第3部 中小企業の技術・経営を支える取組 

第2節 技術・技能承継の取組

 前節では、中小製造業において、技術競争力が低下している最大の理由が、技術・技能承継の問題であることを明らかにした。技術・技能の承継に関しては、熟練技術・技能の可視化や技術・技能人材4の育成を中心とした、企業努力に大きく左右される。本節では、そうした中小企業の技術・技能承継の取組状況について見ていく。

4 ここでは、研究業務、製品開発・技術開発業務、品質・生産管理業務、製造・加工業務の4業務に従事する従業員を技術・技能人材として捉える。

■熟練技術・技能の可視化を始めとした取組
 第3-1-9図は、技術・技能承継の取組実施度を示したものである。技術・技能承継がうまくいっている中小企業と技術・技能承継がうまくいっていない中小企業を比較すると、「熟練技術・技能の標準化・マニュアル化」を実施している企業の割合が、前者では約6割に対して、後者では3割弱となっており、前者が後者の取組実施度を上回っている。また、「OJTによる人材育成」や「Off-JTによる人材育成」に関しても、前者と後者では取組実施度に乖離が生じている。こうした結果を踏まえると、技術・技能を円滑に承継していくためには、熟練技術・技能の可視化や技術・技能人材の育成、さらには社内制度の整備等が重要であり、技術・技能承継がうまくいっている企業では、こうした項目にバランス良く取り組み、技術・技能承継の課題を克服してきたと考えられる。
 
第3-1-9図 技術・技能承継の取組実施度

第3-1-9図 技術・技能承継の取組実施度
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コラム3-1-1 中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律及び戦略的基盤技術高度化支援事業

 我が国製造業の国際競争力の強化及び新たな事業の創出を行うことを目的とする「中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律(以下「中小ものづくり高度化法」という)」に基づき、中小企業庁では、鋳造、鍛造、切削加工、めっき等の中小企業のものづくり基盤技術の高度化に資する取組を支援している。同法に基づき、経済産業大臣が技術開発の方向性を示した指針を策定し、指針に沿って中小企業が作成した研究開発計画を認定している。認定を受けた研究開発計画を実施する中小企業は、予算措置(戦略的基盤技術高度化支援事業(以下「サポイン事業」という))や低利融資等による支援を受けることができる。
 
中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律及び戦略的基盤技術高度化支援事業(1)
 
中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律及び戦略的基盤技術高度化支援事業(2)
 
事例3-1-5 サポイン事業を活用し、金型の高精度化・微細化に成功した企業

 北海道室蘭市の株式会社キメラ(従業員140名、資本金2,800万円)は、精密金型の設計・製作、精密金属機械加工を行う企業である。2007年度から2009年度にサポイン事業を活用し、金型の高精度化・微細化及び製造工程のデータベース化に取り組んだ。
 情報家電の小型化・高機能化に伴い、微細なコネクター部品を大量に、一定の品質を保ちながら、短期で供給することが求められている。同社は、こうした要求に対応するため、型彫放電加工及びその加工に要する精密微細電極の高速切削加工、ワイヤーカット放電加工において最適な加工条件を確立し、金型の微細化に成功した。これまで、市販のコネクター部品は、最小0.2mmピッチであったが、本研究開発では0.1mmを達成している。また、これまで熟練技能者に蓄積していた型彫放電加工、ワイヤーカット放電加工、高速切削加工の最適加工条件等のノウハウを、誰でも活用できるようデータベース化した。その結果、材質・硬度・加工面の面積・加工方法等の加工に必要な諸データを入力すると、最適加工条件を出力することができるようになり、納期の短縮にも大きく貢献している。
 
0.1mmピッチの金型部品
 
コラム3-1-2 グローバル技術連携支援事業

 技術をめぐるグローバル競争が一層激化する中、世界市場を目指す中小企業にとって、高い技術力に加え、付加価値と模倣困難性を高めるような技術を獲得していくことが必要であるが、中小企業が単独で海外展開に取り組むには、模倣品被害・技術流出に遭う可能性が高く限界がある。
 中小企業庁では、「グローバル技術連携支援事業」を通じて、海外展開を目指す中小企業が連携して取り組む技術流出防止等を考慮した技術開発とその販路開拓を支援している。
 
グローバル技術連携支援事業

■技術・技能人材
 第3-1-10図は、技術・技能人材の年齢構成を示したものであるが、中小企業の技術・技能人材の年齢構成は、大企業に比べて「ベテラン中心」の年齢構成となっている割合が高い。
 
第3-1-10図 中小企業の技術・技能人材の年齢構成(大企業との比較)

