第3部 中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来 

第2節 起業までの道のり

前節では日本の起業の現状を経年比較や国際比較を通して分析してきた。本節では「日本の起業環境及び潜在的起業家に関する実態調査6」を基に、これまで以上に細かく起業の段階ごとの分析を行う。具体的には、起業に関心のない者がどのような段階を経て起業に関心を持ち、その上で、起業に向けた準備を進め、最終的に起業を実現するかを分析していく。こうした問題意識の下、起業に至るステージをより的確かつきめ細かく把握できるように、第3-2-11図にあるように、「起業希望者」を、「初期起業準備者」と「起業準備者」の二つのステージに分けるとともに、「起業希望者」の前段階として、「潜在的起業希望者」という概念を新たに追加した。潜在的起業希望者の数を就業構造基本調査の結果(第3-2-1図)及び本アンケート調査の結果から計算すると、約42.9万人7存在すると推計される。

6 中小企業庁の委託により、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が2013年12月に行ったアンケート調査。インターネットによるスクリーニング調査を、全国の20歳から69歳の男女49,015名に対して行い、潜在的起業希望者、初期起業準備者、起業準備者、起業家、起業断念者を抽出し、本アンケートへの回答者(3,680人)とした。

7 初期起業準備者と起業準備者が合計で12.7%、潜在的起業希望者が6.5%存在することが今回のアンケート調査から分かった。総務省の「就業構造基本調査」において、起業希望者(初期起業準備者と起業準備者の合計)は83.9万人存在している。これらの数値を使って、潜在的起業希望者の数を計算すると約42.9万人と推計される(83.9×6.5/12.7=42.9万人)。

第3-2-11図 起業までの四つのステージ

これらの四つのステージに基づき、潜在的起業希望者が起業家に向けて各ステージを進む段階ごとの課題抽出を行い、今後の起業支援の在り方について検討する。特に、日本再興戦略が掲げる「開業率の倍増」を実現するためには、フルタイムで働く被雇用者の起業を促進するだけではとても不可能である。様々な事情でフルタイムでは働いていない者や非正規雇用の者に対しても焦点を当てた起業を促進すべきではないか。具体的には、女性や若者、シニアに光を当て、彼らのリスクを最小限に抑えた「小さな起業」を促進することが、「開業率の倍増」ひいては「起業大国」に向けた道であると考える。したがって、以降、各ステージごとの課題抽出や今後の起業支援の在り方については、女性、若者、シニアに特に焦点を当てた分析を行っていく。

1. 日本の起業意識

●起業の担い手の分布

まず、第3-2-11図で定義した起業の四つステージごとにどれくらいの人数が分布をしているかを見てみよう。第3-2-12図によると、9.0%が起業家であり、起業準備者が5.1%、初期起業準備者が7.6%、潜在的起業希望者が6.5%存在し8、一方で7割弱が起業に無関心であることが分かった。

8 2013年11月に日本政策金融公庫総合研究所が行った「起業に関する調査」において、事業を経営したことのない者のうち、起業に関心のある者が21.0%存在するという結果が出ている。我々が行ったアンケートにおいても、起業家(9.0%)を除いた上で(1−0.09=0.91)、「潜在的起業希望者」、「初期起業準備者」、「起業準備者」を合計すると21.1%であり、ほぼ同じ結果となっている((5.1+7.6+6.5)/0.91=21.1)。http://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/topics_140109_1.pdf

第3-2-12図 起業の担い手の分布
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性別で見ると、男性の方が四つのステージ全てにおいて割合が大きく、起業に無関心な層の割合は女性の方が大きい。しかしながら、第3-2-3図で見たように、女性の起業希望者は近年増加傾向にあることに留意すべきである。また、年齢別で見てみると、若者ほど起業希望者が多いものの、起業家及び起業に無関心な層はシニアより少なくなる。

