第4節 大震災の教訓〜事業停止に備える中小企業〜
第2節で見たとおり、大震災は、サプライチェーンに組み込まれている被災地の企業の生産活動を中断あるいは停滞させ、その影響は全国に及んだ。特に製造業の事業活動は、直接の取引先との間で完結するものでなく、サプライチェーンを通じて、広く連鎖する可能性があるため、今後は有事に対するリスク管理も経営上の重要な課題となると考えられる。
本節では、「企業のリスクマネジメントに関するアンケート調査16」により、中小企業がサプライチェーンの中で担っている役割や、中小企業のリスク管理について明らかにする。
16 中小企業庁の委託により、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)が、2011年12月に製造業の法人企業17,000社を対象に実施したアンケート調査。回収率15.8%。ただし、岩手県、宮城県、福島県の大震災により甚大な被害(津波被害、地震被害等)を受けた地域に本社が所在する企業は対象外とした。
■中小企業の役割と大震災後の対応
第2-1-13図は、取引先の業務停止や災害等による自社の業務停止経験とサプライチェーンへの影響を示したものである。アンケート調査に回答した製造業の中小企業では、「重要な業務が停止したことがある」が2割弱、「重要ではない業務が停止したことがある」が約1割となっている。また、重要な業務が停止したことがある企業では、自社の業務停止により、サプライチェーンへの影響が生じた割合が過半を占めている。一方、重要ではない業務が停止したことがある企業の場合でも、約4分の1でサプライチェーンへの影響が生じており、中小企業がサプライチェーンにおいて重要な役割を担っていることが分かる。
第2-1-13図 取引先の業務停止や災害等による自社の業務停止経験とサプライチェーンへの影響
大震災以降、企業がリスク管理の一環として、自社のサプライチェーンの全体像を把握する動きが広がっている。第2-1-14図によると、大企業では「大震災以前から全体像を把握していた」と回答する企業の割合は、3割に満たないものの、大震災を契機として問題意識が高まった結果、「大震災以降に調査等を実施して全体像を把握した」、「大震災以降に調査等を実施し把握する予定」と回答する企業の割合は4割に上り、「取組は行っていない」と回答する企業の割合は3割弱となっている。
第2-1-14図 サプライチェーンの全体像を把握する取組(大震災以降)
一方、中小企業では、一次下請の企業でも「大震災以降に調査等を実施して全体像を把握した」、「大震災以降に調査等を実施し把握する予定」と回答する割合が2割に満たない水準となっている。また、「取組は行っていない」と回答する企業の割合が7割弱になっており、大企業に比べると中小企業におけるサプライチェーン把握の取組は、一部にとどまっている。
自社の調達先を見直す動きも広がっている。第2-1-15図は、製品等を納入している中小企業に対し、納入先企業の取引傾向に何らかの変化があったかを尋ねたものである。これによると、納入先企業の取引傾向に「変化あり」と回答した割合は、約4割となっている。具体的な変化の内容については、「海外からの調達を増やす傾向」、「調達先を分散する傾向」と回答する企業が多くなっている。
第2-1-15図 納入先の取引傾向(大震災以降)
■BCP17策定への取組
17 BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃等の緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段等を取り決めておく計画をいう。
大企業を中心に、サプライチェーンの全体像を把握する動きが広がり、調達方針に変化が生じる中、中小企業においても、取引先の業務停止や災害等に対するリスク管理を検討し、対策を講じていく必要がある。
大震災以降、中小企業のリスク管理意識に変化はあったのであろうか。第2-1-16図で、自社製品等の代替可能性とBCPの取組状況を見てみると、「他社が代替供給することは難しい」、「代替供給できるところは限られており、すぐには代替できない」と回答した企業において、「BCPを策定済みである」、「BCPを策定中である」と回答した割合は約1割にとどまっている。
第2-1-16図 自社製品等の代替可能性とBCPの取組状況
また、「BCPの策定を予定している」と回答した割合も約2割であり、大震災を契機に、中小企業においてもBCP策定への取組が浸透しつつあるが、まだ取組の余地は大きいと考えられる18。このため、引き続き、中小企業等におけるBCP策定への一層の取組が求められる。