第3-1-10図 中小企業の技術・技能人材の年齢構成(大企業との比較)
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 さらに、技術・技能人材の年齢構成別に技術・技能承継の円滑度を比較すると、技術・技能人材がベテラン中心の中小企業では、技術・技能承継がうまくいっていると回答する企業の割合が他の年齢構成の企業より低い(第3-1-11図)。
 
第3-1-11図 技術・技能人材年齢構成別の技術・技能承継の円滑度

第3-1-11図 技術・技能人材年齢構成別の技術・技能承継の円滑度
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事例3-1-6 綿密な人材育成計画を社内全体で共有し、社を挙げて人材育成に取り組む企業

 東京都品川区の株式会社三ツ矢(従業員320名、資本金1,500万円)は、めっき加工を行う企業である。同社は、独自の人材育成制度により、若手人材の定着率向上に取り組むなど、その独自性から、2011年度「東京都中小企業ものづくり人材育成大賞知事賞」の大賞を受賞した。
 同社の人材育成制度では、社員は個々に、目指す職位に応じて、習得すべき専門知識、技能を具体化し、計画的に社内外の研修や支援を受けることができる。また、各社員の目標や計画は、工場長や熟練技能者等の多くの人が関わって策定し、その後、進捗状況を細かく確認、修正を行うなど、人材育成が社内全体の重要な取組として位置付けられている。
 特に、専門知識、技能の向上に力を入れており、同社の現場社員から構成される検討委員会では「めっきができるとは?」からスタートし、専門知識と実技から成る資格認定制度を設け、実力を客観的に評価する工夫をしている。専門資格の認定は、手当にも反映されるため、社員は、高いモチベーションで自己研鑽に励み、結果として、同社の技術力が高まることにつながっている。
 近年では、新入社員研修にジョブローテーションを導入し、今後は、熟練技能者向けの「教える側の教育」も検討している。将来的には、社内人材を磨き上げる育成力を同社の強みとすることを目指している。
 
OJT研修の様子

■若手人材の確保
 技術・技能承継の問題を考えるに当たって、技術・技能人材の年齢構成がベテラン中心となっている中小企業では、技術・技能を承継すべき若手人材の確保ができていないことにより、技術・技能の承継がうまくいっていないとも考えられる。
 第3-1-12図は、若手の技術・技能人材の採用状況を示したものであるが、中小企業では、若手の技術・技能人材を、計画通りに採用できていると回答する割合が、大企業に比べて低く、若手の技術・技能人材を十分に確保できていないことが考えられる。さらに、中小企業では「採用を計画していない」と3割弱が回答しており、採用を計画したものの、計画通りにできていない現状も含め、中小企業を取り巻く若手人材の採用は、厳しいものとなっている。
 
第3-1-12図 中小企業の若手の技術・技能人材の採用状況(大企業との比較)

第3-1-12図 中小企業の若手の技術・技能人材の採用状況(大企業との比較)
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 それでは、中小企業が若手の技術・技能人材を確保するためには、どういった取組が必要なのであろうか。第3-1-13図は、若手の技術・技能人材が採用できている要因を示したものであるが、これによると「景気後退に伴う雇用情勢の悪化」と回答する企業が最も多い一方で、「大学、高校等とのつながりを強化」と回答する企業が約3割、「ものづくりの魅力を伝える取組」と回答する企業が2割を超えるなど、中小企業側の能動的な取組が奏功し、若手の技術・技能人材を採用できていることも分かる。
 
第3-1-13図 若手の技術・技能人材が採用できている要因(複数回答)

第3-1-13図 若手の技術・技能人材が採用できている要因(複数回答)
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 こうした中、インターンシップ等を活用し、ものづくりの魅力を伝えることによって若手の技術・技能人材を確保している企業も存在する。
 
事例3-1-7 インターンシップを実施したことによって若手人材の確保に成功した企業

 兵庫県高砂市の三和鉄工株式会社(従業員27名、資本金1,000万円)は、船舶機関用部品、発電機用部品等の製造・加工を行う企業である。同社は、大手製鉄メーカーとの各種素材の共同開発で蓄積してきたノウハウを活かして、他社には真似のできない、あらゆる金属素材の加工技術を強みとしている。
 同社は新卒採用に積極的であり、地域の工業高校からの要望に応えて、インターンシップによる学生の受入れを行った。同社のインターンシップは、集合形式の研修ではなく、学生にものづくりの現場を見てもらうことを重視している。就業経験のない学生にものづくりの魅力を伝えることで、イメージを具体化してもらうことができ、学生間での同社の認知度向上にも効果があった。こうした取組により、地域の工業高校からは、毎年入社希望の学生10名程度の応募があり、その中から継続的に新規採用をしている。
 また、インターンシップは、学生への指導等を通じて、社員向け教育ツールの作成に役立ったほか、技術者の指導力が向上するなどの、副次的な効果も得られている。
 
