第1部 令和元年度(2019年度)の小規模事業者の動向
第3章 中小企業・小規模事業者の新陳代謝
我が国経済の成長のためには、個々の存続企業が生産性を高めることに加え、生産性の高い企業の参入や生産性の低い企業の退出といった、企業の新陳代謝が図られることも重要である。本章では、企業の新陳代謝の観点から、存続企業・開業企業・廃業企業の労働生産性の比較や、新陳代謝の促進につながる事業承継や創業について取り上げていく。
第1節 企業数の変化と開廃業の動向
1 企業数の変化
まず、我が国の企業数の推移を確認すると、年々減少傾向にあり、直近の2016年では359万者となっている。このうち、中小企業は358万者であり、その内訳は小規模企業が305万者、中規模企業が53万者となっている(第1-3-1図)。
また、1999年を基準として規模別に増減率を見ると、いずれの規模においても企業数が減少しており、特に小規模企業の減少率が最も高くなっている(第1-3-2図)。
続いて、中小企業の増減率の推移を業種別に確認する(第1-3-3図)。これを見ると、1999年時と比べて、「電気・ガス・熱供給・水道業」、「運輸業, 通信業及び情報通信業」では企業数が増加している一方、他の業種については減少傾向にあり、特に「鉱業, 採石業, 砂利採取業」や「小売業」については減少率が高いことが分かる。
第1-3-4図は、2012年から2016年にかけて存続した企業における企業規模間の移動状況について示したものである。これを見ると、存続企業の約95%に当たる281.3万者については規模の変化がないものの、規模を拡大させた企業が7.3万者、規模を縮小させた企業が6.7万者存在し、それらのうちほとんどが小規模企業から中規模企業への拡大、中規模企業から小規模企業への縮小で占められていることが分かる。
2 開業率・廃業率の推移
厚生労働省「雇用保険事業年報」を用いて算出される開業率・廃業率の推移を確認すると、我が国の開業率は、1988年をピークとして減少傾向に転じた後、2000年代を通じて緩やかな上昇傾向で推移してきたが、直近の2018年度は4.4%に低下した(第1-3-5図)1。一方で、廃業率は1996年以降増加傾向で推移していたが、2010年に減少傾向に転じ、直近の2018年度は3.5%となっている。
1 雇用保険事業年報をもとにした開廃業率は、事業所における雇用関係の成立、消滅をそれぞれ開廃業とみなしている。そのため、企業単位での開廃業を確認出来ない、雇用者が存在しない、例えば事業主1人での開業の実態は把握できないという特徴があるものの、毎年実施されており、「日本再興戦略2016」(2016年6月2日閣議決定)でも、開廃業率のKPIとして用いられているため、本分析では当該指標を用いる。上記のような特徴があることから、第1-3-1図で確認した企業数の推移とは一致しない点に留意する必要がある。
第1-3-6図は足元で低下した開業率について、開業数の内訳を業種別に見たものである。2018年度の開業数は「運輸業, 郵便業」、「情報通信業」、「サービス業」を除き、全ての業種で2017年度より減少している。また、全体に占めるウエイトの大きい「建設業」における落ち込みが特に顕著である。
続いて、業種別に開廃業の状況を確認する(第1-3-7図)。開業率について見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」が最も高く、「情報通信業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」と続いている。また、廃業率について見ると、「宿泊業, 飲食サービス業」が最も高く、「生活関連サービス業, 娯楽業」、「小売業」と続いている。
開業率と廃業率が共に高く、事業所の入れ替わりが盛んである業種は、「宿泊業, 飲食サービス業」、「情報通信業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」である。他方、開業率と廃業率が共に低い業種は、「運輸業, 郵便業」、「複合サービス事業」となっている。
