2. 中小企業・小規模事業者にとってのCSV実践の意義
ここまで、CSVの概要と、国内外のCSVを実践する大企業の事例について見てきた。この中で、企業が、社会的な課題の解決に事業として取り組むことで、社会価値と企業価値が両立し得るということを見てきた。
それでは、中小企業・小規模事業者は、様々な社会的な課題とどのように向き合えばよいのだろうか。とりわけ、ヒト・モノ・カネといった経営資源に乏しい小規模事業者が、大企業と同様に、社会価値と企業価値の両立を図るといったことが可能なのであろうか。仮に可能だとして、では、中小企業・小規模事業者がCSVを実践することの意義はどこにあるのだろうか。
この点、社会価値と企業価値の両立は、中小企業・小規模事業者でも実践し得るし、むしろ、古くから地域に根ざして事業を行ってきた中小企業・小規模事業者にとって、直面する地域特有の課題にこそ、新しいビジネスの可能性、「生きる道」があるのではないかという可能性を示していきたい。
高齢化・過疎化といった地域の課題を、事業を通じて解決しようとする中小企業・小規模事業者の取組を見ることで、CSVが中小企業・小規模事業者の新たなビジネスモデルの一つと成り得る可能性を、四つの事例を通じて検証していきたい。
まずは、地域が抱える様々な課題に対し、本業につながる地域活動を実施する企業の事例を見てみたい。
事例3-5-18. 大里綜合管理株式会社
地域活動を通じて社員も地域も幸せにする企業
千葉県大網白里市の大里綜合管理株式会社(従業員24名、資本金1,000万円)は、不動産の売買・賃貸の仲介や、建築及びリフォーム、不動産管理等の不動産業を営む企業である。
同社の野老真理子(ところまりこ)社長は、母が設立した同社に大学卒業後に入社し、その後引き継いで2代目社長となった。先代の社長は5人の子どもを育てるための手段として会社を経営していたが、野老社長は「地域の課題を解決することが経営者の責任である」という考えの下、通常業務に加えて年間200以上の地域活動を実施している。
例えば、同社は地域住民のためにオフィススペースを貸し出し、使用していないスペースの有効活用を図っている。毎週月曜と金曜は昼休みに無料コンサートを開催し、不定期に有料(1,500〜2,000円程度)のコンサートも開催している。また、会議室の壁側には棚が設置され、地域住民の手作り商品を販売するためのギャラリーとなっている。さらに、2Fの調理スペースを料理好きの主婦等に貸し出し、日替りの「ワンデイシェフレストラン」を開いている。遊び感覚でシェフを始め、プロとして独立した人もいる。
また、「ナノビジネス3555」と題し、従業員に1人5,000円を与えて1年間で10,000円の利益を生むビジネスを考えさせている。「地域のためになること」、「自分でやりたいこと」、「自分でできること」を条件としており、ある従業員は米粉パンを製造・販売するビジネスを3年前から開始し、現在では月に14万円の利益を生んでいる。
こうした地域活動に業務時間の4割程度が充てられており、1週間に1度は新たな地域活動を提案する場も設けられている。野老社長は、「日頃から地域活動を行うことで、地域の課題に気付き、自然と身体が動くようになる。」と社員育成の効果を述べている。また、様々なイベントのお知らせを不動産業のチラシ一面に記載することで「捨てられにくいチラシ」となり、本業の不動産の販売促進にも寄与しているという。
野老社長は、「巡り合う人たちが、大里を通じて幸せになるような企業を目指したい。」と述べ、「目の前の課題に対して、『自分の仕事ではないから』や『お金にならないから』などと言わずに、一つ一つ解決していく社会にしたい。」と語る。
55 「ナノビジネス35」とは、社長以下従業員全員が行う35にも及ぶ取組をいう。
この企業が実施する200以上の取組は、地域住民が抱える課題に対して慈善活動ではなく、あくまで本業につながる活動として実施している。地域住民の課題を解決するあらゆる取組の結果、不動産業を営む事業所自体が、誰もが気軽に入れる「公民館」のような場となり、特に地域の高齢者のコミュニティを形成する上で重要な場となっている。また、この取組が、不動産業にとって重要な地域住民との信頼関係の構築と従業員の育成にも寄与している。経営者が、慈善活動ではなく本業につながる地域活動として取り組んだことにより、社会価値と企業価値の両立を果たした好例といえる。
