第3部 日本社会の活力と中小企業 

(3)労働市場における人材の流動化の動き

 現在、日本で就業する者の大部分は被雇用者であることから、これらの者が開業する場合には、被雇用者から自営業者又は会社経営者へと就業上の地位が変わることになる。今後は、終身雇用や年功賃金等の雇用慣行の見直しが一層進むことで、このような就業上の地位が変わるケースを含めて、労働市場における人材の移動が活発化することが予想される。
 このような動きの中で、創業活動を活性化し、新たなビジネスと雇用を生み出し、日本経済の活力の維持・拡大を図るためには、企業で働く者が自ら事業を経営する立場へ移行する過程がスムーズに進むような環境を整えることが必要である。
 先に述べたとおり、被雇用者の開業に関するリスク回避傾向はこのところ強まっているが、被雇用者が創業に後ろ向きになる大きな要因は、創業後に今の収入水準を維持できるかわからないというリスクがあることである。この場合、企業に勤めながら、週末起業のような「副業」形態で事業を営むことが可能であれば、開業が増加する可能性がある。SOHO事業者について行われた調査等を見ると、最近増加しているSOHO事業者の中にはこのような副業形態の者が実際にかなりいることが分かる44


44 2004年版中小企業白書参照


 被雇用者が自ら開業する場合、何の開業準備もせずに勤め先を辞め、それから準備をすることは希であり、実際は勤務を続けながら勤務先には内密に開業準備を進め、目途が立った時点で勤務先を退職するのが普通であると考えられる。しかし、これまでの日本の雇用慣行では、就業規則等で副業や独立準備行為を明確に許可している実例は極めて少ない。この点、最近大企業において、高齢者の独立支援等を従業員のキャリア形成支援策の一環として導入する中で、副業や独立準備行為を認める動きがあるため、このような動きがどの程度広がりを見せるかが注目される。
 欧州の一部の国において従業員の副業を奨励する慣行等があることが参考になる45。このうちフランスにおいては46、戦後、被雇用者の立場にある者を保護することに政策が集中し、経営者側をサポートする政策が軽んじられてきたため、労働市場が硬直化し、被雇用者の立場の者が開業をして経営者の立場に移動することがスムーズに行われてこなかった。また、長年高い失業率に苦しんでいたため、失業対策としても起業を促進する必要に迫られていた。このため、2003年8月に制定されたデュトゥレー法47の中で、企業設立のプロセスの簡便化を図るとともに、被雇用者の副業・起業を促進することで経営者側への移行をスムーズに進めようとしている(第3-3-61図)。具体的には、従前は被雇用者のまま開業をした場合、給与所得者としての社会保険料と個人事業主としての社会保険料の双方を負担する義務があった。これは、社会保険料負担が高いフランスにおいて、開業を阻害する一因であったため、被雇用者の身分のまま開業(または企業買取り)した場合には、新規事業に関わる部分の社会保険料の支払いを1年間免除することになった。


45 欧州では制度は区々であるが、フランスの他、イタリアやスペインでも労働者が「second job=副業」を持つことを奨励する慣行がある。
46 APCE(1979年設立。フランス経済財政産業省の管轄下の政府機関で、失業者対策や創業の促進に関する施策を担当する。)からのヒアリングによる。
47 起業促進法。2003年8月1日成立、法律第2003-721号。時の担当大臣の名前を冠してこのように呼ばれる。


