第3節 中小企業の賃金制度 

3.賃金水準に作用する要因

 前項では、年功序列や成果給といった賃金プロファイルについて見てきたが、本項では、賃金水準の高低や伸び率が、どのような要因によって決まっているのかについて、統計データ等を見ながら、考察していくこととしよう。

(1)労働生産性と賃金水準の関係
〔1〕統計から見た相関関係
 第1節では、近年、中小企業の賃金水準が伸び悩んでいることを見た。その原因を分析する観点から、中小企業の賃金水準には、どのような要因が作用しているのかを見ていこう。
 賃金水準は、従業員一人当たりが生み出す付加価値額、すなわち労働生産性と密接な関係があると考えられている。第3-3-15図は、経済産業省「企業活動基本調査」(2006年)の再編加工により、個々の大企業および中小企業の労働生産性の水準(=付加価値額/従業員数)と、従業員一人当たりの給与額の分布を示したものである。それによると、大企業のグループでも、中小企業のグループでも、労働生産性が高い企業は、従業員一人当たりの給与額も高いという傾向が明確に確認できる。
 また、第3-3-16図は、第3-3-15図と同様に経済産業省「企業活動基本調査」の再編加工により、個々の大企業および中小企業について、2002年から2006年にかけての労働生産性の伸び率と、従業員一人当たりの給与額の伸び率の分布を示したものである。それによると、大企業でも、中小企業でも、労働生産性の水準の伸び率が高い企業は、従業員一人当たりの給与額の伸び率も高い傾向が明確に確認できる。

第3-3-15図 労働生産性と従業員一人当たり給与額の関係
〜従業員一人当たりの給与額と労働生産性の間には相関関係が見られる〜
第3-3-15図 労働生産性と従業者一人当たり給与額の関係


第3-3-16図 労働生産性の伸び率と従業員一人当たり給与額の伸び率の関係
〜従業員一人当たりの給与額の伸び率と労働生産性の伸び率の間には相関関係が見られる〜
第3-3-16図 労働生産性の伸び率と従業者一人当たり給与額の伸び率の関係

 以上のとおり、労働生産性と賃金水準の間には明確な相関関係があることが分かる。

〔2〕企業経営者の認識
 それでは、実際に企業の経営者は、正社員の賃金水準や伸び率を検討する際に労働生産性の水準や伸び率を重視しているのであろうか。第3-3-17図を見ると、企業の経営者は、正社員の賃金水準や伸び率を検討するのに当たり、「自社の利益率の水準や上昇幅(あるいは下落幅)」に次いで、「正社員全体の労働生産性(正社員一人当たりの付加価値額)の水準や伸び率」を考慮している、と回答した企業が多い。

第3-3-17図 企業が正社員の賃金水準やその増減を検討するに当たり考慮する要素
〜従業員規模にかかわらず、自社の利益率の水準や伸び率、正社員全体の労働生産性の水準や伸び率を重要な要素として考えている〜
第3-3-17図 企業が正社員の賃金水準やその増減を検討するに当たり考慮する要素
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 以上のとおり、労働生産性の水準は賃金水準を大きく左右する要因であるといえる。

〔3〕賃金水準が伸び悩む背景
 それでは、賃金水準を左右する労働生産性は、近年、どのように推移してきたのであろうか。第3-3-18図は、財務省「法人企業統計年報」の再編加工により、大企業と中小企業の労働生産性(=付加価値額/従業員数)の推移を示したものである。それによると、中小企業の労働生産性の水準は、製造業・非製造業のいずれも、大企業の労働生産性の水準を下回っている。また、製造業を営む大企業の労働生産性は2001年以降、上昇しているが、中小企業の労働生産性の伸び率は、製造業・非製造業のいずれも低い。

第3-3-18図 従業員一人当たり粗付加価値額の推移
〜従業員一人当たりの粗付加価値額は、製造業の大企業において大幅に伸びている〜
第3-3-18図 従業員一人当たり粗付加価値額の推移
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 したがって、大企業と中小企業の労働生産性の水準の差が、大企業と中小企業における正社員の賃金水準の差を生む大きな要因と考えられる。また、中小企業の賃金水準が伸び悩んでいる背景には、労働生産性の上昇率が低いことが考えられる。

(2)賃金水準の高い中小企業の特徴
〔1〕業種別の中小企業の賃金水準
 先の第3-3-15図では、個々の中小企業について、労働生産性の高い企業は賃金水準も高い傾向にあることを見た。労働生産性の水準は業種ごとに差があるため、中小企業の賃金水準も業種ごとに差が生じることとなる。第3-3-19図は、業種別に、大企業と中小企業の正社員の平均賃金水準を示したものである。これによると、中小企業では、金融・保険業、情報通信業の賃金水準が高い。第1節では、中小企業の正規雇用者の19.5%は、大企業の正社員の平均賃金水準を上回る賃金水準となっていることを見たが(先の第3-1-20図)、当該正社員はどのような業種に属しているのであろうか。第3-3-20図は、大企業の正社員の平均賃金を上回る賃金水準となっている中小企業の正社員が属する業種の構成を示したものであるが、中小企業の正社員全体が属する業種の構成と比べると、情報通信業や金融・保険業の比重が高くなっている。一方、中小企業の正社員全体が属する業種の構成と比べると、製造業、建設業、卸売・小売業の比重は低くなっているものの、これらの業種が、大企業の平均賃金を上回る中小企業の正社員の多くを占めている。