以上の結果を踏まえて、本節においては、潜在的起業希望者、初期起業準備者、起業準備者、起業家の四つのステージごとに、それぞれのステージにいる者が直面する課題や不安、また次のステージに移行する際のきっかけ等に焦点を当てた分析を行う。とりわけ、女性や若者、シニアに光を当てた分析を行う。

●起業を意識したきっかけ

まず、起業家に向けた第一歩として、起業に無関心な者が、どのようなきっかけで起業に興味を持ったのだろうか。第3-2-13図を見ると、全体として、「働き口(収入)を得る必要」が高くなっている。次に、女性や若者、シニアごとに詳細に見ていく。女性は、「時間的余裕(介護や子育て等が一段落)」や「家庭環境の変化(結婚・離婚、出産等)」といった家庭面に関する要因を挙げる者が多い。女性の起業は、家庭とのバランスや両立を求められる度合いが強いことが推察され、この点、後述する起業のステージごとの課題や不安においても同様な特徴が見いだせる。次に、若者の特徴として、「周囲の起業家の影響」や「本やテレビ、インターネット等の影響」を受ける者が多く、若者は身の回りの環境に敏感に反応する傾向がある。一方で、シニアは退職を期に起業を意識する者が多く、退職後の第二の人生、すなわちセカンドライフの選択肢の一つとしての起業の役割が高くなっていることが分かった。

第3-2-13図 起業を意識したきっかけ(複数回答)
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こうした結果を受けて、起業に関心を持つ者を増やすためには、どのような取組が必要であろうか。まず、女性に関しては、家庭と起業活動を両立できるような支援体制が挙げられる。例えば、子育てに忙しい女性に対しては、起業をした場合に託児所を優先的に利用できるような仕組み等、女性が自由に使える時間を増やすことで、家庭と起業活動の両立を支援する仕組みが必要である。また、若者については、教育やマスメディアを通して起業家の話を聞くなど、起業の実態に触れる機会を増やすことで、起業に対する関心を高めていくことが考えられる。最後に、シニアについては、退職を間近に控えた時期ではなく、もっと前から、退職後の職業選択の一つとして、起業という道があることを知ってもらうような積極的な取組が必要と考えられる。実際、民間企業においても、40代後半や50代の職員向けに第二の人生(セカンドライフ)についてのセミナーや説明会を催すことが増えたといわれており、第二の人生(セカンドライフ)には「起業」という選択肢もあることを、社会全体で伝えていくことが必要ではないだろうか。

事例3-2-1. 銀座セカンドライフ株式会社

起業を志すシニア世代を総合的にバックアップ

東京都中央区の銀座セカンドライフ株式会社(従業員5名、資本金1,000万円)は、起業を志すシニアを総合的に支援するサービスを提供する企業である。

近年、定年退職後にも何らかの形で働き続けたいと考えるシニアが増えている。こうした人々にとって、これまで勤め上げた企業での再雇用か同業種での再就職を目指すのが一般的だが、最近では第三の選択肢として「起業」を視野に入れるシニアも少なくない。

同社を訪れるシニアは、「起業したい」という強い思いはもっているものの、「どんなビジネスを、どのように始めるべきか」という具体的なプランを持っていない人が多い。そんなシニアに対し、女性起業家である片桐実央(かたぎりみお)社長自身が、セミナーや個別相談、コンサルティングを通じて起業の「いろは」を伝え、「伴走」しながら起業に導いていく。

また同社は、「銀座アントレ交流会」という、起業家や起業を志す人々が集う交流会を主催しており、参加者はそこで起業に関する悩みをシニアの同世代同士で互いに相談したり、ビジネス展開に向けた人脈を築くことができる。さらに同社では、レンタルオフィス「アントレサロン」を運営しており、同社の支援を受けて起業した人達がこのアントレサロンに入居し、引き続き、周囲のシニア起業家と交流を深めながらビジネスを大きくしていくことができるようになっている。

