第2章 不況下中小企業をめぐる諸問題

 経済全体の不振と停滞のなかにあって,中小企業は,それぞれの分野において発展のあとを示しつつも,多くの困難に直面せざるをえなかったことは,前章において,その概略を述べたとおりである。これらの諸困難は,景気のながい沈滞によって,一層強められていることはいうまでもないが,さらに,日本経済の高度成長期における諸般の構造変動および中小企業に従来からある特性と密接な関係をもっており,問題の根は,なかなか深いと考えられる。そこで,本章においては,まず,このような諸困難を中小企業にもたらした諸要因について概観し,つぎに,これらの諸困難のうちでも,とくに問題性が高いと考えられる経営悪化の問題,倒産累増の問題,中小企業のいろいろな分野ごとにみられる変動の問題および価格上昇の問題を,上記の諸要因との関連において,より詳細に分析し,問題点の本質を探ることにより,その基本的解決のみちを示唆することとしたい。

第1節 諸問題の背景

 現在の不況のもとにおいて,中小企業は,経営の悪化,倒産の増加,下請取引関係の変動等種々の問題をかかえている。このような状況は,景気停滞の持続による面も大きいが,基本的には,労働力需給のひっ迫,需給構造の変動,市場条件の変化等の高度成長期以降における諸条件の変化や,過小過多性,弱い資金調達力,低い技術水準,経営管理の近代化の遅れ等の中小企業に従来からある特性が大きく影響しているものと考えられる。

 不況下における中小企業は,多くの問題に直面している。したがって,まず,ここでは,第2節以下の問題点をもたらしている諸要因について,その概要をできるだけ簡潔に述べることとしたい。

1 景気停滞の持続

 その第1は,不況がながく続き,景気がなかなか回復しなかったことである。
 すなわち,38年末に実施された金融引締政策が,39年にはいり,逐次強化されるにしたがい,景況は,次第に停滞し,不況の度合を強めるに至った。
 もっとも,39年度の経済規模は,第15図に示すとおり,かなりの速度で拡大し,ことに,景気調整期であったにもかかわらず,11.1%の実質成長率を示した。しかしながら,高度成長期に行なわれた大企業を中心とする著しい設備投資の増大が生産能力化する時期にあったため,需要の拡大がみられたものの,業種によっては,供給能力が需要を上まわって増大し,稼働率の低下,損益分岐点の著しい上昇がみられた。
 このような状況は,40年度に至って,需要規模の極端な伸び悩みという深刻な事態をもたらした。すなわち,40年度においては,その初期に公定歩合が引き下げられ,金融は,大幅な緩和をみせたものの,設備能力が需要を上まわったため,設備投資需要は,第15図に示すとおり沈静化し,消費も伸び悩みをみせた。このような状況から,40年度における実質経済成長率は,一方に輸出の非常な好調があったにもかかわらず,27%という従来ほとんどその例をみなかった低水準にとどまろうとしている。
 以上のように,最近,ことに40年における景況の停滞は,中小企業だけでなく,大企業にも強くあらわれ,とくに,機械,電気機器,合成繊維等高度成長期に著しい成長をとげた部門において,その傾向が顕著にみられた。このため,このような部門の下請中小企業は,親企業における不況克服策としての大幅な生産調整,支払条件の悪化等によるしわ寄せを強く受け,また,下請系列の再編成が進展する等深刻な事態を迎えており,こうした状況が以下に述べる諸要因の中小企業への作用をより強く,より顕著なものとしていることはいなめない。

2 高度成長期以降における構造変動

 しかしながら,中小企業に現下の諸困難をもたらしつつある要因は,単に,以上述べたような比較的景気循環との関連が深い要因に基づくものばかりではない。そこには,もっと長期的,本質的なものが強く働きかけていると考えられる。したがって,ここでは,まず高度成長期以降における構造変動がもたらした要因について述べることとする。

(1) 労働力需給のひっ迫

 従来,中小企業は,豊富でしかも低廉な労働力の存在をその存立基盤としていたが,このような労働力事情は,わが国の経済発展に伴って,徐々に変ぼうし,ことに,34年以降のいわゆる高度成長期に至って,労働力需給は,若年層を中心として,基調的ひっ迫をとげるに至った。
 すなわち,まず新規学卒者については,経済規模の拡大に伴って,これに対する需要は急速に増大したのに対して,供給は所得水準の上昇による進学率の増大等から,逆に減少の傾向をみせ,そのため,第16図に示すとり,求人倍率は上昇の一途をたどり,充足率は,逆に急速に低下してきている。この充足率を企業規模別にみると,第17図に示すとおり,規模の小さい階層ほど充足率が低く,中小企業にとっては,大きな悩みの種となっている。このような状況は,また,新規学卒者以外の一般労働者についても,ほぼ同じような形であらわれてきている。現在の不況期にあっては,このようなすう勢にあった労働力需給の状況は,やや緩和しているが,中小企業の労働力不足は依然深刻であり,この傾向は,今後も続くものと思われる。かくして,従来の中小企業が大きく依存していた豊富低廉な労働力は失われつつあり,中小企業は,このような基盤を失うことによって大きな影響を受けざるをえないこととなった。

