第2部 自己変革を遂げて躍動する中小企業・小規模事業者 

第4節 事業売却

経営者の引退後も事業の継続を希望しているが、後継者を確保できない企業にとっては、事業を売却することも、事業承継の方法として考えられる。

第2-3-22図は、未上場企業間のM&A件数の推移を示したものであるが、M&A市場は、リーマン・ショック以降の落ち込みから、回復の兆しを見せている。

第2-3-22図 未上場企業間のM&A 件数の推移

事業売却への企業の関心を見ると、後継者がいない企業の約3割は、「大いに関心あり」、「関心あり」と回答しており、M&Aに対する潜在的なニーズがあることが分かる(第2-3-23図)。

第2-3-23図 後継者の有無別の事業売却への関心
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また、事業買収への企業の関心を見ると、純資産額3億円超の企業の3割強、5千万〜3億円の企業の約3割が、「大いに関心あり」、「関心あり」と回答しており、比較的財務基盤の良好な企業は、買い手になり得ると見られる(第2-3-24図)。

第2-3-24図 純資産規模別の事業買収への関心
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それでは、実際に事業を売却する場合、どのようなことが障害となるのであろうか。第2-3-25図を見ると、「買い手企業を見付けることが難しい」と回答する割合が最も高い。規模別に見ると、中規模企業は、小規模事業者よりも、「役員・従業員から理解を得にくい」と回答する割合が高くなっていることから、事業売却による役員・従業員の不安心理を和らげるために、雇用維持を売却の条件とするなどの対応が求められよう。

それ以外にも、「適正な売却価格の算定が難しい」、「手法・手続面の知識が不足している」といった、事業売却に必要な専門知識が不足していることが、比較的上位に挙げられており、中小企業・小規模事業者が、単独で事業を売却することの難しさがうかがえる。

第2-3-25図 規模別の事業売却を行う場合の障害(複数回答)
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M&A市場が、再び活況を取り戻しつつあり、中小企業・小規模事業者においても、今後M&Aの活用が増えていくことが予想される。特に、後継者がいない企業は、事業売却に一定程度の関心を寄せており、事業売却による事業引継ぎが、後継者難を解決する有効な手段の一つとなるだろう。

他方で、マッチングが困難であることや、専門知識が必要であること等、事業売却に当たっては様々な障害があり、実際に事業売却を進めることは容易ではない。事業の売却を希望する企業は、情報収集に努める必要があることはもちろん、公的機関に相談したり、M&A仲介会社に仲介を依頼したりすること等を検討する必要がある。

以下では、仲介会社に依頼することで、M&Aによる事業引継ぎを果たした企業や、中小企業・小規模事業者のM&Aを推し進める仲介会社を、事例として取り上げる。

事例2-3-12:株式会社タンバック

後継者問題の解決と企業の更なる発展のために、M&Aによる事業引継ぎを行った企業

東京都台東区の株式会社タンバック(従業員16名、資本金4,000万円)は、1989年創業の産業用ボードコンピューターの設計・製造を行う企業である。

同社の創業者である竹下吉大取締役は、65歳で引退することを見据え、60歳頃から後継者を探し始めていた。技術力に強みを持つ、開発型企業である同社の経営者には、同社の技術に精通していること、技術開発の源泉である従業員と信頼関係を築けることが必要と考えていた。

そのため、当初、従業員の中から後継者を選ぶことを検討していたが、金融機関からの借入に際して経営者が個人保証を行うこと、自社株式の買取りに必要な資金を準備すること等が障害になり、断念せざるを得なかった。こうした中、リーマン・ショックが起こり、受注が減少すると、自社単独で生き残っていくことは難しいと考え、M&Aによる事業引継ぎを検討し始めた。

竹下取締役は、他社の経営者への相談やM&Aセミナーへの参加によって情報収集を行い、2010年、民間のM&A仲介会社に、M&A仲介を依頼した。買い手企業には、同社の技術、ノウハウを活かすことができる企業を求め、そうした企業が親会社になれば、相乗効果が見込まれ、同社が更に発展できるだけでなく、従業員の雇用も守れると考えていた。その後、産業用コンピューターの回路基板を収納する筐体の製造等を行うエブレン株式会社(従業員106名、資本金1億4,300万円)が買い手候補となり、半年程の交渉期間を経て、2011年6月にM&Aが実現した。