このように、同社では「起業を漠然と考える」段階から「実際にビジネスを行う」段階まで一貫して支援していくことで、シニア世代の起業を後押ししている。

シニア世代の起業に関しては様々な方向性があると思われるが、片桐社長が特に重視しているのは「これまでの経験を活かして身の丈にあったビジネスを作る」ことである。同社を訪れるシニアに起業の動機を尋ねると、その多くは「大きな成功」よりも「やりがい」や「社会への恩返し」を重視しているという。そうした人たちにとっては、「革新的なビジネスで、リスクを取りながら大きく稼ぐ」よりも、「これまでの社会人経験で培った知識・技能を使って、たとえささやかでも周囲の企業・人々に貢献する」人が適していると片桐社長は考えており、同社にはこのようなコンセプトに共感する多くの人々が集っている。

シニア世代の起業を後押しする 片桐社長

事例3-2-2. 株式会社イーズ・グループ

会社員時代に培ったネットワークを中小企業に提供し、社会への恩返しを目指すシニア起業家

東京都中央区の株式会社イーズ・グループ(従業員1名、資本金50万円)は、事例3-2-1で取り上げたシニア世代の起業を支援する企業「銀座セカンドライフ」からの支援を受けて2012年6月に設立された企業で、中小企業向けのコンサルティングを主要な事業としている。同社の古舘博義(ふるたちひろよし)社長は国際的な大手電機メーカーの社員として34年間勤め上げ、海外における工場立ち上げや本社の経営戦略策定等に携わってきた人物で、退職後の第二の人生(セカンドライフ)として「経営者」という生き方を選択した。

古舘社長の起業準備は、まず「自分にできること」を探ることから始まった。銀座セカンドライフの片桐社長や交流会等で知り合った起業家仲間にも相談しながら検討を進め、古舘社長は会社員時代に培った幅広い企業ネットワークを活用して、「企業と企業を繋げること」、「社会に役立つイノベーションを普及すること」が自身の役割だと考えるようになった。こうして同社は誕生し、企業間のマッチング(取引先や共同研究開発先を紹介し、相乗効果やイノベーションを生み出す)というサービスを提供するコンサルティング会社として活動している。

古舘社長が経営者として目指すものは、「大きな収益」ではなく、「社会への恩返し」であると言う。実際、同社はビジネスの規模を大きくすることには関心を持たず、社長自身が持つ企業ネットワークを中小企業に活用してもらい、経営課題の解決を支援することを目的としているように見える。

このように団塊世代の古舘社長が「社会への恩返し(報恩)」という意識を持ち、自身の知恵やノウハウを世の中に提供していくという形は、シニア世代の起業の在り方の、一つの潮流なのかもしれない。

中小企業向けのコンサルティングを行う古舘社長

●起業を志した理由

次に、起業に関心を持つ潜在的起業希望者が、どのようにして起業を志し、起業希望者へと段階を進んで行くのかを見てみる。第3-2-14図は、起業を志した理由を調査したものである。全般的に、「自分の裁量で仕事がしたいから」、「年齢に関係なく働くことができるから」、「仕事を通じて自己実現を図るため」と回答する割合が高い一方で、「就職先がないため」、「職場の賃金が不満だったため」と回答する割合は低い。この結果から、我が国においては、現状の就労環境への不満を理由とする消極的な起業に比べて、裁量労働や自己実現といった積極的な理由により起業を志す割合が高いことが分かる。

第3-2-14図 起業を志した理由
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次に、女性や若者、シニアの特徴を見てみる。女性起業家の特徴として、「性別に関係なく働くことができるから」、「趣味や特技を活かすため」、「家族や子育て、介護をしながら働けるため」を選択する割合が高く、昔の職務経験や趣味を通して培った技能を活かして、家事と両立しながら起業する傾向が見えてくる。若者では、「自分の裁量で仕事がしたい」が最も高い一方で、「より高い所得を得るため」、「家族との時間を増やすため」といった理由も女性やシニアと比べ高くなっている。一方で、シニアでは、「自分の裁量で仕事がしたい」、「年齢に関係なく働くことができるから」、「性別に関係なく働くことができるから」を選択する割合が比較的に高くなっており、性別や年齢の枠に捉われずに、自分の裁量で働きたいという、シニアの傾向が明らかになった。