 
第3-3-61図 フランスのデュトゥレー法(起業促進法)の主なポイント
〜被雇用者の副業や起業を積極的に支援している〜

第3-3-61図 フランスのデュトュレー法(起業促進法)の主なポイント〜被雇用者の副業や起業を積極的に支援している〜
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 副業支援については、フランスでは公務員などを除き、もともと副業を持つことは原則自由であるが、労働契約で排他条項を設けて禁止することもできた点について、採用後最初の1年間は、被雇用者が雇用主に忠誠心を示す場合は、被雇用者の立場のまま開業準備をすることができ、雇用主はこれを労働協約でも禁止できないことを法定している。また、従前から開業を準備する被雇用者は、「起業休暇」を取得することが可能であったが、この条件を入社後3年経過から2年に、雇用主への事前通知期限を3ヶ月前から2ヶ月前に緩和している。また、「起業休暇」制度に加え、最長2年間パートタイムでの勤務形態を選択できることとし、被雇用者側の選択肢を拡大している。
 日本においても、今後、雇用慣行の変化を踏まえつつ、就業形態の多様化と人材の流動化が円滑に進むよう、必要な環境整備について検討していくことが課題となろう。企業の人事政策は徐々に能力・成果主義へと移行し、企業内での賃金格差が拡大するなど、従来の価値観によるところの「安定」を保障する枠組みが大きく変貌を遂げつつあり、大企業に勤務することが必ずしも真のリスク回避と直結しない時代を迎えている。このため、人材の流動化に向けた動きが、企業と従業員双方の利益にかなう形で進む可能性も生じてきていると考えられる。
 また、近年、被雇用者とも起業家とも異なった「雇われない、雇わない」働き方として、「インディペンデント・コントラクター(IC)」が注目されるようになっている。これは、企業勤務時代に身につけたスキル・経験を武器に、個人として企業から期限付きで専門性の高い仕事を請け負い、雇用契約ではなく業務単位の請負契約を複数の企業と結んで活動する独立した個人事業者を意味している。個人の労働や企業に対する価値観が多様化し、企業側でも業務の繁閑に応じた発注の実施や、法定福利厚生費の低減でメリットがあることから、双方のニーズに基づいて広まりつつある就業形態と言える。日本でのICの実数を把握したデータはないが、米国ではすでに900万人近いICが活動していると言われ48、今後日本でもこのような働き方を選択する人が増える可能性がある。


48 特定非営利活動法人インディペンデント・コントラクター協会ウェブサイトの記述より。2003年に設立された同協会では、ICという働き方を広く普及させること、ICを利用する企業を増やすこと、IC間の情報交換を促進すること、またICとして働き、生活する上で直面する様々な問題をサポートすることを活動の目的としている。


 以上のように、日本においても、被雇用者から自ら事業を営む自営業等への移動の動きが、今後より活発化する可能性があることから、そのような動きに対する障壁を低くするような環境を整備し、開業の促進を図ることが重要な検討課題であると考えられる。会社法制等の整備とともに、このような個人が開業を目指す上でのリスク軽減につながる動きを支援していくことが重要である。

事例3-3-2 中高年の独立支援制度

 大手オフィス機器メーカーC社(本社 東京・従業員 約14,500名・資本金 200億円)では、50歳代の従業員を対象に、多様な働き方・選択肢を提案する支援プログラムを2003年夏より順次導入している。その目的は、従業員構成の高齢化で増加した中高年層の活性化・流動化を図ることにある。
 具体的には、社内の希望部門へ自分で異動申告し、ニーズが合えば異動できるFA(フリーエージェント)制度はもちろんのこと、社員の身分のままで、副業比率40%以内で副業時間を認めて(利用時間分の給与はカット)、独立への準備を支援する制度や、最長2年間のシニア・テーマ休職制度、さらには独立・起業・転職の準備を理由に1年以下の休職期間を取り、準備状況を見ながらその後復職するか退職するかを判断できる独立支援制度(この制度のみ期間限定で既に終了)がある。
 企業側としては、中高年層に様々な選択肢を提供し、働くモチベーションを向上させながら、社員の活性化を実現し、彼らの蓄積したスキルの活用ができる。従業員側としても、個々の希望する将来設計や働き方に応じた制度を選択する権利が得られ、現職に留まりながら、退職後の第二の人生に向け、独立の可能性を探ることができる。
 終身雇用制度が崩壊しつつあり、働く側の価値観が多様化する中で、労使双方にメリットがあるC社のような制度は、今後大手企業でより一層広まっていく可能性がある。

事例3-3-3 多様化する就業形態(IC)

 大手情報・通信機器メーカーD社(本社 東京・従業員 約28,000名・資本金 1,353億円)では、従業員個人の働き方・将来設計に応じた人事制度を導入し、特に専門性の高い業務に精通し、かつ、会社に対して緩やかな専属制を希望する者について、「セルフ・エンプロイド型」という準委任契約を結ぶことを可能にした。従来の一般社員との違いは、雇用契約ではなく準委任契約であること(会社との雇用関係なし)、退職金も社会保険もなく、就業規則も適用されない。所得は事業所得となり、兼業も可能である。現在一般社員の者がセルフ・エンプロイド型への移行を希望する場合は、一旦退職した上で、新たな契約を結ぶ形となる。
 まさにIC的な働き方であり、専門スキルを身につけた者が企業の枠を超えて自由に働くことを支援した制度と言える。企業側としては、必要な時に必要な分野だけ、業務を遂行できるICを活用することにより、コスト効率面での効果が期待できることに加え、成果主義が大きく反映することから、モチベーションの向上による業績拡大にも期待を寄せる。今後、専門人材の担う領域において、このような人材の活用法が増えるかもしれない。

 第2節 創業活動と自営業層の構造的停滞の要因分析と課題

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