M&A後も、竹下取締役は同社に残り、事業運営は以前と大きな変化はないため、今後は、事業運営における世代交代が課題になる。親会社の資金支援によって、経営者の個人保証は解消し、従業員等に事業を引き継ぐことが可能となっている。竹下取締役は、自身の引退後も、後継者が問題なく経営できるように、業況の改善等に取り組んでいる。

CPU 搭載ボード

CPU搭載ボード

事例2-3-13:株式会社日本M&Aセンター

事業承継問題の解決策としてM&Aを支援する企業

東京都千代田区の株式会社日本M&Aセンター(従業員111名、資本金10億円)は、中堅・中小企業に特化したM&A仲介・コンサルティングを行う企業である。

同社は、1991年の創業以来、900組以上のM&Aの成約を支援した実績を有する。金融機関、会計事務所、商工会議所等の、同社が構築した全国的なM&A情報ネットワークを通じて紹介があるほか、セミナー等での啓もう活動により、相談が寄せられる。譲渡希望企業の8〜9割は、後継者不在の企業であるという。その中から、経営者が本気で売却を検討しており、買収希望企業からの引き合いが期待できる企業を中心に仲介を行い、2011年度の成約組数は106組と過去最高を記録した。

同社の飯野一宏経営企画室長は、「中小企業の経営者は、親族や従業員への事業承継以外の選択肢を無意識的に回避し、事業承継の対応が後手になる傾向がある。親族に承継意思がない、従業員後継者への個人保証の切り替えを金融機関が承諾しないなどにより、想定していた事業承継がかなわないリスクを、認識できていないケースが多い。」と、警鐘を鳴らしている。また、飯野室長は、「M&Aによって、買い手企業と売り手企業が相乗効果を発揮することで、成長軌道に乗る事例は多い。」と語る。

これまで、小規模事業者においては、買い手企業を見付けることが容易でないことや費用負担が障害となって、事業売却による事業引継ぎが進んでいなかった。そこで、同社は、2013年1月に、インターネット上で、年商1億円以下の企業を対象とした事業承継支援サービス「“どこでも事業引継ぎ”サポート」を開始した。

同サービスを利用する企業は、同社が認定する税理士、公認会計士等の公認事業引継ぎアドバイザーを通して専用のシステムに登録し、アドバイザーと相談しながらM&Aを進めることが可能である。また、資料作成等のM&Aに必要な準備の多くを、アドバイザーがシステム上で行うことや、契約締結までの手続を簡潔にすることで、費用負担を大幅に抑えている。今後、小規模事業者においても、後継者難の解決策としてM&Aが選択肢の一つとなることが期待される。

同社が仲介したM&A成約組数(取引数)の推移

同社が仲介したM&A 成約組数(取引数)の推移

ここまで見てきた事業承継を巡る多様な課題に対応して、後継者に円滑に事業を引き継ぐためには、中小企業・小規模事業者自身の努力が求められることはもちろん、政府としても事業承継に関する支援施策を講じ、検討していくことが必要である。以下では、事業承継に関する主な課題への対応策を示す(第2-3-26図)。

第2-3-26図 事業継承に関する主な施策

以上、本章では、中小企業・小規模事業者の事業承継について見てきたが、多くの企業が後継者難の状況にあり、また、事業承継の際に起こり得る様々な問題を認識しつつも、十分な準備に取り組んでいないことが分かった。一方で、事業承継を果たした企業の中には、事業革新によって業績が向上し、雇用を増やすこと等で、地域や社会へ大きく貢献している企業もあることが確認された。

長期にわたって経営を続ける中小企業・小規模事業者の経営者は、自身の引退を想起させる事業承継に向けた取組に、必ずしも積極的ではないだろう。しかし、企業の継続的な発展のためには、経営者が育んだ事業を受け継ぐ者が必要である。今後、引退を迎える経営者が、事業承継を自社の更なる成長の好機と捉え、次世代に経営を託していくことが期待される。

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