(2) 需給構造の変化

 近年における経済の発展は,単に総需要の規模を急速に拡大しただけでなく,製造業を中心として,受給構造にも大きな変動をもたらした。いま,第18図によって業種別の出荷額の構成変化をみると,機械,電気機器,輸送用機器の著しい比重増大と,繊維部門の地位の低下がめだっている。さらに,これらの業種を詳細にみて行くと,機械の比重増大は,カメラやミシンのようないわゆる軽機械ではなく,産業用機械,工作機械等資本財としての機械の地位の増大によってもたらされており,電気機器の場合には家庭用電気器具,輸送用機器については自動車が,これらの業種の比重拡大に大きく寄与していることがわかる。また,比重の低下がみられる業種のなかでも,繊維における合成繊維の比重は,著しく増大してきている。
 このような状況から,近年の需給構造の変化は,技術革新の進展による生産のう回度の深化をもたらし,機械,石油化学を中心とする重化学工業分野の需要を著しく拡大したこと,また,所得水準の上昇や生活様式の変化に伴う消費構造の変化から,高水準の技術を必要とする高級耐久消費財,類型的大量消費に適する非耐久消費財およびそれらの生産財への需要を拡大したことが認められ,一方,供給側においても,このような需要構造の変化に対応した高い資本装備と高度の技術水準による大規模生産体制が可能となり,この需給両面の構造変化が結合することによって,現在の構造変動がもたらされたものと考えられる。
 需給構造の変化が,このような形態をとるものであったため,それは,大企業,ことにそのなかでも高度の資本集約度と技術水準を有する重化学工業分野の大企業の成長力を高め,これと系列下請関係にある中小企業の成長をもたらすこととなった。反面,全体としては,資本装備や技術水準の上で著しく低位にある中小企業の成長力を相対的に弱める働きをしてきた。中小企業の比重低下は,このようなところからもたらされているといってよいであろう。ことに,従来,労働集約的形態としてしか成立しえなかった軽工業を中心とする産業分野においても,技術革新の進展によって,資本集約的な形態による経営の存立を可能にし,需要も上に述べたとおり,これに対応する変化を遂げたため,大企業の進出がいくつかみうけられるに至っている。
 もっとも,最近の不況のもとにおいては,むしろ,このような従来の成長業種における不振が著しくなっているが,これは,過去の高成長下における設備投資の推進による供給力の増大と,需要の伸び悩みとが重なって,需給の不均衡を招いたからであり,こうした現状が,直ちに資本集約度と技術水準の高い産業形態による成長という,これまでの発展の形が基本的に解消してしまったことを示すものではないことに注意する必要があろう。

