第3部 中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来 

2. 起業後の生活・収入の安定化

ここまで、起業に関心を持つ者を増やすための対応策として、起業家教育の必要性や、起業に対する社会的評価の改革に向け、起業家の実態を正しく伝えていくことの重要性について見てきたが、次に、起業に関心を持った者が実際に起業に至る可能性を高めるための対応策について、起業後の生活・収入の不安定化に焦点を当てる。

(1) 起業のセーフティーネット

第3-2-36図で見たように、我が国において、開業率が低い理由として、起業後の生活・収入の不安定化が挙げられる。この点について、まず、我が国の起業家に対するセーフティーネットの現状を見ていく。

まず、個人保証の問題が存在する。起業家は開業費用や事業の運転資金を借入れる際に、個人保証や担保を提供することが多い。実際、前述のように(第3-2-26図)、「経営者の個人保証または個人財産を担保に提供」が約2割、「経営者の家族・親族の個人保証または個人財産を担保に提供」が1割強存在するという結果が出ており、事業に失敗した場合、個人資産の一部が回収対象となる可能性もある。こういった制度が、そもそも起業を阻害したり、経営者による思い切った事業展開や早期の事業再生等を阻害する要因となっているなど、保証契約時・履行時等において様々な課題が存在する。こうした背景のもと、2014年2月より「経営者保証に関するガイドライン」が適用され、金融機関等において、個人保証の必要性を精緻に検証すること、また、保証債務の履行時における回収対象に関する指針が示された14

次に、小規模企業共済制度15というセーフティーネットがある。小規模企業共済制度は、小規模企業の個人事業者が年齢に関係なく事業を廃止した場合や会社等の役員が退任した場合等、それまで積み立ててきた掛金に応じた共済金を受け取れる共済制度である。共済金は、リタイヤ後の生活資金や、新たな事業にチャレンジするための資金としても利用されている。さらに、「予定利率は年1%を保証」、「共済金を受け取る権利は、差押え対象外として保護」、「税制上の大きなメリット」といった三つのメリットが存在し、加入者は122万人にのぼり小規模事業者の約4割が利用している16。今後もより一層の加入促進が必要である。

最後に、起業後の最低限の収入を得るための仕組みである。起業家の生活や収入が最も厳しいのは、起業してもすぐには収入がなく利益も上がらない最初の数か月〜数年間であり、この最も厳しい時期におけるセーフティーネットをどう構築していくかが大きな課題となっている。この点に関して海外の制度に目を向けると、フランスが2009年からスタートさせた「個人事業者制度」が興味深い。この制度では、失業者が個人事業者制度を利用して起業をした場合においては、失業給付を継続して支給する仕組みがある(コラム3-2-1)。また、ドイツにおいても、「起業助成金制度17」において、起業開始直後の数か月間の生活費がカバーされる仕組みが構築されている。

残念ながら、我が国においては、起業家の最も厳しい時期を支えるセーフティーネットが十分に整備されておらず、起業を志す者に不安を抱かせる最大の要因となっている。「経営者保証に関するガイドライン」は、起業家を支えるセーフティーネットの構築に向けた第一歩といえるだろうが、今後、海外の制度を参考にしつつ、起業家の最低限の生活が保障されるような仕組みの構築に向けて、政府を挙げて検討していくべきであろう。

14 「一定の生活費等(従来の自由財産99万円に加え、年齢等に応じて100〜360万円)を残すこと」や、「「華美でない」自宅に住み続けられること等を検討すること」、また、「保証債務の履行時に返済しきれない債務残額は原則として免除すること」等が定められている。詳細は第3章経営者保証に関するガイドラインを参照。

15 詳細は第3章小規模企業共済制度を参照。

16 共済金の給付を受けるために一定期間の継続した拠出が必要である。小規模企業共済は、共済金A(事業の廃止、経営者の死亡等)や共済金B(老齢給付等)については、掛金納付月数が6か月未満の場合、また、準共済金(事業の全部譲渡等)や解約手当金(任意解約等)については掛金納付月数が12か月未満の場合は、共済金を受け取ることができない。

17 起業助成金制度(Grundungszuschuss:GZ)は、失業者が起業活動に着手し、それにより失業状態を終了させる場合に、起業開始直後の数カ月間の生活費及び社会保険料をカバーするための助成金である。厚生労働省「南欧諸国の労働施策」http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/12/pdf/teirei/t133-150.pdf

(2) 兼業・副業の促進

起業におけるリスクを低減する一つの方策として、兼業・副業の促進が考えられる。これまで、起業といえば会社を退職して新しい事業を起こすことが想定されてきたが、この場合、事業がうまくいかなければ職を失うことになる。一方で、兼業・副業の形で起業することができれば、起業家にとって事業がうまくいかなかった場合にも、本職からの給与を最低限得ることができるため、一定のセーフティーネットとなりうる。さらに、兼業・副業の意義として、事業が成功するか否かの可能性を市場で一定程度試した後、起業するかを決断することができる。小さく事業を始めることで、失敗した場合のリスクを最小化し、その上で、もし成功すれば、本格的にその事業に専念することも可能である。本格的な起業に向けた助走期間として、兼業・副業は非常に重要といえよう。

第3-2-42図にあるように、大企業18に勤める正規社員に対して、兼業・副業についてアンケート調査を行なったところ、兼業・副業が認められていると回答した割合は約2割であり、日本社会においては、兼業・副業が就業規則等19において禁止されている企業が多くを占めていることがわかった。では、もし、仮に兼業・副業が認められた場合、どの程度の者が兼業・副業を検討するのだろうか。結果として、兼業・副業が認められれば、起業に関心のある者のうち、約半数が兼業・副業を行いたいと回答していることが分かった。