次に、都道府県別に開廃業の状況を確認する(第1-3-8図)。開業率について見ると、沖縄県が最も高く、埼玉県、千葉県と続いている。廃業率について見ると、最も高い県は福岡県であり、鹿児島県、神奈川県と続いている。
最後に、諸外国の開廃業率の推移との比較を行う(第1-3-9図)。各国により統計の性質が異なるため、単純な比較はできないものの、国際的に見ると我が国の開廃業率は相当程度低水準であることが分かる。
3 新陳代謝の分析
経済全体の生産性上昇は、〔1〕個々の企業や事業所の生産性上昇、〔2〕参入・退出や企業の市場シェア変動といった新陳代謝の二つから生じることが指摘されている2。ここでは、経済センサス‐活動調査を用いて、生産性向上に寄与するメカニズムが機能しているかについて見ていく。
2 森川正之[2018]『生産性 誤解と真実』、日本経済新聞出版社
まずは存続企業、開業企業、廃業企業に分けて、労働生産性の比較・分析を行う3(第1-3-10図)。
3 各年の経済センサスを用い、比較年の両方で企業情報を確認することができなかった企業のうち、全ての事業所が「開業」したとされている企業を「開業企業」とし、全ての事業所が「廃業」とされているものを「廃業企業」とみなす。この集計方法では、単独事業所から成り立っている企業で、事業所移転を行った企業は、実際は開廃業を行っていないにも関わらず、廃業と開業の両方に集計されることに留意が必要となる。
第1-3-11図は、存続企業、開業企業、廃業企業の労働生産性の中央値について比較したものである4。これを見ると、開業企業の労働生産性の中央値は、存続企業の労働生産性の中央値と遜色ない水準にあることが分かる。一方、廃業企業の労働生産性の中央値は、開業企業、存続企業の中央値と比べて約3割低くなっていることが見て取れる。生産性の低い企業の退出は、経済全体の生産性向上に寄与するものであるが、企業の廃業を通じて、一部でそうした新陳代謝が起こっていることが示唆される。
4 労働生産性の分子となる付加価値額について、平成24年経済センサス‐活動調査では平成23年の1年間の値を、平成28年経済センサス‐活動調査では平成27年1年間の値を把握している。
続いて、存続企業、開業企業、廃業企業の労働生産性の各パーセンタイルの水準を比較する(第1-3-12図)。上位10%の値について見ると、中央値で見た時の傾向と異なり、開業企業の労働生産性が存続企業の労働生産性を大きく上回っている。こうした生産性の高い企業の新規参入は、経済全体の生産性向上に寄与するものであるが、企業の開業を通じて、生産性向上に資する新陳代謝が実際に起きていることが示唆される。
また、廃業企業は、中央値で見た時の傾向と変わらず、いずれのパーセンタイルにおいても、存続企業、開業企業に比べて労働生産性が低くなっている。しかしながら、廃業企業の上位25%の値は、存続企業の中央値を大きく上回っており、生産性の高い企業の退出が一定程度生じていることも見て取れる。
次に、存続企業、開業企業、廃業企業の労働生産性について業種別の比較を行う。
業種別に存続企業と開業企業の労働生産性の中央値を比較すると、存続企業と開業企業のいずれの労働生産性が高いかは、業種によって異なっている。特に「電気・ガス・熱供給・水道業」や「医療, 福祉」においては、存続企業の労働生産性が開業企業の労働生産性を大きく上回っている(第1-3-13図)。例えば、事業を行う上で大規模な設備が求められる、などといった参入障壁の存在が影響している可能性が推察される。
続いて、第1-3-14図は業種別に存続企業と廃業企業の労働生産性の中央値を比較したものである。これを見ると、「サービス業(他に分類されないもの)」を除き、いずれの業種においても廃業企業の労働生産性は、存続企業の労働生産性より低くなっており、総じて業種にかかわらず、生産性の低い企業の退出が生じていることが分かる。
