第3部 中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来 

5. 直接投資先からの撤退

直接投資の開始によって企業の将来性や売上高の増加に良い影響があった企業が多い一方、資金繰りが悪化した企業もおり、中には直接投資先からの撤退に至った企業も存在している。ここでは、中小企業の直接投資先からの撤退16について見ていく。

第3-4-31図は、直接投資を実施したことがある企業のうち、撤退の経験について尋ねたものである。これを見ると、直接投資を実施したことがある企業の4分の1が撤退を経験している。また、撤退を経験した企業の半数以上が、現在は直接投資を実施していない。逆に言うと、4割以上の企業は撤退を経験しても、他の拠点で直接投資を継続していたり、再び直接投資を開始するなどして、現在も直接投資に取り組んでいるといえる。

16 ここでいう「撤退」は、直接投資先の清算、倒産等による解散や吸収・合併等によって出資比率が0%になること、又は株式の売却等により出資比率が著しく低下することをいう。

第3-4-31図 直接投資先から撤退した経験
Excel形式のファイルはこちら

また、第3-4-32図は、現在撤退を検討している又は撤退を経験した国・地域を見たものである。これを見ると、現在撤退を検討している国・地域では、6割以上が中国であり、過去の撤退を経験した国では、中国が約4割であるのに比べて、割合が大きく増加している。

第3-4-32図 撤退を検討している又は撤退を経験した国・地域
Excel形式のファイルはこちら

直接投資先からの撤退の理由はどのようなものであろうか。第3-4-33図は、直接投資先からの撤退の理由を見たものである。これによると、「環境の変化等による販売不振」が最も割合が高い。これは、例えば、競争環境の激化、経済危機や政治的な混乱等により、当初見込んでいたほどの売上が達成できず、撤退に至る場合が考えられる。

第3-4-33図 直接投資先からの撤退の理由(複数回答)
Excel形式のファイルはこちら

さらに、直接投資先から撤退する時には、どのような課題があるのだろうか。第3-4-34図は、直接投資先からの撤退における障害・課題を見たものである。これを見ると、8割以上の企業が撤退の時に何らかの障害・課題に直面していることが分かる。その具体的な内容を見ると、「投資資金の回収」と回答する企業が最も多く、「現地従業員の雇用関係の整理」、「現地の法制度への対応」、「合弁先、既往取引先等との調整」が続いている。

第3-4-34図 直接投資先からの撤退における障害・課題
Excel形式のファイルはこちら

以上のように、直接投資を実施した企業の4分の1が環境の変化等を理由として撤退を経験している。一方で、撤退を経験した企業のうち4割以上の企業が、他の拠点等で再び直接投資を行っており、経営戦略として撤退を選択し、海外事業に再挑戦している企業もいることが伺える。海外への直接投資を行う企業は、国内事業にも悪影響を与えるような撤退を回避するとともに、新たな販路開拓を行うための移転等、撤退の経営判断を戦略的に行う必要がある。そのためには、海外進出時に海外事業における不確実性もあらかじめ考慮した事業計画を策定するとともに、海外進出後にも継続的に事業計画を見直していくことが重要である。

また、現在も中国を中心に撤退を検討している企業が少なくない。ほとんどの企業が撤退時に、多岐にわたりかつ専門的な支援を必要とする障害・課題に直面しており、単独では解決が難しいこともあるため、政府としては、こうした困難に立ち向かう中小企業に対する支援の強化も必要とされる。

事例3-4-7. 株式会社美装いがらし

新しい販路の開拓のため中国に出店したが、撤退を経験した企業

新潟県糸魚川市の株式会社美装いがらし(従業員65名、資本金1,000万円)は、レディースシャツ・ブラウスの企画・製造・販売を行う事業者である。代官山に、ガーゼ製品の自社ブランド「ao」の店舗を構えている。

同社では、2007年に大連にアンテナショップを立ち上げた。大連に進出することを決めたのは、新たな販路の開拓するためであった。当時、同社では百貨店のフロアで販売する業者への卸売が主であったが、販売先が相次いで倒産するという経営の危機を迎え、生き残りのための戦略の模索に迫られた。

それまで業者への卸売が主体であり、個人顧客への直接販売の経験はほとんどなかったが、新しい販路への挑戦のため、個人を対象として自社ブランド「ao」を立ち上げるとともに、また別ブランドで中国にアンテナショップの出店を行った。同社が大連への出店を決めたのは、相談したコンサルタントが大連に精通し、つながりがあったこと、同社が大連から研修生を受け入れていたことが理由である。大連への出店は、五十嵐紘英(いがらしこうえい)社長が主導した。

中国人の色の好みへの対応等、大連の店舗では様々な困難にも直面したが、何とか収支をトントン程度に保っていた。しかし、賃料が割高であった当初の店舗からショッピングモールへの移転をした直後、ショッピングモールのオーナーから一方的な閉店要請があり、中国での事業継続が困難であると考え、2010年に撤退を決めた。当初より投資額を抑えていたため、幸いにも資金的な被害は大きくなかった。

「生き残りのための模索とはいえ、自社ブランドの立ち上げと中国への出店を同時にこなすことは、かなり難しかった。」と同社の五十嵐昌樹(いがらしまさき)専務は言う。現在では、欧米への展示会の出展や海外に販売網を持つ他社との提携を図るなどにより、「腰を据えて」海外への販売に取り組んでいる。「海外展開を実施する企業では、撤退の可能性を常に頭に置いておき、撤退の基準を設定しておくことが必要。」と五十嵐専務は語る。

同社の五十嵐昌樹専務

コラム3-4-1.