18 ここでは、従業員が301人以上の企業を大企業とする。

19 独立行政法人労働政策研究・研修機構「雇用者の副業に関する調査研究」(2005年)によると、2004年時点の調査で、兼業・副業に対する制限がある企業の、約8割が「就業規則」によって禁止されている。

第3-2-42図 兼業・副業は認められているか
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兼業・副業にはこれだけ多くのニーズが有り、兼業・副業が認められれば、起業に関心を持つ者も増え、ひいては兼業・副業をステップに起業に踏み出す者も増えることが予想される。しかし、現状では、多くの大企業では、兼業・副業を就業規則等において禁止している。確かに、兼業・副業が本業と利益背反となる事態を招いたり、本業に支障が出る場合には認めるべきではないという主張も合理的といえる。しかしながら、逆にそのようなリスクがほとんどない兼業・副業であれば、社会的にもう少し寛容に受け止めても良いのではないだろうか。むしろ、兼業・副業による新たなイノベーションや新鮮なプレーヤーの参入という「新陳代謝」の促進に、社会全体として価値を見いだすべきではないだろうか。

事例3-2-7. 株式会社アンテレクト

会社員の“週末起業”をバックアップする企業

会社員として働く人の中には、起業に対する関心と意欲を持ちながらも、実際のアクションに踏み切れない人が少なくない。そうした人が起業を踏みとどまる大きな理由は、リスクの高さ(倒産や借金等)や失うものの大きさ(固定収入、安定した生活等)だろう。

東京都中央区にある株式会社アンテレクト(従業員数10名、資本金1,500万円)では、そんな「起業意欲を持ちながらも、様々な理由でそれができないでいる人々」に対して、「週末起業」という起業の在り方を提案している。

「週末起業」は簡単にいえば、会社員が会社を辞めることなく最小限の資本で起業し、週末を中心に活動することを指すが、この方法であれば、会社を辞めてから起業する場合と比べて大幅に低いリスクでの起業が可能になる。

アンテレクトでは、「週末起業」を始めたい人を支援する場、そして実際に「週末起業」を始めた人が相互に交流する場として、会員制の組織「週末起業フォーラム」を運営しているが、ここに出入りする週末起業家の多くは、30代後半から40代の会社員だという。

社会人として相当の経験を積んできた会社員が、「本当にやりたかったこと」を実現するため、あるいは「副収入を得るため」、あるいは「キャリアチェンジの方法の一つとして」等、様々な理由で週末起業に関心を示し、フォーラムの門を叩く。

現在の会員数は2,000名程度であり、その半数が自分なりのビジネスを見つけ出し、週末起業家として起業している。さらに、実際に起業した人の中には、あくまで副業の範囲で事業を行うことを望む人もいれば、事業が軌道に乗った段階で勤め先の会社を辞め、「週末起業家」ではない「起業家」として独立していく人もいる。

このように週末起業フォーラムからは、多様な起業家が輩出されているが、そのうちの多くの起業家は「「週末起業」というやり方でなければ起業はしなかったか、あるいは、できなかった。」と言う。「週末起業」という考え方は、このように会社員にとって起業を身近なものとすることに大きく役立っているといえる。

週末起業フォーラムの活動の様子

事例3-2-8. Lactivator

大手メーカー社員が“週末起業”として地域活性化ポータルサイトを開設

地域活性化ポータルサイト「Lactivator(ラクティベータ)」を運営する渡辺俊(わたなべしゅん)代表は、事例3-2-7で取り上げた株式会社アンテレクトの「週末起業フォーラム」に参加し、実際に「週末起業」したうちの一人である。

「Lactivator」は、地方自治体の担当者をはじめ、まちづくりに関わる人々が自由に利用できるポータルサイトで、地域活性化に係る様々な情報が集約されているほか、渡辺代表自身が執筆するオリジナルコンテンツ「世界一わかりやすい地域マーケティング戦略」等の記事が掲載されている。利用者はこのサイトを情報収集に使うこともできるし、会員登録すれば自身の関わるイベント情報等をポータルサイト上に掲載し広告することもできる。

渡辺代表は、大手の自動車メーカーでマーケティングリサーチの仕事に携わっており、そこで得た知識・ノウハウを「まちづくり」の分野に活かしたいと考え、Lactivatorを開設した。世の中に「まちづくり」関連の情報発信を目的としたWEBサイトは少なくないが、Lactivatorは「マーケティングリサーチ」という独自の切り口でまちづくりを扱い、付加価値を生み出している。

「Lactivator」は広告収入によって運営されているが、最近ではこのWEBサイトをきっかけとして、地方自治体等から渡辺氏自身へ講演依頼等も入るようになり、将来的にはまちづくりコンサルタントとしての事業展開も視野に入れている。

渡辺代表は、もともと起業に関心を持っていたものの、家庭を持つ身としてリスクの高い一か八かの起業には抵抗があったという。そんな折に、低リスクで、しかも自身の知識・ノウハウを活かして事業を始めることができる「週末起業」について知り、その日のうちに週末起業フォーラムの参加を決めた。

このように、起業意欲を持ちながらもリスクの高さから起業に踏み切れない社会人は多く、「週末起業」のような形で起業のリスクを下げることは、社会人による起業の活発化に繋がると考えられる。

Lactivator主催イベント「上毛かるた日本一決定戦」の様子
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