第3部 中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来 

2. 起業に至るステージごとの課題や次のステージに移行しない理由

ここからは、起業のステージごとに起業に関して直面する課題を概観する。また、次のステージに移行せずに現在のステージにとどまる理由についても併せて分析を行うことで、より詳細なステージごとの実態に迫る。

(1) 潜在的起業希望者

●起業の準備に踏み切らない理由

まず、潜在的起業希望者のステージについて焦点を当てる。第3-2-11図にも記載したように、潜在的起業希望者は、「起業を将来の選択肢の一つとして認識しているが、現時点では何ら準備をしていない者」と定義される。よって、潜在的起業希望者は未だ起業に向けた準備を行っておらず、具体的な課題には直面していない。そこで、現在直面している課題ではなく、起業の準備に踏み切らない理由について調査を行った。

第3-2-19図を見ると、全体として、「収入、やりがい、プライベートの面で現状に満足している」、「事業失敗時のリスクを考えると、起業の準備に踏み出せない」を選択する割合が起業を踏み出さない理由として高くなっている。この結果から、起業の準備に踏み切る上で、現状の生活に満足しており、リスクが高い起業には踏み出せない現状が推察される。より多くの者が起業に踏み出せるように、起業に伴うリスクを低減する必要があることはいうまでもないが、「ハイリスクハイリターンな起業」ばかりではなく、小さく事業を始めて、失敗しても損害を最小限にとどめるような「小さな起業」も立派な起業であるというメッセージを打ち出していく必要があるのではないかと考えられる。

第3-2-19図 起業の準備に踏み切らない理由
Excel形式のファイルはこちら

一方、女性や若者、シニアの特徴は、以下のとおりである。女性は、自身のやりたいことの実現方法がわからない者が多い。第3-2-5図で見たように、女性の起業分野の特徴として、生活に根ざした分野が多く、事業のアイデアはあるものの、それをどのように事業化するかが起業におけるボトルネックの一つになっていると推察される。この点を補うような相談体制やセミナー等が求められる。

若者は、「周囲に自営業者や起業家がいないので、「起業」することに現実味がない」を理由として挙げる割合が高い。第3-2-13図でも見たように、若者は周囲の影響を受けやすい傾向があり、若者の起業を促進するためには起業家に触れる機会を増やすことの必要性がここでも確認された。また、「事業、起業を立ち上げるための具体的な段取りや手続き(資金面を含む)が分からない」を選択する割合も高い。このため、気軽に相談できる相談体制の整備や起業に向けた段取りや手続きを教えるセミナーが求められている。

シニアの特徴としては、「事業失敗時のリスクを考えると、起業の準備に踏み出せない」、「自分の「やりたいこと」をどうしたら事業化できるかわからない」を選択する割合が比較的に高い。シニアは、第3-2-18図で見たように、「株式会社・有限会社」を選択する割合が女性や若者に比べて高く、比較的規模の大きな起業を志す傾向もある。しかし、その一方で、事例3-2-2で見たように、これまでの能力や人脈を活かした手堅い起業をする傾向もある。このような傾向を踏まえて、本人のこれまでの経験や人脈を活かしつつ、本人がやりたいことを見つけてあげる、「指導」というより「伴走型」の支援が求められているというべきであろう。

(2) 初期起業準備者

●初期起業準備者が直面する課題

次に、起業のステージを一段階進み、初期起業準備者になった者に焦点を当てた分析を行う。第3-2-11図にも記載したように、初期起業準備者は「起業したいとは考えており、他者への相談や情報収集を行ってはいるものの、事業計画の策定等、具体的な準備を行っていない者」と定義される。

第3-2-20図により、初期起業準備者が直面する課題を見てみよう。定義より明らかであるが、初期起業準備者は起業に向けた具体的な準備をしていない段階であるため、課題として「特にない」を選択する割合が最も大きい。しかしながら、初期起業準備者の段階でも、「経営知識」や「専門知識」が課題であると回答する割合が2割弱存在する。また、資金調達を課題としていると回答する割合も約1割存在する。なお、この段階では、女性や若者、シニアの割合に大きな差異は見られない。

