第3部 中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来 

第3節 社会価値と企業価値の両立

ここまでの節では、ITを活用した新しい外部資源活用や資金調達を行うことにより、中小企業・小規模事業者が長年の経営課題を解決できるかもしれないという可能性について見てきた。一方で、中小企業・小規模事業者が持続的な事業活動を行うためには、企業活動を通じて一定の収益を確保していくとともに、消費者や従業員、株主、地域住民等が求める様々な社会的な課題にも対応していかなければならない。

これまでも、様々な社会的な課題に対応してきた企業は多い。近年、そのような社会的な課題に対し、自社の事業を通じて積極的に解決していこうとする新しい考え方が提唱されている。企業の競争戦略を専門とする米国経営学者マイケル・ポーターが提唱する「CSV(Creating Shared Value)」という考え方である。マイケル・ポーターは、「ハーバード・ビジネスレビュー(2006年12月号)」誌で、マーク・クラマー49との共著の論文「Strategy and Society」において、従来の「CSR(corporate social responsibility)」から「CSV」への転換についての記載をしている。その後、同誌(2011年1月・2月合併号)に発表したマーク・クラマーとの共著の論文「Creating Shared Value」でCSVのコンセプトについて詳述している。本節では、様々な社会的な課題に対し、ビジネスの視点から解決を図ろうとするCSVに焦点を当てるとともに、中小企業・小規模事業者がCSVを実践することの意義について見ていきたい。

49 ハーバードケネディスクール(Harvard’s Kennedy School)の上級研究員(Senior Fellow)。

1. 社会価値と企業価値の両立とは50

●CSVの概念

「CSV」とは、「Creating Shared Value」の略で、「共有価値の創造」、「共通価値の創造」等と訳される。CSVは、企業の事業を通じて社会的な課題を解決することから生まれる「社会価値」と「企業価値」を両立させようとする経営フレームワークである。マイケル・ポーターの提唱したCSVでは、共通価値の概念について「企業が事業を営む地域社会や経済環境を改善しながら、自らの競争力を高める方針とその実行」と定義している。また、そこではコストを踏まえた上で社会と経済双方の発展を実現しなければならないという前提の下、「社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造されるべき」というアプローチを提唱し、「企業の成功と社会の進歩は、事業活動によって結び付くべき」としている。

このようなCSVの考え方について、マイケル・ポーターは「製品と市場を見直す」、「バリューチェーン51の生産性を再定義する」、「企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスター52をつくる」という三つのアプローチがあるとしている。

●CSVの三つのアプローチ

マイケル・ポーターは、CSVの三つのアプローチについて、以下のように定義している。

(1) 「製品と市場を見直す」

このアプローチは、社会的な課題を解決する新しい商品やサービスを生み出すことにより、社会価値と企業価値の両立を図ろうとするものである。また、このアプローチでは、社会価値と企業価値の両立を実現する必要があるため、純粋に新しい商品・サービスを生み出し社会的な課題に対応するだけでなく、新しい市場を開拓したり、市場を拡大したりすることによって、企業は自らの企業価値を創造する必要がある。

(2) 「バリューチェーンの生産性を再定義する」

このアプローチは、自社のバリューチェーンを見直すことにより、社会価値と企業価値の両立を図ろうとするものである。企業のバリューチェーンは、社会に影響を与えているため、この部分を見直すことにより、社会的な課題を解決すると同時に、コスト削減などの企業価値の創造が実現されるとしている。具体的な見直し項目として、「エネルギーの利用とロジスティックス」、「資源の有効活用」、「調達」、「流通」、「従業員の生産性」、「ロケーション」等を挙げている。

(3) 「企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターをつくる」

このアプローチは、自社が企業価値を高めるため、企業の生産性やイノベーションに影響を与えるクラスターを形成することで、社会的な課題の解決を図ろうとするアプローチである。労働者が搾取されたり、サプライヤーに適正価格が支払われなかったりすると生産性が悪化するため、クラスターの形成には公平かつオープンな市場が必要であるとしている。

CSVは、2011年にマイケル・ポーターによって提唱された考え方であるが、実際に新しいビジネスモデルとして積極的にCSVを実践している企業もある。企業の具体的な取組を見るために、国内外のCSVを実践している大企業の事例を見てみたい。

日本国内においては、キリン株式会社の取組が有名である53。2013年に、キリングループは、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンの国内飲料事業を統括するキリン株式会社を立ち上げ、その中に「CSV本部」を新設した。キリン株式会社では、これまでの事業の在り方を転換させるべく、「社会課題に対して、商品やサービス等を通じてアプローチしていくことが、結果として事業にもプラスの影響をもたらす」として、CSVの実現に取り組んでいくことを決めたのである。具体的には、飲酒運転による交通事故の多発という社会問題に対して、世界初のノンアルコールビールを開発した。また、物流における環境負担の軽減を図るために、集荷する商品をできるだけ集約するなどして、CO2排出削減とコスト削減の両立を可能にした。

海外においては、ネスレの取組が有名である54。ネスレは、2007年から2年ごとに世界規模での「共通価値の創造報告書」を発行するなど、CSVを積極的に実践している企業である。具体的には、プレミアム・コーヒー用の豆の仕入先であるアフリカや中南米の貧困地域の零細農家に対して、農法に関するアドバイスを提供したり、銀行融資に対する保証をするなど栽培農家に対して密に支援することにより、高品質のコーヒー豆を安定して仕入れることを実現するとともに、高品質の豆には価格を上乗せして、しかも農家に直接支払うことで、栽培農家のモチベーションを高め、生産性の向上と農家の所得の増加をもたらした。

どちらの企業も、自社の取組を通じて社会的な課題を解決しつつ、販路の拡大、優良かつ安定的な仕入先の確保、コスト削減など企業が取り組むべき経営課題の解決も同時に図り、社会価値と企業価値を両立させている。

50 Porter, M. and M.Kramer, 2011,“Creating Shared Value: Redefining Capitalism and the Role of the Corporation in Society”, Harvard Business Review, January and February 2011.(=2011、編集部訳「共通価値の戦略」、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号』、ダイヤモンド社)

51 「バリューチェーン」とは、マイケル・ポーターが提唱した概念で、製品やサービスを顧客に提供するという企業活動を、購買物流・製造オペレーション等から構成される主活動と、企業インフラや人的資源管理等から構成される支援活動に分類した上で、それぞれの業務が一連の流れの中で順次、価値とコストを付加・蓄積していくものと捉え、この連鎖的な活動によって顧客に向けた最終的な「価値」が生み出されるとする概念をいう。

52 「(産業)クラスター」とは、特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態をいう。

53 http://www.kirinholdings.co.jp/csr/kirincsr/idea.html

54 Porter, M. and M. Kramer, 2011, “Creating Shared Value: Redefining Capitalism and the Role of the Corporation in Society”, Harvard Business Review, January and February 2011.(=2011、編集部訳「共通価値の戦略」、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号』、ダイヤモンド社)

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