最後に、存続企業の労働生産性の推移について見ると、平均値では労働生産性が上昇しており、個々の企業の生産性向上による経済全体の生産性向上が生じている状況が確認できる(第1-3-15図〔1〕)。また、各パーセンタイルの推移を見ると、上位10%と上位25%の値は上昇している一方で、下位25%と下位10%の値は低下しており、存続企業において、労働生産性の高い企業と低い企業の二極化が進んでいる傾向が見て取れる(第1-3-15図〔2〕)。
ここまで存続企業、開業企業、廃業企業の労働生産性の水準を比較・分析してきたが、ここからは企業数や従業者数の観点を加えて分析を行う。
分析に当たっては、まず「平成24年経済センサス‐活動調査」において、「業種別に」労働生産性の上位30%の値及び下位30%の値を算出し、「業種別の基準値」とする。この基準値を用いて、上位30%の値以上の企業を「高生産性企業」、下位30%の値以下の企業を「低生産性企業」、それ以外の企業を「中生産性企業」と定義し、分析を進めていく。
始めに、2012年から2016年にかけての労働生産性区分の構成比の変化を見ると、「高生産性企業」の構成比が増加しており、労働生産性の高い企業の層が厚くなっていることが分かる。また、「低生産性企業」の構成比は僅かながら減少している(第1-3-16図)。
これを代表的な業種について見たものが、第1-3-17図である。「高生産性企業」の割合はいずれの業種においても増加しており、「運輸業, 郵便業」や「建設業」では2012年から2016年にかけて約10%ptも構成比が増加している。他方、「低生産性企業」の構成比については変化の方向が業種によって異なっており、「電気・ガス・熱供給・水道業」、「卸売業」、「小売業」、「生活関連サービス業, 娯楽業」は2012年に比べて、「低生産性企業」の割合が増加している。
続いて、存続企業、開業企業、廃業企業に分けて労働生産性区分別の構成比の比較を行う。
第1-3-18図は、存続企業と開業企業の労働生産性区分の内訳を比較したものである。開業企業における「高生産性企業」の割合は僅かに存続企業を上回っており、「低生産性企業」の割合は同程度となっている。ここからは、創業間もなくして、存続企業と同等以上の生産性を上げる企業が一定程度存在することが分かる。
第1-3-19図は、存続企業と廃業企業の労働生産性区分の内訳を比較したものである。廃業企業においては、存続企業と比べて「低生産性企業」の割合が高く、生産性の低い企業の退出が生じていることが分かる。他方、廃業企業の25.3%は「高生産性企業」であり、高い生産性を上げながらも、市場から退出している状況が生じている。
第1-3-20図は、存続企業における労働生産性区分の内訳の変化を示している。これを見ると、「高生産性企業」の割合が増加するとともに、「低生産性企業」の割合も増加しており、労働生産性のパーセンタイルの値による比較で見られた二極化が進んでいる状況が、ここでも確認された。
この存続企業における2012年から2016年にかけての労働生産性区分の移動の状況を示したものが第1-3-21図である。これを見ると、2012年時点で「低生産性企業」であった企業の36%、「中生産性企業」であった企業の26%が上位の労働生産性区分に移動していることが分かる。一方で、2012年時点で「高生産性企業」であった企業の35%、「中生産性企業」であった企業の22%が下位の労働生産性区分に移動していることも分かる。
ここからは、個々の企業の労働生産性の水準は安定的なものではなく、企業の取組などに応じて流動的に変化するものであることが分かる。
最後に、それぞれの労働生産性区分の企業における従業者数の構成比の変化を確認する(第1-3-22図)。これを見ると、2012年から2016年にかけて「高生産性企業」の割合が増加するとともに、「低生産性企業」の割合が低下している。人口減少によって長期的に労働力が限られていく我が国において、生産性の高い企業へ限られた経営資源が集中することは、経済全体の生産性を維持・向上させる上で重要である。そうした中、参入や退出、市場シェアの変化による新陳代謝や既存企業の生産性向上によって、生産性の高い企業への労働力の移動が一定程度生じていると推察される。