第3-2-20図 初期起業準備者が直面している課題
Excel形式のファイルはこちら

したがって、この時期に求められる支援は、「経営知識」や「資金調達」方法等を教える「創業スクール」のような支援や、起業を志す若者達が互いに情報交換や相談し合えるような交流会等を行うことで、起業に向けたモチベーションを高めていくような支援が必要と考える。

(3) 起業準備者

●起業の準備に踏み切ったきっかけ

次に、起業準備者の実態について分析する。第3-2-11図にも記載したように、起業準備者は「起業に向けて具体的な準備をしている者」と定義される。

この段階まで進んだ者が起業家になる確率として、「起業の実現率」という数値を定義したい。この数値は、第3-2-1図の起業準備者と起業家の割合から算出され、起業準備者のうちどの程度の割合が起業を実現するかを表す数値とする。2012年において起業準備者が41.8万人、起業家が22.3万人存在しており、起業準備者のうち約半数が毎年起業していると推計される。起業の実現率について過去からの推移で見ると、起業準備者の数が減少しているにもかかわらず、起業家は大きく減少していないため、起業の実現率は増加傾向にあることが分かる。また、GEMのデータを用いた調査から、起業活動を計画した人が実際の起業に至る割合が、欧米に比べて日本において高いことが報告されている11。こうした高い起業の実現率を有する起業準備者を増やすためにも、初期起業準備者が起業準備者に移行するきっかけを把握することは重要である。

では、実際に具体的な起業の準備に踏み切ったきっかけを見てみると(第3-2-21図)、「働き口(収入)を得る必要」、「周囲の人の勧め・誘い」、「一緒に起業する仲間の存在」を回答する割合が高い。

11 「日本の起業活動の特徴は何か−グローバル・アントレプレナーシップ・モニターに基づく分析−」日本政策金融公庫総合研究所上席主任研究員 鈴木正明(現文教大学教授)http://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/ronbun1305_02.pdf
第3-2-21図 具体的な起業の準備に踏み切ったきっかけ
Excel形式のファイルはこちら

次に、女性や若者、シニアの特徴を見てみる。女性は、「周囲の人の勧め・誘い」、「一緒に起業する仲間の存在」とともに、「資格の取得」、「家庭環境の変化(結婚、離婚、出産等)」と回答する者の割合が比較的高い。若者は、「周囲の人の勧め・誘い」、「一緒に起業する仲間の存在」と回答する者が多く、周囲の影響を受けやすい傾向がここでも見て取れる。シニアにおいては、起業を意識したきっかけと同様に、「退職」を挙げる者が多い。退職後に何らかの形で働くための手段として起業する傾向があることが、ここでも確認された。また、シニアにおいて興味深いことは、「働き口(収入)を得る必要性」よりも、「時間的余裕」や「事業化できるアイデアの発案」の方が多いことである。すなわち、収入目的というよりも、自由になった時間で自分がやりたいことをやるというのが、シニア起業の特徴といえよう。

事例3-2-3. ナリワイ

生活の中から仕事を生み出す。
複数の仕事で生計を立てる。組織の形態に捉われない。
ナリワイという働き方

「自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身に付く仕事を「ナリワイ」(生業)と呼ぶ。これからの時代は、一人がナリワイを3個以上持っていると面白い。」(伊藤洋志(いとうひろし)『ナリワイをつくる』より)。

東京都品川区に個人事務所を構え、「ナリワイ実践家」として活動する伊藤氏の提案する働き方は、「起業」という言葉に染み付いているいくつかのイメージを見直すきっかけを与えてくれる。

「ナリワイ」という働き方について知るためには、まずは伊藤氏自身のナリワイについて知るのが近道だろう。伊藤氏は現時点で10個を越えるナリワイを持ち、それぞれのナリワイによる収入を合わせることで生計を立てている。例えば、家屋の傷んだ床を張り替える技術を習得できるワークショップ「全国床張り協会」、モンゴルの遊牧民の生活を知る「モンゴル武者修行ツアー」、シェアオフィスの運営、農作物の収穫をソーシャルメディアで発信しWEBで販売する「遊撃農家イトウ農園」等である。