●起業に関して感じる不安

では、起業の段階ごとに、起業に関してどのような不安に直面するかを、具体的に、見ていこう(第3-2-15図)。起業に関して感じる不安として、全ての段階に共通して、「収入の減少、生活の不安定化」、「事業に失敗した時の負債の返済(借入金の返済、個人保証)」と回答する割合が高い。すなわち、起業の一歩を踏み出す上で、事業がうまくいかずに収入の減少や生活が不安定化すること、さらには事業失敗時のリスクを懸念する者が多い。こうした不安を少しでも軽減するため、起業家を対象とした何らかのセーフティーネット9の整備が必要といえよう。この点については、第3節で詳しく論じる。

9 起業家が起業に失敗した場合における最低限の生活を保障する仕組みをいう。

第3-2-15図 起業の段階ごとに抱く不安
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次に、起業の段階が進展するごとに、感じる不安に変化はあるだろうか。図3-2-15図を見ると、段階が進むごとに、「事業の成否」に不安を感じる者が増え、事業を実際に開始した場合の具体的な不安が増加する傾向にある。一方で、「自分の能力・知識・経験のなさ」と回答する割合は減少しており、起業の初期段階におけるこうした漠然とした不安が起業の段階が進展するにつれて減っていくことが分かる。

一方で、起業家は、起業時にどのような不安を感じていたのだろうか(第3-2-16図)。全体として、「収入の減少・生活の不安定化」、「事業の成否」、「社会保障(医療保険・年金等)」が高い割合を占める。女性、若者、シニアの特徴を見ると、傾向としては全体平均と類似しているが、若者は、全ての項目について不安を感じる割合が高く、シニアは、不安を感じる割合が少ない。これは、若者ほど社会経験が少なく、また、その後の人生も長いことから、収入や社会保障、失敗した場合のリスク等に不安を感じる者が多いということが推察される。

第3-2-16図 起業家が感じる不安
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●起業のパターン、起業の形態

次に、上記のような不安を抱えながらも、実際に起業をした者の実態に迫るために、起業パターンや起業の形態について見ていく。

第3-2-17図は、起業のパターンを表したものである。全体として、「前職で勤務していた企業を退職し、その企業とは関係を持たない形で起業」が5割近くを占め、「前職で勤務していた企業は退職したが、その企業との関係を保ちつつ独立して起業」が次に高い。

第3-2-17図 起業のパターン
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では、女性や若者、シニアではどのような違いがあるだろうか。女性の特徴として、「他社での勤務経験はなく、独自に起業」を選択する割合が相対的に高い。女性、とりわけ主婦等の職務経験が乏しい者が起業を成功させるためには、その経験不足を補うような、例えば「創業スクール10」のような起業を支援する取組が必要と考えられる。

次に、第3-2-18図が、起業の形態を表したものである。全体として、個人事業者として起業する者が7割超となっている。女性や若者、シニアで特徴的な傾向としては、女性においては個人事業者を選択する傾向がある。一方で、シニアは株式会社・有限会社を選択する傾向がある。シニアは企業勤務経験が豊富で社会的な信用を大切にすることから、株式会社・有限会社を選択する傾向があるものと推察される。

10 「創業スクール」とは、全国300か所で行われ、創業支援の専門家による起業・創業に必要なノウハウを詰め込んだカリキュラム・テキストを使用して、地域の支援機関が起業・創業を支援する制度(2014年度予算案、7.5億円)。詳細はコラム3-2-3を参照。

第3-2-18図 起業の形態
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