次の事例は、身近に感じた課題から、高齢者や障害者等の歩行困難者の自由な移動を可能にする取組を行った企業の事例を見てみたい。
事例3-5-19. 有限会社中央タクシー
歩行困難者が自由に移動できる手段を提供する企業
宮城県柴田郡大河原町の有限会社中央タクシー(従業員18名、資本金1,850万円)は、人口約23,700人の大河原町を中心に運行するタクシー会社である。
同社は通常の車両に加え、車椅子のままでも乗車可能な車両と、移動に係る負担を軽減する車椅子タイプのシートを搭載した車両(写真掲載の車両)を導入しており、高齢者や障害者等の歩行困難者も事前予約なしで利用できることが特徴である。同社のドライバーの多くはホームヘルパーの資格を取得し、訪問介護事業所の指定も受けているため、通常のタクシー利用が難しい人でも安心して利用できる。利用料金も500〜1,000円(タクシー運賃は別)と、いわゆる「介護タクシー」を専業とする企業よりも低価格である。
同社がこうしたサービスを開始したのは、岡崎隆(おかざきたかし)社長の父親がくも膜下出血で倒れ、半身麻痺状態となり入院したことがきっかけであった。退院時は緊急車両を利用するわけにもいかず、自宅まで自家用車に乗せて帰ったが、父親にもドライバーにも大きな負荷が掛かった。タクシー事業を営む者として、歩行困難者に移動手段を提供する必要性を感じたという。
同社のサービスにより、歩行困難者はいつでも好きな場所に出かけることができる。実際、同社は囲碁教室等のカルチャーセンターへの送迎等も行っており、歩行困難者の人生を豊かにするとともに、地域活性化にも寄与している。岡崎社長は「必ずしも儲かるサービスではない。」としながらも、口コミで同社の評判が伝わり、利用者の増加や囲い込みにつながっている。
「天気が悪い時の利用等、不定期な収入に依存していては持続的な経営は難しい。社会や地域の問題解決を通じて、固定収入を増やしていきたい。そのためにも、日頃から自らハンドルを握り、利用者の生の声をしっかりと聞いていきたい。」と岡崎社長は述べる。今後については、「障害者や健常者の垣根を越えて、誰でもいつでも行きたいところへ行けるような環境を整備したい。地域にとってのタクシー会社とは何かを考え続けたい。」と意気込みを語っている。
この企業は、身近に感じた課題に対し、自社の事業で解決する取組を行ったことで、歩行困難者が自由に移動できるという社会価値を生み出すとともに、その結果、利用者の増加や囲い込みといった企業価値を生み出している。社会価値と企業価値の両立を実現した一つの要因として、社会的な課題に取り組んだことにより、地域住民の間でその企業の評判が口コミで伝わったことが挙げられる。地域に根ざした事業を行っている中小企業・小規模事業者にとって、地域住民による企業の口コミは、地域におけるその企業に対する評価のみならず、事業そのものに対する需要・ニーズの増減に大きな影響を与え得る。そういった意味で、身近な地域的課題を解決することで、地域住民に社会的価値を生み出すとともに、口コミにより企業の収益基盤がより強固になったという企業価値を生み出した好例といえる。
次の事例は、地域住民の意見を反映した路線バスの運行により、地域の活性化と企業経営の両立を図ろうとした事例である。
事例3-5-20. 銀河鉄道株式会社
社長の子どもの頃の夢を通して、地域に貢献しているバス運営会社
東京都東村山市の銀河鉄道株式会社(従業員50名、資本金2,000万円)は、東村山市近隣において路線バスや観光バスの運営を実施している企業である。子どもの頃からのバス好きが高じて、山本宏昭(やまもとひろあき)社長は1999年に同社を設立した。
山本社長は、子どもの頃からの「バスの運転手になりたい」という思いを実現するため、大学時代から、バスの車掌や洗車の仕事、そして大型二種免許を取得し、回送バスの運転のアルバイトを行っていた。しかし、バス会社では、路線バスの運転手は大卒の募集は行っておらず、観光バスの運転手では、路線バスの運転経験が必要となるなどの条件があり、バス会社に勤めることができなかった。それでも山本社長は夢を捨て切れず、実家の酒店に勤めながら資金を貯め、ついにはバス2台から事業を立ち上げた。会社設立当初は、貸し切りバス事業を行っていたが、その後、地域住民の意見を反映した路線を引くことにより、2003年より路線バス事業を開始した。