第3-3-19図 業種別正社員の平均賃金の状況
〜中小企業においては、金融・保険業、情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業において平均賃金が高い〜
第3-3-19図 業種別正社員の平均賃金の状況
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第3-3-20図 大企業正社員の平均賃金を上回る賃金をもらっている中小企業正社員の業種分布
〜調査サンプル構成と比較して、情報通信業、金融・保険業、医療,福祉、サービス業(他に分類されないもの)において分布の割合が高くなっている〜
第3-3-20図 大企業正社員の平均賃金を上回る賃金を受けている中小企業正社員の業種分布
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 したがって、中小企業の賃金水準は業種ごとに差があるが、同じ業種内でも、労働生産性の水準の相違等を反映して賃金水準に差があることが分かる。

〔2〕高い賃金水準を設定している中小企業
 それでは、正社員の賃金水準に関し、他の業種や同業他社よりも高い賃金水準を設定している企業はどの程度存在しているのであろうか。第3-3-21図によると、他の業種や同業他社よりも高い水準の賃金を「大部分の社員に設定している」と回答した企業は、従業員規模20人以下の企業で12.6%存在するなど、いずれの従業員規模の企業でも、他の業種や同業他社より高い賃金を設定している企業が一部存在することが分かる。

第3-3-21図 正社員の賃金水準に関して他の業種や同業他社よりも高い水準の賃金を設定する企業の割合
〜従業員規模の小さな企業においても正社員の賃金水準に関して、他の業種や同業他社よりも高い賃金を設定している企業が存在する〜
第3-3-21図 正社員の賃金水準に関して他の業種や同業他社よりも高い水準の賃金を設定する企業の割合
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 次に他の業種や同業他社よりも高い賃金水準を設定している理由について見てみる。第3-3-22図は、正社員の賃金水準に関して他の業種や同業他社よりも高い賃金の設定をしている企業に対し、そのような賃金を設定している理由を尋ねた結果を示したものである。それによると、従業員規模の大きい企業ほど、「高い賃金水準により多くの入社希望者を募り、面接等を通じて能力の高い人材を採用するため」という理由を挙げる企業が多い。一方、「自社の正社員の労働生産性の水準が他の業種や同業他社より高いため」という理由を挙げる企業は、従業員規模が小さい企業で目立つ。

第3-3-22図 正社員の賃金水準に関して他の業種や同業他社よりも高い賃金水準を設定している理由
〜従業員規模20人以下の企業では、労働生産性の高さを理由に、他の業種や同業他社より高い賃金設定をしている企業の割合が高い〜
第3-3-22図 正社員の賃金水準に関して他の業種や同業他社よりも高い賃金水準を設定している理由
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 以上を総合すると、高い賃金水準を設定している中小企業は、求職者を惹き付けるためというよりも、労働生産性の水準を意識し、その水準の高さを賃金水準に反映させているといえよう。

事例 3-3-2 社長・従業員の全員で議論して給与を決定する中小企業

 東京都新宿区の株式会社エフ・コード(従業員16名、資本金700万円)は、2006年に設立され、主にインターネットを主軸とした事業開発支援を行い、ウェブ・モバイルソリューションを通じたマーケティング支援も手がける中小企業である。同社の特徴は、自由度の高い環境に加えて、「成果」と「納得感」にこだわった評価・報酬の仕組みにある。
 同社では、社長と従業員の基本給は、同じ額である。そして、この基本給に、「プロジェクトの成果による報酬」と「マネジメントを評価した部分の報酬」が上乗せされる。前者の「プロジェクトの成果による報酬」は、プロジェクト全体の金額の一定の割合を、プロジェクトの成果と各従業員の責任の大きさに応じて基本給に上乗せしている。後者の「マネジメントを評価した部分の報酬」についても定性的ではあるが、評価項目に沿って評価を行い、基本給に上乗せしている。こうした評価項目には、勤務時間の長さは含まれていない。従業員が各自の働き方に合わせて、勤務時間、仕事の内容、給与等を自己責任でコントロールできるようにしている。従業員の給与の総額において、上記2つの上乗せされる報酬部分が非常に大きく、成果にこだわった評価体系になっているといえる。
 このような成果を重視した評価体系は、従業員が仕事への責任感を持ち、一人ひとりが価値を生み出していく、という気持ちで働いてほしいという、同社の野村幸司社長の思いが反映されている。
 また、この評価・報酬システムでは、透明性や納得感の高さを求めて、社長と従業員の全員による議論を重視している。具体的には、ほぼ全ての従業員について、年に4回、全員の前で3ヶ月間の仕事の評価を行い、次期の目標と給与を皆で議論して決定する会議を行っている。この会議では、社長の給与も従業員と同様に議論される。そのため、従業員全員が、社長および他の従業員の目標や給与を知っており、いい意味でプレッシャーとなっている。
 このような成果にこだわった評価・報酬体系とその成果を従業員が納得感を持って受け入れることができる仕組みを運用することによって、同社の従業員は高いモチベーション、高いパフォーマンスを維持し、成果をあげている。成果の評価に納得感が生まれることによって、成果を出すことに対する意欲が向上し、次の成果を生み出すための動機づけとなり、また、会社の目標と各個人の目標がリンクしていることから、生み出された成果が企業の利益を押し上げ、その利益を従業員に還元することによって従業員のモチベーションの向上につなげるという好循環が生まれている。その結果、多くの従業員の賃金水準が、大企業の平均賃金と比べて遜色ないものとすることが可能となっている。

目標・給与決定会議の様子
目標・給与決定会議の様子

 第3章 中小企業の雇用動向と人材の確保・育成

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