18 災害等による影響を軽減するための対策は一定程度実施されており、事前対策の重要性については理解されているものと考えられる。
付注2-1-4、
付注2-1-5を参照。
第2-1-17図は、実際にBCPを策定した企業の策定年と主な災害等の発生を示したものである。これを見ると、2000年代後半に発生した災害等に伴って、BCPを策定した企業が増加していることが分かる。大震災を教訓に、今後、BCPを策定する企業が増加していくことが見込まれる。
第2-1-17図 BCP策定企業の策定年(累積比率)
事例2-1-14 大震災当時、BCPの策定によりスムーズな復旧を実現し、顧客流出を防いだ企業
東京都品川区の株式会社国分電機(従業員214名、資本金8,000万円)は、ビルや工場等の電力系統を制御する配電盤等の製造・販売及び改修工事を行っており、茨城県と鹿児島県に生産拠点を構えている。
同社は、東京都のBCP策定支援事業(専門家の派遣事業)を活用して、2010年にBCPを策定した。
大震災時には、茨城県常陸大宮市に所在する茨城工場が被災した。その当時、茨城工場の責任者は不在であったが、BCPに基づき、代理責任者が指揮を執り、現場社員の安否確認連絡や誘導を行い、スムーズに行動することができた。また、本社では、「顧客流出を防ぐ」というBCP策定の目的に基づき、被災翌日から取引先顧客へ連絡を取り、同社の被災状況を説明することで、理解を得ることに努め、被災12日後には、生産能力80%での操業再開を実現し、顧客流出を防ぐことができた。
今後は、大震災時に露呈した現行BCPの課題の見直しを始めとし、顧客や外部リスク等の幅広い影響を踏まえ、リスク管理の精度を上げていこうと考えている。
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第2-1-18図は、BCPを策定するに当たって、想定している連携範囲を示したものである。これによると、大企業、中小企業ともに「自社の取組だけで対処」、「取引先との連携により対処」と回答する割合が高い。また、中小企業では「地域の企業との連携により対処」、「地域を越えた企業との連携により対処」と回答する割合が大企業に比べて高く、自社の体制にとどまらず、地域内や地域を越えた企業との連携が想定されている。そのため、このような複数の連携によるBCP策定も視野に入れた支援体制の構築も必要と考えられる。
第2-1-18図 BCPの連携範囲(複数回答)
一方、第2-1-19図は、BCPの策定状況について、「策定の予定はない」と回答した企業に、その理由を尋ねた結果を示したものである。これによると、「策定に必要な情報が不足している」、「策定するノウハウ・スキルがない」と回答した企業が、それぞれ4割強となっていることから、BCPの策定について、その重要性は感じているものの、策定のためのツールや支援を必要としていることが分かる。このため、中小企業がBCPを容易に理解するとともに、導入しやすいツールの提供が求められる。
第2-1-19図 BCPを策定しない理由(複数回答)
コラム2-1-12 中小企業のBCP策定支援ツール
中小企業庁では、中小企業のBCP策定を支援するため、様々なツールを策定し、公表している。
〈中小企業BCP策定運用指針19の策定・公表〉
○中小企業へのBCPの普及を促進することを目的として、中小企業関係者や有識者の意見を踏まえ作成したものであり、中小企業の特性や実状に基づいたBCPの策定及び継続的な運用の具体的方法が、分かりやすく説明されている。当該指針に沿って作業することにより、事業継続計画書を作成することができる。
〈中小企業におけるBCP策定促進に向けたツール〉
○BCP(事業継続計画)20:BCPの概要を解説した簡易パンフレット。BCP策定のポイントが記載されており、中核事業の特定、目標復旧時間の設定、事前対策や代替策の用意等、企業が事前にやるべきことを把握することができる。
○BCP策定のためのヒント21:中小企業BCP策定運用指針の要旨等の解説。
○中小企業の事業継続計画(BCP)〈災害対応事例からみるポイント〉22:BCPを策定する際のポイントを整理し、様々な業種の災害対応事例を紹介。
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ここまで、中小企業がサプライチェーンにおいて、重要な役割を担っていることを明らかにし、有事における事業停止に備えて、早期の事業再開を図るため、BCPの策定等のリスク管理が必要であることを示した。BCPを策定することは、様々な事態を想定し、自社の優先すべき中核事業の選定や、経営資源における弱点の抽出、顧客や協力会社の見直しにもつながることから、中小企業の平時の経営管理の一環としても位置付けられるべきものと考えられる。