(3) 市場条件の変化

 中小企業の従来における存立基盤として,さきには,豊富,低廉な労働力の存在をあげたが,このほかに,狭あいまたは閉鎖的な市場の存在も,従来から中小企業の存立基盤として重要な意義をもっていた。しかしながら,最近に至って,市場はいろいろな意味で広域化しつつあり,この面でも,従来の中小企業の存立基盤は失われてきている。
 広域化の主な事例としては,まず,いわゆる開放経済体制への移行をあげることができよう。昭和30年代の前半までは,外国製品の輸入は,きびしい外貨割当てによって規制されていたが,その後,日本経済の体質強化が進むにつれて,輸入の自由化が進展し,さらに,外国企業の直接進出もいまだに規制されてはいるものの,その規制の程度は次第に緩和されてきている。こうした一連の動きは,日本の市場が世界の経済に開放されることを意味し,外国企業あるいは外国製品との競合が,多くの分野において生じてきている。現実の問題としては,先進国からの輸入品の進出により直接に影響を受けているものはほとんどみられないが,日本に進出した先進国の企業との競合関係は,食料品,紙加工品,金属製品等若干の分野において激しくなってきている面がみられる。また,たとえば,外国製品との競争にうちかつための大企業の対策が,下請中小企業への要求の厳格化となってあらわれている等,間接的な影響は,多くの分野において指摘することができよう。
 発展途上国の進出も,市場条件の変化のあらわれ方として重要なものである。最近,発展途上国においては,工業化がかなりの進展をみせており,これらの国からの製品輸出は,次第に増大する傾向を示してきている。これらの国々の産業の形態は,豊富な労働力の存在を前提とした労働集約的なものが多く,そこから輸出される製品は,必然的にわが国の中小企業製品と海外市場において競合し,また,日本の国内市場においても競合をみせている。すでに述べたような最近における労働力需給のひっ迫等から,わが国中小企業のコストは増大の一途をたどりつつあること,発展途上国からは,国連貿易開発会議等の場において,その工業製品につき先進国は門戸を解放し,特恵待遇を与えるべき旨の主張がなされていること等を考えあわせると,これら諸国の製品の進出は,現在および将来にわたって,わが国中小企業の需要を圧迫するかなり大きい要因となりうることを見のがしてはならない。
 以上のほか,国内的な問題としては,車両の大型化と迅速化,道路網の拡充,港湾施設の整備等輸送手段の近代化等による市場の広域化があげられる。中小企業のなかには,ごく狭い閉鎖的な地域需要によって,その存在をささえられていたものが非常に多かったが,このような輸送手段の発展によって,従来の地域需要は次第に開放され,他地域の供給者との間に競合をきたし,それが地場産業を中心とする中小企業分野の需要を停滞させ,その経営を圧迫しつつある事例は,かなり広く見受けられる。
 こうした状況に対応するため,中小企業は,今後適切な方向に向かって一層努力しなければならない。

3 中小企業に従来からある特性

 以上は,昭和30年代の後半に至って生じてきた諸要因であるが,現在の中小企業が直面している諸問題の要因としては,このほかに,中小企業に従来からある特性をあげなければならない。

(1) 過小過多性

 すでに述べたように,少なくとも昭和30年代前半以前においては,労働力は豊富に存在し,これを低い賃金によって雇用することは,きわめて容易であった。そのために,労働力依存型の中小企業の経営は,低い技術水準しか持たないでも容易に開始することができ,中小企業の数は第1表に示すとおり著しいものとなった。これらの中小企業群は,景気変動の過程において,一時的に若干の消滅をみることがあっても,その後ふたたび増大し,企業規模の過小性と企業数の過多性は,容易に解消されないままに今日に至っている。
 このような状況は,一面では,中小企業の根強さを示しているとも考えられるが,他面,一般に適正規模の実現による体質強化を相互に妨げあうだけでなく,激しい競争の展開によって,必要以上に販売価格を引き下げ,利益の縮小をもたらしている。さらに,こうした過度競争は,下請系列関係にある中小企業分野においても同様に存在し,この分野では,親企業と対等あるいはそれに近い取引関係の実現をきわめて困難なものにしている。
 このような事情は,中小企業の収益力の低下をもたらすものであるが,最近においては,労働力需給のひっ迫による人件費の増大,設備投資の増大による資本費の負担増等の状況が生じてきているだけに,その問題性は,一層大きくなってきている。