コラム3-1-3 地域中小企業の人材確保・定着支援事業

 前掲第3-1-12図で示したように、中小企業と大企業では、若手人材の採用に関して大きな差が生じており、中小企業は、厳しい状況に置かれている。中小企業が若手人材を円滑に確保できる環境を整えることは、重要な課題であり、中小企業庁では、様々な支援を行い、中小企業をめぐる若手人材の諸課題に対し、万全を期している。
 優秀な若手人材を確保していくためには、地域特性に応じて、大学等との日常的な顔が見える関係づくりから、マッチング、新卒者の採用・定着までの支援を、一体で行う体制の構築が必要となっている。
 こうした中、中小企業庁と全国中小企業団体中央会が連携し、「地域中小企業の人材確保・定着支援事業」を通じて、地域で学んだ大学生等を地域において、円滑に採用でき、かつ定着させるための自立的な仕組みの整備を目指している。
 
地域中小企業の人材確保・定着支援事業<
 
コラム3-1-4 大学卒業予定者の中小企業への就職希望理由

 以下は、大学卒業予定者に対し、中小企業の選考に応募した理由を尋ねたものである。これによると、「やりたい仕事に就ける」が最も高く、次いで「企業として独自の強みがある」、「会社の雰囲気が良い」と続いている。こうした考えを踏まえ、若者の企業志向に合った取組を行うことによって、中小企業が若手人材を円滑に確保でき、ひいては、若者の就業が促進されることにもつながると考えられる。
 
大学卒業予定者の中小企業を就職先として希望した理由(複数回答)

大学卒業予定者の中小企業を就職先として希望した理由(複数回答)
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■連携の可能性
 ここまで、中小企業が技術競争力を強化していくための最大の課題である技術・技能承継の取組について示してきた。前掲第3-1-9図を見ると、技術・技能承継がうまくいっている企業では、熟練技術・技能の可視化や人材育成、さらには社内制度の整備等、自社内での取組を積極的に進めている一方、外部企業等との連携に関しては、他の項目に比べて実施度が低く、社外との連携には課題も残している。
 中小企業が地域の企業等と効果的に連携し、課題に対処していくことは、それぞれの中小企業の課題解決に有効であると考えられる。自社だけでは解決が困難な課題に直面しつつも、地域の企業と連携しながら、高度なものづくりを目指している企業グループも存在する。
 
事例3-1-8 高度なものづくりを目指した地域密着型の試作加工の企業グループ

 京都府の京都試作ネットは、域内に所在する機械金属関連の企業が2001年に共同で立ち上げたグループであり、共同受注を通じて、京都を「試作加工集積地」にすることを目指している。
 同ネットは、切削や表面加工等の高度な技術を持った企業がネットワークを形成することで、単独の企業では不可能な複数工程を実現し、難度の高い試作の依頼も引き受けている。こうした部品加工から装置開発まで一貫した体制整備を行ったことで、2001年の設立以来、約3,400件の申込を受け、そのうち約840件が成約、17億円の売上が上がっている。
 同ネットでは、顧客からの問い合わせ案件を、会員企業の中で技術力が高い企業に優先して振り分けるルールになっている。そのため、技術力が低い企業は、必然的に技術力を鍛えることになり、会員企業同士が切磋琢磨する環境が整っている。
 また、同ネットで培った技術力とノウハウを活かし、会員企業の中には、医療機器分野へ進出した企業も誕生するなど、同ネットの活動が会員企業のレベルアップにもつながる相乗効果が生まれている。
 今後は、会員企業の数を増やし、グループとしての魅力をより一層高め、「試作であれば京都に」という流れを作ろうと努力している。

 以上、中小企業の技術競争力を強化していくためには、技術・技能承継を始めとした中小企業が抱える課題に対しての取組が、不可欠であることを示してきた。技術・技能承継の問題を解決するに当たっては、熟練技術・技能の可視化を始めとした取組等により、ベテランが培ってきた技術・技能を円滑に承継すると同時に、若手の技術・技能人材を確保・育成していくことで、技術・技能人材の質の向上と量の確保を目指していくことが重要である。そうした総合的な対策によって、中小企業が技術競争力を高め、我が国経済の発展に寄与していくことが期待される。


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