率の向上との間にバランスを維持して,その水準を高めて行くことが必要である。さらに,協業化等により過度競争性を解消し,また,需・BR> 牛\造の変動,市場条件の変化等に対して弾力的に適応していくことが緊要であろう。政府としては,資本装備率向上のための諸施策とともに,以上のような中小企業者の努力を一層誘導し,助長するための施策の拡充に努め,とくに,停滞する需要の早急な喚起を図ることにより,投資効率の向上,ひいては近代化促進の環境を整備すべきであろう。

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