(2) 資金調達力の弱さ

 中小企業は従来から担保力,信用力に乏しく,したがって,資金調達力も大企業に比べてかなり弱いものがあった。いま,その状況を概観すれば,つぎのとおりである。
 1) 資金調達力は,まず,資金調達構造に端的にあらわれる。第2表は,中小企業,大企業別に,資金調達の構造を示したものである。一見して明らかなように,中小企業は,大企業に比べて自己資本蓄積力が弱いために,その比重が低く,また,長期借入金の比重も大企業の2分の1以下であり,その結果,長期資金の比重が非常に低く,買入債務等短期資金への依存度が大きい。
 2) 資金調達力の弱さは,資金需要との関連において,資金調達の量的側面をみても明らかに認められる。すなわち,固定資産投資額に対する長期資本調達額の比率は,大企業の104.1%に対し,中小企業では,87.1%ときわめて低い水準にあり,固定資産の一部を短期資本でまかなわざるをえない状況となっている。また,短期資本需要の規模を一応あらわすものと考えられる指標として,売上高をとり,これに対する短期資金調達額の比率をみると,大企業では15.5%であるのに対して,中小企業では9.0%と,これもかなり小さくなっている。
 3) また,第19図に示すとおり,中小企業の金利水準は,大企業よりかなり高く,借入額に対する拘束預金の比率は,歩積み,両建て預金の整理によって低下をみているものの,大企業に比べて相当高いと考えられる点を考慮すると,この差はさらに大きなものとなろう。
 4) 以上,中小企業の資金調達のみに注目し,かつ,静態的な観点からみてきたが,これを経済全体としての資金の流れ(マネーフロー)のなかにおきつつ,動態的にみてみよう。第20図は,法人企業を中心とするこのようなマネーフローを推計し,これを簡単に図示したものである。35〜36年と37年以降との2つの時期を比較してみると,両時期の間において,日銀貸出しの増加,個人からの預金の増大等により,市中金融機関の貸出残高増加額は,かなりの規模の拡大をみせたが,この間において,資本金1,000万円以下の中小企業の借入残高増加額は,ごくわずか増大したにとどまり,貸出残高増加額の増分の多くは,大企業(資本金1,000万円超)に向けられた。そして,大企業は,このような借入規模の拡大した部分を主として現預金,売掛金の増大に充当しており,このうち現預金の増大は,市中金融部門に還流するが,それは中小企業への貸出増加には必ずしも結びついていないし,また,売掛金の増大は,やはり中小企業の買入債務の増大をもたらしてはおらず,むしろ大企業の買掛金を増大させており,結局,上記の2つの時期の間における市中金融部門の資金供給規模拡大部分の多くは大企業向けに流れ,中小企業への直接,間接の流入規模は,ほとんど増・BR> 蛯c唐ケなかった。
 5) このような資金調達力の弱さは,最近のように,労働力需給が基調的にひっ迫化し,労働節約的投資の要請が強まっている段階において,一層大きな問題となるに至った。

(3) 技術水準の低さ

 中小企業のなかには,独自の技術分野をひらき,中小企業として特徴のある製品を開拓して,発展した事例も多くみられるが,一般的には,中小企業の技術水準は低いといわざるをえない。これは,中小企業においては技術者を確保し,あるいは養成することがなかなか困難なこと,資金調達力が弱いため,技術開発のための投資がほとんどできないこと等による面が大きいと思われる。ことに,最近の労働力需給のひっ迫化と技術革新の急速な進展は,有能な技術者の需給関係を著しくひっ迫させており,この面からも,容易にその技術水準の向上を図ることが困難となっている事例がきわめて多い。

(4) 経営力の弱さ

 1) 従来は小規模で,かつ,労働に多くを依存する企業経営には比較的問題が少なかったが,企業が漸次その規模を拡大し,ことに最近のように,労働力需給のひっ迫下にあって,資本装備率を高める必要性に迫られてきているときにおいては,こうした企業の量質両面の発展に伴って,近代的な経営管理を行なうことがきわめて必要となってくる。中小企業においては,企業規模の拡大,外部条件の変化等に適応した経営形態や管理方法が必要であるにもかかわらず,旧態依然たる経営を行なっている例が少なくなく,このため,倒産に追い込まれる例もいまだに多い。
 2) たとえば,中小企業においては計画的な経営管理が行なわれていない場合が多い。第3表によれば,企業体質の強化に最も基本的な役割を果たす設備投資の計画をたてていないものが75%にも達し,日常の企業活動の基本となる生産計画,販売計画をたてていないものは,それぞれ43%,65%にも達しているという状況である。また,経営計画を策定している場合でも,それが日常の経営活動の管理に結びついていないものが圧倒的に多い。さらに,企業規模が大きくなればなるほど,経営管理の総合性が必要とされるが,中小企業の上位規模のものでも,総合的な計画を立案していないものがかなり多いことも問題点として指摘される。
 3) 第4表からは,仕事が組織によって分担されるのではなく,「人」によって分担され,責任権限も明らかにされていない場合が多いことが推測される。
 4) 具体的な経営管理の方法については,計数による実態把握が不足しており,一般に,勘に頼る面が多い。たとえば,原価計算をしていないものが,第5表によれば49%を占め,しかも,その理由として,「その必要がない」というものが多い点が問題であろう。
 5) また,経営者としての意識の低い面が,とくに指摘されなければならない。たとえば,企業の運営を同族だけで行なっている例が,第6表において78%を占めており,また,中小企業構造高度化の態様のなかで最も中心となるべき共同化,組織化を行なう意志のないものが74%に達している。現実には,共同化が非常に進展して大きな効果をあげている例もかなりみられるが,全体としての経営者意識は,まだまだ低調といわざるをえない。
 6) このような状況は,もちろん急速に改善されてきているものの,全体としては,経営管理の一層の近代化に対する要請はいまだきわめて強い。体質改善の方法はいろいろ考えられるが,経営面の近代化こそ,その最も基本となるべきものと考えられる。
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