これらのナリワイに共通していることは、「少なくとも短期間で大きな利益になる仕事ではなく、ゆっくり育てていく必要がある」という点だろう。こうした仕事は短期的な収益化を重視する企業にはチャレンジできないし、専業にするには向かないが、個人が複数の仕事で生計を立てるナリワイには適している。また、これらの仕事は初期投資や在庫をほとんど必要せず、そうしたところもナリワイ向きだといえる。

もう一つ重要な点は、ナリワイは自分の生活を賄う仕事、もっといえば「自給」や「自活」の延長であり、ある程度訓練を積めば基本的には誰にでもできる仕事だという点である。例えば床張りのナリワイでいえば、自宅の床を自分で張り替えるために技能を身につけたのが出発点で、それを外に振り向けてビジネスにしたのが「全国床張り協会」ということになる。「起業」というと、画期的なアイデアやそれを実現する稀有な才能、きちんとした事業計画等が必須だと考えがちだが、少なくともナリワイの場合はそうではない。なお、こうしたナリワイは自身の生活を賄うものであるため、仮にビジネスにならなくても、自身の生活コストを下げることができるという利点もある。

さらに、伊藤氏は「企業」という形式に全くこだわっていないという点も特徴的である。多くの起業家が「企業」を立ち上げてその枠組みのなかで事業を行うのに対し、伊藤氏の場合はまずナリワイをつくり、それを実施するうえで必要が生じれば企業を作る。そうでない場合は個人の事業として行ったり、任意団体として活動したりもする。

このように、「ナリワイ」は確かに「起業」の一つの形であるが、従来の「起業」のイメージから大きく逸脱する部分を持っており、だからこそ「起業」について改めて考え直すヒントを含んでいると考えられる。

田舎で土窯パン屋を開くための講座を企画する 伊藤氏

●起業準備者が直面する課題

起業準備者になった者は、あと一つのステージを上がれば起業家になれるという意味で、起業家に最も近い存在である。では、この段階にいる者は、どのような課題に直面しているだろうか。第3-2-22図を見てみる。

第3-2-22図 起業準備者が直面している課題
Excel形式のファイルはこちら

全体として、起業準備者になると、初期起業準備者に比べ、課題が「特にない」と回答する割合が低下しており、ステージが進むごとに何かしらの課題に直面するようになってきている。「経営知識」や「専門知識」、「資金調達」を課題とする割合は初期起業準備者と同様に高い割合を占めている一方で、「家族の理解・協力」の割合が上がっており、具体的な起業の準備を行う上で、家族からの理解を得る必要性が浮き彫りになった。

次に、女性や若者、シニアについての特徴を見ていく。女性は課題に関して全体的に低い数値となっている。女性は比較的、生活のニーズに根ざした、開業費用を抑えた小さな起業を行う傾向があり、若者やシニアに比べ、起業準備段階において直面する課題が少ないことが推察される。

若者については、「経営知識一般(財務・会計を含む)の習得」、「業界慣行」が比較的高くなっている。社会経験が少ないため、経営知識一般に課題を感じている傾向がある一方で、業界慣行も課題と感じており、既存の業界に対して何らかのマイナスのイメージを感じていることが分かる。

シニアにおいては、「資金調達」を課題として挙げる割合が相対的に高い。後掲の第3-2-24図にあるように、シニアは開業に要する費用も比較的高いことからも、資金調達に関する課題を感じるのではないかと考えられる。

●起業準備者の起業に向けた手応え

起業準備者は前述のような様々な課題に直面しつつ、起業に向けた準備を行っているが、その過程においてどの程度、起業を実現できると考えているのであろうか。その実現に向けた手応えを聞いてみたのが、第3-2-23図である。