海外展開が国内雇用に与える影響

前掲第3-4-24図第3-4-25図のように、直接投資の開始によって売上高や利益に良い影響を与える企業が多いという結果が出た。一方で、直接投資の開始によって国内の雇用が減少するのではないか、という懸念も存在している。海外展開の開始によって、国内の雇用にはどのような影響があるのであろうか。

コラム3-4-1〔1〕図は、「企業活動基本調査」の1997年度から2011年度のパネルデータを基に、2004年度に直接投資を開始し、2011年度まで継続している企業(直接投資開始企業)と1997年度から2011年度まで一度も直接投資をしていない企業(直接投資非開始企業)の国内従業者数の推移を見たものである。これを見ると、2004年度直接投資を開始した時点から、国内従業者数は減っておらず、むしろ増加していることが分かる。ただし、国内従業者数は2001年から増加しており、国内従業者数の増加が全て直接投資の開始を要因としたものではないことに留意が必要である。

コラム3-4-1〔1〕図 直接投資開始企業の国内従業者数(中小企業)(2004年度開始)
Excel形式のファイルはこちら

一方で、前掲第3-4-24図第3-4-25図では、直接投資の開始によって、国内の雇用に悪い影響を与えたと回答している企業も多くはないが、一定数存在していることが分かる。直接投資の開始により、国内雇用を増やしている企業と減らしている企業には、どのような違いがあるのであろうか。

コラム3-4-1〔2〕図は、直接投資の開始によって、国内の雇用に良い影響があった企業と悪い影響があった企業の別に、直接投資の目的を見たものである。これによると、国内の雇用に良い影響があった企業では、「新規の取引先・市場の開拓」を目的に直接投資を行っている企業が多い一方で、国内の雇用に悪い影響があった企業では、「人件費等のコストの削減」を目的に直接投資を行っている企業が多い。このことから、人件費等のコスト削減を目的に直接投資を行った企業では、国内生産が海外で代替され、結果として国内雇用が減ることが多く、新規の取引先・市場の開拓を目的に直接投資を行った企業では、販売が拡大するため、国内でも生産が増加され、結果として国内雇用が増加することが多いということが推測される。

コラム3-4-1〔2〕図 直接投資の開始による国内雇用への影響別の直接投資の目的(製造業)
Excel形式のファイルはこちら

海外展開と雇用等国内事業との関係は、研究者の間ではこれまでどのように議論されてきたか、主な論文を概観したい。

(1) 輸出の開始による国内事業への影響に関するもの

○輸出開始が生産性の成長に対して正の効果がある。また、その正の効果は低所得国に輸出する企業よりも高所得国に輸出する企業で大きい。(2007 De Loecker)

○輸出を開始した企業は、そうでない企業よりも、売上、雇用、研究開発活動について高い成長率を示す。(2011 伊藤)


(2) 直接投資の開始による国内事業への影響に関するもの

「国内生産代替型」直接投資は雇用機会を減らす一方、「現地市場獲得型」直接投資では国内雇用を創出するため、雇用の減少はかなりの程度相殺している。(2001 深尾・袁)

○1995年から2000年の期間に外国直接投資を開始した日本企業は、開始後、雇用を3〜5%程度上昇させている。(2007 Hijzen, Inui, Todo)

○工程間分業を伴う海外直接投資が、国内の製造部門の生産性の改善を促している。(2008 Matsuura, Motohashi and Hayakawa)

○中小製造業では海外の企業に生産を委託することによって生産性が上昇する可能性が大きい。また、非熟練労働の需要は減るものの、高度人材の需要が増えるため、国内雇用は全体では減らない。(2012 戸堂)

○海外進出企業の海外雇用の拡大により、取引している海外非進出企業(一次取引先)の雇用は減らない。(2014 伊藤・田中)

以上のように、多くの実証研究が、海外展開に伴い、国内雇用は減らないとしている。製造業が直接投資に伴って、国内雇用を減らさない理由は、おおむね以下の三つに整理することができる。

〔1〕海外市場を開拓し、売上拡大を図るための生産機能の直接投資は、国内生産を減らさない。(ただし、輸出を止めて現地生産に切り替えるといった国内生産の代替的な直接投資は、輸出のための国内生産・雇用を減少させる。)

〔2〕海外での最終財の現地生産拡大に伴い、国内からの中間財の輸出が増える場合がある。

〔3〕製造業が、生産以外の卸売・小売・サービスのための子会社を海外に開設する場合は、国内雇用を減らすとは考えにくい。

以上見てきたように、コスト削減を目的に生産移転が行われた場合では、国内雇用が減る可能性もあることには留意が必要であるものの、直接投資の開始によって、直接的には国内の雇用は減るとはいえないことが分かる。

ただし、二次、三次取引先も含めたサプライチェーン全体の雇用への影響や中長期的な雇用への影響等については、まだ十分なデータと検証の蓄積が行われておらず、今後とも引き続き議論が必要であると考えられる。

前の項目に戻る     次の項目に進む