当社では、不便な地域に10〜15分の短い間隔で、170円の低料金の路線バスを走らせることにより、暮らしやすい地域作りを目指している。暮らしやすい地域を作ることで、その地域の住民が増え、賑わいが増すなど地域活性化を目指すとともに、地域活性化により、路線バスの利用者も増加するという好循環を目指している。
山本社長は、「大手バス会社がなかなか採算の取れない土地でも、とにかく忍耐強くお客さんが定着するまで頑張る。暮らしやすい地域を作ることで、空き地にアパートが建ち、その地域の住民も増える。」と、地域課題の解決と地域活性化についての思いを語る。また、「お金のため、自分のためではなく、国や公に貢献することは、日本男子の名誉。」と語る山本社長は、大好きなバスを通して、地域への貢献を果たしている。
この企業は、なかなか採算が取れない地域であっても、地域住民の生声の中にビジネスの可能性を見付けて、地域住民のニーズに基づく路線を設定するとともに、粘り強く事業を継続していくことで、大手バス会社では参入できない、ニッチなれど確実な需要を獲得した好事例といえる。
最後の事例は、地域資源を活用し地域活性化を実現する企業の事例を見てみたい。
事例3-5-21. 株式会社四万十ドラマ
地域資源を活用し、地域に価値を還元する企業
高知県高岡郡四万十町の株式会社四万十ドラマ(従業員25名、資本金1,200万円)は、四万十川流域の資源を活用した商品の開発・販売や、道の駅「四万十とおわ」の運営を行う企業である。
同社は1994年に、四万十川中流域の三つの町村が出資する第三セクターとして活動をスタートした。当初から職員として勤務していた畦地履正(あぜちりしょう)社長は、環境に配慮しつつ地域にお金が還元される仕組みづくりの必要性を感じ、2005年に自治体の株を地域住民に売却して完全民営化した。
同社は、緑茶や紅茶、栗、ひのき等の地域資源を発掘し、その価値を見直しながら商品開発を行っている。その際に生産現場の保全・再生を重視しており、農家に栽培技術を教え、市場価格よりも高く買い取るなどの支援を行うほか、加工もできる限り地元で実施している。同社のオリジナル商品は、同社が指定管理者として運営している道の駅「四万十とおわ」で販売されるだけでなく、東京の百貨店や専門店等でも販売されているが、バイヤーには必ず現地で生産者に会ってもらうというこだわりようである。なお、道の駅「四万十とおわ」では、オリジナル商品を販売するほか、地元農家の代理販売や、地元素材を活用した食堂の経営も行っている。ここではマイバッグを推奨し、道の駅として初めてレジ袋を有料化し、併せて古新聞を活用した「しまんと新聞ばっぐ」も販売している。レジ袋や新聞バッグの売上の一部は町有林の保全に使われ、環境に負担を掛けずに地域に価値を還元するビジネスが実現されている。
同社は、四万十で培ったノウハウを他地域で活用してもらうための研修を実施する一方で、他地域のノウハウも積極的に吸収するという「ノウハウ・アライアンス」を掲げている。実際、岐阜県恵那市から栗の品質管理や剪定技術のノウハウを学んだという。
畦地社長は、地域活性化について、「他地域の資源に目がいきがちだが、足元の財産を活用することを考えるべきである。」と言う。「資源の見直しから商品開発、生産現場の保全、加工、販売・流通まで、できる限り四万十川流域内で行う。それによって新たな雇用が創出され、地域に魅力があれば、若者も地元に戻ってくる。」と畦地社長は語る。
この企業は、地域資源を活用した「地元発着型56」の商品開発により、雇用の創出、生産者支援等を通じた地域活性化という社会価値を生み出しながら、発信力ある商品の販売で全国に販路を確保することで企業利益をあげており、地域資源を活用した社会価値と企業価値の両立を実現した好例といえよう。
56 「地元発着型」とは、地元でとれた資源を、地元で加工し商品化することにより、その商品が地域の広告塔として世に出ていき、最終的には地元に利益をもたらすという循環のことをいう。