第3-2-23図 起業実現に向けた手応え
Excel形式のファイルはこちら

これによると、「起業を実現できない可能性がある」、「起業は実現できそうにない」と回答している割合が全体で約2割、さらに、「現時点では分からない」と回答している者も加えれば、実に約8割の者が、起業の準備段階において不安を感じていることが分かる。この段階を放置していると起業に至らずに起業を断念してしまう恐れがあり、そうならないためにも、起業準備者が起業に関して何でも相談できる場や起業に関するセミナーを増やし、起業準備者の不安を払拭し、彼らが起業しやすい環境を整備することが必要であるが、この点については第3節で論じる。

女性や若者、シニアの特徴は以下のとおり。女性とシニアでは起業できる可能性があると回答した割合が低い一方で、若者は起業に向けた手応えを感じる割合が高い。若者が起業にかける費用や自己資金は女性やシニアに比べても低額であり、小さな起業を目指す者が多いことや、また後述するが、周囲の相談相手の存在もその一因ではないかと考えられる(第3-2-30図)。

(4) 起業家

●起業に掛かった費用、自己資金、保証や担保の提供

次に、これまで見てきた起業に関して直面した課題を克服し、最終的に起業を成し遂げた起業家について、起業に関して掛かった費用や用意した自己資金、また、どの程度の保証や担保を提供したのかを見てみよう。

第3-2-24図から、起業に掛かった費用を見てみる。全体として、0万円超〜50万円以下と200万円超〜500万円以下を選択する割合が高く、それぞれ約2割存在している。女性や若者、シニアの特徴を見ると、女性や若者においては、比較的低額な費用で開業する傾向があり、一方でシニアは高額な費用での起業も多く、1,000万円以上の費用をかけて開業する割合が2割弱存在する。自己資金の持ち出しについて見ると、起業に掛かった費用と同様の傾向があり、女性や若者は低額である一方で、シニアが最も高い。退職金や長年の貯蓄を原資に起業をする者が多いことが推察される(第3-2-25図)。

第3-2-24図 起業に掛かった費用
Excel形式のファイルはこちら
第3-2-25図 起業に費やした自己資金
Excel形式のファイルはこちら

では、保証や担保の提供状況はどうであろうか。第3-2-26図によると、起業に際しては、全般的に約3割の者が、何らかの保証や担保を提供しているが、その割合は若者が最も高い。第3-2-25図で見たように、若者は自己資金が少ないことから、借入れを行なう際に保証や担保を求められることが多い一方で、女性は保証や担保を提供する割合が低く、起業に関して手元資金の範囲で手堅く起業する傾向があると推察される。

第3-2-26図 個人保証や担保の提供
Excel形式のファイルはこちら

また、若者の特徴として、「経営者の家族・親族以外の第三者(個人・法人問わず)の保証又は財産を担保に提供」を選択する割合が高い。その理由として、共に起業する仲間の存在が考えられる。一人で起業するのではなく、周囲の仲間を共同経営者として起業する場合に、その共同経営者から担保や個人保証を提供してもらう傾向があるのではないかと推察される。

●起業家が直面した課題

これまで、起業のステージごとに直面する課題について見てきたが、では、実際に起業した者は起業時にどのような課題に直面したのだろうか。

まず、第3-2-27図から、起業家が起業の準備段階で直面した課題を見る。実際に起業をしてみると、起業家は全般的に起業に際して特段の課題を感じなかったと回答する者が多く、起業前には課題と感じていたことでも、実際に起業してみると、それほど大変ではなかったと回答する者が多い12。このことから、実際に起業を経験した者は、起業そのものを思ったほど難しくはないと考えているのではないだろうか。一方で、そうでない者にとっては、「経営知識一般(財務・会計を含む)の習得」、「販売先の確保」、「資金調達」を課題として挙げる者が多い。

12 前掲の第3-2-22図において、起業準備者が直面している課題を見たが、課題が「特にない」を選択した割合は約15%であったが、起業家においては、その割合が20%を超えている。
第3-2-27図 起業家が起業時に直面した課題
Excel形式のファイルはこちら
前の項目に戻る     次の項目に進む